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46


 時の流れは早いもので。
 ふと気がつけば、既に八月も半ばを迎えてお盆の季節になっていた。時事ネタ、というわけではないだろうけれど、この日一日死者が復活するというニュースつきで。
 とはいえ、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が逢いたい人に死者は居らず、いかな怪現象が起きていようと関係なくて。
「今日はお盆祭りの日ね」
 焦点を当てるのは、そこのみ。
 祭りに出かけるためにと浴衣に着替えていると、
「少しはしんみりしたらどうなのかしら」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)につっこまれた。
「してないわけじゃないわよ? でも、死者を迎え入れるなら賑やかなほうがいいでしょう?」
「そういうものかしら」
「そういうものよ。だからほら、セレアナも浴衣を着る! お祭りへ行くわよ!」
 クリーニングに出しておいた浴衣を手渡し、宣言。
 困ったような、呆れたような顔をされたけれど、着付けの準備を始めてくれたから付き合う気はあるのだろう。
 祭りに行ったらまずは何をしようか。
 セレンフィリティは、頭の中でシミュレートするのだった。


 お好み焼き。焼きもろこし。チョコバナナに、定番のかき氷。
「ん〜、お祭りって感じ! 幸せ〜」
 屋台を覗き、気になるものがあれば片っ端から買って食べ歩きながらセレンフィリティは満足そうな声を漏らした。セレアナが、「黙っていれば浴衣美人なのに」と嘆息したが、聞こえない振りで屋台の品を食べる。
 別に、傍からどう見られていても構わなかった。水色の生地に金魚を泳がせたデザインの、可愛らしい浴衣を着たのだってセレンフィリティ自らが着たいと思ったからだし、セレアナに浴衣を着せたのだって、彼女の浴衣姿が見たかったからだ。ちなみに、セレアナの浴衣は紺地に朝顔の花が咲いたシンプルなものである。
「次はどこへ行こうかしら。……あ、射的。よし、あれよ。行くわよセレアナ」
「元気ねえ……」
「祭りだもの。テンションが上がらないほうがおかしいわ。さあ、教導団で鍛えた射撃の腕前を見せてあげる!」
 手にした銃は、やはり実際のものと違って軽すぎたために少し扱いづらかったけれど、それでも慣れてくると百発百中となり。
「……姉ちゃん、そこいらで勘弁してくれや」
 屋台のお兄ちゃんに嘆かれてしまった。残念、と銃を置く。
「なんて顔してるのよ」
「いいえ……貴方らしいと思ったのよ」
「そう? あっ、くじ引き」
 射的がだめなら次はくじ、とまた違う屋台へ歩み寄る。
 けれど、あいにくとセレンフィリティにくじ運はなかった。知らない誰かのブロマイドが当たったがどうするべきなのだろう。
「セレン。貴方にはあれがお似合いじゃないかしら」
 考えあぐねていたら、セレアナに呼ばれた。振り返る。そこにあったのは、『金魚すくい』の文字。
「いいわね! やりましょ、どっちが多く取れるか勝負よ!」
「あら、やるっていうの? 私、金魚すくい得意なのよ?」
「それでこそ戦い甲斐があるってものよ」
 浴衣の袖をまくって、屋台のおじさんにお金を渡してポイを受け取って。
 レディ・ファイト。
 数分後。
「七対七、か……」
「引き分けね」
 金魚の入ったビニール袋を手に、セレンフィリティは眉を寄せた。
「ううん、あたしは出目金をすくったんだから。あたしの勝ちよね」
「言うと思った。いいわよ、セレンの勝ちで」
「……むう」
 自分から言い出したものの、勝ちを譲られると妙に自分が子供っぽく思える。思わず頬をふくらませると、セレアナが笑った。
「子供じゃないんだから」
「うるさい」
「そうね、もう花火が始まるから、静かにしようかしら」
 もうそんな時間?
 そう、問いかける間もなく、どぉんと空砲。間もなく、火の花が空に咲いた。
 言葉を失くして花火を見上げて。
 ふと、ある考えが頭を過ぎった。
「今日はお盆よね。年に一度だけ、死者が帰ってくる日」
 ぽつり、考えをそのまま音に乗せる。
「それで思ったの。あたしたち、今こうして二人で居るけど……どっちも、国軍の軍人でしょ? いつ戦場で倒れてもおかしくない」
 そうなってしまったら、どうするのだろう。
 一人で祭りに来るのだろうか。
 それとも、死者を待つのだろうか。
 あるいは、隣に違う人が立っている、のだろうか。
 ――やだな。
 わがままだけど。
 たとえ死んでも、セレアナの隣に居たい。
「……ねえ。もし、あたしが死んだら……またこうして、お盆の日にセレアナのところへ帰ってきてもいいかな」
 問いに答えはない。だめかなあ、と苦笑じみた笑みを浮かべたとき、
「……バカ」
 小さく、セレアナが言った。え、と面食らう。
「……もしセレンが死んでも、私は絶対にお盆に迎えてあげない」
「……そ、っか」
 予想外の答えだった。迎え入れてくれると、思ったのだけど。
 うなだれかけたとき、セレアナが首を横に振った。
「死ぬなんて、許さない。私を置いていくなんて」
「セレ、」
「……死ぬなんて、簡単に言わないで。セレンはこうして、今、生きているんだから」
 ぎゅ、っと抱きしめられた。強く、強く、生を確かめるように。
「……うん。ごめん、ね。変なこと言っちゃって」
「本当よ、バカ」
「二回目……」
 繰り返された言葉に苦笑しつつ、唇に触れるだけのキスを落とした。
 抱き合ったまま、求めるように、何度も、何度も。
 今はただ、そうしていたかったから。