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48


 生きている限り、時の流れには逆らえない。
 それはもちろん、永井 託(ながい・たく)にも当てはまることだ。
 幼馴染の、雪野 愛理が死んだ日からかれこれ八年近く。
 ――たとえば今日会えたとして、愛理は僕に気付いてくれるかな?
 八年という月日が、託を変えた。
 容姿。人称。口調。
 だけどもし今日会えるなら。
 あの時失ったあの子に、もう一度会えるのなら。
 ――僕は、できる限りのことをしよう。
 一人称を、僕から俺に変えて。
 口調も、昔と同じように乱暴なものに戻して。
 それでも彼女に気付いてもらえるかは、不安が残るけれど。
「えと、あなたは?」
 ほら、案の定。
 少し不安そうな顔で、愛理が託の顔を見上げる。
 ――あの頃は、愛理の方が背が高かったのになぁ。
 今ではもう、託の方がずっと身長がある。
「俺の顔を忘れたか?」
 心中の気持ちなどかけらも見せず、つっけんどんに託は言った。えと、と愛理が戸惑う。
「もしかして、たっくん?」
「ああ。……久しぶりだな、愛理」
 愛理の表情が、嬉しそうなものになって――次に、悲しそうなものに変わった。
「そっか。私、死んじゃったんだ」
 成長した託の姿を見たことで、その事実に気付いたようだった。
 沈んだ顔をした彼女の頭を乱暴に撫でる。
「たっくん?」
「そんな顔してんじゃねーよ。今日はお祭りなんだ、楽しい顔しろよ。一緒に遊ぶんだからさ」
「一緒に、遊ぶ? また遊べるの?」
「ああ。ほら、行くぞっ」
 そう言って、手を繋いだ。あの頃は恥ずかしくて出来なかったこと。
 もしも恥ずかしがらずに繋いだままでいたのなら、なんて。
 考えても、仕方がないけど。


 楽しめそうなことは何でもやった。
 金魚すくい、ヨーヨー釣り。くじ引きに射的、もちろん買い食いを楽しむことだって。
「たっくん、なんだか優しくなったね」
「別に変わってないだろ」
「うん。あまり変わってないけど、あの頃よりももっと優しくなったよ」
 どうなのだろうか。自覚はあまりないけれど、そうだったらいいなとフランクフルトをほお張りながら思った。
 そうやって色々していたのだから、時間の経過だってかなりのもので。
 空に花火が上がり、終わりの足音を聞いた時ははっとした。
 別れの時が、来てしまう。
 そうなる前に言わないと。
 あの時言えなかったことを。言えずに澱となっていたことを。
「愛理」
「うん?」
 どうしたの、と愛理が託を見上げる。
「俺はお前のことが、……好きだった」
 今になって言う台詞が、何故か自分に刺さった。
「……うん。私も、たっくんのことが好きだったよ」
 愛理も同じ気持ちだったのだろうか。
 寂しそうに悲しそうに、笑ってみせる。
「あの頃、俺のそばに居てくれてありがとう」
「こちらこそだよ。……私からも、ありがとう」
 繋いでいた手が離れた。一歩、愛理が遠くなる。
「これから頑張ってね、たっくん」
「ああ。……さよなら、愛理」
 感謝の言葉と、別れの言葉を交わし。
 ばいばい、と笑顔で手を振る彼女が人混みに消えていくのを見送った。
「死んだ私が望むのは、たっくんが幸せになることだよ」
 見えなくなった愛理の声が、聞こえた気がした。
 がしがしと頭を掻く。
「忘れちゃいけない思い出が増えたなぁ」
 ぽつり、手のひらを見ながら託は言った。
 さっきまで感じていた彼女の手の感触。
 頑張ってねという言葉。
 それから、幸せを望まれているということ。
「さて、と……」
 くい、と伸びをしながら夜空を見上げた。
「僕はこれから頑張らないとねぇ……本当に」
 決意を空に零すと同時に、大きな火の花が咲いた。
 発言を肯定されているような気がして、小さく笑った。