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はっぴーめりーくりすます。2

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はっぴーめりーくりすます。2

リアクション



12


 今日は蒼灯 鴉(そうひ・からす)とのデートの日。
 鴉の支度が終わるのをまだかまだかと師王 アスカ(しおう・あすか)は待っていたのだが、
「先に行っていてくれ」
 と、半ば追い出されてしまった。
 何でだろう、と思いつつ、待ち合わせ場所にしたフィルの店に、アスカは向かう。
 ――それで、待ってる間スケッチさせてもら……、
 そこまで考えて、息を吐く。
「うー……今日はデートだから、スケッチブック封印なんだよな〜……」
 いつもあるものがないと、こうも落ち着かないのか。
 そわそわしながらも、Sweet Illusionに辿り着く。
 からんからん、と耳に優しいベルの音。ふんわり漂う甘いケーキの香り。いらっしゃいませーという声は、
「……あれぇ?」
 知った声とは、少し違った。声の主に目を向ける。
 フィル……に、良く似ている。
 が、フィルではない。
 ――知らない男の人だぁ。
「こんにちは」
 なのに、彼はにこやかに話しかけてきた。
 疑問に思いつつも、こんにちは、と挨拶を返し、
「あのぅ、今日はフィルさんいないんですかぁ?」
 問い掛ける。
 ちょうど時間もできてしまったことだし、せっかくだから以前聞きそびれた名物の秘密を教えてもらおうと思っていたのに。
「お休み〜?」
 きょと、と首をかしげていると、お兄さんが笑いを堪えるように口元を抑え、小さく震えていた。
「?? なんですかぁ?」
 さっきからこのお兄さんは、何なのだろう。
 親しげに挨拶をしてきたり(いやそれは店員としてなのかもしれないが)、急に笑いだしたり。
「失礼だと、思いま……」
 と言いかけたとき、
「いや、ごめんごめん。驚く子はいても気付かない子なんて久しぶりだったから、つい、ね」
「???」
「俺、フィルだよ」
「……ええ〜?」
 それはおかしい。アスカの知っているフィルは、女だ。スタイルが良くて、アルトとソプラノの中間くらいの素敵な女声で、お化粧もしていて。
 そして今目の前にいる人は、男。……だけど、
「似てる、んだよねぇ」
「それは俺が同一人物だからでーす。これが名物の秘密☆」
「……ふえぇ?」
「俺だったり、私だったり。女装と男装を使い分ける性別不明なおねにーさん。それがこの『Sweet Illusion』の名物店主なのでしたー」
「あー。あぁぁ!」
 言われてみれば、なるほどと思う。
 思うけど。
「……なんだか、反応に困るぅ」
「もっとすごいの期待した?」
「う〜ん、これもすごいっていえばすごいけど〜」
 まさかそうだと思っていなかった分、驚きすぎた……のかもしれない。
「でもでも、本当に、どっちにも見えるんだねぇ。この間はちゃんと女の人だし、今日は男の人だし〜……」
「それが特技でもありますから☆」
「ふぇ〜、なるほど〜。……そのスタイルとかもぜぇんぶ作りもの〜?」
「ふふふ、内緒でーす。俺は完璧なる性別不明なのですー♪」
「どっちなんだろ〜。気になるなぁ」
「ゆっくり知っていってね☆」
 はぁいと頷きながら、注文を伝える。とりあえずはと季節のお勧めケーキ。それから、このケーキに合う紅茶を。
 席に座って紅茶が入るのを待ちながら、アスカはぼんやり考える。
 ――鴉早く来ないかな〜。
「……あ、フィルさんにも用意したんだった〜」
 思い出し、ととと、とカウンターに寄っていく。
「フィルさぁん、これクリスマスプレゼント〜。はいどうぞ」
 渡したのは、ひつじの形をしたアイピロー。手作りの品である。
 ありがとう、と微笑まれたので微笑み返し、席に戻った。
 外の風景をぽやりと見つめる。恋人たちが仲良さそうに歩いているのが見えた。
 幸せそうだなぁ、楽しそうだなぁ、と思っているうち、日差しの柔らかさに瞼が重くなる。
 依頼された絵の制作とプレゼント作りで疲れていたのだろう。抵抗空しく、机に突っ伏す。
「早く来ないと、ケーキ食べちゃうんだからぁ〜……」
 ぽそぽそと呟きながら、そのまま夢の世界へ足を踏み入れた。


「あ〜、やっと着いた……」
 アスカから言われた店に到着したのは、予定していた時間よりも少し遅い時間。
 店の場所を詳しく訊かなかったので、探すのに苦労してしまった。店を前にしてもここでいいのかと入るのに少し躊躇う。
 ――あいつ……待ちくたびれてるだろうな。
 少し申し訳なく思いながら、店のドアに手を掛けた。
 アスカの姿はすぐに目に入った。眠っている。机に突っ伏して、微動だにしない。
 歩いていって、対面の席に座ってもアスカは気付かなかった。おい、と声をかけようとして、
「…………」
 その横顔に、うっすら浮かぶ隈を見つけて言葉を呑んだ。
「アスカちゃんの待ち人?」
「ああ。迷惑かけたな」
「いいえ、全然? どうぞごゆっくり」
 紅茶はまだ淹れていないから、と謎の言葉を残された。少しして、ああアスカが注文していたものか、と読解。
 対面の席から隣のソファ席に移動して、ちょいちょいとアスカの肩をつつく。
「ん〜……?」
 寝惚けてながら身体を起こしたアスカの頭をくいっと引いて、もたれかからせた。
 枕にするには硬いだろうけど、机よりはいいだろう。
「……ぁ、鴉だぁ。待ちくたびれたよ〜」
「悪かった」
「ん〜、ケーキご馳走してくれたら許す〜」
「了解。でもお前は少し寝ろな」
「その前に、これ、あげる〜」
 綺麗にラッピングされたプレゼントの中身は、藍色のマフラー。
「サンキュな」
「ん、喜んでくれたなら、私も嬉しいよぅ」
 眠そうに目を擦るアスカの頭をぽんぽんと優しく叩き、彼女の膝の上に自分の用意したプレゼントを置いた。
 スケッチブックが入るような、小さな肩掛けバック。
 アスカはプレゼントに気付いていないのか、まどろみの中にいる。起こすことなく、鴉はアスカの頭を撫でた。
 と、店のドアが開く音がした。反射的にそちらに目をやると、金髪の背の高い青年が立っていた。
「あらまァ、綺麗な絵面。スンマセンお兄さん、お二人の写真撮らせていただいてもいいスかね?」
「構わないが、静かに頼む」
 苦笑気味に言って、以降は目をくれることもなく。
 ただ黙ってアスカの隣に座り、彼女が起きるのを待った。


*...***...*


 街の色はクリスマスカラー。
 そして今日はその当日。
 せっかくの特別な日をただ家で過ごすのはもったいない気がして、冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)はヴァイシャリーの街に出た。
「ケーキでも買う?」
 日奈々の手を取った千百合が問い掛ける。
 うんと、と少し考えて、
「有名なお店が……この近くに、あるって聞きました」
「へえ? 美味しいのかなぁ」
「みたいですぅ……。行って、みませんか……?」
「うんっ」
 提案に乗ってくれたので、噂の店を目指す。
 ケーキ屋『Sweet Illusion』。
 同級生の間で評判のお店。
 ドアを開けると、涼しげなベルの音がした。同時にふわりと漂う甘い香り。匂いからして様々な種類があるようだ。
「わ、いろんなケーキがあるね。確かに美味しそう」
 ショーケースを見た千百合が、楽しそうな声を上げる。
「こんなにあると……迷っちゃいますぅ……」
「ね。あ、でもあの苺のタルト美味しそう。あたしはあれがいいな」
「私は、えっと……」
 迷った。何がいいだろうか。どれも本当に美味しそうに思えるから考え込んでしまう。
「じゃあ、私は……紅茶のシフォンにしますぅ」
「あはは。二人して全然クリスマスっぽくないチョイスだね」
「あ……変えます、かぁ?」
 ブッシュドノエルも美味しそうだとは思ったし。
「このままでいいんじゃないかな。食べたい! って思ったのを食べるべきだし。
 というわけで、すみませーん。苺のタルトと、紅茶のシフォン一つずつくださーい」
 千百合が頼んでくれたので、日奈々は静かに佇む。
 陶器のぶつかるちいさな音が聞こえ、香りがふっと近付いた。
「よし、食べてこー」
「は、いっ」
 手を引かれ、近くの席に座る。フォークを手にし、「いただきます」と手を合わせ。
 フォークをシフォンに刺す。ふわり、柔らかな手応え。口に含むと溶けるように消えた。
「美味しい……」
「タルトも美味しいよ。はい、あーん」
「え、あ……あー、ん……」
 口を開くと、苺の甘酸っぱい香りが広がった。タルトのしっとりした生地と、苺に合う絶妙な甘さ。
「こっちも、美味しいですぅ……」
「ね。シフォンも一口ちょうだい?」
「ん……あーん、ですぅ」
 食べさせ合って、舌鼓を打つ。
 食べ終わる頃に、「そういえば」と日奈々は口を開いた。
「この後は、どうしますかぁ?」
「タルト食べたら家に帰ってー、そしたら日奈々を美味しく頂きたいなー」
「……えと、……え?」
 私を食べたいって、つまり。
「……その、……そういう、ことで……いいんですよね……?」
 頬が熱いのが、わかる。
 ――期待しちゃって、いいんですよね?
 柔らかい手が、日奈々の頬に触れる。
「日奈々のこと、隅から隅まで美味しく味わって食べてあげる」
「……はい。どうぞ、召し上がれ」


*...***...*


 三井 静(みつい・せい)にとってのクリスマスは、家に一人残されて寂しく過ごすというものだった。
 両親は仕事で家に居ることが少なく、また恐らくは静への関心も薄かったのだろう、人や物が語るような『楽しいクリスマス』は想像の中のものでしかなかった。
 少しでもクリスマスらしいことをしようと、毎年静はケーキを買ってきて、食べた。
 食べきれないのを承知しながら、ホールのケーキを。
 ホールのケーキは予想通り食べきれたことはなく、毎年次の日に持ちこされ、あるいは捨てられて。
 どこか申し訳なく思いながら、クリスマスを終えてきた。
 だけど今年は、一緒に居てくれる人がいる。
 一緒に、クリスマスを過ごしてくれる人がいる。
 もう一人ではないのだと思うと嬉しくて。
「あの。……ケーキ、買いに行かない……?」
 三井 藍(みつい・あお)に、誘いかけてみた。
 ――クリスマスにケーキをねだるなんて、子供っぽいかな?
「ケーキ、食べたい」
 躊躇いながらも、想いは言葉になって。
 おずおずと、藍の反応を待つ。
「ああ。行くか」


 到着した店は、ヴァイシャリーにあるケーキ屋『Sweet Illusion』。
 ドアを開けてすぐ右手、ショーケースの中には様々なケーキが並んでいる。
 ――何がいいかな。クリスマスだし、ブッシュドノエル、とか?
 悩む。どれもこれも美味しそうだ。
 店長さんにお勧めを聞いてみようか。そう至って顔を上げた時、ポスターが目に留まった。クリスマスケーキの販促ポスターだ。
「……あ」
 一目見て、心を奪われた。
 生クリームと苺でデコレーションされたケーキ。サンタとトナカイの砂糖菓子がちょこんと乗っていて、一番手前には『Merry Christmas』と書かれたチョコプレート。
 可愛らしくて美味しそうで、あれがいいなと思ったけれど。
「……予約限定、かぁ」
 どうやら遅かったらしい。
「なんだ。あれがいいのか」
 藍が、静に問い掛ける。
 いいのかと言われても、あれは予約限定のデコレーションケーキじゃないか。
「買えないのにそんな質問、意地悪だよ」
「買えるとしたら?」
「え?」
 藍が、フィルに目をやった。フィルはにこりと綺麗に笑んで、
「どうぞ」
 と箱に入れられたケーキを手渡してくる。
 箱と藍と、視線が数度往復し。
「え、え? でもこれ、予約限定じゃ」
 戸惑ったまま、静は藍を見上げた。
「予約してたんだよ。お前が喜ぶと思って」
「……え」
 本当に? と問うように、フィルを見る。肯定するように、フィルの顔には笑顔が浮かんでいる。
 驚きすぎて言葉が出なかった。だって藍は今日のことを気に掛けた様子もなかったし、静だって浮ついた気持ちを悟られないようにと隠してきたのに。
「お見通しだよ」
 と頭を撫でられて、恥ずかしいやら嬉しいやらで頬が熱くなった。
「あ、」
「ん?」
「りが、と」
 目を見て、真っ直ぐお礼を言うと。
「どういたしまして」
 優しく、微笑まれた。
 ケーキのサイズは七号で、二人で食べるには大きかったけれど。
「残さず食べようね」
 弾んだ声で言うと、少し困ったような顔をしつつも藍は頷いてくれた。
 今年こそ、楽しいクリスマスになりますように。


*...***...*


 せっかくのクリスマスだから、デートとはいかないまでも二人の思い出を作りたくって。
 秋月 葵(あきづき・あおい)は、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)を誘って街に出た。コーディネートはエレンディラにお任せで、他のパートナーたちへのプレゼントを買いに行くという名目で。
 プレゼントを手に入れて、今日このあとはどうしようかと考える。
「ケーキでも食べよっか〜?」
 クラスメートたちが、この近辺に美味しいケーキ屋さんがあると噂していた。
 確か、店の名前は『Sweet Illusion』。
「いいですね」
 エレンディラが微笑んで頷いた。店を探す。
 少し歩くと、店はすぐに見つかった。店内に入り、甘いケーキの匂いを堪能する。
「どのケーキにしよっか〜? たくさんあるね〜」
 ショーケースの中の、色とりどりのケーキに目移りした。
 クリスマスらしく、ブッシュドノエルを選ぶべきか。それとも生クリームショトケーキ? だがシフォンケーキやタルトも捨てがたい。
「エレン、決まった?」
「いいえ。迷ってしまいまして」
「あはは。あたしもだよー」
「じゃあ、店長さんに選んでもらいましょうか」
「それがいいかも。ねえねえ、お勧めケーキってどれかな〜?」
 フィルに問う。営業スマイルの彼は、「そうですねー」と手のひらでケースを示し、
「チョコレートが好きならこちらのブラックプラリネケーキなどいかがでしょうかー?」
「あ、美味しそう。あたし、これにしようっと♪」
「それからミルフィーユもお勧めですよ♪」
「では私はそちらを」
 ケーキと紅茶をトレイに乗せて、席に座っていただきます。
「ん。これ、美味しい〜♪」
「ミルフィーユもなかなかですよ」
「わぁ。一口ちょうだい?」
「はい、どうぞ」
 あーんでもらったミルフィーユは、パイがさくさくしていてとても美味しい。
「エレンの作るケーキも美味しいけど、ここのケーキも美味しいね♪」
 微笑んで、お礼にこちらからもあーん。
 二人で顔を見合わせて、はにかんでいたら。
「あら? デートっスか」
「紡界ちゃん」
 声を掛けられた。紺侍が笑みを浮かべて立っている。手には、いつも通りにカメラを持って。
 ふと思いついた。そうだ、彼に撮ってもらおう。きっと、いい記念になる。
「ね、写真撮って〜♪」
「え、いいんスか?」
「うん。ね、いいよねエレン」
「えっと、はい」
 エレンディラは少し恥ずかしがっているようだったけれど、了承してくれた。葵はエレンディラの隣に座り、彼女の腕に抱きつく。
「えへへ」
「もう」
 笑いかけると、エレンディラも微笑んだ。ぱしゃり、シャッターが切られる。
「すぐ現像します?」
「うん」
「じゃ、ちょっと待っててくださいね」
「はーい」
 紺侍を待つ間に、ケーキを食べて。
 少し休憩したら、次はどうしようか?
 暗くなってきたし、公園のイルミネーションが綺麗かもしれない。
 寄らせてもらって、見ていこう。
 そして、
 ――渡すんだ。
 前もって用意しておいた、エレンディラへのプレゼントを。
 ――……喜んで、くれるかな?
 どんな反応をするのか。
 考えるだけで、どきどきした。