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はっぴーめりーくりすます。2

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はっぴーめりーくりすます。2

リアクション



17


 クリスマスを迎える、丁度一週間前のことだった。
 暗い路地裏に、月明かりで黒く見える血が飛び散る。
 頬に飛んだそれを、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は服の袖で拭った。闇に紛れる黒い服は、サンタを模した衣装。
「今日で、今年のお仕事は終わり?」
 確認するように、ハツネは大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)に問い掛ける。おう、と無愛想な声が飛んできた。
「じゃあ、この『黒いサンタ』の恰好も、もういい?」
「ああ」
 鍬次郎は、依頼人の意向で着せられたこの恰好を嫌っているようだ。早く脱ぎたい、とばかりに返答も早く、声には苛立ちが含まれている。
 ハツネ自身はそれほど嫌というわけでもなかった。それよりも、『お人形さん遊び』ができる歓びの方が大きい。
「楽しかったの」
「そうかい。良かったな」
 頷いて、路地裏を出る。
 満足だ。とても、満足。
 だけど。
 通りすがりの家族が持っていた、人形を見て。
「……ハツネ、お人形さんが欲しい」
「……は?」
「本物のお人形さん……クリスマスプレゼント。欲しいの」
 ハツネは鍬次郎を見上げ、ねだった。鍬次郎は眉根を寄せて面倒そうな目をしている。
「ハツネ。クリスマスプレゼントなんて、俺らにはねぇよ」
 返答に、少なからずムッとした。
 どうして? 問いを目に込め、見つめ返す。
「あるわけねぇだろ。それとも暗殺者が聖夜を迎えられると?」
「いけないの?」
「俺は良いと思えねぇな」
「……もう、鍬次郎なんて知らないの!」
 ちょっとだけ、憧れていた。
 親しい人達と一日を祝い、ケーキを食べて、プレゼントを交換したりする、『普通のクリスマス』に。
 だからだろうか。ただ断られただけなのに、こんな風に拗ねるのは。
 否定されたくなかった。ただ、家族みんなでわいわいとする『普通』も楽しみたかった。
 ――……いけないの?
 『お人形遊び』は、それほどまでに悪いこと?
 ハツネには、よくわからない。


 珍しいことに、ハツネが落ち込んでいる。
 仕事を失敗したようではないし、怪我をしている風にも見えない。
「どうしたの」
 声をかけ、話を訊くとクリスマスのことで悩んでいると知り。
「ハツネ。貰うことばかり考えていたらだめよ」
 斎藤 時尾(さいとう・ときお)はヒントをあげることにした。
「……?」
 いまいちピンと来ていない様子のハツネの頭を撫でて、
「『取らんと欲する者は先ず与えよ』ってね」
 続いてもう一つのヒントを。
「こっちからも、プレゼントをあげる……って、こと?」
「そう。賢いわねぇ」
 でないと、あの馬鹿は動きはしないだろう。
「じゃあ、ハツネ、鍬次郎にもお人形さんあげるの。鍬次郎だけじゃなくて、みんなにも」
「それは良い考えねぇ。じゃあ、噂の人形師のところにでも依頼するかね」
 音に聞く、ヴァイシャリーの人形師ならばクリスマスまでに用意してくれるだろう。
 どんな人形がいいかと相談をして、紙に書き出して。
 ハツネに注文させて、あとは完成を待つだけ。
「クリスマス、楽しみね」
「楽しみなの」
 少しだけ、ハツネのぎこちなかった態度が解れたので。
 時尾は小さく微笑んだ。


 あの夜から一週間経った。
 ハツネの態度は、どこか余所余所しい。
 落ち込んでいるように見えた数日。それから今度は鍬次郎を見ては視線を逸らし、の繰り返し。
 そして今日は朝からずっと、家に居ない。
 一連の行動の原因が、あの日の鍬次郎の言葉にあるというのなら取るべき行動は決まっている。
「……チッ」
 舌打ち一つ零して、立ち上がった。
 ――しゃーねぇ、こっそり買ってきてやるか。
 ――……どうせ、すぐ壊すだろうがな。
 その時彼女は何を思うのだろう。
 何も、思わないかもしれない。
 『お人形さん』を壊す時のように。
「…………」
 ぐだぐだ考えるのはもう止めた。
 だからなんだ。壊したら壊したでいいじゃないか。その時何を思おうが構わない。
 元より彼女は壊れているのだから、今更。
 ――…………。
「あァ本当、面倒臭ェな」


 人形工房に着いた鍬次郎は、「いらっしゃいませ!」と声を掛けてきた少女を捕まえた。
「店員か?」
「そうよ! どうぞ、ゆっくりみていってね」
 にこり、微笑む笑顔に困る。別に見にきたわけではないのだ。どうせすぐ壊れるものなのだから、適当なものでいい。
 それならばそこらの雑貨屋で済んだのに、どうしてここまで足を運んだのか。その問いには気付かぬふりで、少女から目を逸らす。
「あんた、なんか適当なの見繕ってくれ」
「てきとう?」
「クリスマスだからな」
「でも、じぶんでえらんだほうがよろこぶとおもうわ」
 正論すぎる意見に、思わず視線が険しくなる。
 彼女の肩に手を置いて、
「……そういうのはいいんだよ嬢ちゃん。俺ァイライラしてんだ、黙ってねェと斬るぞ?」
 と言った瞬間、背後から殴られた。
「ってェな、……時尾?」
「あんた何小さな子にまでガンたれてんのよ。
 ごめんなさいねぇ、怖かったでしょう?」
 なぜか、店に時尾がいた。しかも少女とは知り合いのようで、少女は時尾に微笑み「へいきよ、ときおおねぇちゃん」と笑っている。
「鍬次郎……?」
 また、時尾の後ろからハツネが顔を出す。ハツネの腕には、人形が抱かれていた。
「何してんだ、お前ら」
「この状況見てわからないのかねェ〜」
 時尾が呆れた声を出す。……うすうす、わかってはいた。が、信じられなかったのだ。
 しかしハツネははにかむように笑い、
「クリスマスプレゼント!」
 その手に抱いた人形を、鍬次郎に手渡そうと差し伸べてきた。鍬次郎をデフォルメした、可愛らしい人形を。
「…………」
 不意に、既視感を覚えた。
 昔、同じように、プレゼントを手渡してきた相手のことを。
 鍬次郎の様子に気付かず、ハツネは言葉を続けた。
「あのね。ハツネ、お母さんがいて、可愛い弟分の葛葉ちゃんがいて、優しい熊さんな新兵衛がいて、おバカなお姉ちゃんの春華がいて……お父さんな鍬次郎がいて、すっごく幸せなの」
 楽しそうな、嬉しそうな声音で。
「だから、ハツネのクリスマスプレゼント……受け取ってほしいの」
「…………」
「……ハツネだって、大切なものは壊さないの」
 彼女は、壊れている。
 けれど、こうして正常な部分だって――感情だって、確かにある。
 鍬次郎は、一度ハツネに背を向けた。ざっと店内を見回し、商品を見てハツネが喜びそうな人形を選び出す。
「ほらよ、ハツネ。……プレゼントだ」
 選んだ人形を、彼女に手渡し。
 彼女の手から、自分に向けられたプレゼントを受け取った。
「ありがとよ」
 低く呟いた礼の言葉に、ハツネがとびきりの笑顔を浮かべた。