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リアクション
■ 秘められた過去の日記 ■
ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)に案内されて、ドイツ郊外にやってきたフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)は、見覚えのある景色に首を傾げた。
「ルイ姉、ここって私たちが初めて会った場所じゃ?」
「はい。ここにセディのお墓があるんです」
ルイーザは寂しそうに微笑んだ。その姿に、はじめてルイーザと出会った時のことをフレデリカは脳裏に蘇らせる。
あの時のルイーザは、今にも消えてしまいそうな様子でここに立ち尽くしていた。
フレデリカが兄の死を知ったのはつい最近だから、まさかここに兄の墓があるだなんてその時には知るよしもなかったけれど。ここに立っていた時のルイーザは一体どんな気持ちだったのだろう。
こちらですとどこか思い詰めたような風情のルイーザに連れられて、フレデリカは兄、セドリック・レヴィが眠る墓へと向かった。
セドリックの墓につくと、フレデリカとルイーザは綺麗に墓を掃除した。
花と、セドリックの好きだったリンゴを供えると、その色が墓に明かりを灯したような彩りとなる。
けれど墓石の冷たさに『兄の死』という現実を思い知らされたフレデリカにとっては、その彩りも慰めにはならなかった。
「兄さん……」
呼びかけても答えてくれない冷たい墓石に触れながら、フレデリカは大粒の涙をこぼし続けた。
いつまでもそうして動こうとしないフレデリカの背に、ルイーザはそっと手を当てる。
「こんな寒いところにずっといては、風邪を引いてしまいます」
「でも……」
「フリッカを連れて行きたい所があるんです。だからどうか……」
ルイーザはフレデリカを説き伏せると、この近くにあるというセドリックの研究室へと案内した。
「ここです」
ドアに施されていた封印術を解除すると、ルイーザはフレデリカを研究室内へといざなった。
「ここで兄さんが研究をしていたの?」
フレデリカは興味津々に部屋を見渡した。今はもう使う人のない場所だけれど、置かれた物の配置や種類はやはり兄を思わせるものがある。
ルイーザは懐かしそうに部屋を一渡り眺めた後、セドリックが使っていた机に歩み寄った。
机の引き出しに手をかけて、ルイーザは迷うようにもう一度フレデリカを見やった。
(今のフリッカには酷かも知れない……)
墓の前でフレデリカが見せた悲しみに、ルイーザの決心は鈍りそうになる。けれどそれでも、フレデリカには自分とセドリックの間にあったことを知っていて欲しい。
(……だってセディ、口には出さなかったけどフリッカの事、とても気にしていたもの)
自分にとってもフレデリカにとっても、きっと辛いことになる。けれどこのことをフレデリカに伝えるのは他ならぬ自分の役目だ。たとえ、伝えることでフレデリカから嫌われたり、恨まれることになったとしても。
ルイーザは思い切って引き出しをあけると、そこから日記を取り出した。
「……フリッカ。これはセディの日記です。どうか……知って下さい。何があったのかを……」
震える手でルイーザが差し出した日記を、フレデリカは受け取った。
日記の記述、サイコメトリ、そしてルイーザの涙ながらの補足によって、フレデリカは兄の死にまつわる一連の事柄を知った。
それは……。
――セドリックはミスティルテイン騎士団の幹部候補生として、日々研鑽に励んでいた。その立場は名誉も遣り甲斐もあるものだったけど、時には辛い決断もしなければならないものでもあった。
そんなある日、セドリックは調査中の遺跡でルイーザを発見し、保護をした。
保護されたルイーザは衰弱しきっていたけれど、優しい微笑みをセドリックに向けてくれた。したくはない決断を下して帰ってきたときなど、そのルイーザの微笑みがどれほどセドリックを慰めてくれたことか。
そんなルイーザをセドリックは懸命に治療した。けれどルイーザの負った傷は魂まで食い込む深いもので、普通の治療術では一向に彼女を回復させることは出来なかった。
どうにかしてルイーザを救いたいと思ったセドリックは、己の魔力、生命力をつぎ込んで禁じられた秘薬を作った。そのためにミスティルテイン騎士団の幹部候補生という立場を失うことになってしまったが、その甲斐あって秘薬を飲んだルイーザはみるみる回復していった。
そんな2人が恋に落ちるのは自然なことだった。
ルイーザが完治したら契約してパラミタに渡ろう。
2人はそう約束して、ルイーザが完全に治る日を待ちこがれていた。
けれど、契約をする直前に、剣の花嫁を狙った者による襲撃があった。
その戦闘中にルイーザの光条兵器がセドリックに致命傷を与えた――
「もちろん私にはセディを傷つけようなんて気持ちは微塵もありませんでした。どうしてそうなってしまったのか、今でも分かりません。あの時……敵に向けたはずの光条兵器がねじ曲げられるような感覚があって……気づいたらセドリックに……」
ルイーザは身を震わせて自分の腕に触れた。
襲撃自体は退けることが出来た。けれどセドリックは程なく、フレデリカのことを気に掛けながらルイーザを護れたことに満足して、息絶えたのだった。
「やっぱり兄さんは私が思っていた通り、最期まで誇り高く立派だったのね」
そんな兄を尊敬していた。
そんな兄が大好きだった。
けれど……とフレデリカの目から涙が溢れる。
「でも……でも! 無様でも良いから生きて笑っていて欲しかった……!」
そんなことをフレデリカが言うのを聞いたら、セドリックは怒るかも知れない。けれど生きていて欲しかった。
失った兄の存在の大きさに、フレデリカは大泣きに泣く。
そんなフレデリカを抱きしめて、ルイーザも大切な恋人を想って尽きぬ涙を流すのだった――。