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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め

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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め
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第3章 それぞれの歩く道 2

 別段、意識しているわけではないのだが、氷室 カイ(ひむろ・かい)はどうしても周りの雑踏に向けて警戒するような視線を向けてしまっていた。普段から剣をたしなんでいるせいだろう。もはや癖の一種と化しているその目の配り方は、なかなかぬぐえるものではなかった。黒髪の下で生える紅い瞳が、じっくりと周囲を観測する。
「それでね。あそこの店のお饅頭がとっても美味しいみたいなの。なんでもダークフィッシュっていう魚の身を中の具に使ってるみたいで……」
「…………」
「……カイ?」
 そんなカイを呼ぶのは、彼のパートナーであって恋人でもある雨宮 渚(あまみや・なぎさ)だった。
 先ほどからパンフレットを片手になにやら楽しげに声を弾ませていたが、どうやら途中で隣にいる朴念仁がまったく聞いていないことに気づいたらしい。家を出かける前に言っていた『今日はとことん渚に付き合おう』という言葉が思い出されて、腹立たしかった。
 眉根を寄せながら、再度声をかける渚。
「カイ、聞いてる?」
「…………」
「ねえ、カイってば」
「…………」
 しわを作っていた眉根は限界まで寄り、その目尻がピクピクと動いている。瞬間、彼女の怒りは噴火口に達して爆発した。
「カイイイイイィィィ!!」
「どわあああぁっ!? なんだなんだなんだっ! 敵襲か!?」
 キーンと鳴っている頭を片手で押さえながら、とっさに刀を抜いたカイはきょろきょろと辺りを見回す。むろん、敵などいるはずもない。横にいるのは、まるで般若のような顔でこちらを睨みつけている渚だけだ。
 そこでようやく彼は、先ほどの大声が敵襲の音などではなく、耳元で張り上げられた彼女の大声だったのだと気づいた。
「今日はとことん私に付き合ってくれるって約束だったでしょっ! なんでそんなよそ見ばっかりしてるのよ!」
「い、いや、つい剣士としての癖というか、なんというか…………いつ敵襲があってもおかしくないように警戒してしまって……」
「言い訳無用!!!! 今日はデートでしょ! 普段からそんな調子であまり2人でゆっくり出かける暇も無かったから、せっかくこういう機会だし今日はデートを楽しもう――って言ったのは、カイ自身でしょ!」
「ま、まったくおっしゃる通りで……」
 地面に座り込んでへこへこと謝るカイ。
 もちろん色々と言いたいことはあったが、全面的に自分が悪いわけで、それは全て言い訳にしかならなさそうだった。渚は未だに怒りのオーラを放ちつつ仁王立ちになって彼を見下ろしている。
 しばらく謝罪をし続いて、ようやく彼は渚の怒りから解放された。落ち着きを取り戻した二人は、今度こそちゃんと次の商店街に向かってデートを楽しもうとする。
 と、そのとき。カイがあることを思い出して立ち止まった。
「どうしたの?」
「ああ、忘れないうちに渡しておこうと思ってな。……その……これを」
「これって……」
 それは、虹のタリスマンを加工して作られた、鮮やかな装飾の施されたネックレスだった。
「なんというか、普段からこういうのを渡すチャンスもなかっただろ。それに、今日は婚約してから初めてのデートだしな。記念にということで」
「……ふ…………ふふっ」
 と、なぜか渚はそのプレゼントを見つめながらクスクスと笑い出した。
 訳が分からず、カイは呆然と立ち尽くす。
「ご、ごめんなさい。その…………考えてることは一緒だなぁって」
「一緒?」
「これ、さっきアムトーシスに来て最初に寄った芸術作品が並んだ通りで買ったでしょ?」
「あ、ああ。でもどうして……」
 いまだに頭にはてなマークで浮いているようでおろおろと戸惑うカイに、クスッと笑った渚が、自分も懐からあるものを取り出した。それは、カイがくれたネックレスとほぼ同じ形状ネックレスだった。
 唖然とするカイに、再び渚が、今度はいたずらっ子のように笑った。
「私も、さっきの商店街で買っておいたの」
 二人はしばらく自分たちのネックレスを見つめ合い、やがて、お互いに目を合わせると、その偶然に感謝するように笑ってお互いのネックレスを交換した。よく見れば、そのネックレスの表面の飾りは違うようだ。
 カイから渚に渡されたものには、レバノン杉の葉の飾り細工が。その花言葉は、『君のために生きる』。そして渚からカイに渡されたものにはゼラニウムの飾り細工が。その花言葉は、『君ありて幸福』。お互いに、さっそくそれを片耳に嵌める。
「なくしちゃったら怒るよ?」
「わ、分かってる……」
 顔をのぞき込んできた渚の言葉に、カイはどぎまぎと答えた。
 二人の耳元で揺れるネックレスは、街の光を浴びて七色に輝いていた。



 ルシェンたちは、朝斗を追いかけるその数を徐々に増やしつつあった。
 七枷陣が含めていることは言うまでもないが、そこには柊 真司(ひいらぎ・しんじ)アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)の姿もある。振り返って、
『裏切ったな、真司くん……っ!』
 と訴えかけてくる、朝斗の視線に、
『だってしょうがないじゃん。リーラにヴェルリアを一人で買い物に行かせるとか、脅しかけられたんだからさ』
 と、真司は苦笑しながら視線で答えていた。
 そしてその問題の真司のパートナー、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は、むしろ率先して朝斗捕縛に全力を注いでいる。ルシェンと一緒に、二又槍のハイドロランサーで足止めしようとするひどく直接的で危険なやり方を行使していた。ハイドロランサーはリーラの身体の一部を液体金属に変異させて作り出した槍である。普段はリーラの身体の中で同化しているが、必要に応じて取り出すことが出来るのだった。
 そんな危険きわまりない槍が、液体金属という利点を生かして形状を変えて伸びてくる。
「どわぁっ! 殺す気かっ!」
「当然!」
「エラそーに言うなぁっ!」
 怒号を放っても、リーラたちの動きは止まる気配すらなかった。
「あさとおおおぉぉ、待ちなさいいぃぃぃ!」
「だあぁっ! しつこいっ!」
 もはや鬼ごっこを通り越して、こうなっては軍事作戦の一種である。
 追いかけてくるルシェンたちから、なんとか複雑に入り組んだ建物や水路を利用して逃げ切ろうとする朝斗。距離が離れてくると、後方にいたアニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)がドラグーン・ランチャーというアレーティアが改造したロングライフルで射撃してきた。ギリギリで、朝斗はそれをかわす。
「ひどい、ひどいよマミーっ! あいつら、本気で僕を殺す気だよ!」
「あまいのぅ、朝斗! 殺すのではない、弄るのじゃ!」
「どっちも死刑宣告と一緒だい!」
 涙目になって、もはや獣の本能的な動きで逃げ続ける朝斗。
 と――その頭に突然、痛みが走った。
「あだだだだだだっ!」
「ふふふふ……見たか〈遠隔呪法〉の力。呪いで頭痛に苦しむがいいわっ!」
(…………うわぁ、悪役だ。悪役がここにいるよぉ)
 アレーティアのあくどい笑みを見ながら、真司が呆れたように思う。
 しかし、さすがにここまで逃げ切ってきた実績は伊達じゃない。朝斗はなんとか、どこかの神社に逃げ込むと、雑踏の中に紛れて彼らをやり過ごしたのだった。



 『お正月を日本伝統の着物で楽しんでみませんか』
 そんな宣伝文句の書かれた看板を飾って、ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)は着物や装飾品を取りそろえた店を商店街の一画に構えていた。
 せっかく、こうした日本の文化を知ってもらう機会である。お店を出さないのは非常にもったいない話だとヴァイスは思っていた。
 その、右が水色で左が赤色という、特殊なオッドアイを持った顔に汗がにじみ、えっちらほっちらと店内をバタバタ動き回って働いている。見た目は華奢なだけに、その労働意欲というか、一生懸命働く姿に、パートナーのセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)は『ほー』と感心した声を漏らしていた。
(まったく、よくやるもんだな。ついこないだまで戦争してた国相手に)
 もちろん、だからと言ってセリカ自身、ヴァイスを手伝う気がないのかと言われればそうではない。
 ただ、なかなか素直にそう思える思考回路を持っていないため、ヴァイスを羨ましくもあり、感心もするのだった。
(でも、俺まで巻き込まれるのは勘弁してもらいたいぜ)
 ここ連日徹夜でたたき込まれたのは着付けや着物のセールスポイントに基本的な接客術。習った以上はその技術を生かして役割を全うしようと思うが、いかんせん――店は忙しかった。
「セリカー! 奥の棚からA−35番の在庫出してきてー!」
「お、おう、了解」
「セリカー! もうすぐ予約してたお客さんが来るから、仕立ての準備お願い」
「だああぁぁ、了解!」
 慌ただしく動く店内。客はそのほとんどが魔族で、やはり物珍しさかどんどんお客さんが入ってきて回転していく。これには、店舗を貸してくれた魔族のオーナーも店の奥で満足げに微笑んでいた。
 と――そんな忙しい店内に懐かしい声が響いた。
「おっ、ヴァイスの旦那じゃねえかっ!」
「こりゃ、繁盛してるなー」
「あれ……あんたたち……無事だったんだね!」
「あったりまえじゃねえか。俺たちを誰だと思ってやがる。これでも誇り高き翼ある魔族だ。この翼にかけて、死ぬわけにはいかねえよ」
 そう言って豪快に笑ったのは、黒き翼を持った魔族たちの先頭に立つ男だった。
 実に懐かしい顔ぶれである。あの時、あの戦争で、ヴァイスが看護や治療を担当した敵軍の魔族たちだ。結局、あのあとどうなったのかが分からなかったが、どうやらアムトーシスの兵士として併合されたらしい。その顔に刻まれたぬぐえぬ傷跡が、彼らの戦いの壮絶さを物語っていた。
「ヴァイスの旦那がここで店をやってるって噂を聞いてな。あの時のお礼を言いに来たんだ。……本当に、あの時は助かった。地球の契約者がどれだけ素晴らしい者たちなのか。あんたに教えてもらった気分だよ」
「……大したことないって。オレは、ただ血を流す人を放っておくのが、オレの性分に合わなかっただけさ」
「へへ……謙遜しやがる」
 意地悪な笑みを見せた魔族に、ヴァイスは照れくさそうにはにかんだ。
「からかうなよ。それよりも、着物はどうだい? あんたたちが来てくれたら、宣伝になりそうだ」
「お、ほんとか? ちょっと興味はあったんだよな〜。日本の着物」
「あ、てめえ抜け駆けすんなよ」
 どうやら心の奥でうずくものがあったらしく、こぞって店の商品を物色し始めた魔族たち。
 ヴァイスはそれを見ながら、頬を緩めた。自分がやったことは間違っていなかった。そんなことを、実感させられたような気がして。
「おいヴァイスー! こ、こっちも手伝ってくれえぇ。俺一人じゃ無理だぁ!」
「あ、ごめん。今行くよー」
 その日。
 アムトーシスには着物を着た魔族たちが空を飛んでいたという話が、雑踏の中を渡った。