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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め

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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め
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第2章 ビバ・かくし芸大会 1

 悔やむことはたくさんあった。
 だからこそ、こうしていま、彼らとともにいることを何より喜ばしいと感じる。気が気じゃなかった心は、彼らの無事を知ることによって平穏を取り戻した。むろん、それでも、こうして実際に出会うまでは不安を感じなかったわけではなかったのだが。
 かつて南カナン戦線でもともに戦った契約者の一人――ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がそう言うと、戦友として戦場を駆け抜けた南カナンの精鋭騎士団〈漆黒の翼〉団長アムドは自分も同じように不安を抱えていたことを語った。そして、こうして本当の意味で安堵できたことを実感すると、笑みがこぼれる。
「終わったんだな」
「そうね。だからいまは、こうしてこんなイベントが開催されるのを見ると、とても嬉しい」
 風になびく髪を抑えながら言う彼女に、アムドはクスッと笑いかけた。
「……お前、こういうの好きそうだからな」
「あ、それどーいうイメージよー」
 ふてくされるように怒るルカと、立ち上がるアムド。
「そろそろ運営に戻らないとサイクス殿にも怒られそうだ。行くぞ」
「ん、了解」
 二人は外で風を浴びるのは終わりにして、運営本部へと戻っていった。



 運営本部の建物の中では、かり出された兵士や一般の魔族スタッフ、はては契約者まで多種多様に入り乱れていた。
 その中で、運営本部長を任されているのは、アムドゥスキアスの側近にして兵隊長を兼任するサイクスである。彼女の指示や計画に従って、部下であるスタッフたちが動いているのだ。とはいえ、実は彼女としては、自分は警備だけに意識を傾けたかったという希望があった。だが、アムドゥスキアス本人から『後は任せた。じゃっ』と言われてしまったため、こうして皆をまとめ上げているのだった。中間管理職の悲しい運命というもので、上からそう命令されてしまっては、仕方なく従うしかないのだった。
 幸いなのは、彼女を手伝う契約者たちも何名か配属されているということである。その中のひとり、ルカは、パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)とともにアムトーシス全体の図面を片手に様々な警備体制を計画・進言していた。
 こうした数多くの人が集中的に集まる機会とあっては、いかんせんどうしても警備に重きを置かなくてはならなくなる。たとえ戦時中ではなくとも、こうした機会をテロのチャンスだと考える者は少なからずいるのだ。ましてや今は、ようやくシャンバラ・カナン・ザナドゥの和平が成立されたところなのである。その和平の溝を入れようという輩がいたとしても、おかしい話ではなかった。
「ここには大砲を設置しておくように手配しておいた。あとは……警備の巡回経路だな」
「ルカとダリルはアムドと一緒の方面を回るよ。淵はどうする?」
「どうするって言われてもなー……うーん」
 ルカから淵と呼ばれた少年は、腕を組みながら首を傾げつつうなった。見た目は明らかに子どもであるが、これでも立派な大人の英霊というパートナーの夏侯 淵(かこう・えん)である。容姿は非常に整っていて美少年といって差し支えないのだが、いかんせん本人が実はちゃんと20才を越えているということをプライドに持っているのが、球にキズだ。チビや子ども扱いには、どうしても不機嫌になりかねないのであった。
「それでは、私と一緒に行きますか?」
「サイクス殿とか?」
「私の回る一画は、他に人員を割いているためどうしても人手が足りないのです。一緒に来てもらえるなら、助かります。それに、なにかあったときは淵殿がいればルカ殿たちにも素早く連絡が取れそうですしね」
 サイクスの提案に、淵はなるほどと納得したような顔でうなずいた。
「それじゃあ、俺はサイクス殿と回ることにしようか…………って、そういえば、カルキノスは野郎はどこ行ったんだ?」
 カルキノスというのは、ルカのまた別のパートナーであるカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)のことである。ドラゴニュートという種族の彼は見た目がドラゴンのそれと同じであるため、勝手に動かれると下手なところで騒ぎになりそうなのだが……。
 と、そのとき、ルカたちに向けて声を掛けてきたのは一人の青年だった
「ああ、カルキノス君なら、ついさっき空の見回りに行ってくるって言ってたよ」
 青年の名はトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)。ルカたちと同じく地球の契約者である。
 見た目の年は少年と言っても差し支えなさそうなぐらいで、淵よりも少し年上に見えるといったところだろうか。しかし、その鮮やかな金髪の下にある蒼青石の瞳と丸みのある顔には、年には似合わないぐらいの落ち着きが見える。そのためか、どうしても大人びた印象をかすかににじませてしまう青年であった。
「マジか……。行動が早いな、あいつぁ」
「たぶん、そこらへんの子どもに泣かれて、ショックだったんじゃない? 今ごろ、空で落ち込んでるよ」
 うんうんと、同情するようにルカが何度も頷く。
「何気にナイーブだからな。あいつ……」
 ドラゴニュートという種族に生まれた彼を、どこかかわいそうにも思えてくる話だった。
「ところで、トマス。隠し芸大会の会場の様子はどうだ?」
 ダリルがトマスが向けて話を振った。
「今のところ、何か問題が起きた様子はないかな。子敬とテノーリオが前に設置した携帯基地局の整備をしてくれてるんだけど、なんとか、この付近なら電波が使えると思うよ」
「連絡も取りやすいということか」
 ダリルが自分の携帯の電波も確認しながら言う。
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)は言うまでもないがトマスのパートナーだ。元々、以前の戦争でトマスたちが設置していた携帯基地局を、これを機会に再び使えるようにしようと整備に向かってくれたらしい。定時連絡や緊急連絡をまとめ上げたり、会場や商店の割り当ても彼とその仲間である子敬たちが行ってくれているし、まったく、サイクスはトマスたちには頭が上がらなかった。
(それに比べて……まったくアムドゥスキアス様は……)
 今頃はきっと商店を歩き回って楽しんでいるだろう。いや、実に腹立たしいことに。
「では、そろそろ巡回に向かうか。すでにマクフェイル殿たちは回ってくれているようだしな。俺たちものんびりはしていられまい」
 テーブルの傍らに立てかけていた大剣を背中に背負いながらアムドが言う。鉄と革を要所に使った漆黒を基調とする鎧が、彼のやる気を物語るようにカシャリと音を鳴らした。
「よーし、行くぞー!」
「ルカ、あまり食い過ぎるなよ」
「分かってるって…………って、ありゃ、バレてた?」
 先に出口に向かおうとしたルカの背中にダリルが言うと、彼女は悪戯が見つかった子どものような顔になった。それを見て、アムドたちもつられるように笑う。
「まったく…………これはカルキノスの分も買ってきてやらないと、また落ち込むかな」
 ダリルは微笑しながらそうつぶやいて、ルカの後を追った。アムドも、相変わらずだというような苦笑を浮かべつつそれに続く。さらにぞろぞろと警備担当たちが仕事に向かったのを見送って、トマスはひとり、座っていた椅子の背にもたれかかった。
「…………僕も、アムトーシス名物『アムドゥ饅頭』頼んでおけば良かったかな」
 目の前のテーブルに置かれている商店の配置図をちらりと見下ろす彼のお腹は、小さくグゥと鳴った。