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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め

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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め
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第4章 だから神社だって言ってるじゃんよ 1

 その日。
 アムトーシスでは巨大な神社が建てられていた。
 その街に住まうデザイナーや建築家がこぞって参加した複合神社で、商店や芸事を披露するための特設ステージなどもまた併設されている。いわば、神社という名のテーマパーク施設でもあるのだ。『あの神社がアムトーシスにやってくるっ!?』という触れ込みは、日本に興味津々の魔族たちの心を刺激して、数多くの人たちが足を運んでいる。メインイベントの隠し芸大会と並んで、その日――『846プロ神社』は大忙しであった。
「ども〜! さぁ! 今年一発目の846プロのイベントはアムトーシスで開催や〜! 846神社という日本の正月を満喫しながらアイドル達と触れ合うナイスなイベントやから、兄さん姉さん、ちっちゃいお子さんからおばあちゃんおじいちゃんまで、寄っといで〜!」
 そんな大忙しの846プロ神社で、これまた忙しそうにメガホン片手に叫ぶのは一人の青年だった。
 どこかの客寄せのアルバイトか? と民の視線は首をかしげる雰囲気を持っているが、その狩衣の白装束姿は、彼らには分からないが立派な神主のそれである。
 実家は神社にして、今は芸能事務所846プロの社長――それがこの関西弁を操る青年、日下部 社(くさかべ・やしろ)なのだった。
(はあー、それにしても繁盛するのはエエことやけど、これやったらライブ会場もてんやわんややろうなぁ)
 神社を巡回しながら見回りを兼ねた客寄せをする社は、併設する特設ステージのことを思い出しながらそんなことを考える。頭の中に浮かび上がるのは846プロのメンバーだ。現在、メンバーたちはそれぞれが神社の各場所で仕事に精を出している。これを機会にザナドゥに846プロという芸能事務所を根付かそう――と、までは考えていないかもしれないが、アイドルや歌手やタレントたちにとって顔を知ってもらい、人に喜んでもらうことは何よりも幸せなことである。
 ライブ会場には社も足を運ぶが、それまではこうして神社内を見回り、みんなのもとに行って激励を与えようと思っていたのだった。
(うーん……俺って、ええ社長やなあ)
 おだてられれば木に登るタイプの社が満足げに顔をほころばせていた。
 そのときだった。
「あれ、社くん?」
「んー」
 振り返った社は、そこにぞろぞろといる面々を見て、ぱあっと嬉しそうな表情を咲かせた。
「なんやー! アムドゥの魔神さんやないかっ! それに南カナンの領主さんまでっ! どないしたんやー!」
「どないしたって……そりゃ、こんな大々的なイベントをしてもらってたんじゃ、僕だって見に来ないといけないじゃない。一応、これでもこの街を治める魔神だからね」
 えっへんと胸を張るアムドゥスキアス。後ろにいたサイクスが口を尖らせてぼそっと声をこぼした。
「…………遊び歩いてただけなくせに」
「なにか言った?」
「い、いえ何も」
 サイクスは慌てて言いつくろった。
 彼女の漏らした声を聞いていた、特に同じ警備担当で苦労したメンバーは、苦笑いである。
「まあ、何にせよ来てくれたんは嬉しいわ! そや、せっかくやから俺が直接神社内を案内したる! 日本じゃあ、神主が直接案内するなんて、そうそうないことなんやで〜。感謝してな」
「いや、社よ。そもそも神主はそんなメガホンを片手に歩いたりは……」
「ほな行くでー! しゅっぱーつ!」
「いや、だから……」
 シャムスの指摘などお構いなしに、仲間たちは社に連れられてぞろぞろと先へ向かっていった。
 このままでは、日本のお正月はおかしな形で伝わってしまう……と、考えている自分が頭が固いのだろうか?
 少し納得いかなそうに首をかしげるシャムス。そこに、彼女を追い抜く形で横に並んだエンヘドゥがほほえみかけた。
「お姉さま、日本にはこんな格言があるんですのよ」
「格言?」
「成せばなる。成さねばならぬ。何事も」
「…………」
 まるで散歩でもするような仕草で、するっとシャムスの先へ行くエンヘドゥ。
「って、関係なくないかその言葉は!」
「関係ないことはないですよ。楽しさやにぎやかさも、そういったものってことですわ」
「……ホントか?」
「ええ、ほんとです。…………たぶん…………きっと……えーと…………おそらくは」
「…………」
 なんにせよ。
 そういうものだと思っていた方が、きっと良いのだろう。
 シャムスは和やかな空気に感化されて、息を吐き出す。エンヘドゥの背中を追って、彼女もまた社たちに続いていった。



 社がまずアムドゥスキアスたちを案内したのは神社の建設物において最も代表的で、かつ人々の参拝用の賽銭箱が置かれている拝殿だった。なんにせよまずは参拝と願掛けから始めるのがお正月の常である。この一年間の感謝を捧げたり、新年の無事と平安を祈願したりするそれこそが『初詣』というものなのだという社の説明を聞きながら、シャムスたちは彼から受け取った「五円玉」と呼ばれる地球の通貨を賽銭箱に入れて、それぞれお参りを終わらせた。
「それで? 次は何をするの?」
 アムドゥスキアスが聞くと、社が答える。
「なんでも、厄払いをしてくれる土地神が来てるらしいんや。そっちも面白そうやろ?」
 その後――彼らはその厄払いをしてくれる土地神とやらのところに向かったのだが。
 そこにいたのは、土地神というか地祇と呼ばれる立派な一種族の南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)だった。
「キミ、単なる土地の精霊じゃなかったの?」
「細かいことは気にするな。しわが増えるぞ」
「そんなことを言うのはこの口かー!」
「ふわぃふわぃっ! ひゃめいっ!」
 社から連絡を受けて、一緒にシャムスたちに神社を案内していたシエル・セアーズ(しえる・せあーず)は、ヒラニィの口をグニーッと引っ張る。普段はマイペースな性格の彼女も、さすがに肌のことを言われては黙っていられなかったようだった。
「シ、シエル、落ち着いて」
 そんなシエルの羽交い締めにして、なんとか気を静めようとさせるのは、神崎 輝(かんざき・ひかる)。彼女の腕の中で、シエルは荒い息を吐いた。
「はー……はー……はー」
「ひひたひ……」
 なんとか息を整えるシエルに、ひりひりと痛む頬をさするヒラニィ。彼女は、少し神々しさを演出したご神体を祭るような席に座り直すと、シエルに言い聞かせた。
「まったく、シャレの分からんやっちゃな。よいかシエル。わしはこれでも土地を司る精霊なのじゃ。つまり、それすなわち土地の神となんら変わらん。御利益もバッチリなのじゃよ!」
「……そんなものなのかなー」
 全然信用していないようで、じとーっとした目を向けてくるシエル。
「ふっ……それならそこでとくと見ておくがよい。ほれ、そこの参拝客。厄払いしてやるからちこう寄れ」
「わ、私ですか?」
 ヒラニィは見知らぬ魔族の客をひとり見つけると、ちょいちょいと手招きして呼んだ。女性の魔族で、どこか大人しそうな雰囲気があった。
「ふむ、お主は今年厄年か?」
「え…………その……分かりません」
「あー……なら、まず体で調子の悪い箇所にそこのお香の煙を当てろ」
「これですか?」
「そうじゃ、それじゃ。脳みその出来が悪いなら頭でもいいぞ?」
「…………じゃあ、腕で」
「なんじゃ、二の腕がたれてきているのか?」
「…………」
 女性客の眉が寄せられて、ピクピクと揺れていた。
「次に身に付けておる物を何でもいいから1つ置いていけ」
「え、そ、そんな……」
「身代わりとして厄ごと置いていくでな。後はわしが適当にチャチャっと祓ってやるわい!」
 なんともムチャクチャな要求である。しかも、何でも良いからと言いつつ、ちゃっかりヒラニィ自身が彼女が身につけている物の中からひとつを選定していた。
 さすがに怪しさがプンプン匂ってきて、女性客の目が疑わしそうに細められていく。
「あの……その……なんだか色々祓い方が混じってるみたいなんですけど。それに、物を置いていくなんて聞いたことが……」
「ええーい! そんな風にごちゃごちゃ細かいことを気にしておるから厄が溜まるのだっ。いいから神的なわしに任せておけ! これぞ秘技! 厄を色仕掛けで落としちゃおう厄払いの術じゃっ!」
「え、そんな……ちょ、ちょっと待って……それ、なんか手がいやらし……いやああああぁぁ! なんで服を脱がすんですかああぁ」
 女性の悲鳴が響き渡る中、鼻の下を伸ばす男子どもを引きずって、シャムスたちは厄払いの部屋を出た。
 後に残された女性の声は、徐々に艶めかしいものになっていく。
 パシャッ、パシャッ、と音が聞こえたのは、きっと空耳ではない。
「……さて、行くか」
「ですね」
 厄介なことには関わらないのが最善の策である。
 シャムスたちは女性に謝罪の念を送りながら、せめて本当に厄が祓われることを祈りつつ、その場を後にした。



 それからアムドゥスキアスたちが案内されたのは、境内の中央に立って、彼らが来るのを待っていた一人の娘のもとだった。
 巫女装束に身を包んだその娘は――茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)。人形師であり、846プロ所属のアイドルとしても活動している契約者だ。アムドゥスキアスにとってみれば、先日までの戦いで共に戦った友人でもある。彼女の周りにはいま、まだかまだかと、ある催しを待ちわびる観客たちがいた。
 そんな彼女が、アムドゥスキアスたちに気づいてこちらに近づいてくる。
「アムドゥスキアス様、貴方の願いはありますか?」
 芸術の魔神の前に立った衿栖は、率直に彼に訊いた。
「願い? えーと…………そうだなぁ」
「なんでも良いんです。貴方が素直に願うこと。望むこと。それを教えてください」
 頭を捻り、しばらく考えるアムドゥスキアス。やがて、顔を上げた彼は答えた。
「…………『平和」かな。あとは、『皆に芸術を』」
「分かりました。貴方の願い、皆の願い、そして私の願い、成就の祈りを込めて精一杯舞わせていただきます」
 そう言うと衿栖は、再び境内の中央に立った。だが今度は、ピンと張り詰めた空気を漂わせる。
 そして――次の瞬間。
 彼女はある舞いを踊り始めた。
 それは、神遊と寄絃という伝統ある巫女の仕事。神に向けて奏される曲芸だった。
 神遊とは、神事において神に奉納するために奏される歌舞。
 寄絃とは、神事を行う際魔除けの為に梓弓の弦を打ち鳴らすこと。
 どこか触れてはいけないものを見ているような厳かな雰囲気の中で、凜としたたたずまいの衿栖が次々と舞いを踊る。バックに響くは鬼払いの弓を打ち鳴らす音。最初はゆっくりと、だが徐々に大胆な動きになっていく舞いは、見る者の目を引きつけて離さなかった。
 まるで神と舞い、遊んでいるかのような――そんな印象を受ける踊りだ。
 それは、彼女の得意とする人形たちの舞いが融合しているからこそ、余計にそう感じるのかもしれない。4体の人形たちと巫女が織りなす歌舞に、観客たちは最後、拍手喝采を送った。
 そしてアムドゥスキアスも、にじんだ汗をぬぐう衿栖に向けて、賞賛と感嘆を含んだ拍手を送るのだった。