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【カナン復興】東カナンへ行こう! 3

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【カナン復興】東カナンへ行こう! 3
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第6章 アガデ修復・瓦礫撤去作業

 翌朝。
「んーっ! いい天気ー!!」
 窓から見える朝日に向かって伸びをしながら、秋月 葵(あきづき・あおい)は叫んだ。
「昨日あんまりできなかった分、今日はがんばるぞーっ!」
 えいえいおー!
「主は朝から元気だな…」
 眠い目をこすりこすり洗面所へ向かって部屋を横切りながらフォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)がつぶやく。
「あっ、黒子ちゃんおはよ!」
 振り返り、満面の笑顔でにこっと笑う。
「目が覚めて、眠れなかったんだ。だから、まだ早いけど作業しに行こうかと思って! あ、でも黒子ちゃん、眠いならまだ寝てていいよ? あたしだけでもNight−gaunts動かせるし」
「いや、我も行く」
 ちなみに「黒子」というのはパートナーの魔道書『無銘祭祀書』の呼称である。正式名称のどこを取っても略しても黒子にはならないのだが、この本が通称「黒の書」と呼ばれていることと少女の姿をとっていることから「黒い書の女の子」略して黒子なのだという。ちなみにその名前から連想するあの黒装束も着ていない。どちらかといえばその地味で個性もまるでない装束とは正反対の、深いスリットが両脇に入った悩殺系チャイナドレスだ。
「……くそっ。兵器嫌いな主がやっと我が{ICN0000201#Night−gaunts}に乗る気になったと思ったからこそ許可したというのに、まさか行き先がこんな辺境とはな…」
 ぶつぶつつぶやきながら水差しに入っていた水を洗面桶にあけて顔を洗う。
 東カナンに水道設備はあってもお湯の出る蛇口はない。当然お湯のシャワーもない。朝シャンもできず、近代設備に慣れた朝の女の子にはなかなかつらい状況である。
(ああ、早く便利なシャンバラへ帰りたい…)
 洗面所で黒子がひっそりとめげていることなど全く気付かず、葵はふんふん鼻歌まじりに服をベッドの上に広げて朝の着替えをする。
「アルちゃんも連れてきてあげられればよかったなぁ。そしたらこのお姫さまベッドで一緒に寝れたのに」
 残念、とため息をつきながら、天蓋から垂れた桃色の薄絹をなでた。ふんわりしていて、布に触れている感じがしない。ベッドの寝具もふわふわで、昨夜はまるで雲に寝てるみたいだったし。
「きっとアルちゃん喜んだと思うなぁ。置いてきちゃって悪いことしちゃった。でもアルちゃんなかなか帰ってこないし、出発時間迫ってたし…」
(違う。あれは、逃げたんだ)
 葵が、東カナンの兵隊さんにあげると言って、ホームセンターで買ってきた固形燃料や懐中電灯、水入りポリタンク等々をコンテナに積み込んでいる間に、黒子はダイニングテーブルの上の魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)の書置きを見つけていた。東カナン行きを楽しみにしている葵の思いに水を差すことになるかと思って、見せなかったが。
『どうか捜さないでください……ちょっと出かけてるだけですぅ。
 東カナンには禁書(『無銘祭祀書』)を連れて行くといいと思うですぅ。
                                    アル・アジフ』
 一体どうしてあそこまで東カナン行きを嫌うのか、当時黒子は理解できなかったが、今なら納得するというものだ。
 不便だし、ほこりっぽいし、何よりトイレ! トイレが!!
「……うがあああぁぁぁぁっ!!」
「ど、どうしたの!? 黒子ちゃんっ!?」
 何の前触れもなくいきなり壁にがつんと額を打ちつけた黒子に驚いて、思わず後ろにとびずさってしまった。
「い、いや、すまない。今、思い出したくないことを思い出しかけたので…」
「そ、そう…?」
 ドキドキする胸を押さえて、あいづちを打つ。黒子の中をよぎったその思い出したくない記憶とは何なのか、知るのが怖くてそれ以上突っ込むのはやめることにした。
 だって、あの黒子があれほど嫌悪していることなのだ。怖すぎて、これ以上ドキドキしたら耐えられないかもしれない。
「と、とにかく。書置き残してきたし。アルちゃんは、おうちでお昼寝したりしてるよね、きっと」
 ぽかぽか日当たりの良い窓辺でごろんと転がって、使い魔のネコに腕枕してくうくう幸せそうに寝ているアルの姿が容易に浮かんできて。葵は自分のした想像にくすりと笑った。ほっこりしたものが体を満たしていく。
「うん、元気出た! アルちゃんの分もがんばろうね、黒子ちゃん!」



 だが葵の「がんばる」は、残念ながら黒子の「がんばる」とはかなり乖離が激しかったようで。
「主! よせ! やめろ! 貴重な剣で大地を耕すなー!!!!!!!」
 作業が始まって早々、黒子の大絶叫が現場に響き渡った。
「んもー。黒子ちゃん、そんな大声出したりして、周りに迷惑だよー」
 バタバタバタバタバタッ。驚いて肩から飛び立っていったペットの白鳩たちを見ながら、葵がコクピットで耳を押さえる。
「主が無体なことをするからだ! アダマントの剣はこんなことに使用するべき物ではない! 主でなければぶっ飛ばしてるところだ!」
「だいじょーぶだいじょーぶ。固いんだから、こんなことで刃こぼれしたりしないって♪」
 にこにこ笑顔で請け負って、再び地面をガリガリする作業に戻る。
 セテカから葵が受け持った担当区域は、上の瓦礫は昨日のうちに撤去を終えていたが、地下の土台部分がまだ残っていた。それを掘り起こしているのだ。
「……あんまりだ…」
 資材を渡し終えてカラになったコンテナに瓦礫を放り込む、昨日はまだ許せた。いや、昨日も許しがたいと思ったが、これに比べればよっぽどマシだった。
「土木作業するって言ってたでしょ?」
 ぶつぶつ文句を言う黒子に、葵はあっけらかんと言う。
 そう、それも聞いていた。ただ、せっかく葵の方から積極的にイコンに乗ると言いだしたのだし、これがいいきっかけになってくれればと思って目をつぶることにしたのだ。
 だが、想像するのと実際してみるのとでは大違い。
「我がNight−gauntsがこんな無様な格好をするなど……ありえん! ありえんぞ!」
「でも、ありえちゃうんだよねー」
 無邪気な顔をして、葵も結構容赦がない。
 ガリガリ、ガリガリ、ザックザク。
 ――もしかしてわざと? ちょっぴり楽しんでない?
「うわ! ちょ! 主! やめて! そんな! ……ああぁぁぁああ〜〜〜〜っ!!」
 アダマントの剣が振り下ろされ、地面を掘り返すたび、そんな悲鳴が周囲に響いていたという…。


*       *       *


 太陽が昇って間もない時刻。
 まだ夜の名残りの藍色が混在する、うす暗い夜明けの空を背景に、1機のイコンが瓦礫の山の中で活発に動いていた。
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)トーマ・サイオン(とーま・さいおん)が操縦するジェファルコンアストレアだ。
「さあちゃっちゃちゃっちゃと片付けちゃうわよ! トーマ!」
「ねーちゃん、朝っぱらからやる気全開だなぁ」
 ……ふわーわ…。
 こっちはさっきから大あくびが止まらないっていうのに。
「当然でしょ! あのデモのせいで昨日の予定が半分しかいかなかったんだからっ」
 しゃべっている間も、メインパイロットであるセルファの手は休みなく動く。彼女の出す指示を受け、壁を掴み、圧力を加え、砕いていくアストレア。こぶしで殴ることはできないが――そんなことをしたら指関節が一発でアウトだ――折ったり、握りつぶしたり、引き抜いたり、この程度ならできる。破壊する場所、物、その材質によって的確にソードブレイカーと使い分けて、彼らは破壊・撤去作業にあたっていた。
 イコンパイロットの彼らが主に作業しているのは、人間の手では撤去の難しい、大き目の建造物である。家屋、塔、壁、何でもだ。ここは危険区域と認定されたため、一度更地にしなければいけない。そうしてできた瓦礫を、今度はイコン用の大型コンテナに放り込んでいく。それがいっぱいになれば新しい大型コンテナを組み立てて、そちらに詰める。いっぱいになったコンテナは、ある程度数が集まったらまとめて大型飛空艇へ持って行くのだ。
 だがここは、すぐ横を大通りが抜けていた。昨日デモ隊がここを通るということで、何時間も作業がストップしてしまっていた。
「……でもさ、オレたち別んとこで作業したじゃん? サボってたわけじゃないんだしー」
「あまーーいっ! ここは私たちが任された、担当地区なのよ? きちんとしなくちゃ!」
 やるからには徹底的にやる、それがセルファの意気込みだ。たとえそれが、素手だろうがイコンだろうが関係なく、いつもいつもいつもいつも力仕事だろうとも!
(私、真人や白の中でそういうイメージなのかしら? おかしいわね、そんなつもり全然ないのに)
 ふうっとため息をついたセルファの何気なく流した視界に、サブモニターの左下で小さく、大あくびをしているトーマの映像が入る。
「こらー! たるんでるわよ! ちゃんと周囲の索敵してるの!?」
「わわわわっ! ち、ちゃんとしてるよ、してるってっ」
 いきなりモニターいっぱいに映ったセルファの顔に驚いて、トーマはあたふたと外部カメラの映像やセンサーをチェックし始めた。
「ここ、一応立入り禁止区域だけど、子どもが入ってくる可能性も、それから犬とか猫がいる可能性もあるんだからね。ちゃんとセンサーチェックしててよ?」
 特に空き家といった無人の建物は動物の棲家になりやすい。もし知らずに壊して一緒に押しつぶしたりなんか、絶対やだ。
 セルファのその思いを言外に受け取って、トーマはいつになく表情を引き締めた。
「インターバルサーチ終了。チェック、クリア。外部カメラによる動体物はなし。チェック、オールクリア。大丈夫だよ、この周辺に動いてるやつはいないから」
「オッケー。じゃあいくわよ」
 念のため、軽くたたいて振動を与え、驚いて出てくる生き物がないか確認してから、セルファはソードブレイカーによる解体を開始した。
「セルファ、今破壊している家屋が終わったら、次はN−4区画に移るのじゃ」
 2人の作業風景を見ていた名も無き 白き詩篇(なもなき・しろきしへん)が、離れた所から指示を出した。その手には作業工程表と拡声器が握られている。
「N−4区画? ってどこ?」
「あそこだよ。ほら、あの傾いてる塔があるとこ。……ちょっと待って、マーカー入れるから」
 トーマの手がコンソールをすべり、地図に赤い点を入れる。距離にして30メートルほどか。それをサブモニターで確認したセルファがうなずいた。
「了解! じゃあ移動するね」
 アストレアを飛空形態に変形させ、移動する。
 彼らが十分遠ざかったあとで、白は今度は背後で待機していた兵たちに拡声器を向けた。
「よし。ではこの区画の撤去作業開始じゃ」
 白の合図でパラパラと兵たちが、先までセルファたちが作業していた区画に入った。イコンでは撤去できない――というか、手間がかかって作業効率が悪くなる――小さめの瓦礫片を、今度は人間の手で撤去していく。もっとも、イコンで小さいといっても人間には十分重い。数十キロ、ヘタすれば100キロを超える岩もある。
 しかし、兵たちももう慣れたものだった。1人あるいは数人単位で抱えて次々と小型コンテナに放り込んでいく。
 この地区担当監督者を自負する白は、忙しく働く彼らの間を縫うように歩き、何も抜かりがないか四方に目を光らせていた。
(こういった作業では気を抜けば重大な事故が発生するおそれもあるからの。彼らが無茶をせんよう、きちんと気を配らねば)
「……とか考えてるそばからこれかーッ!」
 つい叫んでしまう白。彼女の目の前で、今上半身裸の男が巨大な壁の瓦礫を1人で持ち上げようとしていた。
(あのばか者め! こっちへ倒れてきたら押しつぶされてしまうではないかっ!)
 あわてて駆け寄る白の前、男は半腰になる。膝に乗せて、持ち上げるつもりだ。ぐらりと壁が揺れて、思ったとおり男の方へ倒れ込む。
「あぶない!!」
 思わず伸ばした白の手の先で、瓦礫がひょいと持ち上げられた。腰と胸で瓦礫を支えた男はそのまま近くのコンテナへ運び、ガコン! と放り込む。
「……なんとまぁ…」
 いまだ自分の目撃したものが信じられず、呆然となってしまった白を、男が振り返った。
「やあ。今の声はお嬢ちゃんか?」
 にこにこ笑って近寄ってくる。男は巨大だった。軽く2メートルを超えている。横幅もあるが太っているというわけではない。筋肉におおわれた、いかにも肉体労働従事者といった体つきだ。
「おぬし、だれじゃ?」
 こんな大男、この地区担当にいたか? いかにも警戒する白を見て、男は小首をかしげる。そして目線を合わせようとしてか、しゃがみ込んだ。
「ひとに名前を訊くときは?」
「むう…。わしは白じゃ。ここの地区を担当しておる」
「そうか、お嬢ちゃんが担当者か!」
 突然男は豪快に笑いだした。この笑いの意味は白にも分かる。
「失礼じゃぞ、おぬし! わしはこう見えても本当は――」
「ああ、すまんすまん。失礼した」
 ばん! と白の背中を大きな手ではたく。白は衝撃に吹っ飛びそうになって、二歩三歩と前へよろけた。
「オレはオズだ。よろしくな、お嬢ちゃん!」


 オズは水路の区画を担当しているという。そこへ向かう途中、ここが早朝から作業をしているのを見て、ふと気が向いて手伝いに寄ったということだった。
「遅れをとり戻したいからといって、無茶を強いる気はないぞ。きっちり90分ごとに交代で休憩をとらせる予定になっておる」
 と、白は手に持っていた作業タイムテーブルを突き出す。本当なら120分ごとの休憩なのだが、ここは朝早い分、1回の労働分数を減らしたのだ。それをざっと見て、オズはうなずいた。
「立派な作業工程表だ。昨夜も目を通させてもらった。ほかのやつらにも聞いてみたが、監督が何もかも手配してくれているから作業もスムースに進んで、やりやすいと言っていた」
(昨夜見た? こやつ、ただの兵ではないのか?)
 いぶかるが、しかしなぜかにこにこと屈託なく笑っているこのクマのような大男を見ていると、いつまでも警戒を保っていられない。白は苦笑していた。
「それはわしだけではない、真人のおかげが大半じゃ」
「真人?」
「わしらのパートナーじゃ。復興の総括チームの1人で、人員や作業物資調達でセテカのサポートをしておるはず――」
 そのとき、白の携帯が着信音を鳴らした。
『白。今かまいませんか?』
 御凪 真人(みなぎ・まこと)だった。オズがうなずいているところを見ると、携帯から漏れ聞こえたらしい。
「かまわぬ。どうした?」
『チームのリネンさんと連絡がとれました。アイランド・イーリは今朝は8時に出る予定になっています。7時までならコンテナを受け付けるそうです』
「ふむ。ではそれまでにコンテナが埋まったらセルファたちに持って行かそう」
『お願いします。俺もそのときには現場にいるようにしますから。
 あと、コンテナの数ですが、小型が10、大型が4で間違いないですか?』
「それじゃが、予定より早く埋まりそうなんじゃ。皆、働き者での。あと小型を2ばかり追加できぬか?」
『……調整してみます。多分、回せるでしょう。確保できたらそちらへ持って行かせるようにします』
「頼む」
『それと……あの2人はどうですか?』
 本人は隠しているつもりなのだろうが、声にかなりの不安感が混じっているのを見抜いて、白はくすっと笑う。
「しっかり役割を果たしておる。気にするな」
 はなはだ真面目とは言い難い発言もかなりあるが、きっちりやることはやっているのは事実だ。
『そうですか』
 あきらかにほっとした声で、向こう側で安堵している真人の姿が浮かぶ。不思議だと思った。顔を見て話していないのに、真人の心の機微がよく分かる気がする。
「ああ。大丈夫じゃ」
『ではまたお昼休憩のときに会いましょう、白』
「うむ」
 電話を切り、ぱちんと携帯を閉じる。
 ふととなりを見ると、オズはいつの間にか姿を消していた。