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サラリーマン 金鋭峰

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サラリーマン 金鋭峰

リアクション

 やはり、選ばれた人物というのは、常人とは違う何かを持っているのだろう。ただ鉛筆を削っているだけで、周囲を巻き込み状況が勝手に動いていく。
 あくる日も、金ちゃんは会社に来るなり彼の力を求める者たちの手によって捕獲されていた。彼の命を狙わんとするテロリストよりも素早い、恐るべき胆力と行動力だ。
PLOFILE
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)
・2002年1月生まれ(実年齢20歳)
・種族:地球人
・商学部を飛び級で卒業、簿記一級、公認会計士等資格保有
・スパルタ理系女子
・見た目は可愛らしいけど数字にはシビア。
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)
・2001年12月生まれ(実年齢20歳)
・種族:ジャンバラ人
・スパルタ文系女子
・見た目も中身もクールなお姉さま。あの人に足蹴にされたい、との声が。
 この二人が、派遣じゃないOLに扮して、世の中の一歩後退する世界を! 覗き見る!
 今回のテーマ:『不正』 アナタ、社内の不正見たことありますか?
「というわけで、山場建設経理部経理課へようこそ」
 にっこりと微笑むセレンフィリティに、金ちゃんは不機嫌な表情で聞く。
「何が始まるのだ?」
「金ちゃんが社内で暇そうにしていたから、疑問に答えてあげようとしているんでしょ。サラリーマンになる、とか言っていながら、よくわかってないみたいだし」
 セレンフィリティはしれっと答えてくれる。
「まあ、プロフィールはこのOLとしての経歴ってことで」
 セレアナも付け加えてくれた。
「ちなみに今は、ビキニとレオタードじゃなくて、スーツスタイルでビシっと決めてるわ」
「じゃあ、さっそく行ってみましょう。まずは庶務二課あたりかしら」
「話にならぬ。私は仕事があるから失礼させて……、うぬ、かような愚昧なる行い、直ちにやめないと放校にしてやr」
 金ちゃんは、セレンフィリティとセレアナにつれられて社内を回ることになったようだ。

 庶務二課課長の匿名 某(とくな・なにがし)の一日は充実している。
 機晶犬をひざの上に抱いてデスクの前に座っているだけ。以上……。
 庶務二課の女子社員たちは誰も彼を構ってくれない。完全に空気扱いである。
 匿名 某――。きっちり本名で入社したのに偽名疑惑をかけられた結果、雑用部門に飛ばされた結果だった。
「……」
 別に寂しくなんかない……、愛犬だっているし。ふと思い立って、これからちょっと大石社長のことを調べるけど、こんな閑職に飛ばされた腹いせではないのだ。これはあくまで、会社の庶務の課長として知っておきべきことなのだ。
 という事で某は、目の前のパソコンを操作する。やはり彼宛の業務メールは来ていなかった。今日もやる仕事はなし。これは好都合だ、調査に専念できる。
 そんな中……。
「なるほど、暇に任せて裏帳簿を調べているのか」
 ずうずうしいことに、金ちゃんはこの庶務二課にまでやってきた。某が多大なる時間を費やしてアクセスした社内ネットの内容を、ただで覗きみようとしてくる。
 社内不正? 資金の流れは?
「課長さんにお聞きしますけど私腹を肥やすってどういった方法があるのですか?」
 セレンフィリティは目を輝かせながら聞いてくる。
「そうだな……。例えば、資材を余分に発注して、余ったお金を懐に入れるとか、本来のものと違う安いものを選んで差額を手にするとか、色々あるな」
 某は、とても暇なので彼女らの疑問に答えてくれる。
「なるほど、そうやって工作資金を作るわけね。そのお金がテロリストたちに流れている可能性がある、と」
「資材の中に明らかに建設で使用するとは思えない物がないか等をチェックしていると、しばしば架空発注を見つけたりする。必要のないものを購入して、どこかに転売するとこれまたお金が出来る。そうやって私腹を肥やしていくんだ」
「……何か見つかった?」
「たとえばこれ。さっき見つけたんだけど、現場に搬入される資材が足りていない。発注は正常なのに、工事現場に届いていないんだ。誰かが途中で抜いている証拠」
「でも、そんなの作っている途中に気づくんじゃあ……」
「テロで全部爆発しちゃったら元々あったかどうかすらわからないでしょ。つまりこのテロはね、もちろん思想的なものもあるんだろうけど、損得を計算して実行されているんだ」
「つまり……、資材が届く日にテロが起こる可能性が高い、と」
「まだ確定したわけじゃないけどね。これから裏づけをとるところだ」
「そうですか、ありがとうございました。お仕事がんばってください」
 言うだけ言うと、セレンフィリティたちはさっさと行ってしまう。
「……」
 やれやれ、何だったんだ、あれは? 某は肩をすくめる。
 まあ時間はたくさんあるし、出て来た証拠は出来る限りまとめあげた後、金ちゃんなる人物に『匿名』で送ればいいか……。
 彼は、次なる資料を探すために動き出した。
 社内不正? 退職金の不払い?
「ああ、やっぱり来たんですね、金ちゃん。スタジアムの建設に名乗りを上げたんですって? ……ああ、あそこはいわくつきですよ」
 次は人事部へやってきた。人事課長のルース・マキャフリーは金ちゃんを見てしばし煙草をくゆらせる。ややあって、話し始めた。
「あの下請け業者、山場建設の子会社でして。ヤマバ土建っていうんですけどね、そこにリストラ社員を出向させているんですよ」
「どういうことなの?」
 金ちゃんに代わって、司会の役割を担っているセレンフィリティが聞く。
 それには答えず、ルースはしばし天井を見ていた。
「リストラって言うのは嫌なものですよ。これまで会社に忠誠を尽くして働いてくれた人材を容赦なく切り捨てるわけですからね」
「……」
「お恥ずかしながら、オレにも妻がいましてね。家庭を持ったら食わしていかないとならないわけです。安定した収入がないと不安ですよ、やはりね。リストラっていうのは、それを断ち切るわけですから、明日から一家が路頭に迷うかもしれないわけです。でも、それをやっているのが、この人事課長のオレってわけでして、ほんと罰当たりな仕事です」
「そうだったの……」 
 どんよりした空気に呑まれて、セレンフィリティもちょっと暗くなる。
「それでも、退職金が出るならまだましなほうで……。リストラ社員を子会社に出向させてその子会社を潰してしまうやつがいるんですよ、退職金払わなくてもいいですからね。でも、倒産したその会社にだって隠し資産はあるわけです。仕掛け人は、それだけはがっぽりと自分の懐に入れてしまう」
「それが大石ってわけね? ひどいじゃない、他人の退職金まで懐に入れるなんて」
「誰とは言っていないでしょう。壁に耳あり障子に目あり。めったなことを言うもんじゃありません」
 ルースは煙草の煙を見つめながらも警戒を促す口調になる。
「その一つが、金ちゃんがこれから行く、ヤマバ土建ですよ。山場建設の子会社で、工事の施工のみを行っているんですけど、あの会社もうじき潰れるんです」
「計画倒産? どうしてそこまで知ってるの?」
「ふふ……、まあ言わぬが花です」
 それから、ようやく仕事の邪魔だといわんばかりに金ちゃんたちを追い払う。
「せいぜい頑張るんですね。この退屈でちょっと汚れた会社をどう変えてくれるか楽しみにしていますよ」
「ありがとうございました。人事課長のお話でした」

「やったね金ちゃん。早くもいくつかの悪いお話が聞けたじゃない」
「喋っていたのは君だけだがな」
 セレンフィリティはさっそく経理課に戻ってきていた。今聴いた話の裏づけなら帳簿をひっくり返せばどこかしら見つけることができるかもしれない。
「業務上横領罪や特別背任罪、贈賄罪などの罪状ででも告発できるように証拠固めを行わないとね……あれ、金ちゃんまだいたの? そろそろ帰ってほしいんだけど……仕事の邪魔だし」
「……」
 なんと言うひどい扱いだ。これがサラリーマンの悲哀というやつだろうか。金ちゃんはまた課長に頼まれていた仕事を終え庶務課に戻る。鉛筆を削るために。
 机の上には既に片付けられた事務の書類が積んであった。どれもこれも完全に仕上がっている。金ちゃんをこっそりとサポートすべく動き始めていた天貴 彩羽(あまむち・あやは)が、彼がいない間に今日の分の仕事まで終えてくれたらしい。これからも彼女は毎日のように手伝ってくれるだろう。ご丁寧に報告書まで添えてある。
「おのれ天貴彩羽。私の仕事を……!」
 金ちゃんはくわっと表情を変えた。
(ありがとう)
 そして、今日も鉛筆を削る……。