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シルバーソーン(第1回/全2回)

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シルバーソーン(第1回/全2回)

リアクション


7 地下2階(2)

 飛び出し、突撃してきたグールの剣を受け止めたのはヒルデガルドだった。ぬぐわれない血でさびて刃こぼれした鉄剣は、こぶしの一撃であっけなく割れる。
「ひゃっはぁー! こういうのを待ってたんだよ!」
 ヴァルザドーンを振り回すにはせまい通路だったが、金剛力の剛腕で邪魔なドアごとたたき斬る。彼女が手元をひらめかせるたび、壁やドアに触れた剣先が闇のなかで派手な火花を散らした。
 しかしグールの方がはるかに上背があり、膂力もある。最初の猛攻にひるみはしたが、障害物で威力を半減させた剣は青銅製の棍棒をたたき斬ることはできなかった。押し合いで動きが鈍ったヒルデガルドをほかのグールが側面から襲おうとする。
 それを防ぐように、シュヴァルツの手に握られたカーマインから銃弾が飛んだ。
 光源はジェーンのヘッドライトだけだ。戦いたいのを我慢して敵を照らす役目に徹してくれているが、どうにも不足は否めない。足りない分はシャープシューターの発動で補って、せまい戦場ながらもヒルデガルドにはかすりもしなかった。
 痛覚がにぶく、頑丈で肉体攻撃には強いグールだが、魔弾の射手で1度に4発の銃弾が同場所を狙い撃ちすれば、いかなグールでも後ろへよろけはする。
「頭上がお留守よ」
 淡々としたプリムラのつぶやきがしたと思った次の瞬間。弧を描いた4本の矢が真上からグールに降りそそいだ。
 グゲェ! と、悲鳴とも苦鳴ともつかない声で即死したグールを、後ろの何人かが引っ張って背後の闇へ消える。その後響いてきた音は、思わず耳をふさぎたくなるものだった。
「死んでしまえば……ま、動物ってそういうものよね」
 プリムラは肩をすくめただけで再び矢をつがえ、我は示す冥府の理を用いて仲間の頭上を越える矢を放つ。
「佑一さん、こっち!」
 ミシェルの声で、無光剣をふるっていた佑一が振り返った。反対側の通路からグールたちの出す足音らしきものが聞こえてくる。
「戦闘の音を聞きつけて続々と集まり始めたな」
 シュヴァルツが魔弾に切り替え大魔弾『タルタロス』を通路の真ん中へ放つ。短銃とは思えない爆音を響かせて発射された弾は、命中の火花で数匹のグールを吹き飛ばすとともに一瞬周囲を映し出した。その隙にプリムラがキャンドルに火を灯し、ライトブリンガーを発動させた佑一が彼らの目前へと立ちふさがってグールの剣を受ける。
「ふふ」
 と、銃弾を入れ替えているシュヴァルツの右横で、ふいに女の笑い声が起きた。ローザ・オ・ンブラ。ファラの契約した悪魔だ。
「そう。あなたが我がマスターに言い寄っている悪魔というわけですね」
「……それがどうかしたか」
 一度見れば十分とばかりにシュヴァルツは視線を前へ戻し、佑一のサポートに徹する。自分を見もしない彼にローザは口端を上げると、おもむろに佑一の周辺にカタクリズムを放った。力の風が壁となってグールを押し戻す。退かせて空いた空間へ、ピーピング・トムを送り込んだ。凶暴なフラワシが見えざる刃となって荒れ狂い、それ以上の進攻を阻止する。
 前衛となって戦うファタ、ヒルデガルド、佑一が傷つけばミシェルがすぐさまレーベン・ヴィーゲやナーシングを用いて癒す。戦いの場がせまいこともあり、彼らは続々と集結してくるグールに対し、数では圧倒的不利ながらも優位に戦っていた。
 が。
「あーーっもう!! メンドクセー!!」
 変わり映えのしない戦闘に、ヒルデガルドが一番先にキレた。ヴァルザドーンをかまえるや、レーザーキャノンをぶっ放す。
「おま…っ! ここは地下なんじゃぞ!? 崩れたらどうする気じゃ!!」
「そっちもだ!」
 グールの大半を吹き飛ばすと同時に壁に開いた大穴に目をむくファタを無視して、反対側に向かってレーザーキャノンを放とうとしたときだった。
 一番奥のグールが身を引きつらせたと思うやどっと倒れる。その後ろから現れたのは柊 真司(ひいらぎ・しんじ)だった。
 身に着けたナインブレードから、手にはこの場に適した片刃の剣が握られている。それを振り返ろうとするグールに振り下ろし、袈裟がけに斬り捨てた。
「リーラ、そちらはもういい。アレーティアとアニマに任せてこちらを手伝え」
「はぁ〜い」
 リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)がこの場には不似合いな、なんとも能天気な声で返事をし、剣で切り結んでいる真司の横へと進み出る。しかし退屈しきって眠そうな表情や無防備そうな歩き方と違い、その手に握られた大鎌ハイドロランサーの刃は、ここに到着するまでの道中で屠ってきたグールたちの血ですでに濡れていた。
「ふふん」
 新たに現れた彼らに背後をふさがれ、動揺しながらも剣や棍棒をかまえるグールたちをリーラは鼻で笑う。
「さあいらっしゃい。退路を断たれたあなたたちにできるのは、私たちと戦うことだけでしょう〜」
 いくら下級モンスターとはいえ、数の引き算ぐらいはできるでしょう。あっちは8人、こっちは4人。なら、こっちを突破する方がまだ勝機があると考えるは必至――リーラの思ったとおり、グールたちは全力で2人に向かってくる。
「でもやっぱり下級なのよね〜。私たちを相手にして、勝機があると思う程度でしかないのよ」
 ハイドロランサーは流体金属。リーラの思念によってその形を自在に変化させる。
 一瞬で十文字槍に変化したハイドロランサーを、リーラは迫るグールの胸にやすやすと突き刺した。
「アニマ、この辺り一帯のスライムはフェイクで掃討できていると思うが、どこから這いよってくるとも限らん。十分注意するのじゃぞ」
 イコプラを操りながらアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が自分たちの来た通路へ正面を向く。
「はい、お母さん」
 となりに立つアニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)が答える。
 うす暗い通路には、彼らが倒してきたグールらしき影が点々としている。今のところ、何も来る気配がないが……と思っていた矢先に、獣の息づかいと爪が硬質の床を擦るチャッチャッという音が聞こえてきた。
 鈍重なグールとはあきらかに違う、身軽な四つ足の獣の気配が急速に近づいてくる。
「オルトスじゃな。やはり入り込んでおったか」
 入り口のドアがあの状態だったのだから、十分予測できていたことだ。驚くことなくイコプラの1体イーグリットアサルト・アーク――イーグリットアサルトを模した戦闘用イコプラ――に指示を出す。
 アニマのノクトビジョンがオルトスたちの姿を捕らえた。
「いきます」
 数歩前へ出たアニマはおもむろにアームガトリングを展開する。現れた五つの砲門がギャリギャリと音を立てて回転し、光弾を射出した。煙ではなく光によって弾幕が張られ、この一時、まるで昼間のごとき明るさが周辺に満ちる。光のカーテンの向こう側では光弾に貫かれたオルトスの悲鳴が次々と起きた。
 しかし次の瞬間、光弾の雨を突破したオルトスたちが数匹、カーテンを突っ切って現れた。仲間の血か、己の肉をえぐった血か。濡れて黒光りする体を怒りに震わせながらオルトスが牙をむき出しにして2人を威嚇する。
 床に触れるぐらい頭を低くかまえをとり、跳躍したオルトスに向かい、光の一閃が走った。アレーティアのアークがダブルビームサーベルをふるったのだ。1/10スケールといえどもその攻撃力は並の光剣に勝るとも劣らない。スラスターを用いて変則的な動きを可能とし、パワーに優れたもう1体のイコプラシュバルツ・F・ファントムと連携して壁や天井を利用しつつオルトスへと斬りつける。
 アニマとアレーティア、2人の様子を伺い、追い討ちがかかる心配はないと判断した真司は、面前の敵に集中した。技も何もない、力押しでくるグールの直線的な攻撃をいなし、すり流してカウンターを決める。
 佑一たちと前後で挟み撃ちしていることもあり、そう手こずることもなくグールはすべて倒すことができた。
 ファタやヒルデガルドたちの側にいた若干のグールも、形勢不利と判断するだけの知能はあったらしく、さっさと逃走していく。
「ありがとう。助かった」
 不衛生なグールから受けた傷はすり傷でも侮れない。ミシェルからの治療を受け終わった佑一があらためて真司の前に立った。
「きみたちもシルバーソーンを探しにきていたの?」
「シルバーソーン?」
 初めて聞いた名称に真司は首を振る。
「いや、俺たちはここの所有者である町からモンスター討伐の依頼を受けて来たんだ。ここを1日でも早く人々の望む元の商業施設へ戻すために」
 だからああいうことをされるとかなり困るんだが、とレーザーキャノンで空いた大穴を視線で指す。
「ほらみろ。考えなしに撃つからこうなるのじゃ!」
「だってよぉ〜」
「まあ、ここはもともと封鎖エリアだから少々の傷はどうってことはないが。それでも基礎部分をやられては困る。これ以上の破壊は自重してくれると助かる。
 ところでシルバーソーンというのは何だ?」
「あのね…」
 と、ミシェルから東カナン領主の結婚式から始まった一連のことを説明され、真司は考え込むように口元に手をあてた。
「そうか、ここにそんな薬草が…。アレーティア」
「うむ」
 アレーティアは町長からもらっていた艦内地図をふところから取り出して広げて見せる。
「これはデパートに改装する前の調査時に作られた地図だそうじゃ。薬草というからにはおそらくここの医務室にあるのではないかな」
 地下3階東奥の一室を指で円を描くように指す。
「ふふっ。そんな貴重な薬草がある場所なら、ほかにもいろいろと貴重な品がありそうですわね〜」
 ここに来て、ようやく楽しいことに巡り合ったというふうにリーラが笑う。
 その言葉を聞いて、ますます真司は表情を曇らせた。
「どうかしたの? 真司」
「――いや。考えすぎかもしれないが……そんな大層な物があることを町の者から1度も聞かなかったなと思って。
 そもそも、その騎士はなぜそのボトルを目にしながら置いたままにしていたんだろう? そのボトルを見たのはその騎士だけだったのか? 彼らは1年近く1度もそのことを口にせず、今までだれも盗みに入ろうとはしなかった? 闇市で高額で売れるほどの貴重な幻の草がここにあるというのに?
 俺にはリーラがしたような反応をする者が全くいなかったと思えないんだ。もちろんシルバーソーンについて知識がなかったといえばそれまでだが…」
「それは…」
 だれ1人、答えに適した言葉を思いつけなかった。だがだれもの頭のなかをいやな予感という影がよぎる。
 全員がそちらに気をとられていた、まさにそのときだった。
「ああっ……!」
 一番後ろに控えていたローザが苦鳴の声を上げ、身を折った。
「ローザ!」
 うずくまったその背中がさっくりと鋭利な刃物で斬り裂かれている。
「これは一体どうしたことじゃ!」
「ミシェル、手当てを!」
「う、うんっ」
 殺気看破を使える者が全員探知を張り巡らせる。しかし相手は届く範囲を抜けてしまっているのか……少なくとも、魔法の届く範囲内で引っかかるものはなかった。
「我らを狙う者がこの船に潜んでおるようじゃな…」
 やはりこの船自体が罠だったのか。
 ギリ、と奥歯を噛み締める。
「ほかの者たちに知らせるのじゃ! モンスター以外にも闇にまぎれて襲撃しようとする者がおる、気を付けるのじゃと!」



 ――フ……フフフ…。斬り刻んで差し上げましょう……どなたも、こなたも、ただ……影から……後ろから……サクサクと……。
「あはっ、あははは……」

 ぽたりぽたりと血のしずくをしたたらせるクビキリカミソリ。
 狂気めいた嗤いは闇に生まれ、闇にまぎれ……そして闇に消えていった。