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シルバーソーン(第1回/全2回)

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シルバーソーン(第1回/全2回)

リアクション


2 戦艦島へ

●戦艦島へ

 戦艦島――名称に「島」の一字が用いられているが、それは島ではない。下部を地面に埋もれさせた地上戦艦である。
 なぜそんな物がこの地にあるのか、知る者はだれもいなかった。ネルガルが圧制を強いる前、この地は緑茂る豊かな森だった。しかし女神イナンナの加護を失い、大地が力を失ったとき、覆っていた緑が枯れてその下から姿を現したのをこの地を訪れたコントラクターが発見、商業施設としてよみがえらせたのだ。
 埋もれた下部は不要として調査後封鎖。外観はできる限りそのままに、屋上(甲板部)に通称『種モミの塔』と呼ばれる塔を建設。さらに内部を改装して3階建てデパートへ改築後、付近の町へ譲渡され、現在は町営デパートとして運営されることとなった。イナンナ復権後、回復を始めた緑は町の人々の手によって整備され、今では遊歩道つきのちょっとした公園の様相となっている。
 シャンバラから輸送される商品を買い求めるだけでなく、周辺の町や村の人々がピクニックに来たり、子どもたちの遠足場所として活用されていた場所。
 だが現在、そこはモンスターの襲撃を受けて、その巣窟と化していた。
 襲撃の凄まじさを物語るように壁のいたる箇所に風穴が空き、窓もほとんどが破損している。屋上の塔や落下防止柵には人面鳥のハルピュイアがとまり、ギャアギャアとカラスのような鳴き声をあげており、戦艦島の周囲で動くものがあればそれが人であれ動物であれ、即座に襲いかかり、餌としていた。
(不自然だな)
 開けた戦艦島周辺を見渡して、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)は考える。
 ここへ来るまでの道中でも思ったが、この近隣はモンスターが出現するような危険地帯ではない。もちろんモンスターの思考回路が完全に把握できているわけではないが、周辺にモンスター避けの壁や避難壕、シェルターが造られている様子もなく、自警団の詰所があるわけでもない。第一、そんな危険がひそんでいる場所を現地の人々がピクニック地にするはずがないのだ。
 なのにそこが襲撃された。しかも複数のモンスターに、一度に。
(そして襲撃後もああしてあの場を離れないとは)
 そこには何か、裏があるように思えた。
 それが何かまでは分からないが……クローラは無意識に口元へ手をあてる。
 彼の前、屋上から1羽のハルピュイアが飛び立った。彼のひそむ林目がけて飛んでくる。一瞬、気付かれたかと腰元の銃に手を伸ばしたが、ハルピュイアは彼の頭上高く越えていった。
 ハルピュイアは翼をたたむや狙いを定めた鷹のごとき敏捷さでこれと定めた林のなかへ急降下する。小枝の折れる音が続き、再び空へ舞い上がったハルピュイアの足には、シカに似た動物が捕らえられていた。
 見事獲物を捕らえたハルピュイアは笛のような歓喜の声を上げ、屋上へと舞い戻る。即座に数羽のハルピュイアが群がって獲物を引き裂き、ほんの数秒で元が何であったかも分からない肉塊に変えてしまった。
 口元を血まみれにして、ゲッゲゲッと満足そうな鳴き声を発する醜怪なモンスター。
 その光景を見下ろして、秋月 葵(あきづき・あおい)はこぶしを震わせた。
「ひどい」
「まったくだ」
 となりのウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)が同意する。辟易すると言わんばかりに目を眇め、乾いた血が所々にこびりつき、骨がゴロゴロ転がる屋上から目をそらした。
 あれが何のものかは分からない。だが間違いなく、なかのいくつかは人骨だろう。
「おじいちゃんやおばあちゃんたち、みんなの憩いの場をこんなふうにしちゃうなんて……も、絶対許さないんだからっ」
 すうっと息を吸い込み、葵は高度を下げた。
 ハルピュイアたちがいる屋上と同じ位置で止まると、魔砲ステッキを高くかかげる。
 思ったとおりピカッと太陽に輝いて、反射光が甲板のハルピュイアたちの気をひいた。
「ここは魔法少女リリカルあおいにお任せだよ☆」
 先ほどの身を焦がさんばかりの怒りはちらとも見せず、かわいくポーズを決める。ハルピュイアの判断基準がどういうものかは分からないが、野生動物の勘にもなるべくかよわく、そしておいしそう(?)に見えるように。
 柵にとまっていたハルピュイアがゲゲッと鳴き、羽をはばたかせ始めた。その動きで、食べることに夢中で葵たちの存在に気付いていなかったほかのハルピュイアたちも振り仰ぐ。
「よし、全員こっちに気付いた」
 彼らが上を向き、こぞってはばたきだしたのを見て、ウォーレンが少し離れた林のなかで待機している者たちへそれと分かるよう合図を送る。そして自身は葵とともに身をひるがえし、その場を離れて逃げるそぶりを見せた。
 もちろん逃げるためではない。ハルピュイアたちをおびき出し、戦艦島から引き離すためだ。戦艦島へ潜入せんとする仲間たちのために、2人はまるで番犬のようなあの猛禽たちの群れを引きつけるおとりの役目を引き受けたのだった。
「ま、俺はこういうの、慣れてるからな。それに葵ちゃん1人にこんな危ない真似、させられないし」
「ありがとう、ウォーレンくん」
 彼の気遣いに素直に葵は礼を言った。
 そして今、2人は背中合わせで空中に立ち、ハルピュイアたちが追いつくのを待っている。
「さあこっちだ、てめーら。俺を捕まえられりゃ、もしかすると至高の味ってやつを味わえるかもしれねーぜ?」
 不敵に笑って見せる。
 蝙蝠獣人がはたしておいしいかどうか、ウォーレンも知らない。食われるつもりなどカケラもないからどうでもいい。ただ、魔砲ステッキで派手な威嚇射撃を行っている葵ともども雷術を放って、ハルピュイアたちの意識が自分たちからそれないようにした。
「ウォーレンくん、そろそろいいんじゃない?」
「そうだな」
 周囲を取り囲んだハルピュイアたちを油断なく見据えて数を数える。10匹。屋上にとまっていた数と同数だ。
「いち、にー、さんっ!」
 葵のカウントで2人は同時に上昇し、包囲の輪をくぐり抜けた。そのまま追いつけそうで追いつけない、捕まえられそうで捕まえられない、そういう適度な速度を保ちつつ、前もっての打ち合わせどおり少し離れた所にある、開けた丘陵目指して飛ぶ。
 その光景を林のなかから見守っていたルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)が、ハルピュイアたちがすべて彼らを追っていったのを確認して、パートナーのギャドル・アベロン(ぎゃどる・あべろん)クローラエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)たちとともに飛び出した。
 一気に戦艦島まで距離を詰め、入り口横の壁面にぴたりと身を寄せたクローラたちと違って、ルファンとギャドルは入り口からある程度距離をとった位置で足を止める。
 前もっての打ち合わせどおり、彼らが入り口から死角となる所定の位置についたのを見て、ルファンは構えをとった。
「はあっっ!!」
 ドラゴンアーツによる遠当て。突き出されたこぶしから発せられた気弾が、入り口をふさいでいた瓦礫を一撃で吹き飛ばす。巨大な何かが崩壊する音が派手に上がった。暗い内部に外界の光が差し込み、白いカーテンのような粉塵がもうもうと上がる。
 それらが再び地に沈むより早く、粉塵のカーテンを突き破るように双頭の猛犬たちが咆哮をあげながら次々と飛び出してきた。
 ドーベルマンのごとく引き締まった痩躯にヘビの尾。オルトスだ。
 鋼のような鋭い爪を地に食いこませ、牙をむき出して低くうなる十数頭の犬たちを見て、さすがのギャドルも息を呑む。
「行くぞ」
 ピシッピシッと尾を打ち鳴らして威嚇する彼らが自分たちを標的と定めたのを確信した瞬間、ルファンは身をひるがえした。
「お、おう!」
 2人が背中を向けるのを見て、オルトスたちも次々とスタートを切る。
 2人は上空のウォーレンや葵たちと同じく、入り口付近のモンスターを引き付けるおとりの役を買って出た者たちだった。
 もちろんただおとりになるだけではない。定めた丘まで誘導し、そこで戦う予定だったのだが、いかんせん、オルトスたちの足は彼らの想像以上に速かった。
 まさしくその名のとおり、まっすぐ風のように走る地獄の猛犬たち。2人はたちまち追いつかれた。
「ちッ! 邪魔なんだよ!!」
 前方に回り込んだオルトスをギャドルが殴りつけ、蹴り飛ばす。背後から跳びかかってきた1匹に、ルファンは遠当てをぶつけた。
 オルトスは宙でくるりと回転して四肢で降り立ち、なんらダメージを受けているように見えない。仲間たちと先を争うようにして、再び彼らを追って走り出す。
「むう」
 肩越しにその姿を見て、ルファンはさっと振り返った。
「ルファン!?」
「構うな! おぬしはそのまま丘まで走るのじゃ!!」
 彼と同じく足を止めようとしたのを感じて、鋭く命じる。そして自身はすぐそばまで迫ったオルトスたちに向け、芭蕉扇をふるった。
 たちまち大風が沸き起こり、オルトスたちを吹き飛ばす。オルトスたちはそろって飛ばされた先で地にたたきつけられた。
 致命傷とすることはできなかったが、距離をあけることはできた。ルファンは結果を見届ける間も惜しんで、再び走り出す。
「……まったく、無茶をする」
 足を止めて振り返ったルファンに、もしや方針転換して戦うことに決めたのかと飛び出しかけたクローラだったが、その様子を見て落ち着きを取り戻した。
 あの様子なら大丈夫だろう、きっと丘までたどり着ける。そう見当をつけて、彼らを心配することはやめる。そして戦艦島の方を振り返った。そこでは早くも天津 麻衣(あまつ・まい)が、開いた入り口の端にぴたりと手をつけて銃型HC弐式に意識を集中している。
「どうだ?」
「そうね。それらしい生体反応はないから、とりあえず10メートル圏内にはいないんじゃないかしら」
「セリオス?」
 クローラの問いかけにセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)は首を振りつつ目を開いた。
「たいした情報は読みとれなかったよ。見えるのはモンスターたちが襲撃する姿と、逃げ出す人々の姿だけ」
 サイコメトリをあきらめ、ふうと息をつく。
「ここに入ったモンスターはオルトス、エンディム、グール、エンプサ、スライムだ」
「それが分かっただけでも十分だ。入る前に皆が対策がとれる」
「そうだね」
 気を取り直したようにセリオスがやわらかな笑みを浮かべる。
 ふと流したクローラの視界に、エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)の姿が入った。
 まるでクローラが自分に気付くのを待っていたというようにこくっとうなずいたエールヴァントは、武器を手に、無言で内部へすべり込んでいく。
 彼らの役割は内部の照明施設の復旧を試みることにあった。デパートという、死角となる障害物が多々ある場所でモンスターと戦うには、暗闇では不利すぎる。
 彼らが突入して数分、耳をすましてみたが、モンスターと戦闘しているような音は聞こえてこなかった。
「1階にいたモンスターはあいつらだけだったということか?」
 だがこうしている間にほかの階にいるモンスターが集まってこないとは限らない。
 エンディムがいるということは、アンデッドがいる。自身は防御力、攻撃力に乏しいあのモンスターは、いつもアンデッドをそばに置いているからだ。そしてアンデッドは生体反応を発さず、銃型HC弐式では引っかからない。
「殺気看破……は、無駄か」
 操られた死体が殺気を放つはずもない。
 セリオスが、いざとなればいつでも焔のフラワシを呼び出す心構えで油断なく内部へ視線を走らせている横で、クローラはハルピュイアを警戒して空を見上げていた。もしも現れたなら擲弾銃バルバロスで撃ち落とすか真空波をぶつけてたたき斬るつもりだったが、ハルピュイアは全部ウォーレンと葵を追って行ったらしく、今のところ現れる気配はなかった。
 ふと、麻衣の腰に吊るしてあった携帯がブルブルと振動した。
「はい?」
『麻衣ちゃーん、こちら潜入部隊第2班ですよー? 聞こえますかぁ?』
「きゃあ!」
 不意打ちのように耳にキーンとくる大声で、通話口からメルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)の声がした。
 思わず耳からめいっぱい離してしまった麻衣。それでも根っから明るいメルキアデスの言葉ははっきりくっきり聞こえる。
『屋上到達ー! 今から侵入開始しまーす! ただ、入口がどうもアレで普通に入れそうになくなってるからちょっとド派手にやっちゃうことになるけど、べつにいーよねー?』
「ええいいわよ、モンスターそっちへ行っちゃうでしょうけど、危ないのはあなただしねっ」
『なーーーっはっはっは! 俺様を何者と心得る。俺様はシャンバラ教導団の未来の英雄! メルキアデス・ベルティさまだぜぇ! そのくらいなんてことないない! 全部まとめて返り討ちにしてやるってー』
「……ああそうなの。それは知らなかったわ、ごめんなさいね。じゃあがんばってね」
『おっけー! そっちもがんばって、あとでなかで合流しようなーっ』
 彼のおつむでは麻衣の嫌味を嫌味と気付けなかったのか、終始軽快に話すと携帯は唐突にぶっつり切れた。
「まったく。緊急事態だっていうのに、あの超天然能天気な楽観主義はどうにかならないものかしらね」
 苦々しげに携帯に向かってつぶやく麻衣に、クローラも苦笑う。
「そう言うな。あれで結構役に立つ」
 その言葉に重なって、屋上で何か金属にぶつかる派手な音が始まった。あの音からして、金属製のドアをこじ開けようとしているのだろう。
 はたしてその想像どおり、屋上ではメルキアデスが内部へ侵入を図るべく、ドアと格闘していた。
 ハルピュイアの体当たり攻撃を受けたのか、へこんで歪みきったドアはひっかかって開かない。それをガンガンこぶしでなぐりつけ、開かせようとしているのだった。
「うぎぎぎぎぎぎ…」
 壊れたドアノブを掴み、コンクリート製の壁に足をかけてめいっぱい引っ張った。
 直後、ノブがはずれて後ろに転がる。
「ねえ、いっそ甲板の方に穴開けた方が早いんじゃない?」
 足元にごろんごろん転がってきたメルキアデスを見下ろして、フレイア・ヴァナディーズ(ふれいあ・ぶぁなでぃーず)は一応提案してみる。
「そんなことしたら、閉じられなくなるじゃないか。そうしたら俺様たちがいなくなったあと、こっから逃げたモンスターが下で見張りに立つクローラたちを襲うかもしれないだろ?」
 それは前にも聞いた。ただ、フレイアとしては、モンスターが逃げるのであれば追ってまで退治する必要はないだろうし、クローラたちがその程度に対処できないはずがないと思う。
(でも万が一、そんな事態になったらたしかに責められるのはこっちの方よね)
「なーに、もうちょっとで開くから、俺様にバーンと任しとけ!」
 役立たずなドアノブをポイ捨てして、メルキアデスは再びドアと格闘を始める。
「俺様強い強い強い強い超つよーい!!!!」
 彼の独り言に呼応するように、全身を白く流動する輝きが包み込んだ。さすが思い込みの激しいメルキアデス。自己暗示でそこまで己の肉体を変化させられるのか――とかいうわけでは全然ない。単にヒロイックアサルトが発動しただけだ。
 そして右上隅の、ちょこっとだけ反り返っている部分に指をかけて強引に引っ張りだした。今度はあそこからめくり開けようというのだろう。
「ふぬーーーーうっ!!」
 全身ぶるぶる震えるほど力を込めて引っ張り下ろそうとしているメルキアデス。彼の指先で、ギギギギと音をたてて少しずつ、ドアがめくれていく。
「よーっしゃ、あとちょっと! すーぐ開けてやるからなー!」
 肩越しに振り返り、ニカッと笑った。
 彼の一生懸命ながらもコミカルな奮闘ぶりに、後ろで見物に徹していたうちの1人、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)もつい、つられて笑ってしまう。
 しかし次の瞬間、正悟は背筋にぞくりとくる視線を感じて笑みを浮かべたまま口元を引きつらせた。
 とっさに剣を抜き、背後の塔をふり仰ぐ。
「……なんだ? 今のは」
 今はもう、何も感じ取れない。
 だが気のせいであるはずがなかった。今もまだ、うなじに氷塊を押し付けられたかのように全身総毛立っている。
 何よりこの感覚には、覚えがある!!
 気がついたときにはもう、正悟は塔へ向かって走り出していた。
「ドアが開いたぞ!!」
 そう、快哉をあげるメルキアデスの言葉も耳に入っていない。断罪の覇剣ツュッヒティゲンの一閃で鍵を破壊し、ドアを蹴り破ってなかへ飛び込むや最上階目指して一気に階段を駆け上がった。
 うす暗い塔のなかにはスライムたちがいた。壁や天井にはりついて、正悟目がけて飛びついてくる。醜い肉塊。それらを、彼は勇士の剣技でことごとくなぎ払った。スライムたちは彼に触れることもできず切り刻まれ、足下へと落ちていく。
 この塔を登り切った先に、何が待ち受けているのか。
 胸をわし掴みするような重い恐怖とともに、彼はなかば確信していた。
 だからこそ、足を止めることなく登り切った最上階で視界をふさぐドアを蹴り開けたとき、彼は叫んだのだ。
「モート!!」
 と。
 はたしてそこにいたのは、闇の雲だった。あるいは影。バァルの結婚式に現れたというモレクと同じ姿。
 亀裂のような金色の双眸が正悟を振り返る。
「きさま……生きていたのか……!」
≪…………≫
 モレクが生き延びていたのだ、あのモートがそうでないという保証がどこにある?
 そう確信していながらも、いざこうなってみて、にわかには信じられない思いで目の前の闇を見つめる。闇は、ゆっくりと彼から目をそらし、石窓から外へ消えた。
「あっ、待て!!」
 窓へ飛びついたが、追っていけるはずもない。
 影は彼の前、南の方角に向かって飛び去って行った。
「あれはモートだ、俺が間違えるはずがない」
 モートのやつが生きていた。そしてやつがこの事件の黒幕にいたというのなら……今度こそ、俺の手で息の根を止めてやる!
 誓うように、正悟はツュッヒティゲンを石窓に突き立てた。



 丘陵地へ向かって飛んでいく闇の影。その存在を感知したのは彼だけではなかった。
「あれは…」
 あきらかにハルピュイアといったモンスターとは違う、異質な存在が視界をかすめたのを感じてイリア・ヘラー(いりあ・へらー)は南の空を見上げる。
 闇の雲は見間違いようのない意図的な動きで向かい風のなかを進んでいた。闇の行く先に、何か人影らしきものが2つ見えたと思った瞬間、彼女のすぐ横を火術の炎のカーテンがなめるように走った。
 ぎゃんっ! と声を上げてオルトスがはじけ飛ぶ。
「マヌケ面でぼけらっとしてんじゃねーよ。かじられたいのか?」
 ギャドルがけらけら高笑った。
「なんだよ? その目。助けてやったんだぜ? 礼を言うのが筋じゃね?」
 得意満面、ほらほらと催促する彼に、む、となったイリアの手から白光が走る。
「うわお?」
 自分が狙われたと思わず身をよじったギャドルの後ろで、低空飛行で突貫攻撃をしかけてきていたハルピュイアの翼が凍った。飛ぶ力を失ったハルピュイアはとっさに着地することもできず、そのまま地をえぐるように激突する。
「ぼけっとしてるからよ! 大事な三つ編みを鉤爪でむしられちゃうわよっ」
 いーっ、と歯を見せて、イリアはそれまでしていたこと――氷術を用いてのルファンの援護――に戻る。先に見た謎の黒雲のことは、あとかたもなく消えていた。
「チェッ、かわいげのねぇ」
「かわいげあるもん! ギャザオには分かんないだけで! ダーリンはちゃーんと分かってくれてるよねーっ?」
 ぱちぱち目をしぱたかせて、んねっ? とばかりに秋波を送ってくるイリアに、ルファンは苦笑した。
「よいから2人とも、今は戦闘に集中するのじゃ」
「はーい! ……ほら、ギャザオのせいで怒られた」
「ちょっと待て俺様? 俺様のせいか? ひとのせいにすんじゃーーねえっ!」
 死角を突くように横手からきた3匹に向け、等活地獄を発動させる。
「ギャザオのせいだもん! イリア悪くないもん!」
「なんだそりゃあ!? 1人いい子ぶるなてめぇ!」
 ぶつぶつ言い合いをしながらも、互いに背中を預け合って火を吹くギャドルと氷術を放つイリア。ルファンの口元には、いつしか微笑が浮かんでいた。