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シルバーソーン(第1回/全2回)

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シルバーソーン(第1回/全2回)

リアクション


3 地上3階

●地上3階

 屋上から入った第2班の面々は、まず3階へと降りた。
「うーし! 潜入成功ーっと」
 メルキアデスは上機嫌で携帯を取り出し、外部のクローラに定期連絡を入れる。
 階段は屋上としかつながっていなかった。まずは階下へ降りるための階段探しだ。
「あ、そーだ。だれか、迷子防止策用に何か持ってきてるか? なけりゃこれ使ってもいいけど?」
 文房具店のフロアで見つけた蛍光インクのマーカーを振ってみせるメルキアデスに、籠手型HC弐式を装着した霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が進み出た。
「私が持ってる。マッピングをしよう」
「お、助かった。そうしてくれ。
 じゃあ出発進行ー!」
 意気揚々、泰宏と並んで先頭を行くメルキアデス。うす暗いフロアの通路を、彼らはこれと見当をつけた方に向かって歩き出した。
 前方を照らすあかりは泰宏がつけたヤシの木ヘッドライトだけだったが、ダークビジョンが使える者もいるし、壁に開いた穴から外部の光が流入しているため、目が慣れれば月の出ている夜程度には周囲が見える。
「あんまり大声出すと、モンスターに気付かれるわよ」
 屋上であれだけ音をたてたあとだからもう遅いとは思うが、これもパートナーの務めとして、一応フレイアは注意を入れた。
「へーきへーき! モンスターなんか、ぱーっと蹴散らして、シュパッと薬草見つけて、さっさとこんなとこおサラバしちゃおーぜ!
 なんたって東カナン領主さまの新妻と親友だからな! 救ったら俺様東カナンの救世主! みんなが俺様に感謝して、教導団上層部に報告、俺様偉い! 昇進! なーんてこともあるかもしれないぞ?」
 昇進なんかに興味のないフレイアは、あきれたようにぐるりと目を回す。
 もちろんフレイアとて2人は助けたい。何の面識もない2人だったが、愛の女神を公言するフレイアとしては、わが身を呈して愛する者を護り、かつ、そんな2人を救うために命を賭して戦おうとする者たちの力にならずにはいられないのだ。結婚という、神聖にして崇高な愛の儀式を毒矢なぞで邪魔してくれたことにも腹が立つ。
 あの闇の化物が何者かなんて知らないが、やつの思いどおりにさせないためにも、なんとしてもあの2人は救わなければならない。
 愛の持つ力は偉大にして万能! 最強! そう世にしらしめすためにも!
 ビバ! ラブパワー!!
 そして無事2つの愛が成就したときには、ぜひともそのなれそめなどをデバガメ――じゃなくて、聞かせてもらいたい。女子会、パジャマパーティーでも開いて。
「……ふふっ。いいですわね、東カナン領母と南カナン領主をまじえての恋バナ、パジャマパーティー」
 くふっくふっと自分の思いつきに肩を震わせてふくみ笑っているフレイアの前、目指せ大団円! と上機嫌でメルキアデスはずんずん歩く。周囲の暗がりを気にしている様子はまるでない。
 先からの発言といい、どこまでもお気楽極楽のメルキアデスを見て、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)がつぶやいた。
「ああ、あの方、おつむが弱いんですのね」
 上にいるときから、どうもそうじゃないかとは疑っていたんだけれど。
 なんとなく、ほかの者たちと連携をとる教導団の彼がリーダー的に先導しているが、これはちょっと危なさそうだ。陽子はもしものときを考えて、空飛ぶ魔法↑↑をかけておく。
「たしかにうるさいよね。わざとモンスター呼び寄せてるのかな? って思ってたんだけど、どうも違うみたい」
 陽子のとなりを歩く緋柱 透乃(ひばしら・とうの)が応えた。
 今、彼女の上半身にはあかり代わりの気合の烈火の桃色の炎が灯っている。
「ま、私は思い切り戦える方がいいからそれでいいけど」
 下級モンスターなんかの顔色伺って、気付かれないようにこそこそ動いて、なんてつまらない。
「やっちゃんは、助けられる命は助けたい、っていういつもの奉仕精神からみたいだけど」
 もっとも、それも限りがないというわけでもなさそうだ。
「……今までもカナンの有名人は何度も倒れたり攫われたりしたようだが、これで何回目だ? 今回は手助けとしてモンスターの相手はするが、いつまでも、何かあってもシャンバラの奴が何とかしてくれる、と思っているならそろそろ見限る事も考えるぞ」
 と、ぶつぶつつぶやいていたのを透乃は知っている。本人はだれにも聞かれていないつもりだろうが…。
(利他的なやっちゃんでもあんなこと考えたりするんだね)
 なんだか楽しい気分になって、くすりと笑いが口をついた。
「どうかしたんですか? 透乃ちゃん」
「ううん。ぺつに。ただの思い出し笑い」
 いぶかしがる陽子に、にっこり笑って見せる。そのとき、陽子のディテクトエビルが反応した。
「はあっ!」
 彼女の表情からそれと察した透乃のこぶしが背後の人影へ向かって飛ぶ。強烈な打撃技は一撃で相手を粉砕した。
 バラバラに砕けて散る破片。マネキンだ。直後、その後ろから現れた影が、ゆらりと揺れた。
「出たよ! アンデッドだ!」
 ついに始まったとの高揚感にあふれた言葉。彼女の声に呼応するように、左右の店舗からゆらゆらといくつもの人影が立ち上がる。それを視線で数える透乃の両こぶしに灯っていた気合の烈火の炎が、一気に勢いを増した。特に利き手である左のこぶしがあきらかに濃い。
 この炎は彼女の意気によって変化する。いわば、彼女の心そのものが目に見えるかたちとなったものだ。
 多勢の敵に取り囲まれた今、それは煌々と燃え盛っていた。
「いくよ、陽子ちゃん!」
「はい、透乃ちゃん」
 透乃は笑顔でガラスケースを飛び越え、敵の1体に突進した。
「やあーっ!!」
 こぶしでなぐりつけると見せかけて腕を掴み、力任せにぶん回す。手を放した直後、アンデッドは吹っ飛んで、激突した棚ごと倒れた。
 衝撃で立ち上がれないでいる間に、次々とアンデッドを掴んでは投げ倒していく。再びふらふらと立ち上がりだしたアンデッドの姿に、ころあいを見計らって陽子が我は射す光の閃刃を放った。
 戦の女神でもあるイナンナの力を宿した烈光が無数の破邪の刃と化し、さまざまな軌道を描いて同時に敵を狙い討つ。不浄のアンデッドは切り刻まれ、大小の肉塊となって地に沈んだ。もはや二度と起き上って人を襲うことはできないだろう。何十人いようが、アンデッドなど百戦錬磨の2人の敵ではない。陽子は不敵な笑みを浮かべて己が為した結果を見下ろした。
 一分の無駄もない、みごとなコンビネーションで効率的にアンデッドを倒していく2人と対極の位置では、アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)が己が主であるルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)を背後に庇いつつ、富士の剣を用いて戦っていた。
 刀身が氷でできたこの剣は、アルトリアがふるうたび、周囲で入り乱れている光を弾いてきらきらと輝く。
「――はあっ!!」
 扇形に自分たちを囲ったアンデッドを前に、アルトリアは即座に絶零斬を発動させた。
 剣を核として導かれたすさまじい凍気がふるった剣先からほとばしり、床を裂き走ってアンデッドへと向かう。凍気は瞬時にアンデッドたちの膝から下を氷のなかへ閉じ込めた。
「今です、ルーシェリア殿!」
「は、はいなのですぅ」
 ルーシェリアは幻槍モノケロスをかまえる。
 アルトリアが動きを封じてルーシェリアがとどめをさす、それが前もって決めてあった2人の攻撃法だった。だが――……
 この戦艦島が襲撃されて、まだ数日。目の前のアンデッドたちは、あまりに人間らしかった。
 彼らは買い物をしようとここを訪れて、不運にもモンスターたちの襲撃から逃げきれず殺された、被害者たちなのだ。そう思うと、これ以上彼らを傷つけるのは冒涜に思えてきて…。
「ルーシェリア殿!」
 彼女のためらいが何であるか悟って、アルトリアが声を張った。
 びくっとルーシェリアの肩がはねる。
 彼女の前、ひゅんと風をきる音がして、アルトリアの一閃がアンデッドたちを斬り裂いた。
「あ…」
「ルーシェリア殿、あなたのお気持ちは分かります。見知らぬ者であってもその死を悼む、そのたぐいまれな優しさ、素直さは非情な戦場にあって黄金にも等しい。決してなくさないでいただきたい。ですが彼らの場合、こうしてやることこそが弔いなのです。彼らは死してなお、こんな人を襲うあさましい存在になどなりたくはなかったのでしょうから」
「アルトリアちゃん…。ごめんなさいですぅ」
「いいえ。さあ、やりましょう。彼らのためにも、ここにいるアンデッドすべてを本来の場所へ帰してあげるのです」
「はいですぅ」
 ためらいを払拭したルーシェリアは、普段の彼女を知る者であれば己の目の方こそ疑うほど強かった。
 おっとりのんびりとした動きは機敏さへと豹変し、その手がふるう槍は正確に敵の急所を貫く。最も無駄のない、確実な手段で倒していく。それが彼らのためでもあり、ひいては今も毒に苦しんでいる2人を救う最短の道にもつながる――そう信じて、ルーシェリアはアルトリアとともに戦った。
 そしていつもであればメルキアデスがヒロイックアサルトで突進攻撃をするのをなかばあきれて見守っているだけのフレイアも、今回ばかりは参戦してバニッシュを撃っている。
 一番後衛では泰宏が全体を見ながら、前衛で戦っている彼らに向かって適度にリカバリやオートガードを放っていた。
 ふと、そんな彼の視界を、白くぼうっと光るものがかすめる。
 ショーケースとショーケースの間の床を、蠕動する白い棒のようなもの。かなり距離があるが、見間違いではない。
「いた! エンディムだ!!」
 彼の言葉に全員がその手の指差す方を見た。そして蠕動する腹部、尾を見る。
 移動した側のショーケースに向かって、陽子が光の閃刃を飛ばした。弧を描き、ショーケースを回り込んで左右から襲う。しかし光の閃刃は瞬時に宙で散ってしまった。
「魔法は効かない、か」
 アルトリアがつぶやく。
 透乃とルーシェリアが、まるで申し合わせたように同時に飛び出した。
 彼らの行く手をはばもうとするアンデッドは、2人に触れるはるか手前で援護の魔法が切り裂く。アンデッドの防御なきエンディムは、ただの白ヘビでしかない。
「てーいっ!!」
 鎌首を持ち上げ、シャーッと威嚇する双頭の白ヘビの尾を掴み、透乃はふり回した。遠心力も用いて周囲の物にぶつけ、骨を折っていく。最後、宙に放り出されたそれを、ルーシェリアが一刀で両断した。
 即死したエンディム。しかしなぜか、アンデッドはまだ動いていた。
 操るエンディムが死したというのに。
「どうしてですぅ?」
 わけが分からないまま、モノケロスをかまえるルーシェリアと背中合わせになって、透乃も油断なくかまえをとる。
 いまや彼らは無数のアンデッドの中心にいた。
「……これ、最初のときより増えてるよね、どう見ても…」
 じりじりと包囲の輪を縮めてくるアンデッド。もしや先のエンディムは、命を賭けたおとりだったのではないかとさえ思える。
 その光景を見て、ふむ、とアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は腑に落ちた。
「どうやらもう1匹、あるいは2匹、エンディムがいるようだ」
「ですって、シグルズ。あなた分かる?」
 エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)の言葉に、シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)は殺気看破を張り巡らせてみた。――が、すぐに首を振る。
「駄目だ。これだけ周囲が殺気にあふれていては、どれがエンディムのものかなど区別がつかない」
 さもありなん。
 エヴァはふうと息を吐き、おもむろに光精の指輪をはめた手を前方に差し出した。
「とにかく彼らを窮地から救わなくては」
 先から援護者の放つ魔法もSPが切れかけている。あのエンディムを倒せば終わると思っていたのだから仕方ないが。
 エヴァは指輪に意識を集中した。指輪の上にポゥ…と光の球が浮かんで、人工精霊が現れる。
「お願い」
 エヴァのやさしい命令にうなずいて、精霊は光を発しながらアンデッドの間を縫うように飛んだ。
 ちらちらと明滅しながら飛ぶ光の球は、アンデッドの本能(?)的なものを刺激するらしい。脇を通り抜けていく光の球に手を伸ばしたり、目を奪われるアンデッドは多かった。
 アンデッドの動きが止まる。
「やりますね、エヴァ」
「ありがとうございます」
 アルツールからの称賛に軽く頭を下げる。
 だがあれはほんの一時的なものにすぎない。エンディムが操る力を強化すれば、アンデッドは再び攻撃に戻るだろう。そうと知るアルツールはすぐさま神の目を用いた。
 強烈な光が一瞬フロア中を満たす。光――正確には光輝の力――に焼かれたアンデッドが苦しみもだえるなか、ルーシェリアと透乃は床を蹴ってその場を離脱する。
 彼女たちが戻ってくるのを待って、さらにアルツールは不滅兵団を召喚した。
 鋼鉄製のもの言わぬ兵士たちが列になって槍をかまえ、アンデッドに向かって突き進む。
「エンディムがどこに隠れていようと関係ありません。圧倒的物量で押しつぶしてしまえばいいのです」
 アンデッドも物も、彼らには違いがなかった。行進の邪魔となるショーケース、棚、マネキン……すべてを不滅兵団はなぎ払い、踏みつぶし、破壊してひたすら前進する。
「容赦ないなぁ」
 圧倒されながらもぽつっとつぶやいたメルキアデスの前、シグルズが動いた。
「僕の出番のようだ」
 それまで逃げ惑うだけだったアンデッドたちが、急に1つの目的に統一された動きを見せ始めた。兵士の1人に狙いを定め、突き崩しに出たのだ。さながらそれは、巨大な盾を穿とうとする1本の矢じりに似ていた。ダムの決壊により発生する鉄砲水のごとく、鋼鉄の兵士を突き倒し、踏みつけて乗り越えてくるアンデッド。
 それを、シグルズは迎え討った。
 パワードアーマーでおおった全身にヒロイックアサルトを流動させ、見るからに重そうな両手剣レプリカ・ビックディッパーをオモチャか何かのように軽々とふるう。反転し、アンデッドの殲滅にかかった兵士たちとともに、スタンクラッシュ、乱撃ソニックブレードを次々とたたき込んだ。
 だがこんな無茶な質量攻撃に今の戦艦島が耐えられるはずがない。
 ピシピシとどこかで何かがひび割れる大小の音が起きると同時にフロア中が揺れ始める。ピンッピンッと張られた鉄線のようなものが引きちぎれる音が振動となって伝わってきたと思うや、突然足元がたわんだ。まるでそれまで布の上に立ってでもいたかのように。
「うわ、やば」
 そう口にする間があればこそ。すり鉢状になった床が、一気に抜ける。
 しかし彼らには、こういう場合を予測して陽子がかけてあった空飛ぶ魔法↑↑がある。不滅兵団なぞ呼び出す以上、こうなると見越してアルツールは箒を持ち込んであった。問題はない――はずだった。このままであったなら。
 次の刹那、まるでこの瞬間を待っていたかのように、天井からスライムたちが一斉に彼ら目がけてダイブした。
「どわあああああああああぁぁぁぁぁああああああーーーーーーっ!!」


*           *           *


●地上1階

 エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)は前へ踏み出そうとして、ぴたりと動きを止めた。
「……今の、悲鳴?」
 確認するようにアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)を振り返る。アルフもまた、悲鳴の聞こえた先を見上げて、眉をしかめていた。
 直後、かなりの縦揺れが起きる。
 ズウゥゥン……という重い地響きがして、彼らの見上げた先の天井もまたゆらゆら揺れた。
「うわ」
「おっと」
 足元をすくわれ、床にたたきつけられかけたエールヴァントを支え、壁に身を寄せる。直後、彼らの前、棚の上に積まれていたダンボールがどさりと落ちて中身を床にぶちまけた。暗いのでそれが何かまでは分からないが、どうやらかなり質量がある物だったようだ。エールヴァントが床に転がっていたら、どんなことになっていたか…。
「ギリギリセーフだったな」
 まだ揺れが収まらない従業員用廊下で、彼らはじっと天井で左右に大きく振れ動いている黒い影――おそらくライト――を油断なく見守る。あれが落下してきたら、即飛び退くつもりで。しかし幸いにも揺れが収まっていくにつれ、ライトらしき影は徐々に動きを小さくしていき、やがて震える程度にまで収まった。
「これは地震、じゃないよね」
「ああ。この様子だと、上の階の床でも抜けたかもな」
 派手にやっているな、とは思っていたのだ。
 もともと上から侵入する第2班は、階上のモンスターを自分たちに引きつける役目を負っていた。ルファンたちが1階部分の敵を外部に誘導し、2階以上のモンスターは第2班が。そうしている間に自分たちは配電盤が置かれているスタッフルームを見つけだし、できる限り戦艦島のあかりを回復する。そういう計画だった。だから多少振動や戦闘音がしても当然と思っていたのだが。
「……あいつらちょっとやりすぎじゃねーか? ここには俺たちだっているんだぜ?」
 地下にはシルバーソーン探索部隊だって向かっている。上がつぶれたりしたら、地面より下にもぐっている彼らはどうなる? 自分たちだって脱出できるか際どいのに、地下の彼らは完璧不可能だ。
「ま、下へ行ったのはそう簡単に押しつぶされたり、自力脱出ができないようなやわなやつらじゃないけどな」
「どちらにしても僕たちには、これ以上何事も起きないように祈ることしかできないよ」
 ぱしぱし、と服についたほこりを帽子で払い、帽子についていた分は手で払って、かぶり直す。そうして初めてアルフの苦虫をかみつぶしたような顔に気付いた。
「どうした」
「んー? こうなるんだったらやっぱり、外のハルピュイア戦に志願しとくんだったなぁと思ってさあ」
 そのぼやきに、作戦会議へ出席するため向かっていた際の一連の会話を思い出してエールヴァントの目が座った。
 東カナン要人2人の命がかかった重要なミッションだというのに、このあほぉは言ったのだ。
『向こうにはワイルドな魅力あふれるおねーちゃんがたんさんいるとか。こんなときでなきゃ、食事にでも誘うのになあ』
 惜しいなぁ、と何度も繰り返すアルフに、さすがのエールヴァントもどん引いた。まさかこいつの守備範囲がここまで広いとは思ってもみなかった。広いというか、そもそも制限がないというか…。
『女性の顔と胸がくっついているだけの下級モンスターだよ?』
『女の顔と胸! いいじゃねーか。それ以外何が必要なんだ?』
 これは獣人の価値観、美意識全般に通じる問題か、それとも単にこのあほぉがバカで節操がないだけか。
『実性別男だったらどうするんだ! いや、たとえ女性だと分かっても決して口説くなよ? あんなの連れて戻ろうとしたら絶対に許さないぞ!』
『んー…』
『考え込むな、こんな当たり前のことで! 悪食の猛禽に頭からバリボリ食われたいのか、おまえは!』
『いや、女の子だったら食っちゃうのは俺の方――』
 とか言い出したところでぽかりと殴りつけ、話は立ち消えになったのだが。
「――まさか、あきらめてなかったのか、おまえ…」
「え?」
 けろりんとした顔で、何のこと? と問いかけてくるアルフの首根っこを引っ掴む。
「おまえの悪癖にいつまでも付き合っていられるか! さっさと先へ進むぞ!」
「えー?」
 宣言するやいなや、エールヴァントは大股で廊下を突き進む。
 アルフはかなり不服そうな声で、かかとを床につけたままずるずると引っ張って行かれたのだった。



●地上2階

 同じく3階の床が崩落した音を、ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)は2階へ通じる階段の途中で聞いた。
「うわっと」
 激しい振動に、階下へ振り落されまいと壁の手すりへしがみつく。さらに頭上からはもろくなっていた階段がさらに崩れて瓦礫までが降ってきて、天津 麻衣(あまつ・まい)はあわてて頭をかばってできるだけ端へ寄った。
「もうっ! 何なの? これ〜〜〜っ」
 まさかここまで崩れたりしないでしょうね!? と、地揺れの間中戦々恐々として自分の足元を注視する。幸い、ひび割れがいくつか入っただけで、砕けて落ちることはなかった。
「まったく、上の連中ってば何してんだってーの!」
 徐々に振動が収まり、気持ちに余裕が出てきたのか神矢 美悠(かみや・みゆう)が吐き出すように言う。
「ここ、放棄された廃墟なんかじゃないのに! デパートとして再建しなきゃなんないって分かってんの? あいつらっ」
「いいから。麻衣、サーチだ」
 ケーニッヒの指示に従って、麻衣は銃型HC弐式を操作する。
「2時の方角、約5メートルほど先にたくさんの生命反応。動かないところを見ると、これ、多分さっきの崩壊起こした人たちね。あっ……と、そこへ向かってるやつらがいるわ。3から5の点の集合体が3つの方角から。しかも早い! おそらくあと2分で彼らの元へ到達するわ!」
「オルトスでヤンスね。あいつら、集団で行動するようでゲスから」
 入り口から飛び出してきたオルトスを思い出してアンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)がうなずく。
「もし崩壊に巻き込まれて下敷きにでもなっていたら……大変! 早く助けに行かなくちゃ!」
「ちっ、面倒くさいやつらだ!」
 ケーニッヒは軽身功を用いて、どこが崩れるともしれない階段を一気に飛び越えていく。
「死にかけているバァルの細君のために、こっちはさっさとモンスター退治してシルバーソーンを確保しなくてはならないというのに!」
「あら? セテカのためじゃなかったの? てっきりそうだと思ってたんだけどー?」
 どういう返事が返るか分かった上で、ニヤニヤ笑って美悠が言う。
「はぁあ? なぜそうなる? あんな色ボケ野郎、どうなろうが我の知ったことではないな。大体、どんくさすぎるというものだ。武器を携帯していたのであれば矢ぐらいはじけなくてどうする。それを、女をかばって己が身に受けるとは……ええかっこしいめ」
「へーえ?」
 そこでようやくケーニッヒは美悠がからかいの目で見ていることに気がついた。
「なんだ?」
「べっつにー? 正直じゃないなぁと思ってー」
「何を言っている。我はさっきから正直に答えているぞ」
「はいはい。そうしておきましょうかねー」
 口にしなくても考えは全部お見通し。そう言わんばかりにうんうんうなずく美悠に、ケーニッヒはうさんくさげな目を向けると、ふいと正面に目を戻した。
「どうでもいいことをいつまでもだらだら話していないで、さっさとオルトスをたたくぞ。万一ここが崩壊するとでもなったら巻き添えはごめんだ。
 麻衣、一番近い群れはどこだ」
「11時の方角、直線にして約4メートル」
「見えた。あれでヤンスね」
 洋服の入った衣装ワゴンの間を影のようにすり抜けていく生き物の気配を察知して、アンゲロが指差した。走り出したケーニッヒに、美悠、アンゲロ、麻衣も続く。
「……ったく、あのばかが…。ま、シルバーソーンが余計に手に入ったら、ついでに助けてやらんでもないがな」
 かすかなつぶやきを耳にして、美悠と麻衣は顔を見合うと声に出さず笑った。



 いよいよ戦闘が始まると知って、アンゲロはオートガード、オートバリア、ディフェンスシフトと次々と防御魔法を展開させ、全員の防御力を上昇させた。そして前衛で戦うケーニッヒにはパワーブレスをかける。
 先手を取ったのはオルトスの方だった。
 獣たちの前方へ回り込もうと向かっていたケーニッヒを、側面から襲撃したのだ。
「むっ?」
 物陰から飛び出し、牙をむいて襲いかかってくる双頭の犬。その存在に気付いたとき、牙は腕に突き刺さる寸前だった。
 だが上あごは残像を貫き、がちりと己の牙と噛み合ったにすぎなかった。敵の存在にいち早くスキルを全開させていたケーニッヒの動きは、常人をはるかに超えている。獣の動体視力ですら、捉えられたのは鼻先に迫っていたブーツのつま先だった。
 蹴り飛ばされたオルトスはまるで子犬のように鳴いて棚を貫き、奥の壁へと激突する。
「ファウスト! 後ろ!」
 美悠の手が振り切られると同時にケーニッヒの背後めがけて飛びかかったオルトスが、宙で見えない何かにぶつかってはじきとばされた。くるりと宙で一回転し、瓦礫の上に難なく着地したオルトスは、その足で再び瓦礫を蹴る。しかし次の瞬間、またもや不可視の何かが獣を襲った。腹を切り裂かれ、血しぶきを上げたオルトスは、ケーニッヒの残像を貫いたときにはもう絶命していた。
「わぷっ! 美悠、フラワシを使うのはいいが、片手落ちだぞ! きっちり防御しろ!」
 オルトスそのものは避けられたが、霧のような血しぶきを少し浴びてしまったケーニッヒが毒づく。てっきり粘体のフラワシでガードしてくれているとばかり思っていたから、避けなかったのだ。
「あー、ごめんごめん。忘れてたわ」
 うそか本当か分からない声で、けろりとうそぶく。
「にしても、こいつら相当狩りに慣れてるわね。あたしたちがああ動くと見越して奇襲部隊を配置してたのよ」
「本隊の方も来たようでヤンスよ」
 アンゲロの言葉どおり、いつしか彼らを囲うように5頭のオルトスがテーブルの上やワゴンの下、棚の影などにいた。先のフラワシ攻撃を警戒してかそれ以上近付こうとはしなかったが、戦う意欲は満々のようで、うなり声の威嚇がさながら雷雲のごとくすさまじい。
「ちえっ。獣の分際で、人間さまをおどそうなんざ――」
 と、アンゲロの声に重なって、左右の棚がぐらりと揺れた。そのまま、彼らに向かって倒れてくる。
「くそっ!」
「退きましょう、ここは死角となる障害物が多すぎるわ!」
 棚が倒れると同時に飛び込んできたオルトスたちに、麻衣が裂神吹雪を仕掛けた。紙吹雪の刃が彼らの足止めをしている隙に、4人は元来た道を走り出す。左右ジグザグに走ることでオルトスの突撃をかわしながら彼らがたどり着いたのは、階段だった。
 上がってきたときと違い、今度は3階へ向かう。中2階の踊り場で、4人は初めて足を止め、振り返った。
「犬の足では階段は登りづらいだろう」
 格段に速度が落ち、段から足を滑らせているオルトスたちを見下ろす。しかも彼らが動ける範囲は階段幅しかない。
 退却していると見せかけて相手に不利な場所へ誘い込む。これは彼らの作戦だった。
 憎々しげに吼えて上がってこようとする彼らに、美悠は容赦なくカメハメハのハンドキャノンを撃ち込む。その途中で階段が崩壊し、オルトスとともに階下へ落ちて行った。
「……あー…」
 ぽっかり開いた大穴に、アンゲロがしまったと顔を覆う。
「あっちゃ〜〜〜」
 やっちゃった、と口元に手をやった美悠の肩を、ぽん、と麻衣が叩いた。その目は、同情する、と言いつつも笑っている。
「だ、だってふつー、このくらいで崩壊するなんて思わないじゃない!? もろすぎるのよ、ここっ!」
 一生懸命弁解する美悠の後ろで、ケーニッヒは上へ通じる階段を見上げた。3階に上がり、別の階段を探すしかないだろう。幸い艦内図は階段横に設置されている。迷うことはない。……遠回りにはなるが。
「行くぞ」
 4人は3階へ向かった。