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マレーナさんと僕~卒業記念日~

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マレーナさんと僕~卒業記念日~

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10.正午:キヨシの災難(料理対決編)
 
 ぼーんぼーん、と管理人室の大きな古時計が鳴った。
「まぁ、そろそろお昼ですわね」
 マレーナはうん、と伸びをして、邦彦に昼食の支度を任せると、自身は下宿生達に知らせるため各部屋を回って行く。
 
 223号室――。
 
「歩さん?」

 ノックをして、声をかけた。
 応答はない。
「いらっしゃって?」
 ガラガラと引き戸を開けた。
 部屋はしんとしてる。七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は出掛けているようだ
「まぁ、こんな時に……」
 口元に手を当てて、考え込んだ。
 思い浮かぶのは、飲み会の席での自分の「らしくない」行動。
 あれ以来、どことなく歩の態度が気にはなっているマレーナである。
「いったい……どこへ?」
 なにげなく床を眺めた。
 足下には、唯我独尊の「従業員募集」の広告が置かれている――。
 
 ■
 
 唯我独尊からは、安らかな子守唄が流れていた。
 大荒野を行く旅人達は一瞬足を止め、その歌声に耳を傾ける。
 
 ぱんぱんぱん、と拍手。
 
「はい、それまで!」
 告げたのは、面接官の湯島茜。
「見事な子守唄だね。
 さすがは夜露死苦荘のお嬢様、と言ったところかな?」
「お嬢様はやめて下さい! 茜さん……じゃなくて、オーナーさんだっけ?」
「茜でいいって。」
 席にゆったりと腰掛けて、メイド希望の下宿生・七瀬歩に告げた。
 
 天井を見上げたのは、彼女が宙に浮いていたからだ。
 
 空飛ぶ魔法を解いてふわりと床に着地する。
 讃美歌を歌い終わったばかりの天使が、翼を折りたたんで現れたかのような錯覚を覚える。
 寝ぼけ眼の従業員達は、半眼を開けたまま、ほうっと息をついた。
「合格だよ、歩。
 希望の職種は……あれ、書いてないけど、【出張メイド】でいい?」
「えぇ、そのつもりで」
「もったいないね……なになに、動機は『マレーナさんと仲直りしたいから』って、喧嘩してたっけ?」
「え? うん……喧嘩じゃないけど……」
 歩は口を濁した。
 
 わかっている。
 ひょっとしたら、こだわっているのは自分の方だけかもしれないってこと。
 
 だが、口に出しては別の理由を告げた。
「いつもお世話になっているでしょ?
 だから、何かお返しがしたいなって……それにはバイトが一番かな、て?」
「そーお? 別に、うちは構わないけど?」
 茜はチョット考え込んで、ポンと手を打つ。
「ね、元々メイドスキル高かったよね? 歩って」
「え? うん、昔……少し勉強したことがあったしね……」
「『パラ実生』にしては希少だよ。
 で、ものは相談だけど、うちの子達を鍛えてくれないかな?
 もちろん『試験期間』は設けられることになるけれど、ね?」
 
 こうして、歩は【出張メイド】ではなく、見習いメイド達の【メイド教育係】として試験的に働くこととなった。
 試験期間後、正式な従業員となるかどうかは、従業員達からの評価と歩の意志に任せられることとなる。
 
「もちろん、私どもは皆、歩教官にこのまま調教されたいですわ」
 見習いメイド達からの評判は上々で、彼らからの評価は文句ない。
 あとは歩の胸三寸と言ったところだろう。
「お客様に喜んでもらえるのが第一です。今日もがんばりましょー!」
「おー!」
 見習いメイド達は、拳を突き上げる。
「まずはお掃除とかお料理、午後からはお勉強のスキルを磨きましょう!
 古きを知ってこそ新しいものは輝くのですからね?」

 バタンッとドアが開いた。
 
「あ、姐さん……じゃなくて歩教官……!」
「ど、どうしたんです? 【出張メイド】の皆さん」
 歩は慌てて駆け寄った。
 いずれも真っ青な顔をして、腹を抱えている。
「や、やられましたわ……マスク・ザ・受験生……」
「ますく? 今何て?」
「マスク・ザ・受験生様の料理に、完敗ですわ!
 きょ、教官……か、仇をっ!」
 
 ■
 
 昼時の夜露死苦荘の共同キッチンは、戦場と化していた。
「くっ、マスク・ザ・受験生様……あなどっておりましたわ……っ!」
 がくっ。
 唯我独尊の出張メイドは泡を吹いて倒れた。
 目の前に、なにやら奇妙な色のてんぷらの乗ったてんこ盛りの丼が置かれてある。
「ふ、私、ロザリンド・せ……ではなく、マスク・ザ・受験生がいるこの場所で料理を勉強とか。
 そのような腕前では、100年早いですね!」
 天狗の面をつけたマスク――もといロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、得意げにパプリカをかじる。
 キヨシら下宿生達はげんなりとして。
(てゆーか、誰も食べたくないっす、マスク殿)

 そこへ、歩が現れた。
「リンさ……じゃなくて、マスク・ザ・受験生!
 あなたの思い通りにはさせません!」
「そーいうあなたは……え? 歩さん?」
 ロザリンドの目尻が、一瞬好奇心から細く下がる。
 
 ――キヨシさんとの仲はどうなったのです?
 
 とかいうどーでもいいことは、さておき。
 
「これは……強敵ですが、負けられませんね!」

 勝負!
 
 火花が飛び散る。
 小さな共同キッチンを使っての「料理対決」がはじまった。
 
 判定は下宿生達がすることとなった。
 もちろん、まぎれてキヨシもいる。
(うう、詩穂さんのお陰で近寄れるようにはなったけど。
 面と向かう自信はないっす、ごめんなさい、歩さん!)
 女性恐怖症を疎ましく思いつつ、キヨシは集団の最後尾から歩達の勝負を眺める。
(歩さん、頑張れ!)

 先行は歩。
 テーマは、「メイド喫茶の思い出」と告げる。
 
「メイド喫茶と他の所の違いって、食べる人との距離だと思うんです。
 料理は愛情なら良い勝負できるかも?」
 ふふっと笑う。
 こうして、愛情いっぱい込めた美しき手料理が完成した。
 
 ・オムライス(ケチャップのお絵かきつき)
 ・カプチーノアート
 ・特製ケーキ(更にフルーツソースのデコレーション)

「ご主人様、どうぞお召し上がりください」
 歩は1人1人丁寧に料理の皿をおいて行く
「……どうです?
 味付けおかしくないですか?」
 上目遣いで可愛く決められると、当然周囲にはハートが舞った。
 
 お、美味しいです! 歩さん!!!
 
 頬が緩む。
 余りの美味しさに声も出ない。

「くっ、後攻、行きますからね!」
 ロザリンドは紙袋の中から高級食材を嫌というほどぶちまけた。
 はっきりいって、この段階では「ものご〜く」おいしそうだ。
「今回私のテーマは『今までにない組み合わせ』」
「は? 今までにない? 組み合わせ???」
 嫌な予感に、下宿生達の顔色はどんどん青くなる。
 歩は、不思議に思いつつも。
「今までにないって!
 どんな一流レシピを見せつけてくるというの?」
 冷や汗を流しつつ、ロザリンドの手元に集中する。
 ロザリンドは鼻先で笑う。それは鮮やかな手つきで、次々と料理を仕上げていった。
「私のメニューは……

 ・コーラの喉越しをまろやかに、健康にも良く『メカブコーラ』
 ・和と洋、食事とおやつのコラボ『ケーキ on SUSHI』
 ・お肉も野菜も穀物も一緒に絞りたて『フルミックスジューサー』」
 
「そ、それは今までにない、というより『ありえない料理』の間違いじゃなくって???」
 目を点にした歩の前で、ちっちっちと人差し指で否定する。
「ふふ……歩さん、料理世界は奥が深いのですよ。
 これで、皆さんもきっと喜んでくれるはず。
 ですよね? キヨシさん、下宿の皆さん?」
 判定員達の前に差し出した。
 何と言うか、勇気が試される色だが……ロザリンドの自信ありげな様に騙されて一口ぱくついてみる。
 
 ……あまりの不味さに声も出ない。

 だがキヨシだけは、生来の「女性にはやさしく」の精神から。
「お、お、おいしいっし……す……」
 言い終わって、気絶。
 窓からはレッサードラゴンまでもが追従した。
「相変ワラズ、ウメーナ、オメーノハ!」
「まぁ、そうだな」
 ゲルバッキーもふむふむと頷く。
「マレーナとそう大差はないと思うぞ?」

 タンカで運ばれゆく下宿生達を眺めて、ロザリンドは不敵に歩に引導を渡した。
「これで決まりですね!
 あの方たちも、“気絶するほど私の料理がうまいこと”を証明して下さいました」
「うう、な、なんてこと!
 みんな、ここは出直しましょう!」
 歩はメイド達を率いて、唯我独尊への退却を命じた。
 その際残りの料理を(自分の物しか残ってなかったので)マレーナに渡す。
 マレーナはニッコリと笑って、とても丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます、歩さん。
 私はとても美味しいと思いますわ」
「ま、マレーナさん」
 勝負に負けた私にさえ、なんてマレーナさんは優しんだろう……。
 うっ、と泣きつきたいのをこらえて、歩はメイド達と共に唯我独尊へと戻って行くのであった。
 
 ……その後、診療所の「下痢止め」と「食あたり」の薬が在庫切れになったことは、いうまでもない。