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リアクション
13.閑話休題:講師達とか空大受験とか
名門・パラ実の復興のため、夜露死苦荘は下宿生達を空大に送り込むべく日々進化せねばならない。
敵(夜露死苦荘以外の受験生)は、数多あるのだ。
彼らを差し置き、空大への進学率と在籍率を高めるためにも、より良き「新講座」の開講と「旧講座」の更なる発展は最重要課題である。
そう、更なる「高み」へ――。
■
【唯我独尊のオーナー】の南 鮪(みなみ・まぐろ)は、同じくオーナーの土器土器 はにわ茸(どきどき・はにわたけ)と共に、それぞれ「新講座」を開講することにした。
鮪は【伝説のスーパーエリート】の知名度を生かし、夜露死苦荘前の庭を使った「阿畏蘇羅授業(あおぞらじゅぎょう)」。
はにわ茸は空大入学意欲を煽るためのセミナーを受け持つ。
「ヒャッハァ〜! ただの授業じゃないさ」
庭を眺めて、鮪は鼻先で笑った。
そこにはレッサードラゴンや首狩族、元鏖殺寺院、元恐竜騎士団の下宿生が、午前中の学習を終えてひと息ついていた。
レッサードラゴン達はキャロリーヌやゲブー達に面倒を見てもらっていた為学力は上昇したようだが、他の者達は【出張メイド】達がヤキを入れたくらいでほぼ自習が日課である。
そこに、鮪は目をつけた。
「スーパースターな俺の心は、大荒野よりも広いんだぜェ?」
パチンと指先をはじく。
恐竜(チビ恐竜)やゴブリン(モヒカンゴブリン)達が現れた。
いずれも配下の者達である。
「いいか、良く聞け! おまえら。
いまから連中達をここへ呼んで来い!
ここで俺が講師になって、『阿畏蘇羅授業』をやってやる」
「はぁ、して、『阿畏蘇羅授業』とは?」
恐竜とゴブリン達は互いの顔を見合わせる。
「種族を問わず開講する夜露死苦蒼最大規模の授業の事さ。
お前達は、講座の内容についてこれない落ちこぼれのフォローに回れ!」
「へい! 合点っ!」
恐竜とゴブリン達は一礼すると、生徒達をかき集めに行く。
手下どもが作業している間に、鮪は桜の木に近づいた。
モヒカン桜――この下宿最古の生き物と思われるそれは、はたして「信長」の睨んだ通りなのであろうか?
(へっ! おまえの魂胆なんざ、俺はとぉーっくにお見通しだぜェ!)
朝礼の言葉を思い返して、鮪はニッと笑った。
そう、信長はこの桜の木を空大に行かせて、「世界樹」に育て上げようというのだ! 己が野望のために!!
「しっかし、こいつが『世界樹』ねぇ……」
まぁ、事が現実になれば、確かに空大を苦労して手に入れずとも「世界」を手に入れる最良の駒にはなり得る――とは思う。
だが本当に教育を施したくらいで、ただの樹木が、コーラルネットワークに接触し得る高等生物と化すのであろうか、とも。
そこに、ゲルバッキーが現れた。
(こいつはいいタイミングだぜェ!)
よお、おっさん! と鮪は声をかけた。
ゲルバッキーは立ち止まって、ん? と振り返る。
「桜の木が、今年は『空大受験』したってゆーぜぇ?
知ってるか?」
「ほう、こやつがなぁ……」
ゲルバッキーは眠たそうにモヒカン桜を見上げる。
その目が、お! と言う形に見開いた。
「こ――この木は……!」
「ほっ?」
鮪はビビった。ゲルバッキーは警戒しつつも、くんくんと木の臭いを嗅ぎまくる。
(「世界樹」かどうかなんて、わかるのか?)
ポータラカ人なのだから、ひょっとしたら判別がつくのかもしれない。
期待にワクワクする鮪の前でゲルバッキーは……なんと!
じょおおおおおおおおおおおおお……。
……根元におしっこをかけた。
「ふむ、ちょうどよい大きさだ」
そっちかよ! 鮪がこけそうになったところで、ゲルバッキーは再び真顔で訝しげに。
「……いや、これは……世界樹?」
……というようなことを延々と続けるのであった。
当の鮪は、と言うと。
集められた数多くの生徒達を前に、さっさと授業を始めることにする。
「いいかぁ、受験勉強は『命懸け』が大事さ!
そして俺の野望は、信長よりも凄ェ。
今、証拠を見せてやる、パンティーレックス!」
ガオオオオオッ、とT-REX【ティラノサウルス】のパンティーレックスが現れた。
「こいつは、恐竜騎士団から空京大分校にヘッドハントされた逸材さ。
最近は、肉は炙って食べるのが好きなようだぜェ?」
火炎放射器を携えている。
「逃げ出したらこいつに任せるぜェー。
ま、せいぜい日暮れまで頑張ることさ。ヒャッハァー!」
これにはさすがのレッサードラゴン達も大人しくなってしまった。
現役空大生による恐怖の講座は、夜露死苦荘の新たな「看板授業」として、着実に立ち位置を得たようだ。
土器土器はにわ茸は、それでも鮪の間の手をかいくぐって逃げた面々達の前に、うねうねと現れた。
なんとなくゆるキャラ的な動きに、下宿生達の警戒心は和らぐ。
「ふーん、空大に行く目的がわからない?
じゃ、わしが指南するけん!」
「あ、あなたが?」
「おう、わしこう見えても空大生じゃけん」
おぉ、と周囲はどよめいた。
気をよくしたはにわ茸は「夢の空大セミナー」と地面に書く。
「さ、こっちくるんじゃ。
空大ほど天国な場所はないんじゃ。
……ていうことを、嫌と言うほどわからせてやるど」
ある程度の生徒達が集まったところで、花咲じじいよろしくパッとばらまく。大量の写真だ。
――空大へ行けばイチャイチャパラダイスだと。
――成績が上がればモテモテパラダイスだと。
懐から、空大の様子と思しき写真を取り出しては、次々とばらまいて行く。
この世の物とも思えぬ美女集団が、はにわ茸先生を囲んで、風呂で華やかに微笑んでいる。
「うう、観音様じゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「空大って、パラダイスだったんですね! 先生!」
「そうじゃあ、行けばお前らもモテモテじゃ!
わしも、それ!」
写真の中央を指す。
「こ、これは帝世羅さんではないので!?」
「これも空大の特権じゃ。悔しかったらはいってみぃ」
だが、再教育生達は首を傾げて。
「帝世羅さんの彼があいつだなんて話、知ってるか?」
ひらひらと写真の数枚が飛んで、桜の木の下に舞い降りる。
「ほう、スーパーコンピューターで造った偽造写真か。
よくできておる」
つまみ上げたのはゲルバッキー。
え? 偽造写真だって!?
夢から覚めた受講生たちは、訝しげにはにわ茸を見る。
はにわ茸はそろりそろりと逃げる用意をはじめている。
「コラージュ写真でマイルドにしたのだな。
ふむ、だが私の手にかかれば、もっとずううううううううっと『すんごい写真』ができるぞ!」
「『すんごい写真』?」
「皆の者、この先を見たくはないのか???」
と、水面に隠れた部分を指さす。
ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。
「では、決まりだな! 空大に赴くとしよう……」
ゲルバッキーは行きかけて、そうだった、と足をとめた。
「……あぁ、そうだった。
君達はまだ行けないのであったか」
――ゲルバッキーさんの意地悪!
生徒達は絶望で涙目になる。
そうして彼が作る「すんごい写真」見たさから、空大進学への士気は一気にあがるのであった。
無断で画像を使用された女子大生達が、はにわ茸をシメるべく彼を探し始めたのは、後日談となる――。
■
立川 るる(たちかわ・るる)は大学2年生。
教育学部家庭学科に在籍中の、現役空大生だ。
キヨシと違って順当に進級できた彼女は、まさに「空大生の鑑」……のはずである。
「るるちゃん、講義するの?」
「んー……そのまえに練習しなくちゃ! だよね♪」
ラピス・ラズリ(らぴす・らずり)の心配そうな顔に、るるはノー天気に応えた。
――ここはるるがお世話になった下宿。
――だから今度はるるが「講師」になって、力になるの!
昨晩聞いたるるの話を思い返した。
――内容も、一応決めてあるの。
――なるべく色んな分野に役立つ内容がいいよねー♪
――「倫理学」なんて、どうかな?
うん、と頷いてしまったのは、ラピス。
るるは部屋の中で、1人練習をはじめている。
立川 ミケ(たちかわ・みけ)は管理人室に出かけてしまったようだ。
部屋の中に黒猫の姿はない。
(じゃ、僕もるるちゃんの邪魔をしないようにしなくちゃ、だよね?)
ラピスは忍び足でるるの部屋を出て行った。
一通り「1人練習」が終わったるるは、相手が欲しいな、と考える。
「あれ? ラピス? ミケ?」
誰もいない。
そうよね、まだ知的生物相手の講義には、経験が足りないかもしれない。
「仏教の祖ブッダも、最初は鹿から説法始めたって言うし……」
廊下に出て、窓の外を見た。
桜とゲルバッキーが見られる。
「うん、頼んでみようかな?」
るるは玄関前に目標を定める。
同刻。
立川ミケは管理人室のコタツから出て、春の陽光に誘われるまま外へと散歩していた。
玄関先に出てきたところ、るるが桜の木にブツブツつぶやいている。
「なーなーなー(るるちゃん、木に話しかけて何をしているの?)」
だがるるは真剣モードに入っているようで、ミケの声には気付かない。
「なーなー!(森ガールも不思議ちゃんも、もう流行らないわよ!)」
「なーなーなー?(それとも桜の木を空京大学に進学させる気……?)」
るるは緊張した面持ちで、しかも棒読みの台詞を唱えている。
「あなたは口を挟まないで!」
びくっ。
講義で異論を唱えられたときの練習のようだ。
危機迫る形相で、その様子ははたから見てもチョット怖いかも?
(もっと大きな音でないと難しいわね?)
再び歩き始めたミケには全く気付かず、るるの修業は続くのであった。
「こんな感じかなぁ。どうだった、桜の木さん?
うん……、うん……、そっか、ありがとー!
……何言ってるのか全然わかんないけど」
バトルはとーとつに始まる。
まぁとりあえず日の当たる場所を……と、何気なく振り向いた時だ。
(!!?? あの犬小屋は何なの!?)
ミケは我が目を疑った。
そこには、何と――立派な犬小屋がでんっと置かれてあるではないか。
「お父さん」という表札。
光る犬がいて、首輪にゲルバッキーとある。
ミケはそれは壮絶な戦いを経て、やっと「看板ペット」に収まったのであった。
まさか、あいつは。
この期に及んで看板ペットを自称しよう、とでもいうのであろうか?
「なーなーなー!(看板ペットはあたしだけで十分よ!)
なーなーなー?(第一その犬小屋、ちゃんとオーナーの許可取ってるの?)
なーなーなー!!(不法建築物は撤去よ! 撤去!!)」
な――っ!!!
気合い一発!
ミケはゲルバッキーに飛びかかった。
だが、冬の間中コタツでゴロゴロしていたツケは「運動不足」という形で我が身に降りかかる。
ドタバタしていると。
「ミケ、仲良しなのはいいけれど、
今はお勉強中だからダメだよ?」
ジャレているようにしか見えなかったらしい。
るるは近づくと、ミケをヒョイとつまみあげて抱きかかえた。
一連の様子を、ラピスは屋根の上から眺めていた。
るるの事は気になるが、増改築総監督たるもの、そうそう持ち場を離れるわけにはいかない。
(邪魔しちゃ悪いよね?)
図面に犬小屋を付け加えつつ、天守閣増築の指示を出しながら、るるの練習に耳を傾ける。
「論理学が何かわかるように、まずは実践してみるね」
ラピスは木槌が無いことに気がついた。
仲間から借りるため、屋根に隠れる様な感じで移動する。
ドン、ドドドドドン。
足音が響いている。
「ゆる族は知っているよね? ゆる族には俗に中の人がいるとされてる」
「しかし、ゆる族の中の人を見た人はいません」
「ゆえに、ゆる族に中の人はいません」
「これが論理学よ。これを受験で言えば絶対に大学に合格できるわ」
総監督さぁーん、渡しますよー!
誰かが木槌を放り投げた。
ラピスは受け損なって、足下に転がり落ちる。
テンカンテン、トトトト、トン……。
「……ちょっとラピス、うるさいよ」
るるは頭にきて、屋根に向かって叫んだ。
地にあっては、ゲルバッキーに感想を求める。
「どうだった、犬さん?」
ゲルバッキーはわん、と答えてみた。
犬、と決めつけられたら、「わん」と答えるしかあるまい。
いわば社交辞令にすぎなかったのだが、るるは、
「ちゃんとしたアドバイスを貰えるなんて!」
勘違いしたようだ。
「来年度はポータラ科に転科しようかしら?
その時はぜひ、講師として教壇に立って! お願い!」
きゃ、とゲルバッキーを抱きしめた。
何を言っても無駄そうなので、もう一度「わん」と吠えてみる。
足下のミケに向かっては、すまなさそうに。
「忙しい私は、『看板お父さん』だけで十分だ。
『看板ペット』の座は君に譲るとしよう」
「なーなーなー!(あたりまえでしょ? そんなこと)」
ミケは得意げに尻尾を立てると、意気揚々として管理人室に引き上げるのであった。
ポータラ科と倫理学・講師るるのデビューは、もうまもなくのようだ。
■
藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は首狩族のテント村で、干し首の意義等を改めて解説していた。
なぜそんなことが必要なのかというと、それはこの講座がかの有名な「干し首講座」だからである。
自室で行わないのは、新規受講生達も含めてオリエンテーリング的に行おうと考えたからと、別の目的で使用するため。
受講生達からの感想は「なるほどなぁ」というものか、空大生が教えるともなれば分かりやすいだろうな、という月並みな反応である……いまのところは。
「……説明は以上です。
誠心誠意、お教えいたしますね」
ニコッと笑った。
優梨子の笑みは品が良く、一見「育ちの良いお嬢様」のそれにしかみえない。
「優梨子先生〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
男の受講生達は、全員鼻の下をのばした。
……さて、恐怖は始まる。
「そう、来年のバレンタインまでみっちり勉強なさっていたなら、チョコなど差し上げようかと。
――あ、何なら今、その半分くらいは差し上げても良いですよ」
「え? 本当ですか? 優梨子先生!」
「なに、手付けみたいなものです」
笑顔に騙されて受け取った受講生達は、次の瞬間固まった。
これはひょっとして……“さくらんぼ(干し首)”から型を取った、つまり「さくらんぼチョコ」ではなかろうか?
「えぇ、私の会心の作品から型を取りましたんですよ。
まだ半分(一玉)ですけど」
うっかり受け取ってしまった彼等は、恐る恐る。
「半分、と申し上げますと?」
「ですから、残りの一玉は来年の2月に作ってお渡しいたします」
なんだ、優梨子先生がまたつくってくれるのか。
ホッとしたのもつかの間。
「が」という接続助詞が入った後。
「……仮に、万一、その時になって勉強が進んでいない方がいらっしゃるなら――その一玉は、その受講生さんを干し首にすることで賄っちゃいますからね?」
うっ。
ひょえええええええええええっ!
今年も見事に騙された受講生達は、チョコを放り出し、先を争って講座を脱出しようとする。
「受け取られたからには逃がしませんよー。
お選びください、チョコの残りか、あるいは……」
パチンと指先をはじいた。
突然受講生達の動きが止まる。
まるでアボミネーションでも使われたかのようだ。
怖くて動けない。
……おろかものども。
会場の隅から、亡霊 亡霊(ぼうれい・ぼうれい)がブラックコートを脱ぎ去り姿を現した。
「ありがとう、亡霊さん。
それではいつものように、『お仕置き』をお願いできますか?」
亡霊は頷くと、黙って次々と犠牲者達を自室へと連れて行くのであった。
彼等の末路は、吸精幻夜による「お受験マシーン」への調教ということは、目に見えている。もはや逃げ場はない。
だがその手には、なぜかしっかりと優梨子のチョコがある。
「おお! あいつ……お嬢、足りますかい?」
「えぇ、用意は整っておりますで、たくさん用意したから、大丈夫ですよ」
宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)は安堵した……と見せかけて、内心はびくついていた。
(やべぇよ、これじゃ、また俺が勧められちまうじゃねぇーか!)
料理が特別得意なわけではない。
だが優梨子指示に従ってチョコを作り、増やし、食べたいとさえ願ったのは、ほかならぬ自分なのだ。
いまは「受け取らなくてよかった」と、ホッとする。
(だいたいしてよ、お嬢が「どうせなら一つ差し上げましょうか」なんて言う時は、ろくなことが無いねぇしな!)
「ところで蕪之進さん、司さんは見ませんでしたか?」
優梨子は前回助手であった白砂司の事を尋ねる。
「あぁ、そういやぁ、ゲルバッキーとかいう犬と桜の下にいたかなぁ?」
「そうですか、ありがとうございます♪」
優梨子は意気揚々として司の下へと向かっていく。
(やべーよ、司の旦那ぁ!)
うっかり居場所を吐いてしまった蕪之進はしまった、と口を押さえたが、所詮は他人事だ。
いまは我が身の方が大事である。
(いまのうちに、俺もバックれるぜ!)
慌てて自室に身を隠す蕪之進なのであった。
優梨子が白砂司を見つけ出したのは、間もなくのことだ。
「ふ、藤原! 何の用だ!」
「何って、遅ればせながら、バレンタインのチョコレートですよ♪
おひとついかがですか? 司さん」
「いかが、って……わーーーーーーーーっ、ち、近づくな!」
えい! と司は目をつぶって思わずゲルバッキーで防御する。
その結果、光るわんこがチョコを受け取る羽目となってしまった。
「ふむ……優梨子先生……もぐもぐ……」
冷や汗を流しつつも、味はしっかりと確かめるゲルバッキーなのであった。
……「干し首講座」の未来は、今年も明るいようだ。
■
伏見 明子(ふしみ・めいこ)は「干し首講座」の近くにいた。
さくらんぼをつくるためではない。
彼女の可愛い舎弟達――元カツアゲ隊のバラック群が、たまたま近くにあったからだ。
スフィーダ・LH・エトランジェから降り立つと、さて、とひと睨み。
「……無事空大に放り込んだはずのあんた達だったはずだけど……
なんでここに出戻って来てるんだろうね?」
くいっと、俯いている生徒の顎先をあげて。
「そんなに私が恋しかったのかな?」
にこにこ。
彼らにとって、愛らしいはずのメイド服が、これほど恐ろしく見えたことはないだろう。
「おらおらおらおらっ!」
ビシビシビシッ!
神の鞭アッティラでしばいた。
恐れ戦き、もはや生徒達は声も出ない。
いや、僅かながら違う目の色を見せている者もいたが。
「そんなに勉強したいなら仕方が無い。再教育だ。
まとめて面倒見てやるから覚悟しなさい!」
静まり返ったところで、明子の授業は始まった。
なんだかんだで面倒見の良い、明子先生なのである。
明子はこほん、と咳払い。
一同を見渡す。
生徒達はおおむね三タイプに分かれている。
1、先年度力及ばず轟沈した(ていうか荒野で脱落してテスト受けに行けなかった)浪人生。
2、空大でうっかり気を抜いて留年しちゃった一期生。
3、今年から参加中の新規生(主に元恐竜騎士団)……。
「……ふむ、元恐竜騎士団ね?」
あの女の顔が浮かんだ。
自分とタイマンを挑んできた、彼女――。
「おい、ラミナにちゃんと話は付けてあるのか?」
「あ、それは……」
口惜しそうな顔。
ぽんと肩に手をおく。
「……あ、そう。負けて抜ける分には全く問題無いわ。
そりゃごめんなさい」
近くにドラム缶が置いてある。
随分前に、ここに元カツアゲ隊隊員達の大事なものを分捕って、やる気を煽った。あの恐怖のドラム缶だ。
(どうしようかな〜♪)
ドラム缶の方へ行こうとする。
ちらっと振り向いた。一機生達のすがるような、憐れな眼。
(う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん、さすがに最初からはキツイか……)
腰に両手をあてて、はぁっと溜め息。
「付きっきりで指導するからね?
覚悟しなさい! あなた達!」
■
「それでつきっきりで授業やっている訳か、“あれ”は」
尋ねたのは夢野 久(ゆめの・ひさし)。
「えぇ、メイドサービスに便乗している訳じゃないけど、それ系のワザも使えるしね」
答えたのは、サーシャ・ブランカ(さーしゃ・ぶらんか)。
彼女は設備投資でバラック村を強化しにきていた。
二年三年と長く使うなら、それなりに手をいれないと、という訳だ。
うーんと首を捻って。
「やる気は、メイドインヘヴンと高級ティーセットで補充させるって」
「そして、エンドレスで勉強か……」
久はフウッと息をついて、頭を振る。
彼はやや離れた位置から明子達の学習風景を眺めていた。
留年で出戻り、と呟く。
「……パッと聞き情けねえ話なんだが、俺自身が勉強からきしだからなあ。」
傍らの佐野 豊実(さの・とよみ)がゆったりと笑った。
「あんま偉そうな事も言えん。
まあ何だ、再教育頑張ってくれい。
一応やり過ぎだと思ったら止めに入るからよ。
勿論、逃げようとしても止めるけどな」
「それで、君は『飴』を買って出てきたわけかい?」
「『飴』? 奴の方が甘いと思うが?」
サーシャはひとつひとつバラックの傷み具合を見つつ、適切な処置で補修作業を行う。
「ツンデレな優しさ、って奴か」
「めんどうだねぇ……」
豊実と久は授業に目を戻した。
ばかもの!
一喝。ヒロイックアサルトで攻撃力を高められた神の鞭アッティラが炸裂する。
ドドォーンッ。
元カツアゲ隊隊員がいた辺りに、穴があく。
にげるなあああああああああ!
ドドォーンッ!
さらに大きな穴が、今度は久の足元にまで及ぶ。
ばたばた……ギャオース――と、これは明子が恐竜達を追いかけている音。
元恐竜騎士団の隊員が所有していたものらしい。
「うーん、こんなに穴があくんじゃ、もう一寸丈夫に作らないとね。まぁバラックには違いないんだけど!」
「…………」
静寂な大地に、トンカントンカンという土木工事の音と、メイド(?)教師の雄叫びが響き渡る。
久は必死な受験生達の様子を眺めつつ、
「つーか、俺も受験する訳でもねえのに夜露死苦荘に二年目か……」
この場にいないはずのドージェ・カイラスの幻影を見た、ような気がした。
続いて、マレーナ・サエフ。
「最初は、単にドージェが居なくなった結果サエフが不幸になったら何か癪だ。
なーんて勝手な理由で着た訳だが……」
在りし日のドージェを思い出す。
そう、彼は思いがけず、「生きていた」。
「相変わらずバッリバリ現役の当事者でいやがる。
それも何なのか判別しきれねえ位でけぇ括りの。
んで、サエフとの間の関係も結局全然切れてねえ」
伝え聞いた手紙の内容を思い出しながら、溜息する。
「困ったもんと言うか呆れた話と言うか……
嬉しい悲鳴じゃああるがな。
こうなって来ると、別の意味で此処から離れれねぇ」
彼は腕組みする。
「何だかんだやっぱドージェだ。まだまだパラ実の顔だ。
未だに何らかの繋がりがあるなら、その近くにいた方が良いだろ。
で、何か起きた時、巻き込まれたり絡みに行ったりできりゃ御の字だ。
受け身受け身で性には合わねえけどなあ……」
「……ねえ久君久君。
馬鹿の考え休むに似たりと言うよ?」
面食らった久を、いつも通りの菩薩の笑顔で眺める。
「そもそも君は結構受け身気質だと思うけどね。
それより何より、そんな細かい事ばっか考えてるから脳みそも小さいんだよ君は。
本当、君は肉体派の癖に意味も無く理屈に囚われるねえ……」
「……ぐっ」
「そんな後先の未来絵図を描いてたって、
何か一つ予想外が出ればアッサリ瓦解するじゃないか。
相手はあの武神だよ? どう転ぶかなんて誰にも分かりやしない」
そんな事よりね、森より木を見たまえ!」
遠くを指さした。
「君の器にはそれが一番分相応だ。
何、一本一本切り倒して進んでいけば、何時かちゃんと出口には着くとも」
「……ま、そうだな」
久は大仰に肩をすくめた。
「難しく考えてもはじまらねえし俺の脳みそもついてけねえ。
何だかんだ言っても、今んとこはサエフと夜露死苦荘の足しになりそうな事やっときゃ良い。
コツコツ出来る事をしとくとするか」
「そうそう」
数日後――。
「……で、だ。
取り合えず……そろそろ止めるべきだろーか?」
久は講義用の黒板を指さした。
黒板には以下のような貼り紙が貼られてあり、その前で明子が両肩を振るわせて拳をわななかせている。
《伝説の調教師がメイド姿で絶賛ご奉仕中!》
「くっだらねー悪戯してる暇があったら、勉強せんか貴様らー!!!」
「あ、あぶねぇ!」
久は身を呈して連中を庇おうとする。
だが、一歩遅く、明子が放った「絶対領域」により、生徒達もろとも空の星となってしまうのであった。
――馬鹿なぁぁぁッ!?
「ははは、君は実に馬鹿だな」
豊実は呑気に空を見上げる。
――久さん、「アニキ」って読んでもいいツスか?
――好きにしな……というか、いい加減勉強しろっ。
こうして、戻ってきた司はバラック連中の「アニキ」として、末長く慕われることになったという……。
■
バラック村はサーシャのお陰で、二、三年は風雨に耐えられそうなまでに強化された。
翌日、黒板に“紙”が貼られていたとか。
《伝説の調教師……のパートナーは【天使】!》
■
志方 綾乃(しかた・あやの)は「受験生」である。
空大への復学のために執念を燃やして、夜露死苦荘に入寮していた。
「空大行くなら、ここが一番てっとりばやいってもんです!
能力をフルに生かせば、空大なんて楽勝、楽勝♪」
鼻歌まじりに受験生活を送るはずであった。
そこへ、信長の「通達」である――。
「なんてこと! 何が何でも受からなければ!
私の命が危ないじゃないですかああああああっ!」
こうなったら、なりふりなど構っていられない。
「まずは自習から!」
教科書を広げる。四畳半で改築なしの部屋の壁は紙より薄い。
外から、レッサードラゴンの咆哮や、首狩族の雄叫びがひっきりなしに流れてくる。
「くっそおおおおおおお、勉強になりません!」
【ルーンの槍】をぶん投げて、廊下に出る。
……新入生&再教育生キャンペーンのため、ありとあらゆる講座を受ける羽目になってしまった。
なにせ断って下宿から逃げ出そうにも、「信長の第六天魔王」の目がある。そう簡単には逃げだせないのだ。
ちなみに、綾乃が受けた講座は以下のものとなる。
参加講座一覧:
・家庭教師・サンドラ・キャッツアイのスパルタ授業。
・国頭 武尊主催のゲルバッキー講師による授業。
・九条 ジェライザ・ローズ主催のプロレス授業。
・南 鮪主催の「阿畏蘇羅授業」。
・藤原 優梨子主催の「干し首講座」。
・伏見 明子主催の「再教育&調教講座」。
・吉永 竜司主催の「アカペラでカラオケ」etc……。
「……詰め込み過ぎても、消化不良になるだけです」
額を押さえた。頭がくらくらする。
おまけに。
「はい、ごほうびですよ♪ 綾乃さん」
「チョコレート? あ、ありがとうございます!」
うっかり優梨子のご褒美チョコレートまで頂いてしまった。
頭上に「?」を浮かべていると、監視していたのだろう。
用務員の唯斗が姿を現して、丁寧に説明する。
「それはですね、綾乃。もらったら、来年の2月までに空大に受からないと干し首にされてしまう、という、曰く付きのチョコレートなんですよ」
ぽんっと肩を叩いて、また闇に消える。
「それでは、健闘を祈って」
「祈られても困ります!」
だが勝算が全くない訳ではない。
「ふふん、『記憶術』でまるごと覚えちゃいましたー♪」
綾乃は「志方ないなぁ」とかいいつつも、受験に必要な知識は蓄えたようだ。まぁ、なんというか……せこいと言えばせこいのだが。
「いいの! 復学さえ出来れば!
命かかってんだし! この際何でもありありですっ!」
さて、空大試験当日。
綾乃は、見事試験に合格した。
「おめでとう! 志方綾乃さん、良く頑張ったわね?」
試験監督から、お褒めの言葉を頂いた……が、次の瞬間。
「あら! 放校されていたのね?
じゃ、今回の合格は『と・り・け・し』ということで」
“不合格”の烙印を突きつけられてしまった。
「大丈夫! グラシナで大活躍されましたら、放校処分なんてすぐにとけますから、ね?」
「えぇっ! そ、そんなあああああああああっ!」
こんなに一生懸命勉強したのにぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
されど、どんなに叫べど判定は覆らない。
チョコの残像がよぎる。
血の気の引いた綾乃は、それは必死に神頼みをしてみるのであった。
(パラミタの神様、蒼フロの運営様、GM様!
どうかどうか……今度のグラシナでピカイチの功績を上げられますように!
一生の、お願いっ!!!)
おねがいしまあああああ――すっ!
……雄叫びはシャンバラ大荒野中に響き渡るのであった
■
既存の講座に新講座、グラシナでの大活躍(予定)etc……と。
受験生達の未来は、果てしなく明るいようだ。
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