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マレーナさんと僕~卒業記念日~

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マレーナさんと僕~卒業記念日~

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16.夜:女風呂

 増改築を終えた女性用露天風呂には、しっかりと湯が張られていた。
 月を湛えた水面に、複数の影。
 
 ――ウッシッシッシー。
 ――俺達が一番乗りだぜェ!
 
 影達はニタリッと笑うと、岩陰に隠れた。
 程無くして、女性用更衣室の明りがつく――。
 
 ■
 
 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は管理人室のマレーナに声をかけた。
「あねさーん姐さーんお風呂新しくなったみたいだし、
 一緒しましょーよー」
「まぁ、ナガンさん。私と?」
 マレーナは帳簿付けを終えた所だった。
 帳面を閉じて、嬉しそうに笑う。
「それではみなさんが入る前の『安全確認』と行きましょう。
 たまの一番湯も楽しいものですわ。ふふっ」

 マレーナと一緒で、廊下を行くナガンの足取りは自然と軽くなる。
(ドージェはすごい)
 彼は「神」だった。
 ちら、とマレーナを振り返る。
(その凄い人のパートナーのマレーナさんも凄い人)
 でも、いまはパートナーではない。
 黙ったままのマレーナを眺めて、ナガンはついあれこれと考えてしまう。
(ドージェがいなくなって悲しんでる?)
 ナントカしたい! と考えることは、不純な動機ではないはずだ。
(とりあえずマレーナに悪い奴が付かないようにするべ)

 ガラッ。
 女子更衣室の扉を開ける。
 
 数分後――。
 
「まぁ、広いこと! 池のようですわ」
 マレーナは相変わらず落ちつかない様子で露天風呂の中央にいた。
「100人入っても、大丈夫! を頑張ったって」
「そうなんですか? 向こう岸が見えませんわね?
 大丈夫かしら?」
 タオルを胸元に当てて、スッと立った。
 月明りが白い肌と柔らかな曲線を幻想的に浮かび上がらせる。
 ナガンは眩しそうに目を細めた。
(ドージェが神なら、姐さんは女神……)
 その「女神」はいま、あらゆる意味において「ひとり」なのだ。
(ドージェと再び契約するまでの仮パートナーになれば、少しは幸せになるだろうか?)
 何度も自問自答している。
 そのたびに、不純な動機ではさらに不憫にさせるのではないか? と思いとどまる。
 恋愛意識を持てばもっと強い動機になるのだろうが、ナガンには既に恋人がいる。
(しかもドージェの生存も確認されたようだし……)

「ナガンさん!」
 マレーナが水をかけた。
「ひゃ、つべたい! じゃなくて、あちー!」
「温泉ですもの」
 ふふっとマレーナが笑った。
 無邪気な女神は隙だらけ――。
 
 ――いいのか諦めて。
 ――パートナーになれば最強の力が手に入るのかも知れんぞ?
 
 ナガンの動きが止まる。
 マレーナは怪訝そうに。
「ナガンさん……?」
(心の闇に負けてどうする!)
 ナガンはブルンッと頭を振った。
(……とりあえず、マレーナさんを労うぜ)
 姐さん♪ とナガンはいつもの調子でマレーナに近づく。
(よけーな事を考えないで、
 小さくコツコツ手伝えばいいんだぜ……多分)
 二の腕を掴んで揉みほぐし始めた。
「お疲れ様です! マレーナさん」

 自分の気持ちはこれで精いっぱい、と思いながら。
 今は――。
 
 ■

 庭園の岩陰――。
 
 女神たちの沐浴を、影達はひっそりと眺めていた。
 彼等の耳に、2人のなまめかしい声が流れてくる。
 
 ――姐さんのここ、ぷにぷにしてるー!
 ――まぁ、そこを……揉み……ほぐすの……ですか?
 ――大丈夫だし! 気持ちいいしー♪
 ――だ、駄目ですわ、ナガンさん。
   そんなところまで……あぁ、私、恥ずかしいっ!
 
 どばっ。
 一斉に鼻血が垂れた。
 
「我らのミューズ!
 どこを揉みほぐしているのだ!!!」
「不覚、この湯煙の壁さえなければ!」
「ゆーなー! それを!」

 ……そう、彼等はもうもうたる湯煙で、肝心の場面が見られないでいた。
 広すぎる露天風呂の「のぞき」に、裸眼は適さなかったようだ。

「よし、我々は決行する。
 風呂に潜って、潜水して近づくのだ!」
 おーっ!
 一同は拳を挙げて、そろそろと露天風呂に移動し始める。
 
 そして音もなく成敗されてしまった。
 唯斗と七日の目をまぬがれることは出来なかったようだ。

「就寝の時間です!
 ご主人様、この際、完璧な『お仕置き』を!」
 ずるずると七日にひきづられてゆく。
 憐れな影達の向こうで、マレーナはナガンの手に自分の手を重ねて、そっと囁くのであった。
 
「寂しくないですわ、ナガンさん……ひとりではないですから……」

 ■
 
 湯煙が女神達をふわりと包み込む――。