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最後の願い 前編

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最後の願い 前編

リアクション

 
 「あらっ?」
 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)はきょろきょろと周囲を見渡した。
 パートナーのヴァルキリー、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)の姿が見当たらない。
「おかしいなあ……。
 宮殿の廊下、同じような装飾ばっかりなんだもん」
「おい」
 うろうろと歩いていた佳奈子は、不意に呼び止められてびくっと振り返った。
 呼び止めた王宮騎士が、不審そうな表情をしている。
「こんなところで何をやっている?」
「あ、ごめんなさい! 私、王宮警備の任務で……」
「ならば、うろちょろせずに配置につけ。
 警邏をしているという様子でもないようだが?」
「えっと、あの……」
「佳奈子!」
 エレノアが、佳奈子を見付けて走って来た。
「もう、また迷子になって!」
「ごめん。だってこの中広いんだもん」
 叱られて、佳奈子はしょぼんとする。騎士は軽く溜め息を吐いた。
「以後気をつけろ」
「はいっ、ごめんなさい……」
 歩いて行く騎士を見送ろうとして。

「どっちがだ?」
 声を掛けられ、佳奈子達は振り返った。
 騎士も足を止める。
 氷室 カイ(ひむろ・かい)が、サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)と共に歩み寄って来た。
「近くに不審な騎士がいると連絡を受けて来ました。名乗って貰えますか」
 ベディヴィアが、騎士に言う。
 程近いところを見回っていた二人は、ダリルのテレパシーを受けて来たのだ。
 騎士は笑った。
「貴様等、全く優秀で可愛げがないな」
「……!」
 佳奈子は驚いて身を引く。
「やっぱり、表の騒ぎは陽動か。王宮騎士に変装とは、大胆だな」
 図太い、という意味だが。
 カイは剣を騎士装の男――アエリアに向ける。
 佳奈子とエレノアは、後方支援の為に二人の後ろに回った。
「敵は巨人と聞いていたがな」
 カイの言葉に、アエリアは少し思案し、ま、いいか、と独り言を呟いた。
「鏖殺寺院にあんな巨人はいない」
 別口だ、という意味だ。
 ベディヴィアの表情が険しくなる。
「やはり、鏖殺寺院の手の者ですか」
「それが解れば充分だ!」
 カイが先手を取って攻め込んだ。
 捕らえるつもりはなかった。
 鏖殺寺院の者を相手取る時は、殺すくらいのつもりで攻めなければ、出し抜かれる。
 ランスを以って応戦し、ニ、三斬り合って、アエリアは、ちっ、と表情を歪めた。
 分が悪い、と察したのだ。
「ちっ、騎士の格好をするだけのことはある」
 カイは皮肉混じりに呟いた。この男、防御が上手い。
「そりゃあな」
 くく、と笑って、アエリアは後退する。
 もしや、と、ベディヴィアは思った。この男、もしや。

 アエリアは、ランスを低く構えて身構える。
 僅かな時間踏み留まり、突撃してきた。
 きゃっ、と後方でエレノアが小さくうめいた。
『悲しみの歌』を歌おうとしたのだが、何か、弾き返されるような手応えを感じたのだ。
 同時に、ランスの強い衝撃を受け止める。
 その一撃は、エレノアだけでなく、カイ達全員に及んだ。
「きゃっ!」
 佳奈子が悲鳴を上げて倒れる。
「佳奈子!」
「だ、大丈夫……ちょっと踏ん張れなかった」
「ちっ、逃げたか」
 光学迷彩か何かで姿を隠したか、全員に同時攻撃を仕掛けた後、アエリアの姿が消えていた。
「大丈夫ですか?」
 ベディヴィアが佳奈子に手を貸す。
「うん。ありがと」
「ベディヴィア、追うぞ!」
 カイが呼んだ。
「じきにダリル殿から指示が来るでしょう」
 ベディヴィアも頷く。
「私達も手伝う!」
「ええ、お願いします」
 立ち上がった佳奈子も、エレノアと共に後に続いた。


 チンギス・ハン(ちんぎす・はん)は、落胆していた。
「男か、つまらぬ!」
 アエリアはカイ達を撒いた後、すぐに姿を現した。
 姿を消していても、王宮内では足音が響くし鎧も鳴る。姿だけを消していることに意味はないからだ。
 アエリアは、声に振り返る。
 そこには、小柄な恐竜の着ぐるみを傍らに、一見少女が立っていた。
 一瞬、着ぐるみの方がゆる族かという感じだが、テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)をパートナーにした英霊だ。
「我様の名は、侵略王・チンギス・ハン。
 名乗れ。興味は半減だが、一応訊いてやろう。貴様の目的は何だ?」
「愚問だな。
 王宮へ侵入して、女王以外のものを狙うと思うのか?」
 チンギスに劣らないほどの高慢ぶりで、アエリアは答える。
 ふんっ、とチンギスは笑った。
「成程な。女王を狙い、即ち国を狙うか。素晴らしい反逆心よ。
 ではもう一つ訊くが、何故、国を狙う?」
「無論、俺が鏖殺寺院だからだ」
 ぴく、と、その答えにチンギスは眉根を跳ね上げた。
「そんなことは理由にならぬ!」
 問答無用で槍を突き、しかしそれはアエリアの防御に防がれる。
「では訊こう、侵略王。貴様は何故、侵略する?」
「我様に、ものを問おうとは、不届きな奴!」
 チンギスは激昂するが、その攻撃をアエリアは全て受け止め、槍を大きく払うと、数歩引く。
 戦うつもりはないようだった。
 無駄な時間を費やす気はない、と言いた気だ。
「解り易いように、言い換えてやろう」
 身を翻す前に、アエリアは言った。
「シャンバラは、鏖殺寺院のものなのだ」
 走り去るアエリアに興味を失い、チンギスは追おうとしなかった。
 傍らではテラーが無邪気にチンギスを見ている。
「……面白かったか?」
「がうがう!」
 チンギスは、楽しそうに答えたテラーの頭を撫でた。



「来ましたね……。博士ではなく、鏖殺寺院ですが」
 ヴァルキリー、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が言った。
 魔鎧の清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)と魔道書クトゥルフ崇拝の書・ルルイエテキスト(くとぅるふすうはいのしょ・るるいえてきすと)を従えて、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、回廊の中央に立ち、アエリアを待ち構えた。

「詩穂様、よろしくて?」
 セルフィーナは、諭すように詩穂に言った。
「わたくしは、陛下殺害がラウル・オリヴィエ博士の真意ではないことを願っております。
 イコンだけで人的被害が軽度ですし、まるで、陛下を護る為に奮起を促しているように、わたくしには感じられるのですわ」
「そうだったらいいと、詩穂も思う。
 でも、真意だったとしても、アイシャちゃんを護る為なら、誰を斬るのも迷いはないよ」
 詩穂はきっぱりと答えた。
「……ええ。
 そのお気持ちに、変わりはございませんね?」
「当然だよ。詩穂は、誓ったんだから」
 セルフィーナは頷く。
「解っておりますわ。わたくしは詩穂様を、近くで見ているのですから。
 ですけれど、あの御方が背負っているものは大きいのです。
 その意志を貫き通すには、世界の重みも引き受ける覚悟が必要なのですわ」
「博士は、それを示そうとしてる、ってこと?」
「いいえ。
 それは解りません。
 ですけれど、今回のことをきっかけにして、それを改めて思うこと、忘れないこと、それが大切なのだと、わたくしは思いますわ」
「……」
「来ましたね」
 セルフィーナは警戒を強め、詩穂は改めて前方を見据えた。
「博士ではなく、鏖殺寺院ですが」

「止まれ、反逆者!」
 詩穂の声に、潜んでいたアエリアは、ややあって姿を現した。
「我が名はアイシャの騎士、騎沙良詩穂。
 女王に仇成す者を、此処より先には行かせない」
「我が名はアエリア」
 肩を竦めて、彼は名乗りを返した。
「大仰なことだな」
 詩穂は、ルーンの槍を床に突き立て、そのままガリッと横線を引いた。
 この線を越えた先には行かせない、という意思表示である。
「この奥は神聖なる祈りの場。何人も立ち入らせない!」
「……つまり、その奥に女王はいるわけか?」
 アエリアの言葉に、ぴく、と詩穂の表情が険しくなる。
「士魂的なものだと言いたいのだろう。
 その線が、貴様の誇りというわけだな」
 くつくつとアエリアは笑ってランスを構えた。
「理屈は知っている。御託とも言うな?」
「詩穂様。
 あの者は挑発しているのです。落ち着かれませ」
 セルフィーナが囁く。
「解ってる。でも」
 詩穂は身構える。
「遠慮はしない!」
 詩穂よりも先に、セルフィーナが飛び出す。
 アエリアの注意を引き付ける為だ。
 だがアエリアは、相手が4人もいることで、始めから伏兵を警戒し、まともに戦う気もなかった。
 アエリアは自ら飛び込みつつ、詩穂達に向けた空間にランスを穿つ。
「くっ!」
「シーリングランス!?」
 セルフィーナは、自らに施していた、素早さを上げる能力が無効にされているのに気付く。
「この男……」
「行かせてもらう!」
 詩穂への、ランスバレストでの突撃。
 押し込んで、そのまま無理矢理、通り抜けようとする。
「行かせないっ!!」
 詩穂は叫んだ。
 びり、とアエリアの動きが鈍る。
「ちっ、絶対領域かっ……」
 詩穂とまともに戦うつもりがないのは、正面から相手取って勝てる相手でないことを見抜いたからだ。
 カイ達と対峙した時も同様である。
 アエリアの目的は、戦うことではない。
 詩穂の攻撃を受け返しながら、仕方がない、と思った。
 此処は一旦、引くべきか。
 ライトニングランスで応戦して、隙をついて詩穂から離れる。
「お前の誇りを踏みにじれなくて残念だが。
 俺にはそんなものは無いので、別の道を行く」
「待てっ……!」
 身を翻して走り去るアエリアは、すぐに足を止める。
 背後から、カイ達が追い付いて来たのだ。
「ちっ……」
 挟まれて、逃げ場は無い。
 アエリアは舌打ちしてランスを構えた。

 とどめは、カイの一撃だった。
 実力的に勝っていたとはいえ、生かしたまま捕獲することは困難で、そのつもりもカイにはなかった。
「鏖殺寺院のくせに聖騎士とか、ふざけやがって……」
 その骸を見下ろして、カイは呟く。
「外の襲撃者は撃退したそうです」
 テレパシーの連絡を受けたベディヴィアが、その返事でこちらの状況を報告した後、カイに伝える。
「そうか」
 その場に居た一同は、ほっと安堵した。



 襲撃者は上層階で取り押さえられ、源鉄心達の護る、下層階の方にまで及ぶことはなかった。
「女王様に何事もなくてよかったですね」
 ティー・ティーはほっとする。
「そうだな」
と鉄心も頷いた。
 敵は、下層階には到達しなかった。だが。

「女王の祈祷所は、地下。最下層じゃ。
 ウーリアに伝えよ」
 宮殿の最上階。
 人目を避けた回廊の隅で、指にとませらた黒い小鳥にそう言うと、小鳥は窓から羽ばたいた。
 これで依頼は果たした。
 辿楼院刹那はひっそりと身を潜めながら、王宮から撤収する。


◇ ◇ ◇


「負傷した人達の治療をほぼ終えた。
 死者はなし。入院が必要なほどの重傷者もおらぬ」
「一般市民の出入りが少なかったのが幸いだったな」
 医療班の手伝いに行っていた、パートナーの魔女、フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)が戻って来て伝えた。
 酒杜陽一は「お疲れ」と労う。
「まだ終わっておらぬがな」
「まあな」
 フリーレの言葉に、ふう、と息を吐いて頷く。
 とりあえず、直接理子への襲撃はなかったことで、陽一は安堵していたが、まだ終わったわけではない。
 引き続き理子の代役を務めながら、陽一は気を引き締めた。



 シャンバラ大荒野、サルヴィン川付近で巨人を撃退。
 その報を聞いた時の、変熊仮面の落胆といったら無かった。
 それはもう、ズッガーンという擬音が誰の目にも見えるほどの衝撃だった。
「つまり……つまり巨人は宮殿に向かってなかった……!」
「うん、実はその話はかなり最初の方にしてたんだけどね」
 イコンに乗ってたから聞こえてなかったんだね、と理子は乾いた笑みを浮かべる。
 まあ、多分これから来るらしいけどね。とはとりあえず言わないでおくことにした。何となく。

「ところで、何でイコンに乗ってたのに怪我してるの?」

 彼の激闘の有様は、誰も知らない。