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2


 当日。
 病院の自動ドアをくぐったリンスとクロエが見たものは、待ってましたといわんばかりに仁王立ちする茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)の姿だった。
「待っていたわよリンス! そしてクロエちゃん!」
 さらにはご丁寧に、待っていたことを教えてくれる。
「ここで? ずっと?」
「そうね。結構待ったわよ」
「それはさぞかし目立ったでしょう」
「ううううるさい! いいから黙って聞きなさい!」
 思ったことを思ったままに述べたら、頬を赤くされたので事実だったのだと悟る。そして悟ったために、彼女の口上を清聴することにした。
「人形劇といえば私! 茅野瀬衿栖さんを忘れてもらっちゃー困るわね!」
 どやっ、とと得意げな顔をしているが、まだ若干頬が赤い。
「ドヤ顔になりきれてない顔って、なんかちょっとばかわいい」
「待ちなさい。いま馬鹿って言ったの、それとも可愛いって言ったの」
「聞き手の判断にお任せします」
 きぃっ、と怒られた。前者と取ったらしい。どっちの意味も込めたつもりだったけれど。
 注目が集まってきた。これ以上目立つつもりはないのか、衿栖が「あのね」と切り出す。
「人形劇、手伝うわ。私の操り手としての力、よくわかってるでしょ?」
「うん。お願いします」
「……やけに素直ね。なんで知ってるの、とかツッコミ入れられることも覚悟してたんだけど」
「その辺は昨日もうしたしね」
 みんなお前のことを気にしてるから。
 の言ったことを思い出した。そして、だったら彼女が知っていても不思議じゃないなと思ったのだ。
「そもそも、工房での様子見てたでしょ」
「あ、いや。それは」
「気付いてないとでも?」
 練習する様子を、気遣わしげに見ていてくれたことだって。
「……なんでリンスって変なところで鋭いのよ」
 ぶすっとした顔で、衿栖が言った。
「頼りにしてるよ?」
「してなさいよ。度肝抜いてあげるわ」
「心強いね」


*...***...*


 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)の間に出来た子、ユノが産まれてから早三ヶ月が経とうとしている。
 そろそろ定期健診に行かなければならない頃だった。アインに相談し付き添ってもらい、朱里は聖アトラーテ病院を訪れる。
 名前を呼ばれ、診察室に三人で入る。自然と、緊張した。
 新生児から機晶姫を育てるというのは、過去にあまり例のないことだ。
 だから、人間の赤ちゃんを扱った育児書ではわからないこともたくさんある。
 今のところは問題ないようで、すくすくと育っていてくれているのだけれど。
 注意しなければいけないことはたくさんあるだろうし、それが、ちょっぴり、不安で。
 いろいろと、よろしくお願いします。
 そういった意味を込めて、医師に頭を下げた。柔和な笑みを浮かべた医師が、頷く。
「お母さんの具合はどうですか」
「えっと……問題なく、元気です」
「赤ちゃんの様子は?」
「よくお乳を飲んでいると思います。夜泣きも少ないです」
 以下、いくつかの質問に答える。その都度、医師がカルテにさらさらとペンを走らせた。
「あの、先生」
「はい」
「機晶姫でもやっぱり、人間の赤ちゃんと同じように予防接種を受けるのですか?」
「もちろんです」
「離乳食は」
「五ヶ月目からですね。人間の子と、変わらぬ接し方をしてあげてください」
「変わらなくて、いいんですか?」
「ええ。この子の場合は、大丈夫です。では、続いて育児の上での心構えをお教えしましょうか」
 はい、と頷き話を聞く。
 取り巻く環境は、変化していく。
 先ほど話にも出したが、五ヶ月目に入れば離乳食も始まる。
 今は寝返りもうてないこの子が、ハイハイしたりつかまり歩きができるようになるまでそうそう時間はかからないだろうし、そうなったらいっそう目が離せなくなる。
 自分自身、まだまだ子供かもしれないけれど。
 それでも、少しずつ赤ちゃんとともに、成長していくんだ。
 あの子の、母として。
「……これからも、頑張らなくっちゃ」
 小さな声で決意を表すと、アインが朱里の手を握り締めた。
 君だけじゃない、僕もいる。そう、言ってくれているような、気がした。
「それでは若いお父さんにも心構えをお話しましょうか?」
「はい。僕が彼女を支えられるように……教われるもの、全て教えていただきたい」
 日々変わっていく生活に、不安はないのかといえば嘘になるけど。
 でも、それよりも、嬉しさがあった。
 母である自分。
 父であるアイン。
 最愛なる我が子。
 ……家族。
 愛おしかった。
 何よりも。何よりも。
 幸せだ。
 そう思えることにまた、幸せを感じる。
 一通り医師から話を聞いて、診察室を出た。会計を待つ間、アインはずっと朱里の手を握ったままだった。
「育児は」
 アインが、不意に言葉を切り出す。
「育児は、どうしても母親にかかる負担が大きい」
「……うん」
「朱里はいつも懸命に頑張ってくれている。だから僕は心配だ。朱里が、一人で気負って無理をしてしまうのではないか、と」
 その気はあった。つい、私が、私が、と背負いすぎてしまうのだ。母親なのだから、と。
「……僕自身にできることがあったら、何でも言って欲しい」
「……うん。アインは、お父さんだもんね」
 そうだった。
 自分ひとりで、なんて考えなくて言いのだ。
 さっき自分で思ったでしょう?
 『家族』だって。愛おしいって。幸せだって。
「アイン。私ね、」
 きっと、世界中の誰よりも、幸せだわ。


 帰り際。
 小児病棟の慰問に行くという少女たちと出会った。
「にんぎょうげきをするのよ!」
 クロエと名乗った少女が、そう、楽しそうに言っていたっけ。
「将来、この子が大きくなったら……お手伝いも兼ねて、ここの子供たちとも仲良くなれるよう、一緒に参加できたらいいな」
 今はまだ、育児に手がかかる時期だから。そんなことは言っていられないけれど。
 そう、いつか。
 きっと、遠くない未来に。


*...***...*


 リンスとクロエが人形劇をやると聞いて、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)は自分に何が出来るか考えた。
 劇を成功させるためには、どうすればいいだろう。
 子供たちに喜んでもらうには?
「…………」
 以前、自身が入院した時のことを思い出す。
 寂しい……というより、心細くて不安だった。
 口には出せず、また、強がったりもしたけれど、ひどく。
 あの時、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)フィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)が傍にいてくれなかったら、と思うと身震いしてしまう。
 フレデリカの年頃になってもそうだったのだから、小児病棟に入院するような幼い子たちはもっと不安だと思う。
 不安だと、心の元気がなくなってしまう。
 心の元気がないと、身体だって良くならない。
 だから、少しでも楽しんでもらいたい。笑顔になってもらいたい。
 ――私には、リンス君みたいに人形を作ったりすることはできないけれど。
 ――別の何かが、できるはず。


 病院でリンスたちと合流し、劇の内容を確認した。
 リンスとクロエが出会った時の物語。台本は小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が用意したという。
「これなら、うん。ああしよう」
 頭の中でイメージを描き、用意しておいた折り紙やカラー用紙を折って、切って。
「なにするの?」
 クロエが興味津々に問うてきた。一枚、折り紙を渡しながら、
「劇を行うホールの飾りつけ。クロエちゃんも、手伝ってくれないかな?」
「うん!」
「あと、動ける子にも手伝ってもらいたいな。折り紙なんて、ちょっと大人しすぎる遊びかもしれないけど」
 病室を覗いて、子供たちに手招きしてみる。子供たちが顔を見合わせ、そろりそろりと近付いてきた。手に手に紙を、折っていく。
 みんなで何かが出来るなら、子供たちにも目的意識が生まれるだろう。成功させようと思ってくれるかもしれない。そうしたら、よりいっそう元気が出るのではないか。
 ほら、心なしかみんな、楽しそう。


 一方でルイーザは、看護師さんに頼み込んで子供たちの親に連絡を取ってもらっていた。
 ルイーザが思う、『子供たちの一番の願い事』は『両親と一緒にいること』ではないだろうか。もちろん、劇を観ることはいい刺激になるかもしれないけれど。
 ただ、できることなら。
 ――ご両親と一緒に、観てもらいたいですね……。
 親には親の都合があるかもしれないけれど。
 やっぱり、子供のことを一番に考えてもらいたい。
 ねえ、あなたの子供たちは、何を一番に望んでいると思いますか?