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5


 人形劇は、間もなく開演するようだ。
 茅野 菫(ちの・すみれ)は、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)と共に観客席の後方に座っていた。
「やっぱ、手伝う人多いわね」
「そうね」
「ま、想定内か。あたしたちにはあたしたちにできること、やりましょ」
 舞台の上に、もう人は要らないだろう。だったらすることは後方支援だ。
 こういう場が設けられたくさんの参加者が集まると、そのうちの幾人かはどうしても馴染めないことがままある。というか、そういう子は必ず、いる。
 『劇』という大人しいものを観続けることが苦手な子だっているだろうし、長期入院の最中で、観ること自体気乗りしない子だっているだろう。わがままを言い出す子だっていて当然。
 だから、そういう子たちがぐずった時、相手をしてあげられるようにこの席に座っていた。
「何か手伝えればいいんだけど」
「っていっても、あたしたちの出番はないほうがいいけどね」
 心配が、杞憂に終わって無事に終幕することが望ましいのだが。
 やはりそう上手くはいかず。
 開演後、少ししてから「つまんない」という声が上がった。ぶすっとした顔の、小学生くらいの女の子だ。菫よりいくらか年下だろう。
 このまま放っておいたら、場の雰囲気が悪くなる。
「ちょっとあんた。こっちおいで」
 ちょいちょい、と手招きし、ホールを抜け出す。女の子は、相変わらずふてくされたような顔をしていた。
「あんた、なんで入院してるの?」
「……病気」
「長いの?」
「……結構」
「じゃ、さ。寂しかったでしょ」
「…………」
 図星だったのか、少女は黙る。
 彼女の気持ちが、菫には少しわかった。
 長い入院生活。徐々に減っていくお見舞いの数。寂しい気持ちばかりが募って、癇癪を起こしたり無茶なわがままを言ったりして、気を引こうとして。
「あたしもさ、入院したことあるんだ」
「……あるの?」
「あるよ。短い間だったけどね。寂しかったな」
「…………」
「あんたはちっちゃいのに、長い入院生活、頑張れてるんだね。偉いね」
「…………」
「でも、辛かったら辛いって言っていいんだからね。泣かないように我慢する必要だってないんだよ。
 親に電話してもいいし、友達に手紙を書いてもいい」
「……友達、いなかったら?」
「探せばいいじゃない。いくらでも出来るわよ」
 ほら、と指差す方向に。
 一旦出番が終わったのか、手が空いたらしいクロエの姿。
「あの子とかね。いい子よ」
「……なれるかなぁ。友達」
「なれるわよ。ほら、ちょっと話しておいで」
 ぽん、と背中を押してやると、クロエの方へ寄っていった。早速言葉を交わし始めたようだ。恥ずかしそうにしている。
「あのくらいの歳で長期入院だと、辛いわよね」
 パビェーダの声に、振り返る。
「私も、寂しかったわ」
「……うん」
「今は、寂しくないけれど」
 ずっとずっと、寂しいなんてことはないのだから。
 そんなに、不安に思うことなんてないのだと。
 触れ合って、教えてあげられたら良いのだけれど。


*...***...*


「ねえソラ、凄いね! あの子お人形動かすの上手だねっ」
 クロエが人形を操るのを見て、アイは感嘆の声を上げる。空色は、変わらず黙ったままだ。お行儀よく、背筋を伸ばして劇を観ているだけ。
 だけどきっと、楽しんでくれているはずだ。だって、劇が面白いのだもの。周りのみんなも楽しそうだ。空色だって、きっと。
 ハッピーエンドに終わった劇に、ほうっと息を吐く。
「良かったね!」
 満面の笑みで話しかけたが、やはり動きはない。いや、あったかもしれないけれど、アイには気付けない。
「いつかわかるようになるといいな。ボク、ソラが笑っているところを見てみたいな」
 だって、アイは知っている。
 空色が死んでいるわけじゃないって、ちゃんとわかっている。
 朝霞は空色を死んでいると思っているようだけど、違う。
「ソラは、生きてるんだ」
 いまはちょっと、眠っているだけ。
 ね、と話しかけながら車椅子を押して、舞台袖に近付く。クロエと話してみたかったから、来てみたのだ。
 クロエは手伝ってくれたみんなと何か話していたようだったけれど、アイと空色の存在にすぐ気付いた。ぱたぱた、走って寄ってくる。そのクロエを追って、リンスもやってきた。
「こんにちは! どうかしたの?」
「こんにちは。劇、観てたよ。良かったなって思って、声をかけにきたんだ」
「ほんとう? うれしい!」
 好意的な様子のクロエを見て、アイは空色のことを話してみることにした。
 空色が、機晶姫に人間の魂を組み込んだシリーズの零号機であることも、ちらりとぼかして話してみた。突飛な話だったけれど、クロエは真剣な様子で聞いている。
「ソラにね、いろんなもの見せたら、起きるかもしれないでしょ?」
 今はまだ、そんな気配はないけれど。
「でも、どうしていきているってわかるの?」
 当たり前の質問だった。少し迷った末に、「内緒だよ?」とアイは前置きする。クロエがリンスと顔を見合わせた。頷く。
「ボクね……未来から来たんだ」
 未来の空色は、生きて動いていた。だから、過去の、ここにいる空色が、死んでいるなんてことはないんだ。
「でも未来のアサカったら酷いの。ソラを凄いめちゃめちゃにコキ使ってたんだよ」
「えっ。こき?」
「そう! まあ、あれくらいアサカに元気があるのはいいことなんだけど、でもやっぱり、ボクは二人に幸せになってもらいたいから」
 だから、未来からやってきた。
 過去を動かし未来を変えるために。
「ボクからも訊きたいことがあるんだ」
「なぁに?」
「ソラのこと、クロエやリンスにはどう見える?」
 真っ直ぐな目で、クロエとリンスを見る。リンスは、完全に口を噤んでしまったようだった。雰囲気でわかる。
 代わりに、しばしの間を置いてから「そうね」とクロエが声を発した。
「にてるけど、ちがう。でも、ちがうってほど、ちがくない。ほとんどおなじだわ」
 クロエの手が、空色の頬に伸びる。
「そらいろおねぇちゃん。いつか、おはなしできるひがくるかしら?」


*...***...*


 劇が終わった。こちは、舞台袖に回り込んで、リンスの姿を探す。
「どうしたの」
 先に、彼の方が見つけてくれた。
 人形師。私の、私たちの、作り手のお姉さんでお兄さん。
 彼は、先ほどこちが抱いた疑問に答えてくれるだろうか。
 リンスの服の袖を引き、こちは彼の色違いの目を見つめる。
「人形も、いつかは、大きくなるのですか? 大人になりますか?」
 数拍の間を置いて、
「俺の知っている人形は、大きくならないね」
 リンスは答えた。そうですか。頷く声が萎んだのが、自分でもわかった。
「でもね。大人にはなるよ」
「大きくならないのに、ですか? 矛盾じゃないですか?」
「大きくなくても、考え方や心構えが立派なら、それはれっきとした『大人』だと思わない?」
「あ、」
 大きいから大人、とは限らないのか。
 そうか。それもそうだ。
「こちも大人になれますか」
「なりたいんでしょ。なりたいなら、なれるよ」
「……、ありがとうございました」
 ぺこり。腰を曲げて、お礼を言って。
 リナリエッタの許へ戻ろう。
 マスター、マスター。
 こちも大きく、なれますよ。
 こちとマスターは違いますけど、少し近くになれますよ。


*...***...*


 劇は、無事に劇の形を取って終えた。
 というか、中々の完成度に驚いたくらいだ。まるで、あの日のままのお話。スレヴィも、子供たちにならって拍手を送る。
 ――クロエと最初に会ったのって、あの時だったっけ。
 あの時、ちょっとした気まぐれで話しかけてみただけなのに。
 ――今では、こうだもんなぁ。
 クロエが何かするとなったら見ておきたいと思うし、頑張って欲しいとも思う。
 からかって遊んでやるのも楽しいし、彼女が知らないものをもっと教えてあげたいとも。
 さながら保護者のようだ、と一人内心で笑っていると、クロエがスレヴィの方へと走ってきた。
「ねえ、ねえ。どうだった?」
 目をきらきらさせて、訊いてくる。素直に答えてやりますか。
「面白かったよ」
「ほんと?」
「本当。だから次はぜひとも一般病棟で公演してもらいたいね。内容はもちろん、大人向けで」
 おとなむけ、とクロエがスレヴィの言葉を繰り返した。
「大人向けといってもエロいんじゃないぞ。機知に富んだ大人向けって意味だからな。ま、どっちにしろクロエみたいなお子様には無理かな。あはは」
「むー。そんなこといってると、いつかびっくりさせちゃうんだからね!」
「それならそれで楽しみにしておくよ。だから、」
 何かしら。
 見て、感じて、覚えていって。
 それで、いいものが出来たなら。
「見せてほしいな」
 笑ってあげるから。


 あまりにもスレヴィは優しそうに笑うから、言いそびれてしまった。
 この間、雪の日の日にスレヴィが教えてくれた絵本を、午後に公演するのだと。
 歌も歌うから、観に来てほしいのだと。
 ――まぁ、いっか。
 ――あとで、おみまいついでにさそいにいきましょ。
 そう決めて、しばしの休憩時間をほっと一息、ついて休む。