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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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お見舞いに行こう! ふぉーす。

リアクション



3


 秋月 カレン(あきづき・かれん)は、外を見たり廊下を見たりとどうにも落ち着かない様子だった。
 ――遊びに行きたいんだろうな。
 そう、察してやることはできるのだけれど。
「まだコンコンしてるから、お外はいけないよ」
 と、諭してあげなければいけない。
 遊び疲れたのか、はたまた長く続く寒さに負けてしまったのか。風邪をこじらせて入院までしてしまった以上、大人しくさせて早くよくなってもらわないと。
「でも、お外……」
 しょんぼりとした声を出すカレン。秋月 葵(あきづき・あおい)はカレンの頭を優しく撫でて、柔らかな声を意識して出した。
「お外は、元気になってから、いっぱい遊ぼう? その代わり、今日はずっとあおいママが居てあげるから」
「……ずーっと?」
「うん。ずーっと」
「でも、カレンね、もう大丈夫なの。だからおうちに帰りたいの……こほっ」
「んー。ママもね、カレンと一緒におうちに帰りたいけどね。カレンが、今みたいにお咳して、辛そうにしてるのを見るのは、嫌だな」
「……わかったの。良い子にしてて、早く治して、ママといっぱい、遊んでもらうの」
「うん♪ 良い子、良い子♪ 良い子なカレンには、ママ特製の美味しい飲み物を飲ませてあげる」
 ハチミツをたっぷり入れた、生姜紅茶。
 定番の、うさぎ型りんご。
 絵本を読んであげようとしたときに、ふと、顔を上げると。
「あれ?」
 クロエの姿を見止めて、葵は思わず席を立った。
 誰かのお見舞いだろうか。
「クロエちゃん」
 呼び止める。クロエが振り返り、「あおいおねぇちゃん!」と笑顔を向けてきた。
「こんにちはー。誰かのお見舞い?」
「うんとね、『いもん』なのよ」
「いもん。慰問?」
「うん! リンスとみんなとね、にんぎょうげき、やるの。おじかんがあったら、あおいおねぇちゃんにもみにきてほしいな」
 まったく、タイミングがいい。
「今日ね。私、カレンのお見舞いに来てたんだ」
「えっ。カレンおねぇちゃん、ぐあいわるいの?」
「うん、ちょっとね。だから、クロエちゃんにお見舞いに来てもらおうかなって思って、声をかけたんだ。お友達がお見舞いに来てくれたら喜ぶもんね」
 けれど、こうして誘ってくれたなら。
「劇、お邪魔させてもらおうかな?」
 カレンも、外を望むくらいには元気になってきているわけだし。
「観てたら、楽しくなって元気になっちゃうかもね」
「えへ。そうしたら、わたしもうれしいなぁ。なおったらみんなであそびましょ!」
「それも素敵♪」
 二人でくすくす、笑い合う。と、クロエが「あっ」と声を上げた。
「わたし、まだじゅんびのとちゅうだった。だから、もどらなきゃ」
「わかった。頑張ってね、カレンと一緒に観に行くからね♪」
 今は、ばいばい。
 手を振って、一時的な別れを告げた。


*...***...*


 身体の具合は、芳しくない。
「…………」
 ここは、どこだっけ。
 五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)は、ぼんやりと目を開ける。見慣れた、白い天井。ああ。病院だ。
 契約を経て、いくらか調子の良い日が続いたものの、やはりこうして病院にはお世話にならなければならないのか。仕方がないか。元々、長く生きられないのだから。
 諦め、目を閉じる。自然と澄まされた耳に、廊下を歩く人の声が飛び込んできた。
「今日だっけ、人形師さんの慰問って」
「そうそう。女の子たちが何人か準備してて……」
「劇やるんでしょ」
「子供たち喜んで、……」
 最後までは聞こえなかった。が、小児病棟で人形師や劇を行うらしいことがわかり、無意識に口元が笑みの形を作った。ただし、寂しい類の笑みだ。
「東雲?」
 東雲の様子に気付いて、リキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)が問いかける。
「思い出していたんだ」
 幼い頃のことを。
 あの時も、今日と同じように体調を崩して入院していた。
 長く続く入院生活。家族は自分を愛してくれて、毎日お見舞いに来てくれたけれど、退屈で、寂しくて、不安だった。
 そのことを打ち明ける相手もいなくて、あてがわれた個室でたった一人ぽつんと時間を過ごす日々。
 ある日、病院に人形師の一行が慰問にやってきた。
 前々から知っていて、東雲も楽しみにしていたのだけれど……間の悪いことに、当日体調を崩してしまい。
 劇はおろか、どんな人がやってきたのかも知らないまま、終わってしまった。
「……それが、余計に孤独でね」
 自分は、誰かと楽しみを共有することも出来ないのか、なんて。


 話を聞いて、リキュカリアは椅子から立ち上がった。空飛ぶ箒を取り出して、跨る。
「乗って」
「え?」
「乗って、東雲」
 小児病棟まで、人形劇の舞台まで、連れて行ってあげるから。 
 東雲に手を差し伸べる。少しの間があって、彼の手がリキュカリアの手を握る。二人で箒に乗ったのならばいざ出発。
 病院内を飛ぶのは誰にとっても迷惑だし危険だろうから、窓からこっそり飛び出して。
 東雲が酔わずに済むように、ゆっくり、ゆっくり、飛んでいく。
 小児病棟に立ち入って、劇が行われるというホールを探す。東雲の足取りは、おぼつかない。手も、熱い。ちらり、様子を見る。つらそうだった。ほんの少しの間とはいえ、外に出るのは早かったのだ。
 ホールに辿り着いた。室内は、折り紙やカラー紙で飾り付けられていて、アットホームな印象を受ける。幾人かの子供の、楽しみに囁く声。開幕は、まだだろうか。リキュカリアが誰かに尋ねようと一歩踏み出した瞬間、隣で東雲の身体が傾いだ。
「わ、わっ! 東雲っ」
「……ごめん。ちょっと、もう、だめかも」
 立ち上がれないらしく、膝をついたまま荒い呼吸の合間に告げる。
「五百蔵さんっ? あなたどうしてここに――」
 異常に気付いた看護師がすぐにやってきた。
「ボクが連れてきたんだ。東雲も劇が観たいだろうと思って」
 東雲は。
 幼いうちに、長くは生きられないことを宣告されていた。
 だからか、しばしば全てを諦めるような目でものを見る。
 嫌だった。
 諦めて、ほしくなかった。
 東雲に、これまで諦めてきたことをやらせてあげたい。
 あんな悲しい目を、しないでほしい。
 でもそれが、彼の具合を悪くさせてしまったというなら、
「……ごめんね、東雲」
 謝るほかなくって。
 しょんぼり、うなだれる。ほとんど同時に、劇が開幕するという案内が聞こえた。
「観ていっては、いけませんか」
 東雲が、看護師に告げる。
「でも、五十蔵さん。病室に戻らないと、身体が」
「少しでいいんです。お願いします」
「……東雲。……ボクからも、お願いします」
「……具合が悪くなったら、すぐに言ってくださいね」
 看護師が折れて、なんとかその場で観させてもらえることになった。
「よかったねっ、東雲!」
「うん。……リキュカリア、ありがとう」
「え」
「頑張ってくれて。……嬉しかった」
「……うんっ」
 自分から、観たいと言い出してくれたことや。
 こうして、礼を言ってくれたこと。
 なにより、今、彼が笑顔を浮かべていることが、リキュカリアは一番、嬉しかった。


*...***...*


 百目鬼ヶ御霊。
 左目の瞳孔が四つに増え、白目がどす黒く染まるという現象が起こる。
 発動の原因は曖昧で、真田 大助(さなだ・たいすけ)の身に危険が迫ると起こる――程度しか、わかっていない。
 発症の原因は不明。
 治癒の方法も。
「…………」
 担当医の話を聞いて、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は思わず渋い顔をした。
 わからないことだらけ。判然とした事実がないのでは、大助を励ますことは難しい。
 とはいえ、親である自分まで難しい顔をしていたら不安にさせてしまうから。
「よう、大助。来たぞ!」
 明るい声を出し、大助の入院する病室を見舞った。
「……って何で元気ないんだよ」
「……母上……」
 ベッドの上に体育座りをして膝に顔を埋めていた大助が、不安げな表情で氷藍を見上げる。
「どうした」
 ベッド脇に腰掛け、大助の頭を撫でた。甘えたいのか、そのまま身体を寄せてきたので抱きしめてやる。
「目のことか?」
「……はい」
「あまりそう、塞ぎこむな。病は気からというしな、気に病んでいたら本当に病気に罹っちまうぞ」
「…………」
 こくり、頷くものの表情が晴れる様子はない。
 何かないか。大助の好物を見舞いの品にと持ってきたが、先ほど一瞥もしなかったことを考えるとそれでどうにかなるとも思えないし。
「あ」
 思い出した。
「さっきナースステーションで聞いたんだけどさ。今、人形師のお兄さんたちが来てるんだってさ」
「人形師……ですか?」
「劇をやるんだと。子供たちが退屈してるだろうからって。どんなものか観に行ってみないか?」
 気晴らしにもなるだろうし、そこで同年代の友達を作れれば自分がいざ来られないときに独りぼっちにならなくてすむ。
 いい案だと思ったのだが、やはり大助の顔は暗い。いや、ますますもって暗くなったように思える。
「どうした? 劇とか嫌いだったか?」
「いえ……僕も、劇は気になってたんです……けど……」
 けど、何だろう。大助は、言いづらそうにもごもごと口を動かしている。急かして聞き出そうとしたりはせず、氷藍はぽんぽんと大助の背中を撫でながら、言葉を待った。
「……実は一度、ここに入院してる子と喧嘩しちゃって……うっかりあの顔を見られちゃったんです」
 左手で左目を押さえながら、大助は言う。左目には、現在眼帯が掛けられていた。そういう経緯があったのか。いや、先にしておいてやるべきだったか。嫌な思いをさせてしまったと、少しだけ悔やむ。
「そのままお医者様にも診てもらったんですけど、やっぱり原因はわからないみたいで……」
 聡い大助は、結果を口にしない医師の態度から悟ったのだろう。不安も煽られているようだ。
 微妙な空気になったことをすぐさま察し、「や、やっぱり」と大助があわてた声を出した。
「いいです。人形劇。ほら、僕が行ったらあれを見ちゃった子たちが嫌な思いをするかもしれないですし……!」
「でも、気になってんだろ? 行けばいいじゃん」
「……え、と。だけど」
「他の奴らの視線なんて気にすることない。お前はお前だ。どんな姿になってもな」
「母上」
「お前は俺の息子で、俺はお前の母親。お前の父親も、他の家族も、友達も。……ちゃんと、お前の味方になってくれるから」
 だから、恐れるな。
 胸を張って、堂々としていればいい。
 どうしても無理なら止めればいいし、誰かの助けがあって、それでどうにかなるなら声を出せばいい。
 優しく語り掛けている最中に、病室の入り口に女の子が立った。知っている。人形師の連れの女の子で、名前は確かクロエと言った。
「こんにちは。もうすぐ、げきがはじまるわ。もしぐあいがよかったら、みにきてね!」
「ほら。可愛い子が誘ってるぞ。行かなくてどうする?」
「……母上が、」
「ん?」
「一緒に居てくれたら……行けるかもしれません」
「……甘えるなぁ」
「ごめんなさい。でも、ちょっとだけ」
「いいさ。病人の特権だろ。
 あ、お嬢ちゃん。俺たちも劇観に行くからさ、場所、教えてくれないか?」
「きてくれるの? じゃあいっしょにいきましょ!」
 クロエが、大助と氷藍に手を差し伸べた。ベッドから降りた大助が、クロエの傍に立った。笑顔に触発されたように、大助もふわっと笑う。
 入院してからずっと、大助の笑顔を見られなかったが。
「よかった。ちゃんと笑えてるな」
 あの様子なら、きっと人形劇も楽しめるだろう。