|
|
リアクション
一番大切な人との出会い〜御神楽 陽太〜
御神楽 陽太(みかぐら・ようた)。
今でこそ、この名字だが、かつて彼の名前は影野陽太だった。
これはそんな彼が蒼空学園に入学する頃のお話。
「陽太、早く行かないと間に合いませんわよ」
蒼空学園の面接の日。
エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)に促され、陽太は転がるように走った。
「ま、待ってくださいよ〜」
情けない声を上げながら、陽太はエリシアを追う。
新幹線で空京に入った陽太は、見るもの触れるものすべてが珍しいパラミタに少し興奮していた。
さしてやりたいこともなく、目指すこともなく。
そんな小中学生時代を陽太は送っており、心躍る物や刺激的なこともなく、なんとなく可もなく不可もなくな日々を送っていた。
でも、パラミタはそんな陽太でさえテンションが上がるほど、色々な新しいものに満ちていた。
「あ……」
陽太の茶色の瞳に蒼空学園の校舎が映った。
地球にはない形の校舎に、陽太は思わず足を止めた。
「どこから入るんでしょう、これ……」
普通の学校のように四角い校舎でもなければ、窓の形も変わっているし、どこから入ればいいのかすら分からないデザインだ。
でも、それが陽太には面白く感じた。
「何してるんですの、陽太。早くしませんと……」
エリシアが足を止めてしまった陽太を引っ張りに行こうとした時、陽太の後ろから、声がかかった。
「そこの突っ立っている子」
呼びかけられた声に、陽太は自分かなと思って後ろを向いた。
「あ…………」
綺麗な人がいる。
陽太は思わずそう思った。
光を浴びて輝く金色の髪。
モデルのようにメリハリのあるスタイル。
中学時代の同級生にこんな子がいた覚えはもちろん無いし、先生でもこういう若くて綺麗な先生なんてお目にかかったことがない。
陽太にとってはパラミタ同様、新鮮な女性だった。
「あの……」
なんでしょう、と陽太が尋ねようとすると、女性は陽太の胸の近くに軽く触れた。
(え?)
陽太は驚いたが、女性は特に表情を変えず、陽太の襟を直した。
「襟が中に入っていたわ」
「あ、す、すみません!!」
女性に直され、陽太は頭を下げる。
「面接前なのでしょう? 服装をちゃんとしていないと、そういう点が見られるわよ」
「は、はい」
陽太が顔を上げると、女性は翼の生えた人を伴って行ってしまった。
「どうしましたの、陽太」
エリシアが駆け寄ってくる。
少しぼうっとした顔で、陽太は「襟を直してもらった」というのを話し、その後、あることに気付いた。
「あ……すみませんだけ言って、お礼を言い忘れてしまいました」
「もう、そんなことでどうするんですの」
エリシアは陽太をしっかりさせようと、その背中をポンと叩いた。
「言いましたでしょ、パラミタに来て、逆玉の輿に乗って下さいって」
「逆玉って……」
「ツァンダにはたくさんの貴族の家があって、その令嬢たちもいます。陽太だって、契約者として実力をつければ、そういう令嬢たちと巡り合う機会も、もしかしたら、ひょっとするとあるかも知れないんですよ」
「……それ、どれくらい本気で思ってます?」
「1割くらい……。あ、い、いえ、なんでもないですわ。蒼空学園はツァンダ家に連なるクロカス家とも縁があるとか。どんな出会いがあるか分からないんですから、しっかりしてください、陽太」
エリシアは陽太を励まし、入口の分からない陽太のために人に入り口を聞いて、陽太を面接会場まで連れて行った。
面接会場には見るからに屈強そうな生徒や才能のありそうな顔つきの学生がいっぱいいた。
「…………」
(エリシアは逆玉とか言っていましたけど、それどころか、この面接を抜けて、入学することすら出来るかどうか……)
それでも、自分に期待するエリシアの言葉を無下にしたくないと陽太は思っていた。
ここにいる学生たちのように高い目標やギラギラとした野心はなかったが、それでも自分に期待するパートナーの気持ちには答えたいという優しい心を陽太は持っていた。
2時間後。
陽太の面接時間が来た。
「どうぞ」
面接官に促され、陽太が中に入る。
「失礼します……あっ」
陽太が一礼して顔を上げると、そこには先ほどの金髪の女性がいた。
今は面接のためか、さっきしていたサングラスは外していたが、確かにあの女性だ。
「ええと……」
「どうぞお座り下さい」
教員らしい人に椅子を勧められ、陽太は慌ててそこに座った。
緊張しているせいか、椅子がガタッと音を立ててしまった。
焦りながら陽太が居住まいを正そうとすると、金髪の女性と目が合った。
「慌てないでいいわ」
その言葉に陽太はホッとして、少し緊張が解けた。
きちんと座り直して、真っ直ぐ前を向き、出身校と名前を言う。
すると、面接官側も自己紹介をした。
「蒼空学園校長・御神楽環菜です。それではまず志望動機を……」
これが陽太が環菜の名前を初めて知った時だった。
「……大丈夫ですかね、陽太は」
陽太を待ちながら、エリシアは彼を心配していた。
エリシアが陽太と契約したのは、それほど大きな理由があったからではない。
たまたま相性が合ったからだ。
パラミタではコントラクターは頭脳的にも肉体的にも優れた存在と思われているが、契約時にそういう人間が選ばれるわけではない。
相性と年齢だけが契約の条件で、学歴とか能力とか努力とかそういうのは関係ないのがパートナー契約というものなのだ。
「少し早まったでしょうか……」
蒼空学園の面接に来ているコントラクターたちを見て、エリシアは小さくそう呟いた。
学園の性質上、蒼空学園は日本出身の生徒が多かったが、日本で有名な道場の跡継ぎとか、陰陽道のすごい家系の出身とか、日本人でありながら戦場経験が豊富といった、そんな生徒たちがたくさんいた。
こういった生徒たちと比べると陽太は単なる普通の中学生に過ぎない。
エリシアには……力が必要だった。
実体を回復は出来たものの魂状態から復活してそれほど時間が経ったわけでも、安定したわけでもない。
だから、より力を持つ存在になりたいと、それを目標にしていた。
「もう一度、あんなことは遠慮願いたいですわ……」
エリシアは太古に無実の罪で処刑された。
今でこそ勝ち気なエリシアだが、その当時のエリシアはここまで勝ち気ではなく、押しつけられた無実の罪を払うことが出来なかった。
その時のエリシアは才能のありすぎる存在だった。
それゆえ、疎まれて、無実の罪を着せられた。
問われた罪すらも、実はでっちあげられた事件の作られた罪だったかも知れない。
エリシアの処刑は、エリシアが尊敬した先輩魔女がいない時を狙われ、戻ったその先輩魔女はエリシアの死を嘆き悲しんだ。
……このあたりは魂となったエリシアが見ていたのか、あるいはまったく知らないのかは不明だが……。
ともかく過去のことも現在の状況もあり、エリシアは力が欲しいと思っていた。
「今さら後悔しても、契約はやめられないのですけどね」
エリシアは自分に苦笑した。
パートナー契約は一度してしまったら、やり直すことは出来ない。
ちょっと早まったような気がしても、やめようがないのだ。
それならば他の人を見て、後悔していても仕方ない。
「とにかくがんばって、陽太を鍛えなきゃ」
エリシアの尊敬していた先輩魔女も「小さい頃は私、泣き虫だったのよ」と言っていた。
先輩の同僚魔女も「あの子は最初のうちは火の魔法一つ出来なかったんだから」と話していた。
それならば、陽太だって、もしかしたら伸びるかも知れない。
「わたくしのパワーアップのために陽太にもがんばってもらいませんと」
まずそれには陽太に蒼空学園に受かってもらわなければいけない。
エリシアは陽太が面接でヘマをしないように祈ることにした。
「これで面接は終わりです。ありがとうございました」
「はい、失礼いたします」
陽太は一礼をして、部屋を出て……。
「あああ……」
「どうしましたの、陽太?」
面接室のそばの壁で軽く打ちひしがれている陽太を見て、様子を見に来たエリシアが心配そうに尋ねた。
「……忘れてしまいました」
「え?」
「先ほどのお礼を言うのを……また……」
「…………」
エリシアは何か言いかけたが、口を噤んだ。
先ほど陽太にがんばってもらおうと思ったばかりだ。
ここで彼のやる気をそいではいけない。
「陽太らしいと言えば……陽太らしいですわね」
それだけ言って、エリシアは陽太を励ました。
「まあ、いいではないですの。蒼空学園に受かれば、いつでも言う機会はありますわ。あの方、この学校の校長先生でしょ?」
「エリシア、知ってたんですか?」
「知っていたも何も、御神楽環菜といえば今や世界経済を牛耳るとすらいわれる存在じゃないですか」
「あ、そうだったんですね」
陽太の言葉を聞き、面接前にやっぱり言わないで良かったですわとエリシアは思った。
言っていたらもっと緊張していたかも知れない。
2人がそんな話をしていると、面接室がカチャッと開いた。
「あ……」
すべての面接が終わったのか面接官たちが出てきて、今まさに話に出ていた御神楽環菜が2人の前にやってきた。
「あ、あの」
この機会を逃しちゃいけないと思い、陽太は頭を下げた。
「先ほどは、ありがとうございました」
「……ああ」
環菜は少し間を置いて思い出したように頷いた。
そして、無表情のまま、陽太に忠告した。
「人は見た目じゃないなんて言うけれど、数分の面接では見た目や態度も重視されるわ。気をつけなさい」
「は、はい」
陽太はもう一度頭を下げてそれに答えた。
環菜は他の面接官と共に行こうとして、エリシアの前で足を止めて、ほんの少しだけ目の表情を柔らかくして言った。
「素直なパートナーを持ったじゃない」
「え?」
「素直なのはいいことだわ。伸びる可能性を秘めている」
それだけ言うと、環菜は行ってしまった。
陽太に鮮烈な記憶を残して。