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あの頃の君の物語

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彼らの日々〜アラン・ブラック〜

 守護天使のセス・ヘルムズ(せす・へるむず)は山奥に近い村に住んでいた。
「セス、お買い物に行ってきて」
「はーい!」
 元気に返事をしながらセスが外に出ると、冷たい風が頬を撫でた。
「寒いな〜、あ、霜が……」
 霜をさくさくと踏みながら、セスが歩く。
 この村は街より標高が高いため、朝になって日が昇っても霜が残っていた。
 セスは母が編んでくれたマフラーと手袋を付けて、街に降りた。
「賑やかだなぁ」
 街は人が多くて、ちょっと歩くのが大変なほどだった。
 元気な声が複数して振り返ると、そこにはセスと同じくらいの男の子たちがふざけあいながら走っていた。
 そのまま公園に行き、遊び始める。
「いいなぁ……」
 セスの家の近所には他の家はなく、少し離れたところにある家も子供がいなかった。
 セス自身一人っ子で、家の中にも近くにも同じ年頃の子がいなかったから、セスは友達がおらず、いつも1人で遊んでいた。
 普段はそれが普通だから、それほど寂しいとは思わないのだけど、こうやって街に降りて友達同士で遊んでいる姿を見ると羨ましいと思ってしまう。
「あ、早く買い物しないと……」
 母から渡された買い物メモは、結構な品数が書かれていた。
 家が買い物に行くのに不便なところにあるから、買い物に出るときには出来るだけ物を買っておきたいのだ。
「これで……うん、合ってるよね」
 セスは買い物を確認し、山の方に向かった。
 そして、家の近くに来たとき、黄色の花が咲いてるのに気付いた。
「あ……」
 セスの顔がほころぶ。
「もう春が来ているんだな」
 花に春を知らされ、セスはうれしくなった。
「うちの花にも水をあげないと」
 セスは買った物を母に届けるためと花の手入れのため急いで家に向かった。


 騎士王・アーサー ペンドラゴン(あーさー・ぺんどらごん)
 15歳の彼の前にあったのは、苛烈な王位争いだった。
 前王が後継者を決めずに亡くなったため、王の子供や甥、その他、王家に連なる者たちがこぞって王に名乗りを上げたのだ。
「なんということだ……」
 ブリテン国の者同士が分かれて相争う姿を見て、アーサーは心を痛めた。
 このまま争い続ければ、国は疲弊し、丸ごと他国に乗っ取られてしまう。
 そのような事態だけは避けねば。
 心はそう逸るのだけれど、アーサーには何も出来なかった。
 彼は騎士の名家の養子で、国をどうこうする力はない。
 アーサーは国をまとめるための武器も力も部下も持っていなかった。

 
 そんなある日。
 国中にある知らせが回った。
「岩に刺さる剣・カリバーンを抜いたものが次の王……?」
 それはアーサーが知らないだけで古くからこの国にそういう伝承があったのか。
 それとも、この騒動を収めるためにどこかの魔道師とかがでっちあげた話なのか。
 どういう事か分からなかったが、ともかく誰かがこの剣を抜いて、国の争乱が収まればいいとアーサーは願っていた。


 ところが、である。
 その剣は何日経っても抜けなかった。
 前王の子供やそれに連なる一族はもちろん、他の地域の王や貴族とその子供たちまで挑戦したのに、誰も抜くことができなかった。
 この事態にはあらゆる人が困り、とにかく誰かに抜かせようと、国の男子たちが集められた。
「私もですか?」
 義父に言われて驚いたアーサーだったが、義父や義兄たちと共に剣を抜きに行かされた。
 岩に刺さる剣に、次々と様々な人が挑戦する。
 アーサーが並んでいると、失敗して帰る人たちの呟きが聞こえてきた。
「あーあ、この剣さえ抜ければ俺も女が囲えたのにな」
「女より金だろ、金」
 あはははは、と笑う彼らを見て、アーサーの胸に湧き起こる物があった。
 そうではないはずだ。
 この剣を抜いてするべきは、この国の騒乱を無くし、人民が暮らしやすいように統治し、国を栄えさせることのはずだ。
 そういう者がこの剣を持つべきだ。
 アーサーはそんな思いを抱えながら、カリバーンの柄を持った。
 そして、剣は応えた。
「抜けた……!」
「彼が、彼が王!?」
 広場に歓声が上がる。
 このことでアーサーは、一気に世間に認知されることになった。
 アーサーが、自分が実は前王に連なる出生であったと知るのはその後のことになる。


 楽器は練習した分しかうまくならず、練習しなかった分は下手になっていく。
 その恐ろしさを知っているアラン・ブラック(あらん・ぶらっく)は朝から晩までヴァイオリンの練習をしていた。
「アラン、そろそろ学校に……」
「はい、行ってきます」
 アランは丁寧にヴァイオリンケースに自分のヴァイオリンをしまい、学校に行った。
 ヴァイオリンメインの生活ではあるが、学校にもそこそこ友達がいて、楽しく暮らしていた。
 でも。
「アラン、今日はみんなでどこか行こうかなと思うんだけど、どう?」
 友達のそういう誘いには常に乗らなかった。
「ごめん、家に帰って練習しないと」
「もうすぐコンクールなんだっけ、大変だな」
 アランの友達はアランがどれだけヴァイオリンに真剣か分かっているので、誘いを断られても嫌な顔はせず、むしろ応援してくれた。
 そんな友達に感謝しながら、アランは笑顔を見せた。
「うん、次のは少し大きなコンクールなんだ」
「大きな?」
「全国コンクール」
「おお、少しどころじゃないじゃん!」
「アランにとって大きいってのは、全世界なのかもな」
 友達の1人が言うと、あはは、とみんな笑った。
「でも、いつかアランならそういう舞台に立ちそうだよな」
「なにせ『天才少年ヴァイオリニスト』だしな」
「ありがとう、がんばるよ」
 期待してくれる友達に、笑顔を見せて、アランは帰っていった。


 アランの家は有名なヴァイオリニストの家で、音楽をやっている人ならば、アランの姓がブラックと聞くと「ああ」と納得した。
「やっぱり血は争えないわね」
「さすがブラック家の子だ」
 そう褒められることはアランにとって苦痛ではなかった。
 自分はそれだけの努力もしたし、家名に恥じないと言われるのは誇りですらあった。
 睡眠、食事、お風呂、学校、それ以外の時はほとんど練習に費やした。
 時折、レッスン以外で外に行くときは、著名なヴァイオリニストの公演を聴いたり、両親の付き合いでそういう人に直接会ったりというときで、どんなときも音楽に関わることばかりで動いていた。
 そんな音楽漬けの生活をするアランを見て、進学に悩む友達などは
「逆に大変だな」
 と言ったが、なぜ大変なのか分からなかった。
 むしろ自分は恵まれていると思ったくらいだ。
 環境も才能も周囲の理解も。
 確かに親の期待は大きかったし、プレッシャーも感じたが、それもそれなりの能力がないと期待されないことなので、重さはイコール期待であると考えて、がんばった。
 そして、その全てを生かして、アランは中学三年生で全国コンクールに優勝する。
「ありがとうございました」
 優勝を手にしたアランは親に、先生に、友達に、会場の観客たちに心からの礼を言った。
 環境に負けずに全てを生かし切る強さ。
 それをアランは持っていたのである。