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あの頃の君の物語

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戦いに染まった日々〜ローザマリア・クライツァール〜

 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はアメリカの南部の生まれだ。
 10歳の時に養父と死に別れたのが、それがローザマリアの最初の記憶で、その前の記憶はない。
 身寄りがないローザマリアは国の運営する福祉施設に入った。
 福祉施設はどの国でも何かと噂があった。
 入れられた子供は人身売買で外国に売られてしまうとか。
 なかなか出来ない子供の薬の実験に使われるとか。
 それらの真偽のほどはわからないし、それらの噂は本当に真面目に大事に子供を育てている福祉施設にとってはいい迷惑であろう。
 だが、ローザマリアの入った施設は当たらずとも遠からずだった。
 その施設はアメリカ政府が極秘裏に設立した年少兵の訓練所だったのだ。
 そこで成長を促進する新薬を飲まされ、思想も統制され、大人の特殊部隊員とまったく同じ訓練を受けた。
 そして、出来上がったのが年少兵だけの極秘特殊部隊の一つ『R(ロメオ)分遣隊』
 世界各地でアメリカの国益を護るべく、様々な非合法任務に従事する部隊である。


 ローザマリアはその『R(ロメオ)分遣隊』の1人だった。
 隊員たちは敵地で相手の油断を誘えるというコンセプトで編成されたものであり、工作員だが、否、工作員だからこそ、普段は一般家庭の養子として普通の暮らしをしていた。
 ローザマリアはアメリカ海軍第7艦隊司令官の養子として、横須賀で暮らしていた。
 そうやって普通に暮らすことで、普通の子らしい空気を身に纏う術を覚えた。


 その『R(ロメオ)分遣隊』に新たな指令が下った。
 東欧セルビアの司教暗殺任務である。


 ユーゴスラヴィアは民族紛争による内戦が激しい地域だった。
「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家……ってね」
 ローザマリアが呟いた通りの場所であるのだが、それでも違う宗教の者同士が仲良くしている時期もあり、その時は一種の理想的な地域といわれたこともあった。
 しかし、ある時、民族対立が起こり、その幸福な状況は打ち壊された。
 それまで仲良くしていたお隣のセルビア人がいきなり家に飛び込んできて撃たれた……などという悲劇があちこちで起こった。
 ローザマリアたちが暗殺を命じられたセルビアの司教は、裏でユーゴスラヴィア内戦のキッカケとなる民族対立を扇動した紛争犯罪人だった。
 司教は地下に潜ったセルビア人武装組織とロシアの武器商人との裏取引を斡旋していたのだ。
 もちろん、それによって数え切れないほどの富と各国へのコネクションを得ていた。
 その行為はとても真っ当な宗教家とは言えないものだった。
 ローザマリアたちの任務は取引場所を抑え、司教を暗殺し、武器商人の身柄を抑えること。
 『R(ロメオ)分遣隊』の8人の少年少女は、命じられるままにその場所に向かった。
 民族紛争、宗教対立。
 それらの言葉は『R(ロメオ)分遣隊』の少年少女にとってそれぞれ思うところがあるようであり、隊員の1人、ロイ・サバンは小さな声でこんなことを言った。
「自分たちが生まれる前からやってる大人たちの紛争に……いつまで付き合い続ければいいんだろう……」
 その言葉に答えられる者はいない。
 ゼロからの出発と言うが、彼らの生はゼロからではない。
 たくさんのマイナスを生まれた頃から背負わされているのだ。
 

 武器商人と司教の取引場所は古びた教会だった。
 司教は、守る人のいなくなった教会を心配し……という名目でここにやってくる。
「放っておかれた上に、利用されるか。不幸なことだ」
 アルヘニスが神の像を見上げた。
 半分壊れたその像は何を思うのか。
「……放られたのが利用される……どっかで聞いた話だね」
「利用できると思われてる内はマシさ」
 シンダーの言葉に ロアンが少し自嘲気味に笑う。
「ほら、そろそろ作戦の時間だ」
 ネルに促され、それぞれが持ち場につく。
 狙撃手であるローザマリアだけはみんなと離れて、持ち場についた。
 そして、幕が開かれる。


 幕開けを知らせたのは爆発音だった。
 武器商人たちが来ると思われていた時間の少し前、突然の爆発が起きたのだ。
「……交渉の決裂かよ!!」
 ホセインと同じ事を全員が思ったとき、彼らの予想とは違う敵が彼らを撃った。
『R3! 直ちに撤収しろ! 罠だ! ハメられた!』
 空を飛ぶロアンを見て、アルヘニスはローザマリアに連絡を入れた。
 後ろではネルの声も聞こえる。
「R1! R2! 状況を――」
 しかし返答はただの砂嵐だった。
 次にホセインから連絡が入った。
『此方R4! R5、R6が撃たれた。もう、駄目だ……』
 ホセインの声に何者かの声が重なる。
「時間になったら事を始める……ってほど、オレらはお行儀が良くなくてね」
 同時に銃声。
 さらにローザマリアの回線に最初に撃たれたロアンの声が入った。
『R8だ……R7がやられた。即死だ……俺も長くは……』
 それの直後に悲鳴が上がる。
 ローザマリアは背筋が凍る思いがした。
 いや、そんな表現は生温い。
 死の鎌が自分の首の皮一枚まで近づいていることに気付いたローザマリアは逃げた。
 とにかく逃げた。
 自分がどこをどういう風に走っているのかすら分からないのに、脳の一部だけは恐ろしく冷静で、ローザマリアは見事に逃げ切ったのだった。
 

 数年後。
 ローザマリアは淡々と復讐を実行していた。
「……9人目」
 倒れた高官を一瞥だけして、ローザマリアはその場を去った。
 『R(ロメオ)分遣隊』はアメリカ国家安全保障局(NSA)指揮下の特務部隊だった。
 そのため、年少兵の存在を問題視するライバル組織の中央情報局(CIA)から疎まれていた。
 中央情報局は意図的に情報を流し、 『R(ロメオ)分遣隊』を罠にはめた。
 そして……ローザマリアの仲間たちは、彼女以外すべて死んだ。
 それを知ったローザマリアは、その関係者たちを逆に罠にはめることにした。
 自分たちにそうしたように。
 事件関係者を一人一人貶め、失脚させ、法の裁きを受けさせる事で復讐を果す。
 その一方、自分達を陥れた黒幕の名前を洗い出していく。
 ローザマリアはそれを作業のように淡々とこなしていき、ついに黒幕に辿り着いた。
 黒幕の名前は――CIA長官。
「アル、ネル、ホセ、ロイ、ジン、ドン、ロアン……」
 かつての仲間の名前をローザマリアは口にする。
 復讐を果たして、彼らが喜ぶのか分からない。
 しかし、それを果たさねばローザマリアは先に進むことは出来ないのだ。


 十代にして狙撃の腕を極めていたローザマリアはCIA長官を狙撃することに決めた。
「これで復讐が完遂する……」
 ビルの上からCIA長官にローザマリアが照準を合わせる。
 だが、そこで自分以外の気配を感じ、ローザマリアは顔を上げた。
 ローザマリアの手前のビルの屋上にライフルを手にした人物がいたのだ。
 一瞬、それに気を取られた次の瞬間、CIA長官が撃たれた。
 頭の中心に一発。
 即死だ。
 ローザマリアは考えるより前に体が動いた。
 目の前の謎の狙撃犯にターゲットを変更し、狙撃犯の頭部を撃ち抜いた。
 それ以上、ローザマリアが動くのは不可能だった。
 CIA長官が撃たれたことで、警察が集まってきたのだ。
 ローザマリアは急いで現場を立ち去らざる得なくなった。


 立ち去るローザマリアを見つめる瞳があった。
 それは、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の青い瞳だった。
「……やっぱり」
 魂が惹かれる存在だと思っていた。
 原子力潜水艦の中での死闘の最中、グロリアーナはローザマリアに語りかけたことがあった。
 絶体絶命の危機を迎えていたローザマリアにどれくらい伝わっただろう、とグロリアーナは思い返す。
 でも、間違いない。
 こうして相対して良く分かった。
 ローザマリアは自分の魂の一部だ。
「もう1人のわらわか……」
 いつか再び合うことを願って、グロリアーナはその場から消えた。


 その後、ローザマリアはそのままCIA長官射殺の濡れ衣を着せられ、アメリカを追われるようにして出国。
 在米中国大使館の二重スパイの手引きで、上海を経由し教導団へ向かう。
 彼女の所属していた『R(ロメオ)分遣隊』の全滅やCIA長官射殺に至るまで全てはアメリカ中枢部に潜入している鏖殺寺院関係者が裏で糸を引いており、ローザマリアの復讐は彼らの陰謀に利用されたのだが……それをローザマリアが知るのはずっと後になる。