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シルバーソーン(第2回/全2回)

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シルバーソーン(第2回/全2回)

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第2章 黒夢城 1


 黒夢城はその名の通り禍々しい黒だけで装飾された城だった。
 いや、それは城というにはあまりにも歪な形をしているかもしれない。
 無数の穴ぼこと曲がりくねった道や階段によって構成されたその城は、最上階まではかなりの高さがあったこともあり、どちらかと言えば塔と呼んだほうが相応しいような気がした。そしてその塔のような城の周りはおびただしいほどの瘴気と闇の魔力で満ちている。まるでその一帯だけが別の次元にでもあるかのようだった。
 そんな黒夢城へ赴いたシャムス一行は、その進行をいくつかの部隊に分けることにした。
 これだけの入口や道があるのだ。一つの部隊だけで進むことは効率が悪いだろうという判断からだった。
 そしていまシャムスの部隊は、正面から入った道を突き進んでいる。
「ほえー、それにしたってこりゃあすげー城だな」
 階段を上りきって大きな開けっぴろげの広間に出たところで、アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)が感心しながら口をぽかんと開いた。
「見ろよこの道の数。まるで迷路だぜ」
「まるでというか……多分、そうなってるんだよ。迷わせることだけが目的じゃあなさそうだけどね」
 アルフと同様に周りを見回しながら、エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)は幾分か冷静だった。
 さらっと流れる金髪の下で、青い瞳が分析するように視線を配る。視界にあるのは、透き通るようにして壁を伝っていく様々な色の鮮やかな光だった。
「これ……なんだろう?」
 栗色の髪を左右にツインテールにした八日市 あうら(ようかいち・あうら)が、光を見上げながら首を傾げる。
 まるで尻尾のようにツインテールの緒は揺れた。
「ふむ? これは……もしや――」
「こりゃ、人の魂だな。ザナドゥで似たようなものを見た気がする」
「「「人の魂……!?」」」
 険しい表情のシャムスにヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)が続けて憶測を口にすると、全員の顔が凍りついたようになる。
 あまり進んでは話したくなさそうに、ヴェルは頭を掻きむしった。
「モートのやつは人の魂を集めてるんだろ? 恐らくだが、これがその集めた魂ってやつだ。何のために動いてるのかは知らないが……見たところ、この城を構成する要素の一つってことになってるのか?」
「おいおいマジかよそれ! んじゃあなにかっ! ここにいたら俺らもこの城の魂になっちまうのか! そんなのねーよー! シャムスちゃんとも柚ちゃんともキャッキャウフフできないうちにお陀仏なんて、俺はゴメンだぜ!」
「きゃ、きゃっきゃうふふ……?」
 それなりに顔だけはいいくせに見当違いのことを口走る獣人に、いつの間にかその攻略対象に入れられていた杜守 柚(ともり・ゆず)は戸惑う。心なしか、彼女のパートナーの杜守 三月(ともり・みつき)がアルフと柚の間に壁になるように動いた。
「はいはい、そういう問題じゃないから君はこっちにいなよ」
「あ、エルヴァなにすんだ! この、離せー!」
 エールヴァントに引きずられていって、アルフはその姿を広間から消す。
 しばらくして、口にガムテープを貼られ、両手両足を縛られたアルフを伴ってエールヴァントが戻ってきた。
「まあ、アルフのことはさておいてさ。とにかくこの魂をどうにかすべきなのは合ってるよね、ねえシャムス?」
「ああ……もしヴェルの言う通りこの魂が黒夢城を形成している力ならば、魂を救うことは同時に黒夢城を崩壊させられるということにもなる。モートやアバドンを倒しても同じかもしれんが……ここは闇の気が多い」
「闇の気はモートたちの力にもなるだろうし……それを断つためにも、早く魂の供給を止めることが最優先か」
「――街を守る仲間たちを信じるしかないな」
 ヴェルの判断に対して、シャムスは最後にそう締めくくった。
「とにかく急ごう。早くアバドンたちを討ち倒さねば――」
「シャムスさん、危ない!」
 歩み出したシャムスがとっさに後ろへ身を引くと、それまで彼女のいた石畳を広刃がガンッと叩いた。
 あうらの一言がなければ恐らくは脳天を叩き斬られていただろう。
「すまないあうら、助かった」
「ううん、いいの。それより……」
 シャムスたちの目の前に現れたのは、数体の不死獣(アンデット)。
 一度は死して腐敗したその体で再び仮初めの命を与えられたさまよえる獣たちが、二足歩行で立っている。その手に握られているのはどこぞの冒険者から奪ったのか、古びた広刃の剣だ。
 シャムスと契約者たちは一斉に身構える。
(――ッ!)
 その時、彼らの身にぞわっとする闇の気配が打ちつけられた。
 それはこの世のものとは思えぬ魔力と瘴気の力が波動となったものだ。圧倒的な圧力となって降り注ぐそれに、全員の視線が動く。
「遅かったな、契約者と南カナンの黒騎士よ」
 不死獣たちの後ろにある闇から姿を現したのは、たおやかな桜色の髪をゆらりと靡かせ、カツンと足音を立てた一人の娘だった。
「エンヘドゥさん……!」
 あうらがその名を呼ぶ。
 そう。そこにいたのはエンヘドゥ・ニヌア(えんへどぅ・にぬあ)
 南カナン領主の妹にして領家の姫君でもある麗しき娘は、しかしいつもの優しげな笑みではなく、冷徹で魔性に覆われた顔つきでシャムスたちを見据えていた。
「貴様……アバドンか……!」
「さすがに姿形だけでは騙されないか、南カナンの領主シャムス殿。まあもとより……今更隠すようなことはせぬがな」
「アバドン……あなたが、あなたが全ての元凶である奈落人か……!」
 シャムスに並んでワイヤークローの鉤爪を構える飛鳥 桜(あすか・さくら)が怒りも露わにアバドンを睨みつける。
「ほう、新たな契約者もおるようだな。忌々しい存在がまた増えたというわけだ。まったく、お人好しもここまで過ぎると賞賛に値するぞ」
「うっさいわ! ほんまやったら、カナンは喜びで一杯だったはずなんや。……それを、平気でぶっ壊すとか、お前はどんだけ最低やねん!」
 桜の怒りに劣らない貫くような瞳で、彼女のパートナーであるロランアルト・カリエド(ろらんあると・かりえど)はアバドンを射貫く。
 彼らが剥き出しの激情を向けたことに同調して、仲間たちの武器がカチャッと音を鳴らした。
「アバドンだかカツ丼だかしらんが、みんなの幸せを壊すような幸せクラッシャーは許さん! ぶっ飛ばすから覚悟しろよ!」
 柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)が弓矢を引いて、狙い定めながら言い放つ。
「悪いが、私は今はただの演出家だ。いまのお前たちの相手はこの不死獣たち――ゾンビーストが相手になるだろう」
「逃げる気か!」
「失敬だな。なに……ちゃんと歯ごたえのある相手は用意してやる」
 シャムスが追いすがろうとしたのを見返して、アバドンは右手を振るった。
 すると、ぐおんっと空間に闇が現れ、そこから巨大な生き物が姿を見せる。
 竜の死骸が仮初めの命を持った存在――不死竜(ドラゴンゾンビ)だ。その体の大きさはまさしく竜のものだが、体の肉という肉はそげ落ちて、べたりべたりと床にただれたそれを付着させる。破れた翼にえぐれた眼球。腐敗臭を漂わせる未完成の体躯だが、ドラゴンゾンビは威圧感たっぷりの低めの咆吼を轟かせた。
「せいぜい足掻いてみせるが良い。……足掻けるものならな」
「くっ、待て! アバドン!」
 シャムスたちは空間を渡って逃げようとするアバドンを追う。
 しかしその正面をゾンビーストたちとドラゴンゾンビが遮った。奴らは立ちふさがる壁となる。
(くそっ!)
 すでにアバドンの姿はそこにはなく、消え去った後だった。
 代わりに残された不死の魔物たちとシャムスらは相対する。
 この先に行くには、彼らを倒さねばならないのだろう。避けては通れぬ戦いだ。
「……やるしかないか」
 シャムスは剣を抜いて身構えた。