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シルバーソーン(第2回/全2回)

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第2章 黒夢城 2


「はあああぁぁ!」
 氷藍の亀裂を走らせるような声が響き渡り、鬼払いの弓から矢が放たれる。
 艶やかな黒髪が靡き、その黒曜石のごとき漆黒の瞳が視界にゾンビーストたちを収めるやいなや――複数の矢が冥府の魔物たちを一斉に貫いていた。
「やりますね氷藍殿。さすが――俺の伴侶です」
「恥ずかしいこと言ってる場合か! 敵が来るぞ!」
 同時に巨大な剣――天上天下無双にて敵を斬り裂いていた真田 幸村(さなだ・ゆきむら)に、真っ赤な顔で氷藍は怒鳴る。
「ぼ、僕も負けません!」
 二人の背後から飛び出した真田 大助(さなだ・たいすけ)が、黒刀〈濡烏〉を持ってして敵陣に斬り込む。
 一枚の黒耀石から削り出して作られた刀身は、遙か昔に人間の姫君に命を救われた一つ目の鬼が、その美しい姫の黒髪を模して作り上げたと囁かれているものだ。
(微力ながら参ります。――お覚悟を!)
 黒い刀身がきらめいた瞬間に、無数の刃が複数のゾンビーストを叩き斬る。
 目にもとまらぬ速さで振り抜かれた刃が成せる技は、まさしく鬼の刀に相応しい所行だった。
(あの少年、やるな)
 そんな大助の抜刀術を横目に見ながら、シャムスも負けず劣らずの剣戟を見せる。
「シャムス〜! 負けないでよー! 正義は負けちゃ駄目なんだからなー!」
「分かっているさ!」
 背後で聖なる防護結界〈護国の聖域〉を唱えてから、シャムスを応援する桜。
 シャムスの刃は聖域の中の光にきらめいたと思ったときには、次々とゾンビーストを斬り倒していく。そんな彼女と並ぶようにしてサーベルを手に敵を斬るのは三月だった。
「それにしてもこんなにアンデットを使って僕らにけしかけるなんて、アバドンはよっぽど陰険なんだね」
「あるいは、よほど焦っているとも考えられるな」
「焦り?」
「ああ」
 ドゥっと敵を斬りたおしたあとで首をかしげた三月に、シャムスはうなずいた。
「こうまでしてオレたちを先に進ませたくないということは、それが奴らにとって望ましくないからなのかもしれん」
「そりゃ……自分たちを倒そうとする奴は望ましくないだろうけどさ」
「それもあるが、奴が早々に撤退したことも気になる」
 シャムスのいう奴というのは、アバドンを指している。
 三月も同様に、アバドンが消えた時のことを思い出した。
「……なにか、撤退しなくちゃいけない事情があるってこと?」
「…………」
 確証はなかったが、シャムスは恐らくという意味を込めてうなずいた。
 アバドン――何を企んでいるかは知らないが、このままただで終わるような奴ではないだろう。魂を集めているのも、単なる黒夢城を形成する力にしているだけではないはずだ。魂を使って何かしようとしているのか。
「どちらにしたって、死んだ命を弄ぶなんて、絶対に許せないです!」
 思考に耽りながら戦っていたシャムスの意識を現実に戻したのは、柚の一言だ。
 彼女はぷんすかと怒りながら両手を振り上げていた。
「ちゃんと謝らせて、床に這いつくばらせてヒーヒー言わせてやるんですから!」
「ゆ、柚、それはちょっと過激じゃ……」
「ははっ、その意気だ。しかしまあ――まずはこいつらをどうにかせねばな」
 シャムスは周りに視線を動かす。いつの間にか囲まれてしまっていた。
 口から腐敗臭のする息を吐きだして、ゾンビーストがじわじわと迫る。
「大丈夫です! こういった時はこの前みたいに機転を利かせて狼さんに『お手』を――」
「あれのどこが機転なんだよ!」
 三月は以前、柚がモンスター相手に『お手』とか言い出してその場をなんとかしようとした時を思い出した。
 まあ、あの時はまだどうかは知らないが、今度は不死の獣たちだ。そんもんが通じるわけがない。
「あ、そうです三月ちゃん!」
 すると突然、柚の顔が真剣そうにキリッと結ばれた。
「……?」
「狼といえば、この中に三月ちゃんの知り合いはいないですか?」
「モンスターに知り合いは居ない!」
 うがーっと柚に向かって叫ぶ三月。
 確かに彼は狼の獣人だが、あいにくとゾンビーストに知り合いはいないし、居て欲しくなかった。
(賑やかだな)
 二人のやりとりを横目で見て、思わずシャムスは苦笑をこぼす。
「もう、なにやっとるんや。領主さんに杜守さんたち。漫才しとる場合やないんやで?」
「こっちだって好きでやってるわけじゃないやい!」
 そこにやってきたロランアルトがゾンビーストを蹴散らして、三月は涙目になりながら返答した。
「まったく、騒がしいな」
「シェスティンさん」
 同時に、シェスティン・ベルン(しぇすてぃん・べるん)が取り囲むゾンビーストを斬り捨てて駆け寄る。
 真面目そうな表情でいっさいの妥協を許さないといった様子のシェスティンは、瞬く間に敵を斬りたおしていった。
「そう言わんときや、シェスティンさん。気張ってばっかりでもしゃあないで。戦いもリラックスが重要。領主さんはそれを分かってるってことやんな?」
「……あ、ああ、まあな」
「個性豊かな仲間たちを纏めるのも“親分”の仕事や。親分は大変やな〜」
 ロランアルトは自分のことを示して愉快げに笑う。
(親分だ? はっ……)
 そんな親分を名乗る若者を見て、シェスティンの心証はあまり良くなかった。
「おい、何をぐずぐずしている。さっさといくぞ“親分”」
「く〜〜〜〜っ!」
 にやりと顔を緩めてシェティンが呼ぶと、ロランアルトは嬉しそうな顔でぎゅっと喜びを噛み締めた。
 思わずシェスティンの顔が唖然とする。
「任せとき! “親分”に頼んだら一安心ってとこ、見せてやるで!」
 気合いを入れ直して身構えると、ロランアルトは敵陣へ向かって突撃する。
「皮肉のつもりで言ったのだがな……もしやこいつは阿保か?」
 ロランアルトの背中を見ながら、シェスティンは呆れた表情でぼそりと呟いた。
「親分には皮肉とか通じないもんね〜。スーパースルースキル持ってるから」
 彼女の呟きを聞いていたのか、後ろから歩いてきて並んだ桜が、ニヤリと得そうな笑みを浮かべた。
 そこにシャムスも遅れて並ぶ。
「まあ、だからこそこれまで生きてこれたとも言えるがな」
「あ、シャムス分かってるぅ! 親分はそれが良いところなんだよね!」
 彼女たちは苦笑とも誇り高い笑みとも知れぬ顔つきになって、奮闘するロランアルトの背中を見る。
「よーし、僕らも負けてられない! 行こう、シャムス!」
「おう」
 二人がロランアルトに続いて戦いへと舞い戻ったのを見ながら、シェスティンはもやもやした複雑な感情を抱えていた。
(……よく分からん)
 心の中にあるものはその一言に尽きる。
(……まあいいさ。私は目の前の敵を斬るまでだ)
 シェスティンは自分の心にかかっている霧を振り払うように頭を振って、キッと前を見た。
 自分には彼女たちの言うことがよく分からない。ただ、知らずのうちに剣を握るその手に活力が漲っているような気がした。
 魔力を込めると、その剣――光刃宝具〈深紅の断罪〉が真紅に輝く光の刃を生み出す。大剣ほどの巨大な刃を肩の高さに構え、シェスティンはアンデットたちへと突貫していった。
 そのうち、戦いは劣勢を極めるようになる。
 ゾンビーストの耐久力はすさまじいものであったし、契約者たちの魔法や武器にもやはり限界があるからだ。
(ったく、桜やロランが心配でついてきたけど、これじゃああたしまでやられちゃうじゃない!)
 桜のパートナーであるジェミニ・レナード(じぇみに・れなーど)は、使い古されたシングルアクショアーミーで敵を撃ち抜きながらそう自分を叱咤する。動き回るうちに足をとられたせいだろう。
 眼前に、ゾンビーストの獰猛な爪が迫った。
 しかしそのとき――彼女の前に人影が飛び出す。
「悪いけど……やらせないよッ!」
「雫澄っ!?」
 敵の振るった爪を構えた刀で受け止めたのは、契約者仲間の高峰 雫澄(たかみね・なすみ)だった。
 機械仕掛けの特殊な武器が、ガシャッと音を立ててゾンビーストの爪をはじき返し、返す刀でその身を断ち切る。それから、彼は安堵を混ぜた息をついた。
「もう……いつも君は無茶するんだから。一人で何でもかんでも背負いすぎは良くないよ」
「そ、そんなこと言ったって仕方ないじゃない。やらなきゃこっちがやられるんだから」
 勢いに押されて床に両膝をついていたジェミニが、少し口を尖らせる。
「だから、言ってるでしょ」
 雫澄は再び襲いかかってくるゾンビーストを倒して、彼女に振り返った。
「君は僕が守るって」
「〜〜〜〜!」
「何があっても、絶対に守り抜く。――やらせはしないよ!」
 なんとも恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく言う男だ。
 ジェミニは思わず顔を真っ赤にしてわちゃわちゃとなった。何をしているのかとそれを怪訝そうに見て、雫澄はジェミニの近くにいる敵を一掃していく。覚悟を決めている男の刃は、次々と敵を討ち倒していった。
「はぁ−、あっついあっつい」
「なんかもう、あそこだけ絵本の世界やんなぁ」
 そんな二人のやりとりを見てから、周りの契約者たち――桜とロランアルトが顔を手でパタパタとあおぐ。
 仲むつまじいと言えばそうだが、明らかに甘い空間になっている。羨ましいと思う者、爆発しろと腹立たしく見る者、興味ない者。仲間たちの反応もそれぞれだった。
「な、なあ幸村……俺たちもその……あんな風に……」
「氷藍殿、来ますよ! 背後に回ってくだされ!」
「…………」
「あ、あの、どうしてそこで睨まれるのですか……」
 氷藍と背中越しに戦う幸村は、明らかに睨まれている気配を感じて苦笑する。
「知るか!」
 ぷいっと顔を背けた氷藍の怒りは、ゾンビーストたちに向かって爆発した。