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シルバーソーン(第2回/全2回)

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第4章 アバドン=エンヘドゥ 2

 そんなベディヴィアたちの戦う空間で、六黒と刃を交える契約者の男がいる。
「……貴様も、生者を守ろうとする契約者か」
「戦友を放っておくわけにはいかないのでな」
 その男――氷室 カイ(ひむろ・かい)は、ぶつかり合っていた刃を押し返してお互いに距離を取った。
 黒い髪に紅い瞳。どこか悪鬼を彷彿ともさせる禍々しい瞳だが、その中には温かい色が浮かんでいる。戦いの殺気がすさまじいものだけに、六黒には男のそれが不思議でならなかった。
「それだけの力があって、なぜ生者の味方をする? 破壊と混沌こそが、力ものの定めだとは思わぬのか?」
「もとより、俺は戦うことしか知らん。そう考えれば……少しはお前たちとは似ているのかもしれんな」
 カイは静かに答えた。
 その身に纏う魔鎧のルナ・シュヴァルツ(るな・しゅう゛ぁるつ)がわずかに動揺したように感じる。
「ならば――」
「だが俺は、誰かを守るために生きている。誰かを守るためにこそ、刃を振るう」
 カイは六黒の言葉を遮るようにして言い放った。
「それが……俺の生きる証だ」
 その瞳は揺るぎない。
 それを六黒も理解したのであろうか。修羅の男はしばらく黙っていたが、やがて無言で再び剣を振り上げるだけだった。
(さすがです、主殿)
 魔鎧となった中でルナは、心の中で静かにそうつぶやく。
(主殿の道は我の道。主殿が人を守るために刃を振るなら、我は主を守るために戦おう。それが……我の見出した戦う意味だ)
 ルナの声に呼応するように、カイの鎧が強度を増したような気がした。
 思わずカイも静かに笑みを浮かべる。
 彼らの刃は、幾度となくその音を鳴らした。



 複雑な混戦が続いていた。
 当初はアバドンに向かって大勢で責め立てた契約者たちだったが、アバドンが自らを守る守護者としてアンデットたちを呼び出したのだ。その数は契約者たちとほど同等であったが、最悪なのは壺の魔力によってその数が減らないことだ。討ち倒しても討ち倒してもどんどん蘇ってくる。
「これじゃあ、きりがないわよ!」
「エンヘドゥの意識を取り戻さないことにはな……」
 可愛げのある顔ながらきつい表情を結ぶルカルカ・ルー(るかるか・るー)と、険しい顔つきのパートナー、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が互いに言い合った。
 ルカとダリルはその背後のシャムスとそれに従う南カナンの騎士団〈漆黒の翼〉を率いる団長のアムドを置いている。部隊のリーダーでありながら要人でもあるシャムスを守るのは当然で、アムドは彼女の傍に付き従って最も近い位置で護衛をしている騎士だった。
「アムド……どうにか出来ないかな?」
「魔の力を取り除くには光が必要だ」
「光?」
 剣の花嫁であるダリルの力を受けて手にした光条兵器の剣を片手に、ルカは敵を斬り裂きながら尋ねる。アムドも、包囲網をくぐって接近してきたアンデットを大剣で斬り伏せ、応じた。
「ああ、つまり……聖なる力でエンヘドゥ様の意識に呼びかけるしかない」
「聖なる力……」
「ルカ、見てみろ、朱里が……!」
 その時、部屋のの上空を飛んでいたカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)がルカに呼びかけた。
 彼の視線を見てみると、そこにいたのは契約者である人間の娘と花妖精の少女だった。
 人間の娘は、仲間たちに守られながら歌っている。一つ一つ音階を確実に踏む澄んだ歌声は、戦いの空間に染みこむように広がっていった。優しくハッキリとした声音が、温かな歌を紡いでいる。
 そしてその娘の頭に乗って、手のひらサイズのわずかな身長しかない花妖精の少女は、ギターを片手に同じく歌を歌っていた。ギターの音色が静かに奏でられ、歌を乗せている。

 乾いた雨を止め 取り戻した大地
 闇に住む人々 取り合えた手と手

 戦いの後 共に 願い込め 歌えた

 思い出して 喜びを
 取り戻して 強さを
 忘れないで 決して
 見守ってる 人達を

 手を取って羽ばたく 片翼の強さ
 包み込み支える 片翼の優しさ

 大好きな人達に 囲まれて
 これからも 紡いでゆく幸せの歌


 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)ペト・ペト(ぺと・ぺと)
 小さき者と大きい者の大小の歌姫の力強く繊細な歌声は、戦う者たちに活力さえも与えていた。
「今のうちだ」
「アイン……!」
 歌姫に目を奪われていたルカたちに声をかけたのは、アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)
 朱里のパートナーである冷静沈着な男性型機晶姫は、アバドン=エンヘドゥのほうへと視線を向けた。
「歌が効くかどうかは分からないが、少なくともエンヘドゥは歌が好きだったという」
 アバドンは、歌を聴いたことで少なからずひるんだ様子を見せていた。眉根を寄せて苦しそうな表情を浮かべ、ギリ……と歯がみしている。憤怒が表に出ているのがハッキリとわかった。
「今のうちに、エンヘドゥの意識に呼びかけるんだ」
「くっ……この、こしゃくなぁ!」
 アインが皆に呼びかけたのを目ざとく見つけ、アバドンは闇の魔法を放った。
 まるでそれ自体が意思ある生物のように動いた闇の膜が、朱里とペトへと迫る。
「おっと」
 しかし、それを防いだのは悪童の顔つきでアバドンを見据える元聖職者だった。
 名はアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)。ペトのパートナーであるその契約者は、体のあちこちには刺青を入れて、顎には軽く髭を蓄えているという、かつては教会にいたとは思えぬ風体だ。どこか廃れた雰囲気を持ち合わせているが、それが逆に彼にとっては心地好いもののように見えた。
 アキュートは丸眼鏡の奥からアバドンを睨みつける。その口元がにやりと笑みを作った。
「小さな相棒が体張って頑張ってんだ。お前のきたねぇ指一本だって、通す訳にはいかねえんだよ」
「…………」
「あ、えーと、エンヘドゥの指は汚くねえがな」
 どこぞの領主からの視線を感じて言い直す。
「と、とにかく――お前にはこれ以上好きにはさせないぜ」
「そうよ、アバドン。私には必ず切り開ける道があることを、証明してみせるわ」
「フン――」
 ルカが告げた言葉をアバドンは軽く笑い飛ばす。
 だが、そこには、隠しようのないわずかな焦りが見え隠れしていた。