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海の都で逢いましょう

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海の都で逢いましょう
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●ビーチでビッグなBBQ!(2)

 ちょっと覗かせてもらおうかしら、と思って……と言うイーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)に、ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)はむくれて見せた。
「なにが『ちょっと』よ、しっかり時間通り来てるじゃない」
 そうだったっけ、とイーリャはとぼけて見せたが、事実はシヴァの指摘した通りだった。時間ぴったり、いやむしろ早いくらいに来場していたのである。ジヴァのことが気になるからだった。
 けれどそのあたりの事情は表に出さぬよう努めて、イーリャは何気なくパートナーに問う。
「ジヴァ、最近電話に出ないことが多いけど……どうしてるのかなぁ、って思ってるんだけど」
「そう、そのことだけど」
 ジヴァはラピスラズリ色の目を三角にした。
「部屋が別になってから毎日毎日携帯にかけてきて……いい加減にしてよね! そんなに毎日話すことないんだから!」
「でもほら、気になるじゃない? ジヴァがちゃんと日常のことを一人でできているかどうか……? 怪我してない? ちゃんと偏りなく食べてる? 最近、連絡もないからちょっと心配してたのよ……!?」
「うーるーさーいっ! それくらいちゃんとできてるわよ!!」
 ここでいう『ちゃんと』とは『最低限ギリギリ』という意味であり、別居以来彼女の部屋は荒れ放題の魔窟化しつつある――という事情は口にせず、ジヴァは腰に両手を当てて声を上げたのだ。
「あんたが一番独立できてないでしょうが、この劣等種!!」
 ここまで言ってしまってから、しまった、というようにジヴァは口を閉ざした。
 少し、遅かったかもしれない。
「……ぁ、うん……ごめんなさい……ちょっと、感情的になり過ぎよね……。うん、私がいるとあんまり騒げなさそうだし、ちょっと早いけど席外すわね……」
 力なく笑うと、イーリャは眼鏡をかけ直して会釈した。『うん』と自分で自分を納得させるように繰り返しているところがイーリャらしいと言えばらしい。すると、
「待ちなさいよ」
 言葉を噛まないよう気をつけながら、ジヴァはイーリャの袖をつかんだのである。
「せっかく来たんだからちゃんと食べていったら? 食べ物が余ったらもったいないじゃない」
「それは……」
「もったいないの! いいから食べていきなさい!」
「え、でも、あんまり大人がいるとうざったいって思うかもしれないし……」
「あたしがいいと言ったらいいの!」
 と発言を封じて、ジヴァはバーベキューグリルの上の肉や野菜、キノコなどをかなりいい加減に皿に取ってイーリャに押しつけた。
「っとに、母親ぶって大人面するくせに一番自分が子どもなんだから……」
 などとブツブツ呟いているが、それを見てイーリャはふっと頬を緩ませたのである。
「あぁ、そういえばあなた、新入生よね? たしか、遠藤さん?」
「あ、はい」
 イーリャが呼びかけたのは赤いフレームの眼鏡をかけた少女である。彼女は天学の新入生、遠藤 寿子(えんどう・ひさこ)だ。
「ふぅん、魔法少女の子が入ったって聞いてたけど」
 ジヴァも興味を持ったようで、十五センチある身長差を埋めるべく屈み、いささか不躾に寿子を検分した。
「魔法少女……だけど、ロボットも大好きだから」
「だから天学に来たというわけね? それで、たしかパートナーは自称未来人っていう話だったかしら?」
 それを聞いてジヴァは鼻白んだ。
「あー、そうか、自称未来人か……あんたたちのところも大変そうよね。ベクトルは違うけど……嫌なことはちゃんとイヤっていうのよ。未来人とかいう連中って本当に押しが強いんだから」
「えっと、でも、大丈夫だと、思う。アイリちゃん……私のパートナーって、頼りになるし」
「だったらいいけど……」
 と言いながらジヴァはなぜかまたむくれているのだった。どうやら別の未来人、『イーリャの娘』と自称するある少女のこと、とりわけ彼女がもたらした不吉な予言を思い出しているらしかった。
 けれどそんなジヴァの苛立ちを、イーリャの言葉が溶かすのである。
「それはそうと寿子さん、ジヴァ、そろそろここのバーベキューもいい焼き具合よ」
 今は怒っているより、食べているほうがいいではないか。

 会場のあちこちで交流が行われていた。
「海京なんて滅多に来ることないし、足を運んで正解だったかな」
 成分的には同じかもしれないが、シャンバラで受ける潮風と地球でのそれとでは、なんだか匂いが違うように匿名 某(とくな・なにがし)は感じた。
「な? 来て良かっただろ?」
 大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が某の肩を組むようにして言った。今回、交流会への参加を熱望したのは康之だったのだ。
「まあな」
 某は言いながら、そっと結崎 綾耶(ゆうざき・あや)の様子を窺っていた。……どうやら今日は、体の具合は悪くないようだ。そういえば綾耶が、水着姿でいるのを見るのはかなり久々かもしれない。水着そのものには見覚えがあった。ビキニでピンクのチェック柄の可愛らしいデザインのものだ。だが肉体の変革による影響がこたえているのか、某の記憶にある綾耶の姿よりいくらか痩せ、肌の白さが増したように思えた。
 その綾耶は今、蒼空学園の後輩となる夏來香菜、それにキロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)と談笑している。
「夏來ちゃん、可愛い水着ですよね。キロス君が選んだんですか?」
入口の『ドレスコード』の立て看板に従い、夏來もレンタルした水着に着替えていた。彼女の真面目さを象徴するようなスポーティでソツのない黒いワンピースだ。といっても襟元、胸元の赤いラインが、乙女心を主張しているようでもある。
「え? いえ、自分で選びました」
 そこは力強く答える香菜である。ちぇー、とキロスが舌を出した。
「オレに選ばせればいいのによ。ギンギンに派手でセクシーなのを見繕ってやったのに」
「だからあなたの意見は訊かなかったの!」
 軽くいなしているというより、半分以上本気の声で香菜は即答した。
「そらどうも、あいかわらずお堅いこって……」
 一方でキロスはさして気にしていない様子だ。『そらどうも』という言葉は自分のためにあるとでも言わんばかりである。
 このやりとりを見て、思わず某は感慨を洩らした。
「それにしてもつくづく正反対な二人だな……それで上手くやっていけてるのか」
 すると真面目型の綾耶はますます真面目をこじらせたような表情で答えた。
「いえ。上手くやっているわけではありません。彼がこれ以上騒乱を世に広めないよう、私が見張っているんです!」
「おいおいおいヒデー言い方だな。康之もそう思うだろう? なあ?」
 キロスは康之と相通じるものがあるようで、彼と肩を組んで白い歯を見せた。康之も調子を合わせる。
「だよなぁ、まさしく委員長体質だな! ときにはハメを外すことも必要だぜいいんちょ!」
「ときには、ではなく、気を許すとすぐにハメを外すんですこの人は」
「まあ小さいことは言いっこなしだ! 男なら目的はでっかく! 女がこちゃこちゃ言うと男はダメになるぜ!」
「こちゃこちゃなんてこと、ないです!」
 香菜の眼がぴーんと吊り上がっていた。
 不安的中か――参ったな、と某は頭に手を当てた。無難に交流したかっただけに、豪放ストレートな康之と委員長キャラの香菜、いわば水と油のような二人を引き合わせるのには不安があった。康之が嫌うことはないだろうが、夏來が嫌う可能性は大いにある。せっかくのイベントが楽しめずに終わるからそれだけは避けたい……と思っていたのだが。
「ああもう康之それくらいに……」
 気まずいではあるが二人の間に割って入ろうとする某だったがそれを、「任せて下さい」とでも言うかのように無言で綾耶が止めた。
 そして某に代わって、彼女が康之、そしてキロスに告げたのである。
「学園生活を楽しむのはいいけど、あんまり皆に迷惑かけたらだめですよ? 他人に迷惑かけてるのは男として『でっかく』ではないと思うんです」
 ふんわりと笑顔を見せつつ、きっちり釘を刺しておく――これは香菜にはまだできない芸当であろう。たちまちこれで場は和んだ。
「まあ、それはそうだな」
 康之も引き下がり、今度はキロスにアドバイスする。
「ところでキロス、学園のトップになるって言ってたよな。それを叶えるために必要なことを教えてやる」
「いいねぇ、聞いとくぜ」
「答えは力! ただの力じゃねえ。『皆とダチになる力』だ! こいつは単純な腕っ節よりもずっと重要だぜ? 武力は完全にいらねぇとは言わん。けど力なんて一番笑顔にしたい子を守れるだけあればいいんだ!」
「覚えとく」
 これまた相通じるものがあったらしく、キロスはニヤリとした
「おいそこの男ども、ヤンキーの青春トークみたいなことを恥ずかしげもなく語り合うでない」
 ずん、と進み出たのはフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)だ。どけ、とフェイは冷たく二人を押しのけて、香菜にぴたりと身を寄せた。
「……それはさておき、夏來。結 わ な い か ?」
「え、あの……どういうことです?」
 男を見るときとは体感温度が摂氏にして20から30度は違いそうな暖かく優しい眼差しで、フェイはするりと香菜の髪に指を通した。
「思った通り、良い髪質をしている。せっかくの海。もっと開放的になるべきだと思わんか? そうだそうしようぜひするべき。心配するな。私が丁寧に結う。できれば結った髪の先端をにぎにぎさせてくれると嬉しいが」
 加速度的にフェイの口調は熱っぽくなっていく、が……、
「だが暴れん坊ロンゲ。貴様は丸刈りだ。見てて鬱陶しい」
 くるりと振り向いてキロスに告げる彼女の言葉は再び氷点下だ。
「なんだテメェ、さっきから黙って聞いてれば……」
「私よりチビが騒ぐな」
 氷柱でブン殴るようにフェイは言い放った。
「チビって、おい、ほとんど身長同じだろうが!」
 ちなみに二人とも185cm超の長身だ。
「データによれば私のほうが1cm高い。たとえ1cmだろうとチビはチビ! 悔しければこの場で2cm伸びてみるんだな!」
「なんて無茶言う女だ……なんだこいつ……」
「それができんなら私が上。貴様は下だ! それ以前に学校にいる期間を考えても私は先輩! チビで後輩の貴様にそもそも反論する権利なんてないと知れ!」
「こ、こらフェイ、いくら何でも言いすぎだ」
「某に至っては20cmも下だ! カルシウム摂取して出直してこい!」
「あの!」
 しゃきっと香菜が手を上げた。
「髪、結ってくれていいので、この話はここまでにしませんか」
「うむ。良い」
 というわけで、あとはフェイは黙って……いや、言葉はないものの鼻歌を歌いながら香菜の髪を結い、キロスと康之はまた会話に戻った。
 某は心から安堵した。なんだかこのところ、苦労体質になっているような気がしないでもなかった。
 ――なぜだろう? 日頃の行いのせい?