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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
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リアクション

  
 第2章

「あ、ファーシーちゃん! アクアちゃん!」
 レストゥーアトロに着くと、木陰でラス・リージュン(らす・りーじゅん)と一緒にいたピノが、彼女達の方へ駆け寄ってきた。紺地に大きな向日葵柄の浴衣を着ていて、いつものハートの髪留めも向日葵に変わっていた。ピノは歩いてくる皆に明るく挨拶する。
「望ちゃん達や舞ちゃん達も一緒なんだね、よろしくね!」
「ピノ、あんまり走るなよ。下駄なんて歩きにくいもん履いてんだから……」
「あのね、今、広場で山車を作ってるんだよ! 皆で見に行こうよ!」
 渋々と日陰から出てきたラスの言葉をガン無視して、彼女は公園の奥の方に腕を伸ばした。相当大きな物を作っているのか、ここからでもその屋根の一部が見えている。
「そうね、朱里さん達がそろそろ来るはずだし……。確か、子供用の山車も出てるのよね」
「では、行ってみましょうか」
 アクアもそちらを見て歩き出し、皆も彼女に続いて広場に向かった。

 造りかけの山車の周りには、家族連れが多く集まっていた。運営側から用意された木製の装飾や色とりどりの電飾を、協力しながらデコレーションしている。
「いやっふうううううう! 祭りだぜー! おっ!」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)、友人のエルモ・チェスナット(えるも・ちぇすなっと)と魂祭に来た黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)は、子供用の山車に目を輝かせた。
「山車があるじゃねーか、早速引くぜー!」
「えっ?」
 隣にいたエルモは、驚いたように健勇と山車を見返す。未来から来た彼は、こういう日本風の祭に参加するのは初めてだ。屋台や祭の雰囲気を、のんびりと楽しんでいたのだが。
「本気で重そうなあれ引くの?」
「他にもいるから大丈夫だって! 2人で引くんじゃねーんだからさ!」
 そこには、彼等と同じくらいの歳の子供達が集まっていた。お喋りをしながら梶棒を肩に担ぎ、今にも出発しそうである。
「ま、俺のパワーなら大人用でも全然オッケーだけどな! エルモもいるから子供用にしてやるぜー!」
 健勇はエルモを連れて山車へと駆けて行く。大人用だと身長が届かないだけなのだが、それな秘密である。

「うわあ、すごい元気な子ね! ユノちゃんは一緒じゃないの?」
 ファーシーは朱里達と健勇達を見送る。朱里とアインが連れているのはこの2人だけで、バレンタインに連れていた子供は見当たらない。
「打ち上げ花火の大きい音に驚くといけないし、念のため保育所に預けてきたの」
「大きい音? そっか……それもそうね」
 朱里の言う事はもっともで、ファーシーは乳母車の中の子供に目を移した。今はいいが、夜になったら誰かに預けた方がいいかもしれない。
(コネタントさん、花火が苦手でお祭には来ないって言ってたわよね……)
 蒼空学園の職員であるコネタント・ピーの顔を思い浮かべる。預かってもらえるなら安心なのだけれど。
「ファーシーも浴衣着てきたのね。ヒラニプラから戻ってそんなに経ってないけど、体調は大丈夫? 帯の締め付けとか」
「調子は悪くないわよ。朱里さんの浴衣も綺麗ね!」
「ありがとう。似合うかな?」
「ああ、とてもよく似合っている」
 紺地に朝顔柄の浴衣を着た朱里に、アインは目を細めた。そして、ファーシーにも笑顔を向ける。
「ファーシーも元気そうで何よりだ」
「うん、わたし、まだ病気になったことないのよ。……あ、出発するみたい」
 彼女の目線を追うと、健勇とエルモの参加した山車が広場を出て行く。
「僕が付き添おう。朱里達はゆっくり話を楽しんでくれ」
 アインは足を速め、小さな山車に追いついた。隣に並ぶと、エルモはまだ不安そうな表情をしていた。
「体力ないボクでもできるかなあ……」
「皆で引くものだし大丈夫だ。疲れたら僕が補助するから」
「ありがとうございます!」
 エルモに少し笑顔が戻る。揃いの掛け声を上げながら通りを出ると、道の脇にかき氷や焼きそば、お好み焼きに広島焼等の屋台が等間隔に並んでいた。鉄板の前を通ると、夏の空気と混じった熱気が感じられる。
 そんな光景の中を、アインは危険が無いかと注意しながら通り過ぎる。
(今日は警備の仕事ではなく家族のレジャーで来たようなものだが、ついつい周囲の安全に気を配ってしまうのは性分というものか)
「やってみるとけっこう楽しいですね! 健勇くんやアインさんには敵わないけど……」
 リズムよく順調に進むことで自信が出たのか、エルモも気分を持ち直したようだ。だが、祭の雰囲気に惹かれたのだろうか、アンデッドやゴーストの類が徐々に山車に集まってきていた。進行方向に特に数が多い気がしたが、特に邪悪な印象は感じられない。
「あれ? さっきから周りに何か透き通った人影とか、何か動きがとろくて臭い人とかがいるような……?」
 エルモも、生者ではないそれらに気がついたようだ。
「ああ、アンデッドのようだな」
「ええええええええ!? アンデッドだって!? どうしよう!?」
 まさかの事態に、エルモは慌てた。焦ったためか山車のバランスが一部崩れ、それをアインが支える。一方、健勇は特に怖がっても慌ててもいなかった。
「こまけえことは気にすんなよ。盆ってのは年に一度先祖の霊をお迎えするもんなんだから、幽霊ぐらい出るだろ」
 そして、エネルギー溢れる笑顔で力強く梶棒を担ぎ直す。
「暗い顔してたら負けちまうぜ? こういうのは楽しんだもん勝ちなんだよ!」
「……そうだな。一緒に祭を楽しむうちに、彼等も成仏してくれるかもしれない」
 人に仇成そうとするならばバニッシュで祓うところだが、ただ祭を楽しみたいだけの無害なものならばそれほど心配はないだろう。
 彼等もきっと、成仏したくてこの魂祭を訪れたのだ。

(うん、アインもいることだし、心配はいらないかな)
 ゴーストに囲まれている山車を、その中にいる子供達を見て、朱里は思う。出てきた時は少し緊張したが、襲われたりはしなさそうだ。ファーシーも、それを感じ取ったらしい。
「いっぱい集まってるわねー。皆、何だか涼しそう。ちょっと追いついてみる?」
「え? あはは……それはやめとこうか」
 出産を終えたばかりだし、あの中に混じるのはあまり体に良いとは思えない。朱里はやんわりとそれを止めた。
「暑くなってきたなら、飲み物でも買おう。ほら、あそこに売ってるわ」
 行く先の屋台で、氷たっぷりの冷水に浸された缶飲料を売っていた。彼女達はそこへ行って、束の間の冷たさを楽しんだ。
「ねえおにいちゃん」
 その中で、携帯電話を耳に当てていたピノがラスの袖を引っ張った。
「? 何だ?」
「シーラさんから電話があったよ! 皆でお祭りまわらないかって!」

 山車は、ゆっくりと園内を一周する。広場へと戻ると、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)志位 大地(しい・だいち)が連れ添い、パートナー達と一緒にファーシー達を待っていた。
「ピノちゃん!」
「こっちですよ〜」
 薄青 諒(うすあお・まこと)がいち早く気付いて走ってきて、シーラ・カンス(しーら・かんす)も彼女達にデジカメを向ける。2人の声に反応して、大地を見上げて話をしていたティエリーティアも方向転換して駆けてくる。
「わーい、ファーシーさんー」
 グラデーションが鮮やかな浴衣を着ていた。足元から襟元へと、紫から淡い、オレンジ系のピンクへと色合いが変わっていく。赤紫色の帯には白レースのリボン飾りがついていて、それがとても似合っている。
「だいちさんとー、ひさびさにー、でーとですよー♪」
 瞳をきらきらと輝かせて言うティエリーティアは、本当に嬉しそうだ。だが、途中でひざがかっくん、となる。普通に走ろうとして、思ったより広がらない裾にバランスを崩したらしい。受身を取ろうとするも間に合わず、転ぶ。
「わっ、わわっ!」
「「ティ、ティエルさん!」」
「ティティ!」
 驚くファーシーの前で、大地とスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)がティエリーティアに駆け寄る。久しぶりのデートに喜んでいたのは大地も同じで、先程までは彼も穏やかで幸せそうな笑みを浮かべていた。だが、今は慌てに慌てた様子で恋人を気遣っている。
「だ、大丈夫ですかティエルさん、け、ケガはありませんか?」
「い、いたいです〜。ちょっとすりむいちゃいましたけど……」
「擦りむいたですって!? ど、どこですか!?」
 その言葉に、スヴェンも大慌てな声を出した。ティエリーティアが転ぶまではじー、と、2人にジト目を向けていた彼であるが、うらめしげにしている場合ではない。
「うー、ここと、ここですー……」
「こことここですね! 大丈夫ですよすぐにヒールをかけますから!」
 スヴェンは傷を確認すると、早速ヒールをかけはじめた。それを見て、大地がほっとした表情になる。
「良かった。これで安心して歩けますね。どうしようかと……」
「おや? 大地さんはヒールも持っていないんですか? ティティがいつ転んでも大丈夫なように、最低限この位は装備しておかないと……」
 してやったり、というような顔で振り向くスヴェンに、大地は「う」と言葉を詰まらせる。それについては、ぐうの音も出ない。
「大地さん、今日は声を掛けてくれてありがとう!」
 彼等2人の様子を「えっと……」と困ったように見守っていたファーシーは、改めて、と大地に声を掛けた。ティエリーティアを大事に思っているスヴェンと大地のこんな遣り取りは、この先もずっと続くんだろうな、という気がする。そしてそれは、きっと、一つの幸せの形なのだろう。
「いえいえ。今日は夫婦……じゃなかった、親子水入らずじゃなくてよかったんですか?」
「え? ……いいのよ! わたし、皆と会いたかったし」
「お前こそ、ティエルとふたりきりじゃなくてよかったのかー?」
 からかうようにフリードリヒが続け、それには、大地は余裕を持って言葉を返す。
「ええ。俺も、みなさんと楽しく過ごしたかったですから。あ、そうだファーシーさん」
 何かを思い出したように、彼は鞄から封筒を取り出した。フリードリヒに渡そうかと迷ったが、結局、ファーシーに差し出す。
「少しばかりですが、出産祝いです」
「出産祝い? ……なあに?」
 きょとんとし、ファーシーは封筒に指を掛ける。薄くって、でも少しだけ厚みがあって。
 受け取る直前で、彼女は気付いた。
「おかね!? う、受け取れないわよこんなの!」
「何か買おうとも思ったんですが、好きな物を買えたほうがいいかなと思いまして。これで買った物を俺からの祝いということにしてください」
「で、でも……」
 物だと誰かとかぶったときに困るが、現金なら無難だ。大地はそう思ったのだが、ファーシーはまだ当惑しているようだ。
(これは、困らせてしまったかもしれませんね……)
 祝いの時に“包む”のは、日本ではそう珍しい事でもない。というよりも、むしろ礼儀だ。だが、彼女はそういった事も知らないのだろう。苦笑して人差し指で頬を掻いて助けを求めるようにラスを見ると、彼は溜息と共に近付いてきた。
「そんなに多く包んだのか?」
「……いえ、本当に気持ち程度ですよ」
 指でこっそりと数字を示すと、また溜息が返ってくる。
「……貰っとけば。気になるならこの祭りで遣えよ。残りは俺が今月の寮代にするから」
「! ええーーーー!? いやよ! これはわたし達にってくれたのよ!」
 ばっ、と、ファーシーは勢い良く封筒を取った。やっとふんぎりがついたらしい。
(面倒くせー女だな……)
 とはいえ、他人の事は言えないか、とラスは思う。金額の桁が違うとはいえ、自分もかつて、現金を差し出されて躊躇したことがある。
 ――しかし。
(出産祝い、ねえ……)
 乳母車の中の子供に目を落とす。誰かの庇護者となり大人となれば、こういった機会は増えるだろう。これも、一つの変化なのだ。大人の世界へと踏み出した、彼女の――