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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
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リアクション

 雨雲は、10分程で通り過ぎていった。次第に晴れてくる中、街路樹からはしとしとと水滴が落ち続けている。短時間だったからか大きな混乱は起きなかったようだ。それとも、誰かが雨対策の魔法でも使ったか。
「夜ともなれば、少しは涼しいな。人口密度が過密な所為で暑いといえば暑いが、日が差していないだけに大分良い」
 ――それに、雨が暑気払いをしてくれたこともあるだろう。
 風羽 斐(かざはね・あやる)は、祭りの締めは花火だろう、という翠門 静玖(みかな・しずひさ)朱桜 雨泉(すおう・めい)に連れられて花火会場へと向かっていた。雨泉も、頬を撫でる空気の温度をしみじみと感じる。彼女はお祭りらしく、綺麗な、紫がかった青色の浴衣を着ている。
「残暑もそろそろ終わる頃でしょうか」
「それでも暑いっつーの」
 前を行く静玖がうんざり気味の声を出す。斐はそんな息子と娘に、いや主に息子に対して話しかける。
「ところで、お前さんたち、夏祭りで色々買い過ぎたんではないのかね……?」
「あ? そうか?」
「確かに、お兄様、食べてましたよね……」
「かき氷、ラムネ、チョコバナナ、りんご飴……その他諸々」
「……出店の食い物は、粗方食いたくなるじゃねぇか」
 思い出した順に斐が指折り数えて示してみせると、静玖はばつが悪そうな声を出した。だが、1番浪費したのは射的だった。静玖の射撃の腕は中々のものだ。その腕で、雨泉の欲しいものを次々と落としていった。
 代わりの景品が重たさが、少し辛い。しかし、親の心子知らずとはよく言ったもので静玖はどこか得意げだ。
「射撃上手いだろ。俺はやりたかっただけで景品なんてどうでも良かったからな、ほしいって言ったモン落とした方が、雨泉が喜ぶだろ」
「あ、あれはお兄様が私が指差した景品を次々落として下さるので、もっと見たいと思いまして、つい……ごめんなさい。お金、とても使ってしまいましたよね……」
「……ああ、額もそれなりになって……流石に、財布が軽くなったな……」
 雨泉は申し訳なさそうに俯いて、上目遣いで斐を伺う。彼は、どこか遠い目をしていた。
「……金は別に俺たちが稼いだ分もあるんだから良いだろ」
「確かにお前さんたちが稼いだ分もあるがなぁ……これはやはり買い過ぎだと思うぞ。まあ、お前さんたちが楽しいならそれが一番良いのだがね……。それを間近で見れたからな……。俺もそれなりに楽しいさ」
 何だかんだと言いつつ、斐は穏やかな笑みを浮かべていた。静玖が時計を確認すると、時刻は午後7時に迫っていた。そろそろ、一発目の花火が上がる時間だ。
「ほら、花火もうすぐ始まるぞ。急げよ」
「あ、そうですね。早く行かないと、動きながら見なきゃいけなくなってしまいます……!」
 静玖に促され、雨泉も慌てて足を速める。だが、すぐに足が痛くなってしゃがみこんだ。
「いたた、鼻緒が……」
 長時間履いていた為だろう、下駄の鼻緒が食い込み、指の間が赤くなっている。
「雨泉?」
 後を追ってこない雨泉に気付き、斐が立ち止まり振り返った。
「どうしたんだ。ああ……鼻緒が痛いのか」
「浴衣は動きにくいからな。ほら、おぶってやるから」
 次いで立ち止まった静玖が戻り、膝を折って雨泉の前で背を示す。雨泉はそれに、首を振った。
「お兄様、有難う御座います。でも……お父様が良い……です……」
「……え? お、俺がするのか?」
 まさかの指名に、斐は目を白黒させた。
「……オッサンにやらせるのかよ」
 静玖も驚いたが、本人が希望する以上固持することもない。斐に近付き、雨泉には聞こえないように小声で囁く。
「ヤバくなったら言えよ。俺が背負う」
「すまん、頼む」
 素早く秘密の遣り取りを済ませ、斐は、持っていた景品を静玖に預けた。雨泉に背中を向けてその場にしゃがむ。
「……仕方ないな。ほら、途中まで乗せるから、背中に乗りなさい。あんまり暴れるんじゃないぞ」
「わあ! お父様、有難う御座います! えへへ、お父様の背中、大きいです……」
 斐の背に乗り、雨泉はその温かさと大きさに幸せそうな笑みを浮かべた。2人の様子を見て、静玖は「……頑張れよ」と父にエールを送る。1発目の花火が上がったのは、その時だった。
「あ、花火始まっちまった」
「……そうか。まあ、始まってしまったものは仕方ない。ゆっくり行くとするか」
「そうだな、もう間に合わねぇしな」
 2発、3発と、遠くで次々に上がる花火。公園の木々や遮蔽物に遮られ、その全てを見ることは出来ない。
「残念です……でも、ゆっくり行く方が、良いです」
 それを見ながら、だが雨泉は嬉しそうに斐の背に頬をつけた。ゆっくりの方が、少しでも長くおんぶしていて貰える。肩越しにその笑顔を見て、斐は一度彼女を担ぎなおした。既に何か腰が痛くなってきていて、こっそりと、静玖に言っておく。
「明日は恐らく動けないと思う……本当にすまん」
「……分かった」
 つい、静玖の口から溜息が漏れる。明日、自分が仕事を全部処理するのかと思うと気が重かった。

              ◇◇◇◇◇◇

 今日は、ツァンダで夏祭りがある。
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)は『シャーウッドの森』空賊団のメンバーに、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)を誘いたいと話をした。ヘイリーの、団長としての本日の予定を空けてもらう為だ。メンバー達は快くそれを了承してくれて、リネンは彼女達と共謀してヘイリーの予定を“無理やり”空けた。
「……よし、後はヘイリーに声をかけるだけね」
「……は? あたし?」
 夏祭りに行こうと言うと、ヘイリーは怪訝気に眉を跳ね上げた。自分が誘われるとは、全く予想していなかったからだ。
「フリューネ誘って振られたから?」
 真っ先に思いついた理由はそれで、そして、それ以外には考えられなかった。だが、空賊団の皆はやけにニコニコしているし、どうにも妙な雰囲気だった。
「半日くらい、いいでしょ? 何かあったら空賊団のみんなとはすぐ連絡も取れるし」
「一緒に行くなら他のパートナーでもいいじゃない……」
「いいの。今日はヘイリーと一緒したいの!」
「え、ちょっとちょっと……」
 リネンはヘイリーの腕を取り、引っ張っていく。今日は誰でもない、ヘイリーと夏祭りに行きたかったのだ。
 最近彼女は、忘れかけていたヘイリーとの契約の経緯を再確認した。義賊になっても良い事はない。禄な死に方をしないと渋ったヘイリーに、それでもとリネンが押しかけたのだ。それでいて、普段は無茶ばかり頼んでいる。……主に、フリューネ関連で。
 だから、今日は恩返しとして、ヘイリーに楽しんでもらえるように頑張りたかった。
 夏祭りに来る途中の雨は近場の軒先で回避して、レストゥーアトロという公園に行く。花火が良く見えそうな場所には既に人が集まっていて、リネンはそこから距離のある、人の少ない所を選んで荷物を置いた。いつも慌しいヘイリーに、ゆっくりしてもらいたかったからだ。
「ここで休んでて。何か買ってくる」
 そう言って、屋台の方へ歩いていく。1人になったヘイリーは、その背を見送りながらひとりごちる。
「たしかに今日は用事もない。けど……何か図られてるみたいね……」
 行くか行かないか、リネンにも団員達にもその有無を聞く気は無さそうだった。でも一応、と予定を調べたら見事に空白で、ヘイリーは作為的なものを感じて戸惑っていた。悪い気はしない。慣れないだけだ。
 そんな事を考えていたら、リネンが紙コップを2つ持って戻ってきた。蓋が付いているタイプで、中身が零れないようになっている。
「? ボーっとしてる? そろそろ花火、はじまるわよ。はい、飲み物」
「今日は妙に優しい……っていうか、うーん……何かあったの?」
「え? 何もないわよ?」 
 紙コップを受け取って聞いてみる。だが、返ってきたのは簡単な答えと、笑顔だった。
 たまにはヘイリーにも楽しんでもらいたい。ただ確かに、その気持ちは伝わってくる……気がした。
 そのうち花火が始まって、2人は並んで、花火を見た。
 戦闘とは無縁な、ひたすらに平穏な時間が流れる。
「まぁ確かにここのところドタバタしてたし、ゆっくりできたのは久しぶりだけどさ」
 花火の音が響き、消えていく中で、ヘイリーはあきらめたように力を抜き、そう笑った。

              ◇◇◇◇◇◇

「花火大会は、無事に開催されてるようだな」
 ツァンダの街を歩きながら武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は言う。公園の方からは、祭の奏でる様々な音が聞こえてくる。笛の音、陽気な音楽。やがて一発目の花火が打ち上げられ、大きな音が伝わってきた。
 一際大きくなる、歓声。
 だが、牙竜の気分はそれに反してアンニュイだった。止んだ筈なのに、まだ雨が降っているようだ。今日だけではなく、最近は、ずっと。決して、雨の直撃を受けてずぶ濡れになったからではない。
「みやねぇ濡れて……って、すけすけ状態かよ」
 隣の武神 雅(たけがみ・みやび)を見ると、白いシャツが体にぴったりと張り付いていた。濡れた布を通し、肌や下着がくっきりと透けて見えている。矛盾した表現のような気もするが『くっきりと透けて』見えている。
「タオル持ってきてあるから使ってくれ……目のやり場に困る」
「ああ、ありがとう」
 タオルを受け取って髪や体を拭き始めた雅を視界に入れないように、牙竜は目を逃がした。
 ――姉に欲情するって。よく忘れるが血の繋がりがないと思い出すと……
「――何を悩んでいる」
 川向こうの空に、次々と花火が上がっている。それを眺めていると、ふと雅から声が掛かった。突然切り込まれて少し驚いたが、当然のように彼女にはバレていたのだろう。素直な気持ちで、牙竜は言った。
「何、花火を見てたら、惚れた女の事を思い出してただけさ……」
 開始して間も無いからか、オーソドックスな丸い花火が多かった。夜闇に弾ける光は、春に見に行った星空を、そして2021年の歌合戦の夜を思い出させる。結婚したいと告白したあの時、彼女は彼の頬にキスをした。その夜も、空には花火が舞っていた。
 あれから、約1年半。彼女を愛する心は変わらない。
 ――だが。
「シャンバラ王国は好きじゃない。特に、国の中枢は……」
 シャンバラの上層部を嫌っている牙竜は、現在ではマホロバ幕府の陸軍奉行並。新撰組副長土方歳三の最後の役職と立場を同にする彼は、可能であれば、マホロバに完全に戸籍を移したいとも思っていた。
 しかし、『彼女』はそのシャンバラのロイヤルガード。代王を、ひいては女王を護る立場にある。
 ――愛する人が護ってる国と敵対する可能性がある人生を歩み続けるか。
 牙竜は今、果たすべき責務と想い人への想いで心が疲れていた。考えても、答えは出ないままだ。
「愚弟のくせに、グダグダ悩むとは百年早い」
 雅は、そうしてへたれる彼を見兼ねたようだ。
「プロポーズをしたのだろう。ならば、後は本人の決断を待てばいい。ただし、デートなどをしてアピールする事も忘れるな……。積み重ねは大事だぞ」
 信念があれば国の境など何とかなる、と雅は思っていた。大切なのは、立ち止まらずに行動する事だ。会う回数が減ればその印象は薄れていくもの。自分への気持ちに、自信が持てなくなる事もあるだろう。
「お前は、マホロバに惚れて今の役職にまで辿り着いたのだろう。まさか、権力を求めているわけではあるまい。自らの正義を貫いた結果が今だというなら、堂々とそう宣言しろ。彼女に全てをさらけ出して来い」
 ――それでフられたら、盛大に馬鹿にする。
「言いふらした上に、ネットに振られた瞬間の動画をアップしてやろう」
「鬼だな、あんた!」
「鬼? 違うな、姉だ!」
 はっきりと言い切られた。自称であるが。
「そういう時は、慰めてくれよ……」
 考えたくないことではあるが、三行半を突きつけられた挙句に全世界に不名誉動画公開とは嫌すぎる。雅なら、やりかねない。
「慰めがほしいなら、遊郭で豪遊してくるがいい……土方歳三も女遊びをしていたと言う。歴史に名を残す奴は色事を好む傾向があるな。もっとも――」
 少し厳しい目をして、雅は言う。
「そこに拘泥していたら器が大きいとはいえない。名を残さぬ覚悟というのも、時には必要だ。振られたくなければ想いを遂げる努力をしろ、男を上げろ……そして、嫁にして来い。彼女が義妹になったら、私は義妹の味方をするがな」
「…………」
「大事なのは、相手を認められるかどうかだ。意志を肯定した上で、それを超えろ。嫁にするということは、相手に何かを捨てさせるということだ。捨ててもいいと思わせるくらいの、信用に足る人物となれ。――以上、異論は認めない」
「みやねぇ……」
 業を煮やして言ったのだらうが、彼女なりに心配しているのだろう。それを感じて、牙竜は礼を言った。
「ありがとう。……よし、じゃあ喝も入ったし花火でも見るか」
 公園は、もう直ぐ近くだ。
「男なら悩むより行動しろ……世話が焼ける」
 園内に入って賑わう人波の中を歩いていると、隣から、そんな声が聞こえた。