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リアクション
■ 夫婦2組温泉旅行 ■
「みんな忘れ物はないかい?」
運転席でエンジンをかけながら、遠野 アリョーシャが尋ねる。
「何度も確認したから大丈夫よ。ね、歌菜」
「うん、だからもう出発してもいいよ、パパ」
母の遠野 晃と遠野 歌菜(とおの・かな)からの答えに、アリョーシャはよしと頷いて、車を発進させた。
歌菜と月崎 羽純(つきざき・はすみ)が地球に帰省するのは約半年ぶりだ。
これまでは歌菜の実家でくつろいで過ごしていたのだけれど、今回は歌菜と晃で事前に相談して、4人で温泉に出掛けることにしたのだった。
まずは自宅で一泊したあと、車で30分ほどのところにある地元の温泉街へと向かう。
「パパとママと旅行するなんて、私がパラミタに行ってから初めてだね、嬉しい!」
歌菜が小さい頃にはよく連れて行ってもらった温泉だけれど、成長するにつれ少しずつ頻度が減り、パラミタに行ってからは旅行するような機会までなくなってしまった。離れて暮らしているのだから仕方がないのだけれど、それを寂しく思う気持ちはあったから、歌菜は今回の旅行が楽しみでならない。
おまけに、今日の為にと母は全員分の浴衣を用意してくれていた。母手縫いの浴衣を揃って身に着ければ、嬉しさもいや増すというものだ。
車窓から見える風景は前見たものから変化しているけれど、それでもとても懐かしくて、歌菜は外を指さして羽純に説明し続けだった。
温泉街といっても有名な観光地ではない。
どこか鄙びた雰囲気のある、けれど風情のある小さな温泉町だ。
「はい、こっちは歌菜と羽純くんの」
チェックインを済ませた晃が、部屋のキーを1つ歌菜に差し出した。
「え?」
「勿論、私とパパ、歌菜と羽純くんで部屋は別々に取りました。だって……ねぇ?」
ふふっと笑う晃に、歌菜は真っ赤になる。
「ママったら……余計な気を回し過ぎ!」
「あら、余計なんかじゃないと思うけど。あ、それから羽純くん、私とパパのことは『お父さん』『お母さん』って呼んでね?」
「……お義母さん……?」
何とも面映ゆい気分で羽純はそう繰り返す。
「いいわね、その呼ばれ方。格好良い息子が出来てとっても嬉しいわ♪ さ、荷物を置いてお昼ご飯を食べに行きましょう。昔行ったあのうどん屋さん、まだ残ってるかしら」
照れる歌菜と複雑な顔をしている羽純には構わず、晃は楽しそうに部屋へと向かった。
温泉街で昼食を取った後は、のんびりと石畳の道を散策した。パラミタのこと、地球のこと、4人で話しながら歩くのは本当に楽しい。
「羽純くん、温泉まんじゅう食べてみる?」
「さっき昼ご飯食べたばかりだろう」
「じゃあもう少し歩いてから食べようね」
温泉街の店先を覗いている歌菜と羽純の様子をじっと眺めていた晃は、アリョーシャの傍に寄ると腕を組んだ。
「どうしたんだ急に?」
もうずっとそんなことはしなかったのにと言うアリョーシャに、晃はだって、と歌菜たちを目で示す。
「歌菜と羽純くんに負けてはいられないでしょう? ふふ、なんだか2人に触発されて若返った気分だわ。新婚の頃を思い出すわね」
「もう、ママったら……」
言いかけた歌菜だったけれど、幸せそうにアリョーシャと腕を絡めている晃は本当に若やいでいて。
そんな母の様子に一役買えたのなら、それはそれで素敵なことなのだろうと歌菜はその先は言わずに笑顔に留めておいた。
旅館に戻ると、歌菜と晃、羽純とアリョーシャに別れて旅行の主目的である温泉へ。
「羽純くんは地球の温泉は初めてなんだよね」
「はい」
パラミタと地球の温泉とは勝手が違うかも知れないからと、アリョーシャは羽純に温泉での作法を教えたり、背中を流したりと、あれこれ世話を焼いてくれた。
お義父さん。そう呼ぶのにはまだ戸惑いがあって、つい僅かばかり間が空いてしまったりもするのだけれど、アリョーシャから父親としての心遣いを感じるのも確かだ。
いつか全く身構えずに『お義父さん』と呼べるようになったときが、自分は本当にこの人の息子となったときなのだろう。
そんなことを考えながら湯船につかっていた羽純に、アリョーシャがふと尋ねてきた。
「羽純くんは……今、幸せかい?」
「とても」
その答えはさらりと口から出た。
来て良かった。心からそう思う。
羽純の答えに、アリョーシャは笑顔になった。
「歌菜は結構ゴーイングマイウェイな所があるからね……ママに似たんだ。羽純くんが手を焼いてないかなと少し心配だったんだ。安心したよ」
そう言ってアリョーシャは羽純の目をしっかりと捉えた。
「何かあったら気軽に相談して欲しい。先輩として、少しは頼りになると思うから」
「ありがとうございます」
何よりも。
そう言って貰えることが嬉しかった。
「あ、羽純くん、パパ! こっちだよー!」
羽純たちがやってくるのを見て、先に出て待っていた歌菜が手を振った。
「随分長風呂だったね。はい、これ。温泉を楽しんだあとはやっぱりこれだよね」
2人に歌菜が手渡したのはコーヒー牛乳だった。
「あとはマッサージチェアに卓球!」
「……子供か」
「羽純くん、何でそんな呆れ顔なの? 普通だよ、普通!」
これが温泉の定番というものだと、歌菜は羽純の手を引っ張って卓球台へと連れて行った。
「卓球やろう! パパ、審判よろしくね♪」
浴衣姿に足下はスリッパ。洗い髪をまとめ上げた歌菜が、カコンと打ってきたボールを羽純は打ち返す。
ただ相手をしているだけのつもりだったのに、やっているうちに羽純もムキになってくる。
両親の囃す声を聞きながら、2人は白熱した卓球を楽しんだ。
卓球が終わると、歌菜たちの部屋に料理を運んでもらって、4人で夕食を取った。
美味しい食事と酒、弾む会話のある夕食には、家で食べるのとはまた違う楽しさがあった。
「今度機会があったら、私とパパでパラミタへ遊びに行きたいわね」
「いいけどママ、パラミタは安全な場所じゃないし、空京以外は小型結界装置借りないといけないから大変だよ。契約者以外だと、かなり新幹線も高いし……」
「でも、2人が過ごしている場所を案内してもらいたいわ。歌菜たちが話してくれる場所を実際に見てみたいし」
「だったら今度の家族旅行はパラミタだね」
晃とアリョーシャはすっかりパラミタに行くつもりになっている。
離れて暮らしている娘夫婦の暮らすところを見てみたいと思うのも親心なのだろうと、歌菜はパラミタ行きを相談している両親を見やるのだった。
お喋りに興じているうちに、すっかり夜も更けていた。
おやすみなさいと両親が自分たちの部屋に戻っていって、歌菜は羽純と2人きりになった。
「歌菜、内風呂に入らないか」
旅館の各部屋には内風呂がついている。折角だから使わない手はないという羽純に、歌菜はうんと頷いた。
少し恥ずかしいけれど、やっぱり2人で入りたい。
「……部屋が別々でよかったな」
「気を回しすぎと思ったけど……ママに感謝だね」
――その夜がとっても甘かったのは、言うまでもないことなのだった。
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