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死いずる国(前編)

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死いずる国(前編)

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PM3:00 十面死との遭遇そして死者の希望

「ひゃあああ、あ……」
 セレンフィリティ・シャーレットの乾いた声が響く。
(全く、宝くじなんかは全然当たらない癖に、ハズレだけはよく掴むのよね……それも最悪の奴を)
 緊迫した状況とはまるでそぐわない呑気な考えが、頭に浮かぶ。
 隣には自分と同じく斥候を買って出たセレアナ・ミアキスが、同じ様に立ちすくんでいた。
 少し離れた場所で別行動している葛城 吹雪とイングラハム・カニンガム、そして雷霆 リナリエッタもきっと同じだったろう。
「は、早く下がって、本隊に伝えなきゃ……」
「そうね。それまで生きられればいいけど」
「生きなければならないであります! 『奴』の情報を伝えることが、今は一番の任務です!」
「悔しいけど、そうだねぇ。『奴』は私達じゃとても相手にならないしぃ」
 リナリエッタは、じりじりと後退を始めた。
「伝えなきゃねえ。一秒でも早く、理子たちに!」

 なんとか本体に帰還したセレンフィリティたちの報告を聞いた一行は戦慄した。
 ここは、箱根。
 幾多の死人の地を潜り抜けた彼らに、最大の関所として立ちはだかる存在がいた。
 十面死。
 多くの死体が“接ぎ死”され、巨大な化け物となった存在。
「ラスボス、ってトコかしらねぇ」
「こんな事もあろうかと、今まで温存していた体力。存分に使わせてもらうぜ」
 気合十分に立ち上がったのは、師王 アスカ(しおう・あすか)蒼灯 鴉(そうひ・からす)
「マスター、最後の任務ですね」
「そうなるといいがな」
 フレンディス・ティラとベルク・ウェルナートも立ち上がる。
「行くよ」
「楽しみねぇ〜」
「おー!」
 桐生 円の、ただそれだけの一言に、オリヴィア・レベンクロンとミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)は微笑む。
「俺が、道を切り開く!」
「うん。私だって、やれば出来る子なんだから!」
 レオナーズ・アーズナックとアーミス・マーセルクも気合を入れる。
 今までの戦闘、疑念、そして防衛でぼろぼろになった一行の中から、立ち上がった9人。
 彼らが、十面死に立ち向かう。

「ぽいぽいカプセル〜」
 ぼんっ!
 緊迫した場にそぐわないアスカののんびりした声が響く。
 出てきたのは、聖邪龍ケイオスブレードドラゴン。
「虚無霊がいるから、飛行は無理なんじゃないか?」
「分かってるってばぁ。でも、低空飛行で体当たり、なんていいんじゃなぃ?」
「いや、それ以前に」
「ん?」
 レオナーズが指差す先を見る。
 箱根旧街道。
 木々に囲まれたその道は、細く、狭い。
「うごけない?」
 首を傾げるアスカの肩を、鴉が無言で叩く。
「むずかしーことは分かんないけどっ、とにかくがーっと行ってわーっと倒しちゃえばいーよねっ!」
 ミネルバの元気な声に、全員が、フレンディスとベルクすら、顔を見合わせる。
 アホっぽい意見ではあるが、今はもうそれしかないのだ。

 それは、遠くからでもよく見えた。
 それだけの大きさがあった。
「たぁあああっ!」
 見えた瞬間に、オリヴィアとミネルバが突っ込んで行った。
 十面死の幾多の手を鞘でかいくぐり、薙ぎ払い、ひとつの首を狙う。
 その攻撃を躱し、彼女を狙う腕の一つが砕けた。
 円の、後方からの銃撃だ。
 その隙をついて、ふたりの刃が十面死の首を砕く。
「アァアアア!」
「ギャァアアア!」
「イタイイタイイタイ……」
「チョットナニスルノヨー」
 十面以上ある、たくさんの顔から一斉に悲鳴や文句が発せられる。
「やったー!」
「あん、やかましいっ!」
 思わず耳を塞ぎ後退するオリヴィアとミネルバ。
「ここは、ひとつずつ潰していくしかないようですね」
「行くぜ。フレイは俺が守る!」
「マスターは、私が全力でお守り致します」
 刀と鉤爪を構えたフレンディスが走り、ベルクがそれを支援する。
 十面死の懐に潜り込んだフレンディスは、次々とその腕を、足を切り捨てる。
 踊る様に、くるくると美しく。
 フレンディスは、まるで舞踏会にでもいるかのように、安心して集中しきっていた。
 ベルクが、援護してくれている。
 それは、完全な信頼だった。
「危ないっ!」
 レオナーズの声。
 十面死の腕が、アスカに伸びる。
 しかし、その腕が掴んだのは地面だった。
 鴉がアスカを抱え、『疾風迅雷』で回避したのだ。
「グググググ……」
「キシャァアア!」
「ニゲナイデー」
 十面死の数多くの口から怨嗟の声が漏れる。
「ふぅ……っと、他人の心配ばっかしてられねえっ!」
 息をついたレオナーズにも、腕が伸びてくる。
 アーミスと連携して回避しつつ、攻撃を続ける。
 攻撃は、確実に効いていた。
 しかし、決定打を与えられずにいた。
 敵の傷は、切り落とした体は、ゆっくりとではあるが回復していたからだ。

「ウォオオオオ!」
「モギィイイイ!」
「シネシネシネシネエー!」
 戦闘中の前線から少し離れた所からも、十面死の声はよく聞こえていた。
 それに付随するように、戦闘の音も。
「大丈夫で、ありんすか……」
「大丈夫! 皆を信じよう!」
 心配そうな表情のハイネに、ルカルカが元気よく答える。
「いざとなったら、俺も出る」
 ハイネの側で盾のごとく不動の構えを見せていた夏侯 淵(かこう・えん)が、小さく告げる。
 その言葉の意味を感じ取って、ルカルカは頷く。
 警護の淵が出撃する時。
 それは、最悪の事態を意味した。
 周囲には、まだまだ死人が数多く存在している。
 箱根を越えようとして、死亡した人間だろうか。
 旅装束の死人が、何人も襲い掛かってきた。
 それに押され、一行はいつの間にか、僅かずつ前進していく。
 それは、罠だった。
 十面死に得物を捧げる為の、死人たちによる。

「えええええっ!?」
「アキラぁあああ!」
 一瞬、何が起きたのか誰にも理解できなかった。
 木の茂った山の中、死人と戦闘していた一行は僅かに開けた場所に出た。
 と、次の瞬間、アキラ・セイルーンの体が宙に舞った。
 何か長いモノに吊り上げられていた。
 その眼前に、数多の顔を腕を足を持つ存在……十面死がいた。
 一歩、ほんの一歩だけ。
 一行から先んじて木々から出たアキラが、十面死に狙われたのだった。
「いやこーゆう役目って普通女の子じゃ……いてててて!」
 死体の腕が何本も繋がれた長い長い腕が、アキラの体を締め付ける。
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が、アリス・ドロワーズが、アキラを助けようと攻撃を仕掛けるが、効いた様子もない。
 元から戦っている面々は、アキラの存在にもまるで躊躇することなく攻撃を続けている。
「うわぁああ死ぬ死ぬこのままじゃ死ぬ!」
「シネシネシネー!」
「ギヒヒヒヒ!」
「キャハハハハー!」
 アキラの悲鳴に、嘲るように十面死が揺れる。
(くっ、くそっ、こうなったら……)
 締め付ける腕が、アキラの思考を奪っていく。
 このまま、死ぬくらいなら……
 アキラは口を開く。
 彼は最後の切り札を、残していた。
「俺が……」
「アハハハハ!」
「ヒィヒヒヒヒ!」
「シヌシヌシヌー」
「俺が、ヤマの因子を持つものだ!」
「ハハハハハ!」
「クックククク!」
「………」
 僅かに。
 ほんの僅かだけ、十面死の中に動揺が生まれたのをアキラは感じ取った。
「ギャハハハハ!」
「フヒヒヒヒヒ!」
「……チガウ」
「ん?」
 ひとつだけ、今までと違う反応をした頭があったのをアキラは見逃さなかった。
「チガウ」
 その、ひとつだけの頭部に怒りが滲む。
「シネエエエ!」
「ヒィヒヒヒヒヒ!」
「ヒャアッホウ!」
「ケケケケケケケ!」
 耳が痛くなるような哄笑の中、アキラは振り上げられた。
 助ける者は、誰もいない。
 その腕が、振り下ろされる!
「生者の中に、『ヤマの因子』を持つものがいるのじゃ」
 突然、アキラの契約者ルシェイメアが理子に告げた。
 アキラから聞いた重要な話。
 アキラが、自分たちが死人になる前にこれだけは伝えなくては。
「ヤ……ヤマ?」
 理子の疑問には答えず、ただ口早に真実を告げる。
「ヤマ自身に特殊な力はない。ただの人間か、契約者じゃ。しかし、ヤマが横須賀に到着してしまえば、たとえ宝珠があったとしても、やがて世界は死で覆われるのじゃ! その前に、ヤマに死を……」
 アキラが投げつけられた。
 地面まで、死まであと数メートル。
「あぶないっ!」
 その間に割って入った者がいた。
 九条 ジェライザ・ローズ。
 自身の身を挺して、アキラを救った。
「う……ぶ、無事でしたか」
「あ……りがとう」
「チイイイイ!」
「クハハハハハ!」
「チガウチガウチガウ!」
 怒りに震える十面死。
 しかし、それは隙でもあった。
 その隙を見逃さない存在がいた。
「余所見してていいのかなぁ? あなたは、私のモデルと書いて獲物、なんだから〜」
 鴉に抱えられたアスカだった。
 アスカと鴉は、見抜いていた。
 十面死の中の、脆弱な部分。
 死と死の、繋ぎ目。
 何度も何度も倒され、切り落とされた結果、脆くなったその部分を二人は確実に狙っていた。
「はっ!」
「ていっ!」
 アスカと鴉の攻撃が、一点に集中する。
「グァアアアアア!」
「ヒギャアアアア!」
「キャアアアアア!」
「モウダメー」
 数多の口から発せられる幾多の悲鳴が、周囲を覆う。
 同時に、ぼろりぼろりと十面死の接ぎ死された死体が零れ落ちる。
「ニセモノメ……オマエハアノカタデハ、ナイ……」
 その中の、落ちていく顔の一つがアキラに怨嗟の声を吐く。
「え……?」
 ローズが不思議そうにアキラの顔を見る。
「ア……!」
 しかし落ちていくその顔から、不意に笑顔が零れた。
「ヤマ……ヤマサマ! ソコニ、イラッシャッタノデスネ……!」
 一行のいる方向に、十面死のひとつの腕が伸びる。
 ひとつ、ふたつ、みっつ。
 何十本もの十面死の腕が、崇めるように救いを求めるように、一行に向かって。
 その中にいる、ある人物に向かって。
 一瞬の後、その手は全て崩れ落ちた。

「どういうこと……?」
 その光景を、茫然と理子たちは見つめるだけだった。
 ヤマが、この中にいる?
 ヤマ、とは……?