リアクション
● 樹月 刀真(きづき・とうま)らが邪竜アスターと対峙したのは、〈黄金の都〉に足を踏み入れてからしばらくしてのことだった。街の様子を散策して回っていたとき、突然、霧が辺りに立ちこめ始めたのだ。すると慌てるや、邪竜アスターのその姿を現していた。 突然のことに刀真たちは唖然としたが、すぐに体勢を整えてアスターとの戦いに身を投じた。もともとそれが目的だったのだ。今更慌てる理由などない。 アスターは強靱な鱗で刀真らの刃を受け止め、獰猛な牙を剥き出しにし、鋭い爪で襲いかかってきた。同時に、竜の息を吐き出し、刀真たちを圧倒する。 その戦闘模様は明らかに実体のある存在のそれだったが、刀真は慎重に事を構えた。敵は夢や幻の力を操ると言われている竜である。どれが幻でどれが本物か、じっくりと見極めなければならない。 そう考えた刀真がアスターと刃を交えていたとき、ふいに、敵の攻撃を避けきれずに漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)たちが竜の激しい息吹をまともに受けてしまった。 月夜たちの脳裏にそれまでとはまるで違う光景が去来したのはその時だった。 玉藻 前(たまもの・まえ)と封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)。二人の仲間がやられてしまった、と思うや、刀真と二人きりの部屋に月夜はいた。 玉藻と、そして白花も同様だった。 いつの間にか、三人の娘は刀真と二人きりの空間にいたのだ。 「刀真……?」 呆然とつぶやくと、刀真はふいに穏やかな微笑を浮かべた。 それはこれまでの刀真が見せたことのない優しい笑みだった。怜悧で淡々とした戦場に生きる者特有の鋭い目とは違う、柔和な微笑み。いつもは見え隠れするだけのその刀真の優しさが、その部屋では表立って現れていた。 刀真はゆっくり近づいてくると、娘の身体をぎゅっと抱きしめた。 「と、刀真っ……」 突然のことに慌てる娘だったが、刀真の手はより強い力を込めてくる。 刀真がこんなことをするはずないとどこかで分かっていても、これはこれで幸せではないかと、見知らぬ自分が自分に囁いた。そう、幸せなのだ。ずっと欲しかったただ一つの愛を、ただ一つの優しさを自分が手に入れた。そのことが娘の心を陶酔させてゆく。 私を好きにして欲しい。 囁くと、刀真は音もなくうなずいて、娘の身体へと手を伸ばし―― 「やめろ!」 途端、刀真の激しい声が放たれるや、三人の娘がいた空間はひび割れて粉々に砕け散った。 「刀真……?」 「刀真さん……?」 三人の娘はいまだに現実と幻がごっちゃになっていて、放心したような様子で刀真を見つめていた。 刀真はその瞳に憎悪の炎をやどしながら、アスターに振り返った。 「――覚悟は、いいな」 例え幻であったとしても、三人を弄んだ罪は償わせるつもりだった。 ワイヤークローがアスターの身体を掴み取り、刀真の身体を引き上げた。相手の顔近くまで跳躍した刀真は、右の白の剣を振り上げた。 「これで、終わりだ!」 三つの剣線が一度に襲いかかり、アスターの身体を引き裂く。 大地にくずおれたアスターに続いて、刀真は地に降り立った。すると、周囲の霧が徐々にかすんで消えていった。 その様子に目を奪われてると、気づいたとき、 「……消えた……?」 倒したはずのアスターの亡骸は跡形もなく消え去っていた。 あれすらも幻だったというのか。しかし、確かに実体があった感触はあったというのに。 アスターの身を斬り裂いたはずの白の剣を見つめながら、刀真は考え込む。 「刀真さん、大丈夫ですか?」 ふいに、心配そうに白花が声をかけた。三人の娘はようやく現実感を取り戻したらしく、元の様子に戻っていた。三人が一様に不安げな目で刀真を見ている。 「……大丈夫だ。とにかく、アスターは逃がしただけかもしれない。他の場所も調べてみよう」 刀真は言って、剣を腰の鞘に戻した。 あの霧がもしやアスターの力に関わっているのか。 霧の竜――ミストドラゴンのことを思い起こしながら、刀真はまだ油断は出来そうにないと思った。 ● |
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