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幻夢の都(第1回/全2回)

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幻夢の都(第1回/全2回)

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第1章 金の狼 1

 洞窟の中は暗闇で満ちていたが、ガウルらは洋灯(ランタン)を片手に道を照らし、その光線を辿って歩を進めた。
 仲間たちの足音だけが聞こえる中、誰かが口を開く。その内容は、こんな正面から堂々と敵の陣地に入っていって大丈夫なのか? というものだった。
「たぶん、大丈夫だと思いますよ」
 答えたのは、先頭で洋灯を手にしていた御凪 真人(みなぎ・まこと)だった。彼は軽く後ろを見返しながら、続けた。
「アスターにとってみれば俺たちは餌みたいなものですからね。日本の諺には飛んで火に入る夏の虫という言葉がありますが、まさにその通りで、虫が火の中に入ってくるのを、わざわざ邪魔するようなことはしないのではないかと思います。よほど派手な動きをしない限りは、ですけど」
 真人の説明に仲間たちは、なるほど、と納得した。
 ただし、と真人は付け加え、
「俺たち自身がアスターの力の影響下に置かれないようにしないといけないですけどね。それこそ、本当に餌になりかねませんから」
 苦笑しながら言った。
 仲間たちはまた同じように納得した様子を見せたが、今度はごくりと息を呑んだ。真人は過度な緊張を避けるように笑ったのだろうが、その本質は笑えない話であった。


 洞窟を脱したガウルらの前に広がったのは、絢爛豪華な黄金都市の姿だった。
「わぁ……」
 口をあんぐりと開けたセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が感嘆の声を発した。
 巨大なホールのような形になっている洞窟内にあるその町は金銀財宝で埋め尽くされている。軒を並べる建物の全ては黄金で出来ており、窓枠や屋根に宝石の輝きが見て取れた。果たして、この町は見る者からすれば本物にしか映らない。
 しかし、理性的な部分は信じ切れないのも確かで、
「いたたたたたっ!? な、なにするんですか、セルファっ!?」
 セルファは真人の頬をぐいっとつねって、
「うーん……どうやら、本物みたいね」
 痛がる真人を見ながら、一人納得した。
 赤くなった頬を撫でながら、言っても仕方ないので口にはしなかったが、どうせなら自分の頬をつねればいいのにと真人は思った。
 と、セルファは仲間たちに振り返りながら言った。
「この痛みも幻覚って可能性はあるけど、それにしてはここまでみんな共通の場所と状況にいるってのはおかしいしね。とりあえずは先に進んでみましょうか」
 その提案に、仲間たちは異論は唱えない。
 幾人かのメンバーで別れ、各場所を散策しに行くことに決まった。
 ガウルも仲間たちと共にパワーバランスを崩さぬよう、構成を考える。
 そのとき、ふいに女がガウルの傍に近づいてきた。ガウルと同じ金髪金瞳の女だった。しかしその髪は鮮やかというよりははっきりとしていて色濃い。顔立ちはくっきりとした瞳と勇壮に結んだ唇をしていた。
「ガウル、手を出して」
「ルカ……」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は無造作に、しかし優しくガウルの腕を手に取った。その指先がルカの唇に近づくと、鋭い痛みがそこに走った。
「っ……!」
「黄金の都は人の心を惑わすと言うわ。この痛みを、覚えていて」
 ルカはガウルの指先を噛んだのだ。指先からは小さな血球が浮かんでいて、ガウルはそれを見て、それからルカに視線を戻した。ルカはのぞき込むような瞳でガウルの瞳の奥に映る闇を見越しながら、
「これは私達の約束。どんな誘惑にも負けずに自分を見つけ打ち勝っていく約束の痛みよ」
 告げて、その場を離れていった。
 ガウルはその後ろ姿を見送って、血球が浮かぶ指先に目を落とした。
 そこにあるのは血だけではない。その何かごと掴むように、ぎゅっと手を握りしめた。



 清泉 北都(いずみ・ほくと)は周りの黄金都市を眺めやりながら、驚きを感じていた。
 噂には聞いていたが、本当にこんな都市があったのか。金銀財宝によって作られた黄金の町。盗賊や、あるいは一攫千金を狙う賞金稼ぎなら、この光景を見て喜び勇むだろう。そんな人間の欲望に充ち満ちた町が本当にあったのか。
 文献では〈黄金の都〉に足を踏み入れた者は二度と戻ってくることはなかったと言う。北都はそれは嘘だと思っていた。でなければ、文献に記述が残ることすら怪しく思えてくるからだ。しかし、あながち全てが虚言ではないだろう、とも思っていた。
 町に残っていた幼き少女――ユフィに話を聞いたところによると、彼女には霧の中に映る竜の姿は見えても、その声は聞こえなかったという。精神魔法の類だとすると、彼女にはその効果は得られなかったということだ。つまり、彼女の純粋な心がそうさせたと考えるべきか……。
 北都は考えながらも町を疾走した。頭と尾てい骨に生えているのは狼の耳と尻尾である。『超感覚』が生み出した感覚器官によって、周囲に鋭敏な糸を張ることが出来る。研ぎ澄まされた感覚を覚えながら、北都は跳躍した。
 壁を蹴り、建物の屋根を蹴り、再び壁を蹴って、町から飛び出た高台の上に立つ。高台はどうやら町の見晴し台のようだった。その屋根に張りついて、北都は町を見渡した。
 遠くを見通せるつもりでいた。しかしその目論みはあっけなくくじかれることになった。顔を起こしたときには、町の遠方を隠すように霧が出ていたのだった。
「これは……」
 怪訝そうに、つぶやく。
 洞窟からこの町へ足を踏み入れたときには、こんな霧はなかったはずなのに。一体全体、どういうことなのか。
 眉をひそめたとき、
「……竜……?」
 霧の中にひときわ大きい影を見つけた。その姿形は竜のそれと似ている。一瞬のことで、北都はそれが本当に竜なのか判別できなかった。
 しかし、立ち止まっていてもなにも始まらない。
(――行ってみようか)
 北都はそう決めて、高台から降りる。それから、竜を見かけた方角に向かって駆け出していった。