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逆襲のカノン

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逆襲のカノン

リアクション


第1章 宇宙からのメッセージ

(誰? あなたは誰? なぜ、あたしに話しかけてくるの?)
 設楽カノン(したら・かのん)は、監禁され、檻の中にうずくまった状態のまま、寝入りかけた意識を、若干よみがえらせた。
 下着一枚の姿で、首輪をはめられ、手枷・足枷もはめられて、鎖で拘束されているカノンの姿は、みるも無惨なものだった。
 身体のあちこちに、誰かに靴で踏みにじられた跡が見受けられる。
 「従順ではない」として、キイ・チークを始めとする研究者たちにたっぷりお仕置きをされた直後だった。
 海京アンダーグラウンドに監禁されたのはだいぶ前のことだが、カノンはまだ、精神操作を受けていない。
 研究者たちは、まずカノンの精神に揺さぶりをかけ、その心の底に眠っているものをよく見極めながら、「治療」を行う方針のようだった。
 それだけ、カノンの精神に干渉するのは危険を伴うことだと認識されていたのである。
 もちろん、カノンは、どんなに踏みにじられ、お仕置きをされようと、従順になるつもりなどはなかった。
 研究者たちが、「科学」と称して自分の肢体をみつめる目には、いやらしい輝きしか感じとれなかった。
 明らかに、研究者たちは、カノンをいたぶることを楽しんでいた。
 ゆえに、カノンは、決して彼らの思うどおりにはなるまいと、かたく決めていたのである。
(設楽カノンよ。わしらの声が聞こえるようになったとは、たいしたことじゃのう)
 声の主、【分御魂】天之御中主大神(わけみたま・あめのみなかのぬしのかみ)は、暖かく、威厳のある口調でいった。
 実際、海底の施設に監禁されてから、カノンの感覚が異様なほど鋭敏になり、さまざまな超自然的な存在の「声」を聞けるようになったのは確かなことだった。
 もはや、単なる精神感応の域を超え、チャネラーのような存在にカノンはなってしまっていたのである。
 修行を積んだ超能力者でさえ、そうはっきりとは聞き取れない存在の声を、カノンは非常に明瞭にキャッチできるようになっていた。
 この事実だけでも、カノンがただの強化人間とは一線を画することがわかるであろう。
 だから、彼らが「話しかけている」というよりは、カノンの脳裏に、勝手に「聞こえてくる」のである。
 もちろん、いまは、天之御中主大神はカノンに向かって話しかけているのだが、たとえ彼らがそう意図しなくても、カノンにはいろいろなメッセージが飛びかって聞こえるのである。
 実はその状態は、脳内で幾千もの精霊と会話をするコリマ校長の域に近づいていたことになるが、このときのカノンはまだ、そのことに気づいていなかった。
(誰? 名乗ってくれないの? あたしのこの状態をみて、何とも思わないんですか?)
 カノンは、イライラしながら尋ねた。
 すると、今度は別の「声」が聞こえてきた。
(おぬしは、助けてもらいたいと思っておるのか? それなら、コリマ校長にでも助けを求めればよいであろう)
 【分御魂】高御産巣日大神(わけみたま・たかみむすびのかみ)が、話しかけているのであった。
(嫌です。あたしは、あの人、嫌いなんです)
 カノンがそう答えると、またまた別の「声」が聞こえてきた。
(相変わらずじゃのう。おぬしはいま、その鎖で超能力を封じられておる。そう簡単には抜け出せんぞ)
 その声の主は、【分御魂】神産巣日大神(わけみたま・かみむすびのかみ)であった。
 英霊たちのいうとおり、この施設の研究者たちは、超能力を開発するだけではなく、その能力を封印する術にも長けていた。
 ゆえに、カノンは、特殊なコーティングを施された鎖によって超能力を封じられ、脱出したくてもできない状態だったのである。
 研究者たちは、力を行使することのできないカノンが歯ぎしりする様子をみて、嘲笑いながら、お尻に踵をめりこませたりしていたのである。
(あたしの身体は、痣だらけよ。誰か、どうにかできるなら、助けて欲しいです)
 カノンは、正直にそういった。
 まだ、いま話している存在たちが嫌いにはなっていないので、助けを求める気になったのである。
(カノンよ。これは、おぬしに与えられた試練じゃ。全力で乗り切ってみるがよい。わしらは、いつでもここから見守っているぞ)
 天之御中主大神がいった。
(カノンよ。いまのおぬしに、手を貸すわけにはいかん。他の英霊もそうであろう)
 高御産巣日大神がいった。
(カノンよ、おぬしは、ここから出てどうする? あの研究者たちと闘うのか? おぬしはそうやって、いくつもの存在を倒してきた。だが、おぬしは、何のために闘うのだ?)
 最後に、神産巣日大神の声が聞こえてきた。
 だが、それっきり、英霊たちの声は聞こえなくなる。
「どういうこと? あんまり冷たすぎるんじゃない? 何のために闘う、って、ケダモノのような男どもを殺すことのどこが悪いの?」
 カノンは、肉声を発して叫んでいた。
「はっ? いまのは夢?」
 目覚めてみると、いまのは「会話」というより、夢の中で受けた天啓の受けたようにも思えた。
 身じろぎすると、身体を拘束している鎖がギシギシと鳴る。
 白い肌を剥き出しに、下着をさらしている自分の身体は、ちょっとみただけでも無惨で、恥ずかしくなるものだった。
 これが試練?
 ふざけるな、とカノンはいいたくなった。

「地球は久しぶりですね。といっても海京ですけど」
 そういいながら、非不未予異無亡病近遠(ひふみよいむなや・このとお)は海京の人工砂浜を散策していた。
 青い空。
 白い雲。
 そして、どこまでも続く海原。
 人工砂浜は極めてリアルにつくられていて、まるで、本物の浜辺を散策しているかのようだった。
 そのとき。
「おや、あれは……」
 近遠は、足を止めた。
 砂浜に、何かが打ちあげられていたのである。
 何だか、白くて、大きなものだった。
 単なる好奇心から、近遠そのものに歩み寄っていった。
 そして。
「う、うわああああああ!!」
 近遠は、悲鳴をあげていた。
 打ちあげられていたその白いものは、死体、それも、全裸の女生徒のものだったのである。
 死んでからまだ日が浅いのか、腐敗はそれでもない。
 白い裸身は、丸みをおびた線にどきっとするようなかげりがあって、蠱惑的でさえあった。
 よくみると、身体のところどころに痣や、切り傷、すり傷がみえた。
 何者かに痛めつけられ、最後は無惨に投棄された死体のようであった。
 その顔は、目を閉じ、口をぱかっと開けていて、そこから海水が垂れていた。
 かわいらしい美少女の顔だっただけに、その死に様は無惨な感を強くした。
「こ、これは、は、早く通報しなくちゃ!! い、いや、その前に、何かメッセージはないかな?」
 近遠は、見鬼のスキルを駆使して、肉体を離れた少女の意識とコンタクトをとれるかどうか、試みてみた。
 すると。
(何をしておるか。この子はまだ、亡くなったばかりじゃ。すぐには意志の疎通をはかれない状態にある)
 天之御中主大神の声が、近遠の脳裏に響いた。
「あっ、みてたんですか。もしかして、この子が何で亡くなったか知っているのでは?」
 近遠は、ふいに聞こえてきたパートナーからの通信に戸惑いながら、尋ねた。
 だが、いつものことだが、天之御中主大神は質問に直接答えるようなことはしなかった。
(近遠よ。まずは、己のなすべきことをせよ。全ては、それからじゃ)
「あっ、ちょっと」
 近遠は焦って呼びかけるが、もう英霊の声は聞こえてこない。
「しょうがないなあ。それじゃ、とりあえず、こういう場合にすべきことをしますか」
 近遠は舌打ちしながら、少女の死体をそれ以上みないようにして、天御柱学院に連絡をとった。
「もしもし。実は、生徒の死体を発見したんですが……。ええっ、ボクの身柄を拘束する? どういうことですか? ボクは犯人じゃないですよ?」
 電話に出た学院の担当者は、死体発見の通報にさして驚いた様子もなく、だが非常にかたい口調で、死体とともに、近遠をただちに「収容」すると伝えてきたのである。
 近遠は思わず逃げ出しそうになったが、学院の反応は速かった。
 バリバリバリ
 旋回音をあげながらヘリが上空に現れたかと思うと、あっという間に特殊部隊の工作員たちが浜辺に降下してきた。
「君が発見者か? まだ誰にも口外していないな? すぐにきてもらおう」
「ひ、ひえええ」
 工作員たちに取り囲まれて、腕をつかまれ、近遠は否応なしに、学院へと連れていかれた。
 死体も、青いビニールシートに覆われ、担架に乗せられて、運ばれていく。
「こ、これが、ボクの試練なのかな?」
 連行されながら、近遠はそう呟いていた。

 同じころ。
「わあ。久しぶりに、お買い物にきたわ。海京の街って、結構にぎやかね」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、海京の街なかをフラフラとしながら、ひとときの休息を楽しんでいた。
 ここでなら、誰にももてあそばれることなく、自分でいられる。
 アリアはそう考えて、安堵していたのである。
 だが。
「えっ? あなたたちは? 誰?」
 アリアは、突如として、黒服の男たちに取り巻かれ、狭い通路に押しこまれた。
 男たちが、アリアの口を塞ぎ、その胸を強く握りしめる。
「あ、ああ!! やめて!!」
 アリアは、口を塞がれた状態で、声にならない悲鳴をあげた。
「これは上玉だな。来い。面倒をみてやろう」
 そういって、男たちはアリアの首筋に手刀を叩き込んだ。
「う、うう」
 呻いて、アリアは意識を失った。
 倒れ込んだその身体を掌でなでまわして、男たちはニヤッと笑った。

「ここは……?」
 アリアは、目を覚ました。
 みたこともない場所だった。
 アリアは檻の中に転がされていたが、檻の外には、無機質な壁がみえて、灰色の机のうえに、理科の実験に使うような、フラスコや、ビーカーや、いろいろな薬品のビンが置いてあり、大きなコンピュータが置いてあるのもみえた。
「おやおや。とうとう、こんなところにまで拉致されてしまったんだね」
 ティム・プレンティス(てぃむ・ぷれんてぃす)の冷たい声に、アリアははっとした。
 手にした大きな鞭をビシビシと鳴らしながら、ティムが檻の中に入ってきた。
「い、いや。また、あなたなの? どうして、私をそっとしておいてくれないの?」
 逃げようとしたアリアの手を、ティムはつかんだ。
 ティムは、アリアを拘束している鎖を引いて、その身体を、天井からつり下げてしまう。
「実に、かわいらしい方だ」
 ティムは、アリアの胸やお尻を視線でなめまわして、ほくそ笑んだ。
「やめて! 嫌です!!」
 アリアは、悲鳴をあげた。
 ばちーん
 ティムは、そんなアリアの頬を思いきり平手で張り飛ばしていた。
「……くっ」
 切れた唇から血をしたたらせながら、アリアはうなだれる。
「諦めるのが早くなってきたね。そう、あんたとボクとは、そういう関係なんだよ」
 そういいながら、ティムは、アリアの首筋に噛みついていた。
「あ、あああ!!」
 アリアは激痛をこらえきれない。
「おとなしくしなさい。ここの研究者たちから、あんたの分析を任せられているんだよ。大丈夫。この姿は、全部記録しているから。研究以外にも、いろいろと使えるように、ね」
 いいながら、吸精幻夜により、ティムはアリアの活力を徐々に奪い取っていた。
 アリアの全身から、力が抜けていく。
 さらに。
「ふふふ。いいねえ。おいしそうだねえ」
 子安祐(こやす・ゆう)がぬっと現れると、檻の中のアリアの背後にまわりこんでいった。
 がぶっ
 祐は、欲望のおもむくまま、アリアのスカートをまくって、白い太ももに噛みついた。
 ちゅうちゅう
 吸えるだけ、吸っていく。
 ティムと祐。
「ああ……やめ……て……」
 二人に身体に噛みつかれ、精気を吸われて、アリアは気が遠くなっていくのを感じた。
「いいねえ、その、活気を失った、青白い肌。弱ってくるのをみていると、いろいろいじりたくなってくるよ」
 気を失いそうになっているアリアの下腹部に、ティムは掌を当てて、軽い雷術を使用した。
 ビリビリビリ!!
「きゃ、きゃあああ!!」
 電流が身体を流れる激痛に、アリアは悲鳴をあげた。
 失神も、させてもらえそうになかった。
「数値は、ちゃんと計測しておかないとね。あんたの身体データを観測して分析すれば、いろいろ行動を変えることができるんだってさ。楽しみだね」
 そういって、ティムは笑った。
 威力を弱められたアシッドミストが、アリアの全身に吹きかけられる。
「う、ダメ……やめて……」
 アリアは、ティムの意図を察して、激しい抵抗の意から、身じろぎした。
「あんたを、徐々に溶かしてあげるよ。きれいな状態にして、また分析しなきゃ」
 ティムは、ミストに包まれて、白い肌を露にしていくアリアの身体を、うっとりした目つきで眺めていた。
 海底の施設である。
 アリアは、どうがんばっても逃げ出しようがなく、ティムたちの魔の手に屈するのみだった。