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秋のライブフェスタ2022

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秋のライブフェスタ2022

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 第一章



 まだ開場まで小一時間ほど間があるのだが、すでに会場前には人の列が出来上がっていた。ざわざわとした空気を感じながら、会場の裏側では、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が忙しなく動き回っていた。

「じゃあ、それは実況席の方へ運んでください」

 短く返事をして渡された荷物を指定された箇所へと運んでいく。
 あちこちでリカインと同じようにバックステージパスをぶら下げたスタッフがあちこち走り回るのを見ながら、着々と準備が出来上がっていく会場に興奮を覚えた。
 朝早くに会場入りしたときは、今日ここでイベントをやるのにまだこんなにも準備が出来上がっていなくて大丈夫なんだろうかと不安すら覚えたのだが、人間やるときはやるもので、開場三時間前にはスタジアムの中はほぼフェスの準備が整っていた。朝にはステージの床や袖のいたるところに、『バミリ』と呼ばれる粘着テープが張られており、しかもはがれやすいため、靴で何度かはがしかけて注意された。テープだらけで殺風景だったステージも、マイクや機材がセットされ『これからライブが始まるぞ』という雰囲気をかもし出し始めた。
 ステージ近くを通る際に、床に張られたバミリのテープにあわせて機材を置いているのを見て、そりゃあはがしたら怒られるなと一人納得するのだった。


「ありがとうございます。そちらに置いておいていただけますか?」

 実況席に荷物を届けると、設置されたテーブルで卜部 泪(うらべ・るい)が進行表などの書類を見ながらもう一人の実況スタッフと打ち合わせをしているところだった。卜部は空京にあるテレビ局の看板女子アナウンサーで、主に朝や深夜番組のニュースを担当している。癒し系の笑顔とトークが売りで、彼女の出演する番組は時間帯を問わず視聴率20%を越えるほどの人気アナだ。
 そんな卜部にこんな間近で見ることが出来るとは。イベントを影で支えるという仕事もいいものだなぁと思いつつ、リカインはまた仕事に戻るのだった。


 開場五分前。
 スタジアムの外には長蛇の列――というよりも人で埋め尽くされており、一時間前とは比べ物にならないほどの人が押し寄せていた。
 そのざわめきはバックステージにも届くほど。
 楽屋で最終チェックをしていた寿子にもその空気は届いていた。

「緊張してます?」

 パートナーであり、プロデューサーでもあるアイリ・ファンブロウ(あいり・ふぁんぶろう)が寿子の肩にそっと手を置き優しく声をかける。
 目を閉じ深呼吸して、寿子は肩に置かれた手にそっと自分の手を重ねて呟くように答えた。


 会場内の電灯が消え、暗闇に包まれる。
 音楽が鳴り、スポットライトがステージを照らす先には実況の卜部の姿がある。
 深くお辞儀をして、マイクを口元へと運んだ。

「さあ、皆様長らくお待たせいたしました! 司会を担当させて頂きます、卜部 泪です。今週もたくさんの挑戦者の方が集まりましたが、皆さんご存知の前回優勝者、遠藤寿子さんは優勝を守りきることが出来るのでしょうか? それとも、今回のチャレンジャーの中から新たな勝者が誕生するのでしょうか?! 今回は遠藤さんにとっても大きな戦いとなります。これで守りきればなんと連続勝ち抜き十週目に突入ということで、勝利すればグランドチャンピオンの称号が遠藤さんに与えられます。皆さんは遠藤さんが新たな歴史を刻むか、それとも新たなアイドルが誕生する瞬間を目撃するのか! それでは“IDOL LiveFesta jam”開幕いたします!」

 ライブフェスタの開始を告げる花火が上がり、ステージに色とりどりのライトが踊る。客席からわぁっと上がる歓声の中、軽快な音楽と共にステージに寿子が現れた。

「皆さん! 今日は全力で楽しんでいってくださいね!」

 耳につけたインカムから笑顔で挨拶をする寿子に、客席からも嬉しい返答が返ってくる。
 ツインテールにして眼鏡を外し、上下お揃いの青いジャケットとミニスカートに身を包みステージで踊る。
 開始一曲目にはぴったりな、ポップな曲調の“Hearty Sunny Day”は前回勝ち抜いた時にアンコールで歌った曲だ。胸の前で手でハートを形作るという仕草があるのだが、客席から見えるように手でハートを形作ってステージへ向けてくれているのが見えて寿子は心が温まっていくのを感じた。

 ――嬉しい。楽しい。……負けたくない!

 これまでと、そしてこれからの気持ちを込めて、寿子は力いっぱい歌うのだった。
 歌う前はあれだけ緊張していたのにも関わらず、いざ歌い出してしまうとあっという間だった。
 音楽がやみ、大歓声に包まれながら寿子はスタジアムをぐるりと見回す。

「ありがとうございました!」


「遠藤さんにもう一度大きな拍手を!」

 拍手の中、寿子はステージを後にする。
 完全に客席から見えなくなったところで額に浮かんだ汗を拭った。