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【マスター合同シナリオ】百合園女学院合同忘年会!

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【マスター合同シナリオ】百合園女学院合同忘年会!

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「……久しぶりね」
 涼風 淡雪(すずかぜ・あわゆき)──元・正真正銘タダの中二病患者であり、今はタダの人だと思い込んでいる、正真正銘の契約者──が契約者の巣窟である百合園女学院を訪れたのは、彼女の為だった。
 彼女・黒ずくめの少女『失われた物語』は、ふとみかんの皮を剥く作業を中断して顔を上げた。
 『失われた物語』は、古代王国時代に書かれた中二な物語が魔道書として命を受けたものだ。
 その能力は、他者に中二な共同幻想を抱かせるというもので、意志が芽生え始めてからは、他者の妄想を書きこんで自我の一部を形成していっている。
 最初の大規模な能力の発動に巻き込まれた淡雪は、被害者であった。そしてその事件以後、契約者としての道を歩むことになったのだが……。
「図書館にいると思っていたわ」
「……ええ……」
 彼女は現在、危険性などから百合園の図書館に所蔵されている。が、拘束されているという訳ではない。
「校長先生が……いい経験になるから、って」
 みかんを剥くのが面白いのか、みかんを盛った籠の横には、皮の小山ができていた。一体、何個食べたのだろう。
「アンブロシア……生命の果実。これを取り込めば、肌は生命の輝きに溢れ、内臓は浄化されるというわ」
 ちなみに、ビタミンCと食物繊維のことだ。
「そうだわ、挨拶をしなければ。……よい、お年をっていうのよね?」
 まだ自主性に乏しい彼女だったが、小説を図書館にこもって読んでいる過程で、少しずつ知識はついていったらしい──尤も、頭でっかちではあったが。
 ホールに行った彼女は、日常生活(というより、生命維持にごくごく最低限のこと)を学んではいたけれど、まだその中二病は抜けていないらしい。尤も、中二病が彼女の根幹であり、他の魔道書よりも自我が薄い以上、「アイデンティティ喪失の危険性」をはらんでいるのかもしれない──とは静香の談だった。
「良いお年をというのは、別れの言葉よ。……ねぇ、どこかに行かない?」
「……いい。ここからまだ、見ていたいの。『観測者』として」
 淡雪はそれではと彼女と同じコタツに潜り込むと、同じようにみかんを剥き始めた。
 和室にしつらえられたホールの一角。ここはきらきらしい雰囲気ではなく、のんびりしていて、人と接することが苦手な彼女にとっても過ごしやすいのかもしれない、と思った。
 それでも周囲に興味を持ってもらおうかと、淡雪は淡々と、彼女に解説をしていく。
「私たちが入っているこれは、こたつというの。小さな四足の櫓の中央にヒーターを付けたもので、その上に布団をかけた暖房器具よ。天板を置いて座卓として使うわ。テーブル状のものや床を下げたものなどもあるの」
 『失われた物語』は耳を澄まし、解説を聞いている。視線が膝を覆うこたつ布団に向けられた。
「……でも実は怠惰の魔物が棲んでいるわ。人を引き寄せ、引きずり込み、堕落させる。使い魔として猫を使うこともあるわ」
 ごくり。『失われた物語』は咽喉を鳴らす。
 淡雪は、それでも淡々と解説を続けていく。
「新年に食べるおせちの料理には色々な意味があるわ。黒豆はまめに働けるように、田作りは五穀豊穣……」
 一通りの解説をしてから、
「……それは虚言。一年の初めにこれらを征服する様を表しているのよ」
 すべてがこんな調子で、『失われた物語』は『世界の真実』という名の嘘知識を教えられていった。
 やがて『失われた物語』は夢中になって福笑いに挑んでいた。
「福笑い……瞬時に相手の顔を覚え正確に『オーラ』を感じ取る、修行なのね……」
 彼女は目を閉じながら鼻のパーツを額のところまでずりずりと移動させていたが、ふと横を向いて淡雪を見ると、
「……ありがとう。こうやって……知るのは、好き。いつかわたしも、学生生活っていうのを、してみたい。だって学校に通うと、第三の目が開くんでしょう……?」
 普通なら突っ込みを入れるところだが、淡雪はゆっくり頷いた。
「今はまだ秘められし力を蓄えておく時。月が巡れば自ずと運命は開けるわ」
 二人は、そんな中二病な年越しを過ごすのだった。



 同じく和室にて。
「あ、あれは誰も名前を覚えてくれない守護天使の人だ」
 そんな失礼なことを言いながら、哀愁すら漂わせつつひとりトランプをめくる青年に声を掛けた。
 隅っこにあるこたつに足を入れて、はんてんを着込んだ一人の守護天使の哀愁漂う後ろ姿に、彼女はそれが“彼”だと気が付いた。
 ……実は、彼の顔をはっきりと覚えている訳ではない。
 見もせずに思い出して似顔絵を書けと言われても絶対無理だ。いや、実物を目にして書いても、誰なのか分らない絵にしかならないような気もする。
 それくらい、これといった特徴が無い──ただ笑顔と存在感の薄さだけが逆に印象に残るその青年の雰囲気を、彼女は知っていた。
「ん……?」
 青年は、十三度目になる『今日の運勢』の占いを中断して、きょろきょろと辺りを見回した。
「もしかして、話しかけられた……?」
「そうですよ。えーとアルなんとかさんでしたっけ?」
 顔を覗き込んだ彼女に、慌てて青年はトランプをかき混ぜてから立ち上がった。そして顔を見て思い出そうとして。
「……確か、一緒に観光した……えーと、……あー」
 思い出そうとして、失敗して頭をかいた。酷く罪悪感にかられた顔をしている。
「……人の名前は絶対に絶対に絶対に忘れないようにしてるんですけど……。……済みません」
 それを、彼女はあっさりと受けた。
「そういえば名乗ってなかったっけ。ワタシは笠置 生駒(かさぎ・いこま)だよ」
 守護天使がヴォルロスでの『布団の中身誘拐事件』後、とあるゆる族に半強制観光に連れて行かれた時、彼女も一緒にいたのだが、その時は場の勢いのまま双方名乗り忘れていたようだ。
 その後も名前を聞こうとしたのだが、これも場の勢いのまま聞き出せずじまいになっていた。
「笠置生駒さんですか。ありがとうございます。……それにしてもこんな僕に声を掛けてくれるなんて……」
 はあぁとため息を吐く彼だったが生駒は気にも留めていないようだ。むしろ気になることがある。
「そうそう、名前は何? まだちゃんと聞いてないですよね」
「いや、名乗ってもどうせ……」
 再びため息。そんな彼を励ますように、生駒は胸を叩くと、
「大丈夫です今回はこれを用意してきました!!」
 力一杯メモ帳と鉛筆を取り出して言った彼女。守護天使はたちまち目を潤ませると、ひしっと生駒の肩を抱きしめた。
「あ、ありがとう! ここまでして僕の名前に興味を持ってくれるなんて!」
「いやそれはいいから早く名前を教えてください」
「勿論だよ! 僕の名前は──」
 満面の笑顔で口をあける守護天使に、聞き逃すまいと、鉛筆を固く握ってメモに書きとめようとした生駒だったが──背後で聞き覚えのある声が。
(……うっきっきー?)
 振り返って見れば、英霊・ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)がその特徴ある姿のせいか、ホールから摘まみだされそうになっていた。
 ……見なかったことにしよう。一瞥して非干渉を決め込んだ生駒が呟く。
「ここであれがパートナーですと言いたくないなー」
 だが、感激が落ち着いたのか、女性に抱きついては非常識だと気付いたのか、生駒を解放した守護天使はしごく真面目な顔になって、
「パートナーなんですか? それは一大事ですね。助けてあげてくださいね!」
「そんなことより名前を」
「あぁそうそう、僕の名前は……」
 せかせかと言ったその文字を慌てて生駒がメモに書きつけた途端、それじゃあ、と守護天使が爽やかな笑顔を浮かべ、手をしゅたっと額の横に掲げて行ってしまおうとする。
 生駒はそれを追いかけようとしたが──その彼女の背中に、助けを求めたジョージが飛びついてきた!
「うっきー!」
「ぎゃあああ!!」
 生駒は思わず手で防いでジョージがしがみ付くのを振り払ったが、哀れ、生駒のおニューのメモ帳は、引きちぎられて紙吹雪となった。
 紙吹雪の欠片を慌てて拾い集めた生駒だったが、彼女のメモはアルカ、のところまで再現するので限界だった。それ以降はビリビリに引き裂かれてしまったのだ。
「アルカ……ンシェル? アルカノイド? いや、も、もしかしたら一字飛んでアルミ缶?」
 ──結局、謎は残るのだった。