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第二章 賑やかなる日 8

「きゃああぁぁ! アムドゥスキアス様、かわいいですわー!」
「あ、あはは……」
 まさかこの歳で可愛いと言われるとは思っていなかった。アムドゥスキアスは反応に困って、なんとも微妙な顔をした。だけど、退紅 海松(あらぞめ・みる)はそんなことお構いなしにアムドゥスキアスを視線でもって愛でてくる。「なんて素敵なショタなんですの……!」と興奮気味に言っている言葉は、いったいどんな意味なのだろうか?
「海松。なんでもいいですが、身内から犯罪者が出るのだけは勘弁してくださいね。僕だってさすがにそれは受け止めきれませんよ」
 はあはあと荒々しい息をたてる海松に、フェブルウス・アウグストゥス(ふぇぶるうす・あうぐすとぅす)がストップをかける。海松は不機嫌顔でフェブルウスをふり返った。
「もう、なんですの、フェブル君! せっかくアムドゥスキアス様をいいこいいこして差し上げようとしていたのに! まったく、台無しですわ!」
「そんなことより、大切な用事があったんじゃないの?」
「はっ! そうでしたわ!」
 急に思いだしたらしい。海松はごそごそと自分のバッグの中を漁ると、そこから数冊の書籍らしきものを取り出した。
「見てください、アムドゥスキアス様!」
「なんだい、これ?」
「同人誌と呼ばれるものですわ!」
 海松はずいっと両手に広げた同人誌を突きだして、声高々にさけんだ。
 それは地球で一般的に普及している同人雑誌――の略という話だった。なんでも地球では(ほとんど日本に限ったことらしいが)、アニメや漫画と一緒にこの同人社会というのも盛り上がりを見せているらしい。その代表的な祭典がコミックマーケット――通称、コミケだった。日本のコミケを基盤に、新しくアムトーシスでの祭典を作ると面白いかなと思いまして、と海松は言った。
 著作物は広く芸術の一種だ。考えてみるのも面白いかもしれない。ただ、今すぐに結論を決めるのはむずかしかった。グラパスも悩ましげに首をひねっている。
「すぐに返事がなくてもいいですわ。ただ、考えていて欲しいだけですの」
「うん、わかったよ」
 アムドゥスキアスが快く返答したので、海松は嬉しそうに笑った。
 それからアムドゥスキアスは、海松から色々と同人社会の話を聞きながら、持ってきた同人誌のいくつかをもらった。二次創作ものもあれば、オリジナルもあるらしい。もっとも、アムドゥスキアスにとっては、元ネタを知らない二次創作物はすべてオリジナルに見えたが。
 そんな話の最中、吉木 詩歌(よしき・しいか)が「こういう地球の文化も、ザナドゥの学校で伝えられるといいよね」と話に入ってきた。その考えも悪くない。教育は日々進歩していくべきだ。膨大な知識はその一つで、せっかく友好関係にあるのだったら、他国の文化も伝える国際外交史の分野を充実させていくべきか。アムドゥスキアスがそんなことを口にしながら考えこんでいると、詩歌はザナドゥの学校に編入したいと希望を伝えてきた。
「君が、ザナドゥの学校に?」
「うん。ナドゥの悪魔の人たちとも、もっと仲良くなって、色んな橋渡しが出来たらって思うんだ」
 詩歌は希望に満ちた目でアムドゥスキアスをじっと見つめてきた。土色の混ざった琥珀みたいな瞳。自分に出来ることをやりたいという、強い願いが込められているような気がした。
 しかし、そう簡単に決められないアムドゥスキアスは悩ましげにうなる。セリティア クリューネル(せりてぃあ・くりゅーねる)が、詩歌の思いを後押しするように、補足した。
 もし学校という場に編入することが可能なら、そこにナベリウスたちもいれてあげてほしいというのである。ナベリウスたちだって、いつまでも子どものままではいられない。いままでの魔族社会じゃなくなるなら、学んでいかないといけないことだってあるはずだ。そのお手伝いをしたいのだという。
「どうか、詩歌をお願いできないかのぉ?」
 セリティアが真剣な眼差しで懇願する。アムドゥスキアスはしばらく悩んだ結果、覚悟を決めたようだった。
「わかった。なんとかこっちで取りはからってみるよ」
「ほんと! ほんとにほんと!」
 詩歌が目も飛びでるような驚きようで何度もたずねる。アムドゥスキアスは、はっきりとうなずいた。
「やったああぁぁ!」
 ずっと願っていたことに、ようやく手を伸ばすことが出来る。詩歌は何度もアムドゥスキアスにお礼を言って、跳びはねるように喜んだ。セリティアはそれを温かな目で見つめる。
 ただ、編入には手続きが必要だ。今すぐにというわけにはいかないが、この観光が終わってからは出来るだけ早いうちに手続きを済ませると、アムドゥスキアスは約束してくれた。
 編入先はアムトーシスの学校になるらしい。詩歌はいまから、その時が楽しみだった。