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第四章 遅れてきた冬 1

クリスマスパーティ


 シャムスたちが街を観光していたとき、レン・オズワルド(れん・おずわるど)たちは着々と、ある計画の準備を進めていた。
 それはなんとクリスマスパーティだ。地球や日本時間ではかなり遅めのものとなってしまうが、クリスマスに馴染みのないアムトーシスやザナドゥの人々に、一度でいいからクリスマスパーティを味わってほしいと考えたのだった。
 企画の進行や準備は、ニヌア姉妹に仕える老執事のロベルダが協力してくれた。人脈や資金、はては人員まで用意してくれた。ロベルダには感謝が絶えない。
 他にも、沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)アール・ウェルシュ(あーる・うぇるしゅ)など、契約者の友人たちも協力してくれた。
 隆寛は場所のセッティング。アールは料理や設営など、手がまわらなそうなところのヘルプだ。場所はアムドゥスキアスの側近の女性剣士サイクスや、観光局局長のグラパスの協力があって、『アムドゥスキアスの塔』で行うことになった。勝手にそんなことしていいのか、と不安にもなったが、サイクスとグラパスは「いーのいーの。どーせそういうの好きな人だし(多少の意訳が入っております)」というような軽い調子で快諾した。
 塔の周りを囲む敷地に、隆寛がテーブルをセッティングしていく。その間、レンのパートナーであるアリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)リンダ・リンダ(りんだ・りんだ)は何をしているとかというと――街に繰り出して、ライトアップの準備を進めていた。
「リンダ。楽しそうですね」
「そりゃあ、当然ですぜ。これは私の作品そのものですからね。せっかくの舞台だ。良いもの見せつけてやりてえじゃないですか。それに、アリス様にも楽しんでもらいてぇし……私、頑張りますぜ!」
 リンダは口悪くも丁寧に言った。
 木製の壁掛け階段に乗って、通りに並んでいる店舗の看板にイルミネーションを飾り付けている。アリスはそれを見あげながら、自分もなにか出来ないかと考えた。せっかくのメイドからのプレゼントだ。主人として、お返しもやらねばなるまい。
 ピンときた。背中を向けたアリスに、リンダが声をかけた。
「あれ、アリス様? どこか行かれるんですか?」
「ちょっとね。楽しみにしてなさい。わたくしも、あっと驚くものを見せてあげます」
 子どものような笑顔で、アリスはその場を後にした。
 アムドゥスキアスの塔では、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)がたくさんの食材を集めてきていた。ロベルダが連れてきた指折りの料理人たちが、その食材を使って様々な料理を作ってゆく。メインは南カナンとザナドゥ、両国の郷土料理だ。山菜を使ったおひたしみたいな料理に、紫芋のシチュー、棒をさした魚の身の揚げ料理など、たくさんの料理がテーブルに次々に並べられていった。料理人の中にはレンの姿もある。「おまえ、なにやってんだ!?」と、知り合いが驚く姿が目に入った。
 夜になってきて、街の人や観光客たちもどんどん集まってくる。シャムスたちの姿もあった。こんなパーティが催されることは聞かされていなかったようで、ビックリしている。パーティ開始まで、あと数分だ。アムドゥスキアスの塔の最上階。さらにその上の屋根に、アリスの姿が見えた。
「さあ、かわいいメイドに、プレゼントを返してやろう。今宵はパーティの始まりだ!」
 夜になったせいか、闇の眷属の口調になったアリスがバッと手を広げた。
 その瞬間――アムドゥスキアスの塔に雪が降り注いだ。〈ホワイトアウト〉の呪文によって起こった雪だ。しんしんと降り注ぐ真っ白な粉雪に、街の人や観光客たちが歓喜する。見事なホワイトクリスマスが、そこに生まれた。
 そして、参加者が全員そろったところで、エプロンを外したレンがグラスをあげる。
 さあ、みなさんご一緒に――
「メリークリスマス!!」
 アムトーシスの街に、冬がやってきた。


 アール・ウェルシュに連れられて、久我内 椋(くがうち・りょう)たちはクリスマスパーティにやってきた。
 なによりも驚いたのは本人たちより、隆寛だった。隆寛はアールの後ろに引き連れられる椋たちを見て、ぎょっとなった。なにせそこには因縁のあるモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)の姿もあったのだから。変装をしていようと、隆寛にはわかる。
 腰まで届くような長い金髪をひるがえすモードレットを見て、隆寛は厳めしく眉を寄せた。
「アール殿……お手伝いはありがたいのですが……なんという方を連れてきてしまったのか……」
「ほう……? 元気そうだな。どうやら槍で刺しただけじゃあ、死にはしないらしい」
 モードレットは喧嘩を売るように隆寛を見すえた。ただもっとも、いまのモードレットは普段の男性然としたショートヘアと甲冑姿ではない。美しいドレスを着込んだ貴族の淑女を思わせる姿をしていて、迫力は普段の半分程度だった。それでも隆寛は警戒心を見せる。モードレットはふっと嘲笑った。
「なに、今日は騒ぐ気は無いから安心しろ。俺とて馬鹿じゃない。平穏を過ごしてるような土地に、わざわざ荒立てるようなことはしないさ」
「そうですか……。それなら、良いのですが」
 隆寛は釈然としない思いを抱えながらも、納得することにつとめた。
 アールもこそっと隆寛に言う。「むしろこちらから誘いかけて毒気を抜いたほうが、安心できるのではないか」と。確かにその通りかもしれないと隆寛は思った。椋たちは隆寛に別れをつげると、パーティの人込みのなかに消える。その背中に向けて、アールがあかんべーをしていた。どうやら相手は椋のように見えるが……。
「何をしているのですか? アール殿」
「ううん、なんでもないわ、ルーカンさん。さ、私たちも早くお手伝いに戻りましょ」
 アールは笑顔に戻って、隆寛をうながした。
 なんだろう? 椋からなにか嫌なことでもされたのだろうか。アールにしては珍しいことだったが、隆寛はそれほど深く考えることはせず、パーティの給仕へと戻っていった。


 出かける前のモードレットはすこぶる機嫌が悪かった。
 というのも、椋とクロケルがモードレットに黙ってアムトーシスに来たことがある、ということがバレてしまったからだった。それでなぜ不機嫌になるのか、椋にはよくわからなかったが、アムトーシスで名所巡りをしているうちに機嫌はすこしぶつ戻っていった。なんのかんのと楽しかったし、椋も大満足だ。
 ただ、もともとアムトーシスや南カナンとは敵対していた関係にある。変装するのが必要不可欠で、モードレットは珍しく女性らしい服装に身を包んでいた。これはこれで目の保養だ。本人はまったく気に留めていないが、周りの男連中はモードレットの美しさに目を奪われている。どこかの貴族のご令嬢がやってきたのではないか。そんな噂さえ飛び交いはじめた。
「いやいや、暴君もなかなか隅におけないね。みんなの視線が釘づけじゃないか」
「なんのことだ? それよりも椋。さっさとスープでも持ってこい。俺は腹が減ってるんだ」
「わかりましたよ。ちょっと待っててください」
 椋を足蹴に使って、モードレットの機嫌は好調のようだ。
 グラスに注がれたワインを飲みながら、「クリスマスパーティとやらも楽しいものじゃないか」と、口にしていた。椋が食事をもらってくると、舞台上の出し物を見ながらしばらく時間をつぶす。モードレットは時々笑いながら椋の肩をばんばん叩き、椋はそのたびに優しくほほ笑んでいた。
 こうして見るとデートみたいに見えなくもない。周りの男どもの視線が憎悪に変わって椋に注がれているのを、クロケルは見て、彼は「美人の相手は大変だねぇ」なんてつぶやいていた。