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2023 聖VDの軌跡

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2023 聖VDの軌跡

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【地獄の地下駐車場】

 闇プロレスとストリートファイト双方の試合が、ひと通り終了し、各試合の結果が確定した頃合い。
 不意に、花道の一角にスポットライトが当てられ、そこに怪しげなプロモーター姿のローザマリアが姿を現した。
 手にしたマイクで場内のみならず、控室にも彼女の声が届けられる。
「VDがヴァン ダレイって、親父ギャグがそもそも寒いのよ! 白けたのも無理はないわ。この入場ゲートを通って、駐車場にある車から帰りなさい!」
 勝敗は関係なしに、全てのカップル達に地上への脱出権を与える、というのである。
 普通であれば、このような勝手な裁定を聖ヴァンダレイが呑む筈もないと思われたのだが、しかし意外にも、聖ヴァンダレイは何もいわず、ローザマリアの行動を黙認していた。
 ともあれ、ローザマリアのこの通告を受けた控室のカップル達は、ぞろぞろと入場ゲート裏へと足を運び、そこから通じる地下駐車場へと向かった。
「やっと、この馬鹿馬鹿しいイベントから解放される……」
「お疲れ様、陽太。明日はもうちょっと、ましなヴァレンタインにしましょう」
 心底疲れ切った様子の御神楽 陽太(みかぐら・ようた)を、妻の御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が珍しく、優しい笑みで励ました。
 環菜のこの表情を観れただけでも、陽太としては頑張って戦い抜いた甲斐があったというものである。
「はぁ……結局、何だったのかしらね、このイベント」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が、げんなりとした様子で低くぼやいた。
 勿論、答えられる者は誰も居ない。
 本来であれば非リア充エターナル解放同盟側として聖ヴァンダレイに与するべき存在であったフィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)も、今回だけは敵として参戦した為、ほとんど情報らしい情報は握っていない。
 いずれまた機会を改めて、リア充どもに戦いを挑んでやるとの心意気を抱いているフィーアではあったが、取り敢えずこの場は、他のリア充カップルに紛れて地下闘技場を去ることにしていた。
 ところが――。
「ん? あれは一体、何だい?」
 フィーアが思わず小首を傾げて、前方に広がる妙な景色を指差した。
 そこは、確かに地下駐車場――の筈なのだが、どういう訳か、幾つもの長卓が並べられ、物凄い量の中華料理が積み上げられていたのである。
 そしてその傍らには中華料理のシェフらしき、調理師用白衣に身を包んだふたりの人物の姿が。
「アイヤ〜! アナタ達、迷い込んでしまたかネ。それ、御気の毒に。ささ、こっちに来て、マカナイでも食べるヨロシ」
 ふたりのうちのひとりが、物凄く怪しげな中国人っぽい訛りのきいた言葉を発する。
 すると、もう一方も続いてカップル達を手招きした。
「マカナイなのに、ついつい力が入って満漢全席を作てしまたネ! 休憩時間じゃ食べ切れナイから、皆で食べて行くヨロシ!」
 誰がどう見ても怪しさ全開なのだが、試合で疲れ切っているカップル達は正常な思考が働かなかったのか、何人かがふらふらと、吸い込まれるようにして長卓の群れへと足を寄せていく。
「まぁ……ただでこれだけの料理が食べれるんなら、細かいことは気にしないでおこうかしら」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が(この時には既に、いつもの彼女に戻っている)、無理矢理自分自身を納得させるように呟き、他のカップル達に混ざって長卓へと向かう。
 ところがその時、不意に涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)があっと小さな声を漏らした。
「拙い……そこに居るふたりは、チーム典ノジだ!」
 涼介は、いかがわしいふたりの中華料理シェフがチーム典ノジの典韋とレイラであると見抜いた。
 が、時既に遅し。

「オラ、喰え〜!」
 いきなり凶暴な野獣と化した典韋が、カップルのひとりの後頭部をむんずと掴み、山と盛られた中華料理へ顔面ごと押し付けた。
 そうかと思うと、レイラが別のカップルのひとりを駐車してあったセダンのバンパーに手錠で繋ぎ、強制ハンディキャップマッチへと追い込んでしまった。
「変なチャイニーズと思って油断したのが、運の尽きだたアルネ?」
 油断というより、疲れ切って正常な思考が働いていなかっただけなのだが、それでもレイラは勝ち誇って大いに笑う。
 この様子を、ローザマリアは自分専用の特設観覧席で遠巻きに眺めていたのだが、カップル達は誰ひとりとして、その存在に気づいていない。
「し、真一郎さぁん!」
 ルカルカが、悲鳴をあげた。
 典韋とレイラに捉えられて自由を奪われた挙句、長卓に典ノジカッター(典韋のマウンテンボム+レイラのダイヤモンドカッター)を決められようとしていたのだが、そこへ真一郎が必死の形相で飛び込んできて、何とか自身がクッションとなって、ルカルカに加えられるダメージを最小限に抑え込んだ。
 しかしその代償は大きく、真一郎はふたつに叩き割られた長卓の間で、ほとんどKOに近い状態に追い込まれてしまった。
「そんな、真一郎さん!」
 ルカルカは反撃するよりも、真一郎の身を案ずるだけで精一杯だった。
 更にそこへ。
「お仕置きの時間だ!」
 不意に、ウルトラヴァイオレット様ことジェライザ・ローズが乱入してきた。
 当然ながら、インディゴブルーとしてのカンナも一緒になって飛び込んできている。
 疲労困憊で反撃の力がほとんど残されていないカップル達にとって、最悪の事態であるといって良い。
 次にチーム典ノジが目を付けたのは、レティシアとミスティのふたりである。
 ミスティはまだ試合のダメージが色濃く残っている為、受け身が取れるかどうか怪しい。ということで、標的とされたのはレティシアの方であった。
「な、何ですのぉ〜!?」
 間延びした悲鳴を上げるレティシアが仕掛けられようとしているのは、車のフロントガラスへの典ノジ地獄落とし(典韋のクロスファイアーにレイラのギロチンドロップを加える合体技)である。
 こんなのをまともに喰らえば、当分は再起不能になるのではないかとさえ思える程の、危険な技だった。
 レティシアは辛うじて、空中殺法を得意とする天性のバランス感覚を駆使して、ダメージを最小限に抑える受け身を取ってみたが、それでも受けた衝撃は決して小さいものではなかった。
 ところで、この地下駐車場デスマッチには、何故か実況机が即席で用意されていた。
 実況を担当しているのはもちろん、学人である。
 どうやらこの地下駐車場でのバトルを、観覧スタンドに陣取る観客達の為に、スクリーン越しに中継しているらしい。
 その実況席付近で、ウルトラヴァイオレット様が美羽に襲いかかった。
 学人は相変わらずの素早い動きで実況席上を慌てて片付け、そこにウルトラヴァイオレット様が美羽の小柄な体躯をパワースラムで叩きつけてくる。
 更に続けて、ウルトラヴァイオレット様は中継用のカメラをどこかから強奪し、自らカメラマンと化して、実況席上でダウンする美羽を撮影しながら、意味不明の罵詈雑言を浴びせかけていた。
「美羽!」
 コハクが、救出に入る。
 ウルトラヴァイオレット様は、実をいえばコハクのカットには気付いていたのだが、ここは敢えて背後からの攻撃を受けることにした。
 こういう辺り、中々徹底したプロ根性であろう。

 チーム典ノジ、そしてウルトラヴァイオレット様による一方的な展開に、カップル達は次々とダウンを奪われ続け、このままでは聖ヴァンダレイ軍団が圧勝するかのよう思われた。
 ところがそこに、舞香達三人が飛び込んできて、予想外のひと言を放った。
「皆、元気を出して! 今なら、Pキャンセラーが利いていない筈よ!」
 その場に居る誰もが、舞香の言葉をすぐには理解出来なかった。
 が、カップルのうちのひとりが試しにコントラクターとしての能力を駆使してみると、成る程、確かにそれまで使用出来なかった能力が、復活しているようであった。
「今、フランチェスカってひとがラインキルドに挑んでいるから、その間に何とか勝機を掴むのよ!」
 曰く、今回の地下闘技場内に張り巡らされていた強力なPキャンセラーの正体は、人間Pキャンセラーへと昇華したラインキルドだったのだ、という。
 一体何をどうすればそんな芸当を身につけることが出来るのか誰にも理解不能であったが、どうやら『行殺』と呼ばれる謎の魔空間と深い関係があるらしい。
 ところが、その人間Pキャンセラー能力も完璧ではないらしく、限定された空間でしか効果が発揮しないのに加え、誰かがラインキルドに絡み続けて『行殺の魔空間』が機能している間は、人間Pキャンセラーの方が機能しなくなる、という欠点を持っていた。
 そして今まさに、フランチェスカがラインキルドに絡みまくって、自ら身を挺して行殺の憂き目に遭う代わりに、窮地に陥っているカップル達を救おうとしてくれていたのである。
 涙なくしては語れない美談であろう。
 だがともかく、今のカップル達はコントラクター本来の力を取り戻している。
 それはチーム典ノジやウルトラヴァイオレット様も同条件であったが、人数が圧倒的に違う。
 Pキャンセラー下では疲労困憊のカップル達が不利だったが、コントラクターとしての能力が復活した今、今度はチーム典ノジとウルトラヴァイオレット様の方が逆に、人数で圧倒される展開へと陥っていた。
「そうとなれば、こっちのものだわ」
 インディゴブルーに羽交い絞めにされ、今にもウルトラヴァイオレット様が振り下ろそうとしていたショベルの餌食になりかかっていたセレンフィリティが、すでのところで必殺の一撃をかわす。
 ショベルは、インディゴブルーの肩に命中してしまい、哀れ同士討ちの格好となった。
 それまで優勢に戦いを進めていたチーム典ノジとウルトラヴァイオレット様も、流石にこうなっては為す術もない。
 辛うじて万事休すとなる前に、逃げるのが精一杯であった。
 尤も、ウルトラヴァイオレット様はもともと組んでいたブックがブックだっただけに、逃げることも叶わず、その場でKOされてしまったのだが。
「……これはもう、駄目かしら」
 遠巻きに眺めていたローザマリアは、静かに席を立った。
 丁度レイラが、程よくシェイクされた炭酸飲料の缶の栓を抜き、追撃してくるカップル達の目つぶしをしているところだったが、それもいつまで続くかどうか。
「ま、取り敢えずひと通りはリア充のカップル達を酷い目に遭わせることが出来たんだし、一応目的は達成出来たってところかしらね」
 ローザマリアはやれやれと小さく肩を竦め、未だ阿鼻叫喚の地獄が続く地下駐車場を後にした。