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2023 聖VDの軌跡

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2023 聖VDの軌跡

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【狂宴か、或いは凶宴か】

「お仕置きの時間だ!」

 リングの手前で片膝をつき、腕時計に耳を寄せていた白いミニスカート軍服姿の九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が、立ち上がるや否や、そう叫んだ。
 両手の甲に×印を描いた今の彼女は、リングネームをウルトラヴァイオレット様に改め、聖ヴァンダレイ軍のひとりとして今夜の地下闘技場に参戦している。
 尤も、このリングネームは一夜限りだそうだが、とてもそうとは思えない程に堂に入っていた。
 タッグパートナーの斑目 カンナ(まだらめ・かんな)は、藍色の軍服に身を包み、インディゴブルーのリングネームでウルトラヴァイオレット様につき従っている。
 先にウルトラヴァイオレット様がリングインした後、インディゴブルーは静かに敬礼し、その後いきなりダッシュしてリング内へと駆け込んできた。
 リングサイドからは、ヒートネイツ達がいつもとは違うギミックのジェライザ・ローズに対してどのようなチャントを送って良いのか分からなくなった為、インディゴブルーに対して、
「レッツゴー! インディゴ!」
 などと即席のチャントを送っていたりするのだが、対戦相手であるレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)は、そのような声援などまるで耳に入らず、目の前の敵に集中している様子を見せていた。
「インフラレッドども!」
 不意にウルトラヴァイオレット様が叫ぶと、ヒートネイツのひとりが何かを放り投げてきた。
 ペプシコーラだった。
 渇いた喉を軽く潤してから、ウルトラヴァイオレット様はレティシア&ミスティ組と改めて対峙する。
「私に敬意を払え!」
 いきなり何をいい出すのか――レティシアはウルトラヴァイオレット様に、怪訝な表情を表情を浮かべた。
 次いで、禁欲を強制する説教が始まり、レティシアとミスティは更に訳が分からなくなってきた。
「あのひと……どうしちゃったんでしょうかねぇ?」
「さぁ……何だかよく分かりませんけど、とにかくあのひと達を倒して、こんなバカな空間とはすぐにでもおさらばですよ」
 そうこうするうちに、試合開始を告げるゴングが打ち鳴らされた。
 スターターは、ウルトラヴァイオレット様とミスティである。
 この試合、形式としてはストリートファイト式タッグマッチであるが、ウルトラヴァイオレット様とインディゴブルーのスタイルは完全にプロレスであった。
 であると同時に、レティシアとミスティは空中殺法を得意とする、どちらかといえばルチャに近しい技を多用している為、必然的に試合の流れはプロレス一色へと染まっていった。
「さぁ試合が始まりましたな……この私が無知なる諸君に解説を交えながら、ひとつ実況して進ぜましょう。有り難く思うように」
 この模様を、リングサイドの実況席に陣取った冬月 学人(ふゆつき・がくと)が、丁寧な口調ながらも何故か傲慢な態度で場内アナウンス機能を用いて実況を加えてゆく。
 まるで嫌味な証券アナリストのようでもあったが、ひとまずこの場では措く。
 ちなみに、一応は中立の立場である筈の学人も、何故か紫の軍服を身に纏っていた。
「ゲスト解説には、こちらの人物を用意した。観客の諸君、しっかり勉強するように」
「はいはい、どうもこんばんは」
 学人が紹介したのは、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)であった。
 実際のところはアルテッツァも実況役だったのだが、担当が闇プロレスだった為、この場ではひとまずゲスト解説ということで席を与えられていたのである。

 実をいえば、ウルトラヴァイオレット様は負けブックを組んで敗退する腹積もりだったらしいのだが、ことプロレスに関していえば、実力的にはレティシア&ミスティ組では到底勝機を見出すには至らず、あまり露骨に手を抜き過ぎるのも試合の魅力が半減すると判断し、ウルトラヴァイオレット様としても方針転換せざるを得なくなってしまった。
(こうなったら……仕方ないか)
 ウルトラヴァイオレット様はブルドッグからシャイニングニーリフトへと技を繋いで、まずレティシアを場外に叩き落とした。
 レティシアがやや朦朧としたところにペプシツイスト(所謂、裏投げ)を仕掛け、そこからアナコンダバイスへと入って、動きを封じる。
 一方リング上では、STF−Uから辛うじて逃れたミスティにインディゴブルーが旋回バックドロップで動きを止め、ミスティが大の字になったところで、
「見えっこねえ!」
 などと、倒れているミスティに向かって、自分の顔の前で掌をヒラヒラさせて挑発した後、自らロープに走ってロープリバウンドをした――と、そこで一旦動きを止めた。
 インディゴブルーは何を思ったか、埃を払うような仕草で肩を交互に上下させた後、そこからようやく、フィストドロップを叩き込むという動きへと入る。
 これが、フィニッシャーとなった。
 ミスティはそのままKOを宣告され、やっとの思いでアナコンダバイスから逃れたレティシアがリング内に戻ってきた時には、既に何もかもが終わっていた。
「いやいやいや……全く話になりませんでしたな」
 ウルトラヴァイオレット様がレティシアを場外に叩き落とした際、物凄い勢いで実況席を片付けた学人が、何事もなかったかのように、再び実況を続けている。
 隣のアルテッツァは、どこか引きつった笑みを浮かべていた。
 と、その時、場内スピーカーから何故か、ガラスの割れる音が盛大に鳴り響いた。
 かと思った直後には、緑のリンゴを手にしたシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が花道から登場し、おもむろにリングへと近づいてくる。
「な、何ですかぁ?」
 ミスティを介抱しているレティシアは、更にややこしい相手が増えたと露骨に警戒していたが、しかしシンはレティシアとミスティには見向きもしないで、実況席へと直行していった。
 シンはリンゴをひと口だけかじると、口の中のものを学人の顔面めがけて吹き付けた。
「クーリッジ伝3章16節曰く、『美味い飯は何物にも勝る』、『リンゴはぶちまける為にある』だぜ」
 これに、学人がキレた。
 実況席を飛び出した学人がクローズラインフロムヘルを、シンの喉元に叩きつけると、シンは一撃で昏倒し、腕を顔の上に乗せ、片膝を立てた姿勢のまま、その場でグロッキー状態となってしまった。
 結局、シンはそのまま学人に引きずられて退場する格好となったのだが、その一部始終を眺めていたレティシアは、ただただ茫然とするばかりである。
 だがその一方で、この一連のムーブメントを観覧スタンドから眺めていたローザマリアは、心の底から、
(彼らは……出来る!)
 などと、ひとりで勝手に感心していたりした。


     * * *


 聖ヴァンダレイ軍のメンバーが集まる控室では、ウルトラヴァイオレット様とインディゴブルーのギミック満載な試合運びに、声にならない溜息や感嘆の声が響く。
「ろざりぃぬ……じゃなかった、ウルトラヴァイオレット様、やっぱり、流石です」
 自らもプロレスファンを公言してはばからない富永 佐那(とみなが・さな)が、ウルトラヴァイオレット様の試合巧者ぶりに舌を巻く思いだった。
「あのシャイニングニーリフト……是非、今後の参考にさせて頂こうと思うです」
「真剣勝負の場なのに、あれだけギミック全開で試合を進められるなんて、ちょっと信じ難いよな」
 佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)がそれぞれの感想を口にしている隣りで、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が、うむ、と腕を組んで小さく頷いた。
「試合をしていた当人達ばかりではなく、実況やその後の乱入劇も、しっかり計算されている。あれは、流石にプロだと称賛せねばなるまい」
 だが、感心してばかりもいられない。
 闇プロレス式シングルマッチに参戦する自分達とて、負けてはいられないのだ。
「初戦で吹雪さんが負けちゃったのは痛手でしたけど……これで星勘定は五分。まだまだ、聖ヴァンダレイ軍の底力を見せるのは、これからですね」
 佐那は純粋にプロレスをしたいが為に張り切っているが、ルーシェリアと紅鵡は若干事情が複雑なようで、佐那のように戦いを楽しむ、というところにまでは至っていない様子。
 だがそれでも、聖ヴァンダレイ軍の一員としてリア充どもを叩きのめす、という点では気合十分であった。
「その意気や良し。我らに敗北の二文字は有り得ない」
「そういう台詞は、まずその股間を何とかしてから口にするが良い」
 いきなり現れて何気に佇んでいる変熊 仮面(へんくま・かめん)の裸体に、コア・ハーティオンが物凄く冷めたひと声で応じた。
 佐那や紅鵡辺りはぎょっとした表情で、慌てて視線を逸らしたものの、ルーシェリアは平然と変熊の股間をじっと凝視し、ひと言。
「……微妙なサイズです」
「それはいわない約束だ」
 彼らは一体、ここへ何しに来たのだろう。


     * * *


 ヴァンダレイキックの洗礼を浴びてKOされてしまったレティシアとミスティが、担架で運ばれてゆく。
 その様子を漠然と眺めていたウルトラヴァイオレット様のもとへ、学人がそっと歩を寄せてきた。
「……何?」
「いや、実は」
 低い声で短く応じてから、学人はこの後の試合スケジュールが記された進行表をウルトラヴァイオレット様に示した。
 そこに記されているうちの、一番最後の部分。
 ウルトラヴァイオレット様は思わず、ほほぅと小さく声を漏らした。
「チーム典ノジ……相変わらず、面白いブックを組んでるね」
「聖ヴァンダレイから、これにも参加するように、との指示が出てるから、もうひと暴れする必要があるね」
 望むところだ、とウルトラヴァイオレット様はほくそえんだ。
 今度こそ、自らが組んだブックを実行する機会がありそうであった。