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本日、春のヒラニプラにて、

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本日、春のヒラニプラにて、

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VIII 午後4
 
 
 目的地の猟場まで、腰まである泥沼の中を、ゴムボートを担いで運ぶ。
 休日の自主訓練なので、休憩はこまめに取った。

 猟場に着いたら、光学迷彩とベルフラマントで姿と気配を隠し、風上から慎重に接近する。
 獲物を見つけた。
 的は鴨だが、訓練には真剣だ。
 確実に標的を狙い、照準を定め、ローザマリア・クライツァールは引き金を引いた。
「お見事ですわ!」
 エシク・ジョーザ・ボルチェが感嘆の声を上げた。
 仕留めた鴨を、部下が拾って戻って来る。
「歴史に名を遺した凄腕の狙撃手はね、元は猟師を生業にしていた手合いが多いのよ」
 部下達にも振舞うには、一羽では足りない。
 狩りを続け、やがて彼等は充分な収穫を得た。
「ローザ。感謝します。とても善い休日を過ごせました」
「それはよかったわ。じゃ、帰って鴨を調理しましょう」
「……」
 帰って。
 エシクはぱちぱちと瞬く。ローザマリアは笑った。
「勿論、来た道を引き返すのよ」



 ヒラニプラにあるオープンカフェが待ち合わせ場所だった。
 現れたトゥレンを見て、黒崎天音は居場所を示して手をあげる。
「こんにちは。
 久しぶりに顔が見れて嬉しいよ。あの兄弟は元気かな?
 風の噂では、弟さんはミュケナイに戻ってるらしいけど」
「お陰で遊び相手がいなくてさ。選帝神様は忙しそうだし、あれこれこき使われてさー」
 トゥレンは大袈裟に肩を竦める。
 向かいの席に座った彼に、天音はメニューを渡した。
「好みの飲み物はあるかな」
 トゥレンはメニューを見て首を傾げる。
「キャラメルマキアートって何?」
「甘い物は好きかい?」
「特に苦手はないけど。スムージーって何?」
 訊ねた後で、トゥレンはメニューを天音に返した。
「任せる。美味しい物を飲ませてよ」
 天音は苦笑しつつ、給仕を呼ぶ。

「で? 何で俺を呼んだの」
 ヒラニプラに来る日に合わせて、都合が良かったら、と手紙を送っていたのだ。
「いい季節になったからね。
 たまにはこちらの観光もいいんじゃないいかと」
 春の風情をふんだんに取り入れたカフェで、天気もいい。
 ふうん、と運ばれて来た紅茶を飲みながら、トゥレンは辺りを見渡す。
「先日は、友人達がお世話になったみたいでありがとう。
 こっちは、上手くやれなくて済まなかった」
 そう言うと、トゥレンはじっと天音を見た。ふっと息をつく。
 終わった後に、色々言ったところで仕方がない。トゥレンは何も言わなかった。
「……それじゃ、男二人でヒラニプラデートとしゃれ込もうか。ガイドするよ。
 行きたいところはあるかい?」
 トゥレンのカップが空になったのを見計らって、天音は立ち上がった。
「任せる」
 トゥレンも肩を竦めながら立ち上がる。
「楽しませてくれるんだろ」
「じゃあ、最初は機晶石のアクセサリーの店でも行こうか。意外と面白いよ」
 そして、最後に行く場所は、既に決まっていた。


◇ ◇ ◇


「演習終わり――っ!」
 とにもかくにも、演習が終了して、琳鳳明はうーんと伸びをした。
「おう、終わり。皆、お疲れ」
 都築少佐の言葉で、演習時間が終わり、プライベート時間に入ったと判断した大熊丈二は、クーラーボックスで冷やしていたビールを取り出した。
「お疲れ様でした、少佐」
「お、気が利いてるな」
 丈二がフタを開けたビールを受け取って、ありがとう、と彼は礼を言う。

「皆さん、お疲れ様でした」
 タマーラ・グレコフ達に連れられて来ていたヨシュアが、戻って来たニキータ・エリザロフや叶白竜達を労った。
「ありがと。ヨシュアも打ち上げ付き合わない? あそこ結構いいお店よ〜」
 ニキータが、ヨシュアを打ち上げに誘う。
「一緒に飲もうぜ」
 世羅儀もそう誘って、ヨシュアは応じた。

「さって、あとは、後片付けして終わりだね!」
「皆さん、打ち上げの時間を忘れずに」
 セラフィーナ・メルファの声を聞きながら、彼等は三々五々散って行く。
 鳳明は居残って、律儀に用具を片付けた。
 旗やカラーコーンなどを軽トラックに積んで教導団の用具室に仕舞えば終了だ。
「やー、打ち上げを用意してくれるとかセラさん無駄に気が利くよねっ」
 鼻歌を歌いながら、鳳明は用具室を出た。
「あ、琳少尉、丁度よかった」
「はい?」
 用具室を出たところで、鳳明は声を掛けられた。
「用具室。悪いけど、このメモの機材を第七演習場に運んで置いてくれるかな。何か用事ある?」
「はい、用事が……あ、いえ、任務とかではないので、了解しましたっ」
 断りきれずに、鳳明はメモを受け取る。
「ありがとう、よろしくね」
と、頼んだ人物が去ってメモを見た鳳明は困った。
「……あれっ、これこの用具室に無い機材もメモにある。第二倉庫に行かないと〜」

 そうして、機材を全て運んだ時には、セラフィーナの言っていた時間はすっかり過ぎてしまっていた。
「うう、待ち合わせ場所にセラフィーナも居ない……当然か。
 お店に直接行こう……あ。」
 とぼとぼと歩き出した鳳明の目に、両手と背中に荷物を持ってよたよた歩く老婆の姿が飛び込む。
「お婆さん大丈夫ですか!? 荷物持ちますっ」
 吸い寄せられるように、手が一番大きな荷物にくっついた。

 そんなこんなで色々あって、ようやく鳳明が打ち上げ会場の店に着いた時、そこにはもう面々は居なかった。
 ふと気付けば携帯にメールが来ている。セラフィーナからだ。
『また厄介事ですか? 二次会のお店はこちらです。都築少佐はお帰りになりました』
「ガーン」
 がくりとうな垂れつつも鳳明は、何とか次の店に辿り着く。
 そうして、二次会からの打ち上げに参加することができた。



 付き合わされて、打ち上げに参加していたテオフィロスは、天音が連れて来た人物を驚いて見た。
 一方のトゥレンも、テオフィロスに気付いて目を丸くする。
 今は解体された、元第七龍騎士団の龍騎士同士。
 シャンバラに身を置いたテオフィロスと、龍騎士団を離れたトゥレンの、思いがけない再会だった。
 ぽかんとした後、トゥレンは天音を見た。
「『驚かせて悪かった』」
 視線を受けて、天音は苦笑して答える。
「ただ、どうにも気になっていたんだよ……君達には、家族のような絆があるように思っていたから」
 その最初の一言には、含みがあった。
 トゥレンはその不自然さに気付いたようだが、僅かに眉を顰めただけで、問うことをしなかった。
 それは、『狭間の世界』で死んだ元龍騎士、カスムェールの言葉だ。
 最後の言葉など、伝えたところでトゥレンは喜ばないような気がした。
 密かに会話の中に織り交ぜて、天音は、伝えると言った約束を果たした。
「……家族ね」
 肩を竦めたトゥレンから、テオフィロスは気まずそうに目を逸らす。
「何て顔してんの」
「……浅ましく、生き恥を曝している」
「はあ? 何言ってんの。
 生きてることが恥と思うような子に育てた覚えはありませんよ」
 苦い顔をしたテオフィロスは、呆れたようなトゥレンの言葉に、嫌そうな顔をした。
「育てられた覚えはない」
「だから育てた覚えないって。
 それより副団長でしょ。十人も一緒に行ってて、何であの人死なせてんの。三つ子もいないって?」
 ぐ、とテオフィロスは俯く。
「……なんて話を今更してもしょうがないんだよね。
 どうせ死ぬ程自分を責めてるんだろうし、あんまり言うと、あんたのことだから、ナラカの底まで副団長探しに行きそう。
 何、契約者になってんの?」
「……ああ」
「へー。契約すると強くなるって? どんな感じ?」
「…………」
 テオフィロスは、興味津々のトゥレンを見て溜め息をつく。
「それでも自分の方が強いと言いたげだな」
「はは。何なら戦ってみようか。強いかどうかは知らないけど、俺が勝つよ」
「遠慮する。そっちはどうだ。お前、シャンバラに来ても大丈夫なのか?」
「俺今、遊び人のレンさんだから。
 んー、半分は別のところに編入したね。第七に残ったのが若干。
 残りは自由業になっちゃった」
 打ち上げの席とは離れた、ブルーズ・アッシュワースがあらかじめ用意していた席で、二人は語り合う。
 天音は別の席につき、二人の様子を眺めていた。



「少佐、お疲れ様でした」
 ルカルカ・ルーの労いに、「ああ、お疲れ」と、都築も答える。
「さすがの鉄壁だったな」
「ありがとうございます。
 少佐は、今後の予定などはどうなってるんですか?」
「俺か? 辞令待ちだ。
 最近の仕事は短い作戦が多かったが、俺はこっちに来て、何でかヒラニプラに居るより他所に派遣されてる方が長いからな。
 ここのところはずっと本拠に居たが、そろそろ何処かに飛ばされるんじゃないのか」
 げんなりと答える都築に、白竜がビールを勧めた。
 生徒達の前ではあまり飲まない様子の都築だが、少しくらいはいいだろう。
 彼も、勧められたものを拒むことはせずに受け取る。
「一度、きちんと礼を言っておきたかったのですが」
「ん?」
「ナラカ降下作戦時の折、こちらの無謀な提案を認めて貰えたことが嬉しかったです」
「ああ、あの作戦は大尉だったな」
 都築は思い出して笑った。
「あんな場所では、一見無謀でも有効策になったりするもんだ」
 だが自分達では考え付かない策だったろう、と言う。
「お互い、生き残ってよかったな。これからも生き延びて行けよ」


 その後、有志は二次会へと続いたが、都築やテオフィロスは、一次会で打ち上げを辞した。
 じゃーね、と彼等に手を振って、トゥレンも帰って行く。
「報告書は書面とデータ、どちらが?」
 沙に訊ねられ、
「演習だろ? 俺は代役だし、別に必要ねえよ」
と返す都築少佐のアバウトさに笑った。
 確かに、極端な話、この演習で昇進がどうこうということにはならないだろうが。
「では口頭で。もう一杯如何ですか。テオフィロスさんも」
 静かなバーに、二人を誘った。

「青チームは、護りを重視したというところでしょうか」
「赤チームは前衛が全員特攻をかけたのか」
 個性が分かれたな、と、演習を振り返って都築が言う。
「だが、最前線に行くには少し力が足りなかったな」
 結果的に相手はルカルカで、彼女も強敵だったが、元龍騎士のテオフィロスが旗を持っていると思っていてこの特攻とは、随分潔いことだ。
「龍騎士との手合わせなど、そうできることではないですから。
 旗まで到達できたら、胸を借りようくらいの意気込みでいたのでは?
 或いは、いいところを見せたかったのかもしれませんわね。彼は少佐を慕っているようですし」
「……死なせたくねえと思っちまうな」
「その為の演習、訓練ですわ」
「兵が死なない戦争なんてねえよ」
 ぽつりと呟き、苦笑する。
「昇進するのは、実戦で手柄を立てた奴だ。
 必ず死ぬと解っている作戦を部下に命じて、その戦果を自分の手柄に出来る奴が、出世して行くのさ」
「死なせないように努力している人もいるでしょう」
「そういう奴もいるから、辛うじて救われてるよな」
 都築少佐はふと笑う。
「……そういう屍の上に立っていることを、団長はちゃんと解ってる。
 だから支持されているんだろう」

「防衛戦の時は、お役に立てず申し訳ありませんでした」
 鈴は、都築と共に参加した作戦のことを話題にする。
 結果的に敵を退けたものの、国境防衛戦は、成功したとは言い難かった。
「何が足りなかったのかとあの後も考えます。
 わたくしは、各校生徒を連携させることで考えが止まっていて、到達点を見据えていなかったのがまずかったのでしょうね……」
「それを言ったら、教導団だけで解決できずに援軍を必要としたところから、ってなっちまうさ」
 都築はそう言ってテオフィロスを見た。
 あの作戦でカサンドロスを失ったテオフィロスは、石のように黙って何も言わない。
 苦笑して、都築は話題を変えた。
 都築が一次会ではあまり飲まなかった酒をぐいぐい空けているのに気付いて、鈴はテオフィロスを見た。
 彼は既に諦めているようだ。
「わたくしは、明日は空いているので大丈夫ですが、少佐、明日のご予定は?」
「ああ。二日酔いで一日寝込む予定」
 返答に、鈴も苦笑して、野暮なことを訊ねるのはやめることにした。