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うそつきはどろぼうのはじまり。

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うそつきはどろぼうのはじまり。
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リアクション



14


 黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)は、クロエと一緒に遊びに出かけた。
 すなわち、嘘をつくなら今である。
「そういえばさぁ」
 七刀 切(しちとう・きり)は、出されたコーヒーを飲んでから思い出したように呟いた。もちろん演技だ。間の取り方も何も、計算済みなのである。
 リンスは返事をしなかった。けれど切は目線をやったりなどしない。周辺視野と向けられる視線の気配で彼がこちらを見ていることを読み、言葉を続けた。
「今日って音穏さんの誕生日なんだよねぇ」
 なんてことのない振りをして、なんてことのない嘘をついて。
 リンスがどういう対応に出るのか、見て楽しもうかな、なんて。
(エイプリルフールだし、いいでしょ。これくらい)
「一言祝ってやってよ」
 ここで、リンスに視線をやった。リンスはやや思案げな顔で、テーブルの一点をじっと見ている。
「音穏さんって自分からもうすぐ誕生日なんだーとか言うタイプじゃないやん?」
「反応窺ってそわそわするけど言い出せない感じ?」
「そうそう。だからさぁ、ね?」
 駄目押しで頼んでみると、リンスは「わかった」と頷いた。してやったり。あとは、おめでとうと言われたときの音穏の反応と、騙されたとわかったときのリンスの反応を楽しむだけだ。
(そんでもって)
 本当の誕生日は四月四日とそう遠くない日なので、その時にまたお祝いしてもらうようお願いしよう。


 クロエと四葉のクローバーを探して、見つけたからとうきうき気分で戻ってきたら。
「黒之衣、お誕生日おめでとう」
 リンスが、毎度お馴染みの無表情に優しい言葉を伴って待っていた。クロエが不思議そうな顔で、音穏の手を引いた。うむ。音穏は無言で顎を引く。
「……我の誕生日は、今日ではない」
「は?」
「明々後日の四日だ」
「……はあ。……あ」
 よくわからない、といった具合で首を傾げていたリンスが、何かしら思い当たって背後の切を振り仰ぐ。
「嘘か」
「あっはっは。きれーに騙されてくれたねぇ、おっかしい! 今のきょとん顔とかポイント高いわ〜」
「やられた」
 リンスに怒った様子はない。そうするとこの馬鹿は調子に乗るので、代わりにシメておかないと。そもそも嘘に使われたことが気に食わない。未だ笑い続けていることもだ。
「…………」
 無言のまま切の横に立つと、笑い声がぴたりと止んだ。笑みをかすかに引きつらせ、切が音穏の顔を見る。
「あ、あの、音穏さん?」
 猫なで声に答えてやるつもりは毛頭なかった。
「怒ってる?」
「全然怒ってないぞ」
 嘘だけど。


 音穏に叩きのめされた切を見て、リンスはクロエの頭を撫でた。
「自分だけしか楽しくない嘘は、ああいう悲劇を招くからね」
「そうね! きをつけるわ!」
 素直な返事をするクロエにいい子と囁いて、切に近付く。
「いい教訓になってくれてありがとう」
「し、心配してくんない?」
「してるしてる」
「嘘やろ……」
「嘘だね」


*...***...*


「うぉい〜〜〜〜っす」
「ハァイ☆ オトー様、オネー様、オ久しぶリィ☆」
 毎度恒例となった挨拶を口にしながら、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)を肩に乗せ、工房のドアをくぐった。リンスからの返答を受けるまでもなく、商品棚の前へと向かう。途中、アリスが肩から降りてテーブルに着地した。
「なんかいいのあるー?」
「抽象的すぎてなんとも」
「お客様のニーズに応えろよ店主」
「生憎無茶振りに応えられるコミュニケーション能力はなくてね」
「そりゃ大変だ、鍛えてやらなきゃなー」
 ぐだぐだとした調子の会話を繰り広げていたら、ふと思い出した。振り返る。テーブルの上に立ち、リンスに向き合っているアリスを見たら、ああやっぱり。
「結構汚なくなってきるなあ」
 黒ずんだ汚れがちょいちょい目立った。せっかく可愛らしいのにこれではもったいなさすぎる。
 他にも、前に買った人形たちが埃やら何やらで汚れてきたのだ。どうにかしたいと思いつつ、具体的な手入れ方法がわからない。
 以前、各所を飛び回って汚れたアリスをそのまま洗濯機に投げ込んだら恐ろしい形相で怒られた。仕方ないなと水をかけて絞ろうとしたら、更に怒られた。これ以外に綺麗にする方法はわからないので、工房を訪ねたら訊こうと思っていた。
 アリスが、「女の子に向かって汚いッテ何ヨ!」と怒っていたが気にしない。アリスは少々、怒りっぽいようだ。自分がゆるいせいかもしれないが。
「アリスに限らずさ、うちの子汚れてきてんだけど。手入れの方法教えてくんない?」
 アキラが口を開くと、アリスはぴたりと黙った。それまでアキラに向けていた抗議の口を、今度はリンスへと向ける。
「オトー様!」
「何?」
「アキラによっく言い聞かせテ! 酷いのヨ!」
 そして、数々の手ひどい洗濯事件を語り始めた。「ああ……」と、ぬるい目で見つめられて頬を掻く。
「そんなにまずい?」
「まずいね。洗濯機とかとんでもないよ。服だけならいいけどね」
「じゃ、どうすりゃいいのさ」
「メラミンスポンジで軽く磨いてあげるといいよ」
「メラミン? なにそれ」
「知らない? こういうの」
 聞き慣れない言葉に首を傾げると、リンスが椅子から立ち上がった。棚の前に行き、引き出しを開ける。戻ってきたとき手にしていたのは、長方形の四角い物体だった。手渡されたので受け取る。スポンジらしく、とても軽かった。きめ細かですべすべしている。
「これ掃除お役立ちグッズで見たことあるな。洗剤いらないやつ?」
「そう。力入れなくても落ちるから、優しくね」
 うい、とゆるく返事をして、返そうとしたら「あげる」と言われた。どーも。ぺこりと頭を下げて、ポケットにしまい込む。
 今日ここを尋ねた目的のひとつである、アリスの手入れ方法はわかった。あとは好きに買い物をして、だらけて帰ろう。ふんふんと鼻唄交じりに、商品棚の前に戻る。


 いいと思ったものを買い、満足してテーブルに突っ伏してお茶をご馳走になっていたら、思い出した。
(今日ってエイプリルフールじゃん)
 嘘をつこう。一秒で決めると、アキラは買ったばかりの人形を取り出して「あ」と声を上げた。
「リンス、この子まだ魂が抜けきってないみたいだよ」
「え?」
 いつもは平淡な声に、少しだけ慌てたような音が混じった。騙されてる騙されてる。笑いそうになるのを堪えて様子を窺う。
「ほら」
「どれ? ……って。嘘か」
 人形を受け取って、それが完全にただの人形であることを確認してからリンスが呆れたように言った。
「大成功ー」
 シシシと笑い、再度机に突っ伏す。どこかばつの悪そうな表情になったリンスが、「嘘つきは泥棒の始まり」とぼそり、零す。
「いいんだよ人はみんな恋泥棒なんだよ愛の狩人なんだよリンスなんか俺の心盗みまくりじゃねーか貴方は大変ものを盗んでいきました俺の心ですー」
 それに対して一息でまくし立てると、リンスがたっぷり五秒は間を開けてから、
「何を言っているのかわからない」
 神妙な顔で言ってきたので吹き出した。
「てか」
 そこでまた、別のことを思い出す。がばりと机から顔を上げ、リンスに詰め寄った。
「最近ちょー大変だったんだよ下手すりゃパラミタ大陸終わってたんだよリンスだって人形作ってる場合じゃなかったんだからこの工房だってなくなってたかもしんないんだから俺もーちょー頑張ったんだよ」
 再度、一息で告げる。やはりリンスは数秒の間を開け、「お疲れ様でした」と軽く頭を下げた。うむうむ、よきにはからえと頷く。
「よくそんなに喋れるね。早口だし」
「リンスとは逆だぁなー。発声練習でもする? あめんぼあかいなあいうえお」
「やめとく」
「乗れよ、ゆるいなあー」
 三度机に突っ伏すと、静かな工房の静かな時計の音が聞こえてきた。
「のんびりと過ぎていく時間が、嘘みたいだ」
 思わずそう呟いたけれど、あるいはこの日常の方こそが仮初なのだろうか。
「夢か現か、嘘か真か」
 時々わからなくなってくるよ。
 愚痴に近い苦いものが滲み出た。リンスは何も言わずに聞いていた。
 本当に、静かだった。気持ちも落ち着く。突っ伏していることもあって、うとうとと眠気がやってきた。
「チョット! ココで寝たらオトー様に迷惑デショ!」
 アリスの声が、遠くから聞こえる。ぺちぺちと腕を叩かれている感触もした。頑なに目を閉じていると、「いいよ」とリンスの声。
「疲れてたんでしょ。寝かせてあげな」
「デモ」
「それに俺、ドロワーズからも話が聞きたいな。何かお話、してくれない?」
「わたしもききたい!」
 やり取りに続いて、クロエの声もした。
(おうおう、お疲れなんだよ。そっちはみんな、元気だなあ)
 少し寝て、目が覚めたら。
 俺も一緒に、笑いたい。