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帝国の新帝 束の間の祭宴

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帝国の新帝 束の間の祭宴

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 迎えるその時 




「ええと……『帝国の方が一段落して犯罪者じゃなくなったんで、近いうちに帰ります……』っと」

 エリュシオン宮殿、貴賓室の一角。
 セルウス達の元を訪れたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、一通りの挨拶を済ませ、シャンバラで待っている相棒にメールを打っているところだった。エリュシオンに来てから、思いのほか長く留守にしているのだ。気の抜けない状況が続いていたせいで、連絡を取れずにいたため、心配しているだろうな、と思ってのメールだったのだが、いざ書き出そうとすれば状況説明だけで、相当手間がかかってしまいそうなので、早々に諦めて、よし、と満足げにシリウスは送信ボタンを押した。
「今までの話とかするとクソ長いうえに面倒だし、こんなもんだろ」
 と、本人は満足げだったが、そのあまりの投げやりな文面に、後になって受信相手からこっぴどく説教されることになるのだが、それはまた別の話だ。
「シャムシエルの情報は見つからず、か……いや」
 そんなシリウスを横目で見ていたサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)は、小さく呟いて首を振った。目的は叶えられなかったが、得たものがある。そう心中で漏らすと、着替えも済ませて、どこか落ち着かない様子のドミトリエ、そしてセルウス達へとその視線をそっと向けた。


 前夜祭の間も、ひっきりなしに訪れる友人達のおかげで、退屈することなく過ごすことの出来た日々も、終わる時がやって来ていた。
 いつの間にやら馴染んだ風景となってしまった、雀卓を囲んでジャラジャラとやる仲間たちの姿も、暫く見れなくなるのかと思うと名残惜しいようで、それぞれ正装のままで牌を囲むと言う、かなり奇妙な光景の中、セルウスは盛大に溜息を吐き出した。その意味は判るし、自身の心境も似たようなものではありながら、ドミトリエは「やめろ、辛気臭い」とわざとらしく顔を顰めて見せた。
 皇帝とその臣下、とはとても思えない二人の光景に、軽く笑いながら「なっちゃったのよねぇ、エリュシオンの皇帝に……」と、祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)がしみじみと口にした。
 アールキングと戦っていた時は、状況がせっぱ詰まっていたこともあって、実感が薄かったのだが、改めて考えると、こうやって友人として繕い無く過ごせるこの時間の貴重さに、妙に寂しい心地になるのも無理はない。
「こうして、ぐだぐだ過ごすのも、気楽に話すのも、難しくなっちゃうのねえ……」
「……そうだな」
 牌をつつきながら呟く祥子に、同席していたレン・オズワルド(れん・おずわるど)も頷いた。二人は、年長者としてどちらかと言えば友や仲間と言うよりは、先生として、人生の先輩として、微笑ましくも逞しいこの少年を、あるいは叱咤激励しながら接してきた。その役目が自身の手から放れ、エリュシオンの人々のもとなる、というのは感慨と同時に、わずかな寂寥が浮かぶのも、仕方がないことだ。
 どこかしんみりしてしまった空気の中、唐突に、コンコン、とドアをノックする音が響いた。
「もうそんな時間ですやろか」
 儀式官たちが呼びに来たにしては、随分と早い。首を傾げながらキリアナが開いた扉の向こうで「宅配便をお届けにあがりました」と頭を下げてみせたのは、丈二だ。
「たくはいびん?」
 セルウスが首を傾げているのに、丈二は運送屋の仕草を真似るようにして「こちらになります」と、持っていた箱をセルウスに手渡した。更に首を傾げる様子に、丈二はまだ運送屋のノリで続ける。
「お届け間違いでないかどうか、お手数ですが中身をご確認ください」
 そう言われて困惑しながら箱を開けたセルウスは、中に入っていたそれに、大きく目を見開いた。詰められていたのは、丈二がメッセージをお願いして回った、樹隷たちの寄せ書きだ。隙間無く埋め尽くされているため読みづらくはあるが、見慣れた文字が縦横無尽に並んでいる。激励からちょっとした悪戯心のあるメッセージ、達筆な字に、ミミズのうねったような汚い字まで様々だ。だがそれら全てが、新帝としてのセルウスと、同時に家族も同然な仲間へ暖かい心が込められていた。
「…………みんな」
 思わず潤みそうになった目元を拭って、セルウスは嬉しげに笑って「ありがとう」と丈二に頭を下げた。
「オレが皇帝になっても……みんなと友達なのは、変わらないんだよね」
「そうよ。彼らは、ずっとあなたの味方よ、セルウス」
 言って、祥子は僅かに目を細めた。
「彼らだけじゃない……今までは私達契約者が傍で支えていたけど、これからは、エリュシオンの人達が貴方を支えてくれるわ」
 そう言った祥子に続いて、レンが「そのことでひとつ、相談があるんだが」と口を開き、首を傾げるセルウスに向けて続ける。
「ここエリュシオンに、ギルドの事務所を構えたいと思っている」
「事務所?」
 よくわからない、と言うようにオウムがえしにするセルウスに、冒険屋ギルドの事務所だ、と仕事の内容や、考えに賛同してくれる人を見つけ、そのアドバイザーとしてでも協力出来ればと思っていることを説明し「勿論」と続けた。
「帝国の臣民ではない俺が事務所を構えるのは、容易ではないことは判っている。俺自身も留まって、信頼を築いていく必要があるだろう」
 その熱意に、協力するにやぶさかではないが、とは答えながらキリアナは首を傾げた。
「ですけど……どうして、エリュシオンなんです?」
 エリュシオンとシャンバラの間にあるわだかまりを思えば、仮に事務所を開けたところで、何かと苦労するのは目に見えている。その苦労に見合うだけのメリットがあるとは考えにくいからだ。もっともな疑問に頷いて「そうすることで、救える人間がいるんだ」とレンは静かに口にした。
「第七龍騎士団」
 その一言に、キリアナが僅かに表情を変え、口をつぐんだのに、レンは続ける。かつての戦争で「死んだことになっている」第七龍騎士団。本人たちは既にこの地を踏むことはないと己の決意を示しているが、もし、彼らの家族がパラミタの地を踏むことを望むのであれば、その橋渡しをすることが出来るのではないか、と。
「時間はかかる。だがそれでも良い」
 それこそが自分の役目であり、目標だ、と語る目を僅かに細め「それに、エリュシオンに拠点があるのは何かと都合もいい」と続けて、レンは先輩としてではなく、仲間に対して向ける穏やかな目でセルウスに笑いかけた。
「これからもセルウスの力に、なっていくためにもな」
 その言葉に、セルウスはへへ、と照れくさげに笑った。


「さて、と。オレ達もそろそろ、お暇するか」
 空気もだいぶ和んだところで、そうサビクに声をかけて、シリウスは腰を上げた。きょとん、と瞬きするセルウスの顔が「帰っちゃうの?」と如実に語っているのに、シリウスは頬をかいた。
「うん、オレはここで帰るよ。式典は出ない」
 あからさまに残念そうにするセルウスに、シリウスはサビクと顔を見合わせて肩をすくめた。
「オレとサビクは元々地球とシャンバラの人間だし……堅苦しい雰囲気って苦手なんだ」
 誤魔化すように笑って、更に引き留めようとする言葉を遮りながらシリウスは目を細めた。
「まぁまた機会を見て改めて会いに来るよ。今生の別れじゃない……新しい目標もできたしな」
 そう言って、シリウスが視線を向けたのはドミトリエだった。自分へ向けられた視線に首を傾げる様子に、シリウスは僅かに迷ってから口を開く。
「ドミトリエ。オレたちはお前の遺伝子上の母……昔はミルザム、今はシャムシエルと呼ばれてる奴の行方を追っている」
 その名前に、一瞬眉を寄せたドミトリエに、シリウスは続ける。
「今は敵対関係だけど……もし彼女を連れてこれたら、会ってやってくれないか?」
 その言葉に、微妙な顔をするドミトリエに、シリウスはじっと答えを待った。遺伝子上の母親、とは言っても、ずっとドワーフに育てられてきたのだから、実感が無いのが本当の所だろう。何より、その事実はドミトリエ自身のあまり思い出したくない出自を引きずり出すものでしかないはずだ、と言うのも判っていた。だが、ドミトリエは沈黙の後、息を漏らして、二人に向かって頷いて見せた。
「…………わかった」
 その一言に込められた幾つもの感情に、シリウスは言葉が見つからないで、ただ頭を下げて見せた。

 そんな二人を見守るようにしていたセルウスの肩を、ぽん、と叩いたのは祥子だ。
「これからが、あなたにとっての本番ね」
 その言葉に頷く真剣なセルウスに、視線を合わせるようにひざを折って祥子は続ける。 
「何かと窮屈なことになるでしょうけど、セルウスの思うようにやればいいのよ皆を守るためにね」
 こんな口調で話ができるのは、この先きっとそうは無い。だからこそ一言一言を選びながら、祥子は思いを込めて言葉を続けた。
「貴方は強くあらなくちゃだめなんでしょうけど、皇帝になる時と同じよ。出来ないことは恥じゃない。出来るようにしないのが恥なんだから」
 セルウスの教師役としての最後の言葉を口にした後、こつんと額をあわせて「これだけは、忘れないでいて」と祥子は笑いかけた。
「必要だと思ったら、いつでも呼びなさい。国とか面子がどうとかに縛られずにね」
 きっと助けに来るから、と。その思いは、その場にいた契約者たち皆のの言葉を代弁していた。力強く頷くセルウスに、立ち上がった祥子は笑って片目を瞑って見せた。
「落ち着いたらシャンバラに遊びに来なさいな。地球の料理とか色んな物、教えてあげたいし……それに、私の素敵なお嫁さんも紹介したいし?」
 その言葉に、丈二も続けた。
「自分は、これが終わったら一介の兵卒に戻りますので、こんな風にお話できる機会は、難しいのかもしれないでありますが……」
 そう前置いて、丈二は手を伸ばすと、それに差しだし返しされたセルウスの手をぎゅっと握った。
「きっと、機会はあるはずです。西王母を皆で一緒に見に行けたら良いでありますね」
 その約束の印とばかりに、握った手をぶんぶんと振った二人に、祥子は笑いかけて、その小さな肩を撫でるようにぽん、と触れた。
「戴冠式はちゃんと見てるから、しっかりね」
「うんっ」
 力強く頷き、踵を返したセルウスの背中に「セルウス」とサビクが短く声をかけた。足を止めたセルウスが振り返ると、真剣な眼差しがまっすぐにセルウスを見て細く尖る。
「ボクは古王国で、帝国とも長く戦ってきた人間だ。本当に帝国を許せる日はこないだろう」
 その言葉に、目線に篭められた思いに、セルウスは返す言葉が見つからずに、困ったように眉を寄せていたが、そんな表情にサビクは少し口元を緩めた。
「けど……だから、キミたちにはそういった過去の確執を乗り越えて友好を築いて欲しいとも思う」
 言って、サビクは姿勢を正すと、セルウスに向けて一礼をして見せる。
「帝国とシャンバラの友好をよろしくお願いします。セルウス陛下」
 その一言の重みに、力強く頷いたセルウスは、野暮な言葉は口にせずに彼らに向かって、堂々とした敬礼を返すと、仲間たちに背中を見守られながら、ドミトリエと共に部屋を後にしたのだった。