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帝国の新帝 束の間の祭宴

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帝国の新帝 束の間の祭宴

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 そして、これからを 



 カンテミールで、佐那の明るい歌声が響いていた頃。夕闇の帝都ユグドラシルでは、リカインの静かな調べの歌が流れていた。

 宮殿前の広場に設置されたステージの上で歌われる、その音色と歌詞にあわせて、集まった人々の好意によって掲げられたランタンから光がこぼれ、地面に星空を描いている。
 エリュシオンの人々には知る由も無いことだが、それはトゥーゲドアで行われていた地輝星祭の再現である。超獣も大地へと還り、この遠い異国の地では、その作られた歌と祭の意味を果たすことは出来ないが、それがかえって良かったのかもしれない。地に星の落ちたような光は幻想的で、本物の夜空に縁の無い、世界樹の中で生まれ育った人々にとってはおとぎばなしの一頁のように心躍る光景だ。
 その様子に、ステージの脇から密かに手を貸していたディミトリアスが目を細めた。ステージに上がる際、リカインの挑戦を聞いたときには難しい顔をしていた彼だが、今は何かを想うように、遠い目が光を見守っている。
 ステージの上からその表情を目に捉え、リカインは満足げに表情を緩めたのだった。


 そんな幻想的な空気が流れる傍らの、帝都ユグドラシルの一角。
 地輝星祭の光や、魔法によるイリュージョンの明かりの陰になるようなその場所では、闇に紛れ……ているのか微妙な空気の中で「フハハハ!」と高笑いが響いていた。
「我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!」
 路地裏に響いた声に、何人かが首を傾げたが、幸い楽団の音にかき消されて、気のせいだと判断されたらしい。そうやって通行人たちが気付いた風も無く横を通り過ぎていく中で、仁王立ちする白衣の男、ドクター・ハデス(どくたー・はです)は、周りを囲む秘密結社オリュンポスの面々を見回して、一人、気のせいか不思議そうにしていたオルクスに向けてグラスを掲げて見せた。
「オリュンポス死霊騎士団長、オルクス・ナッシングよ!この度の戦いでの活躍、見事であった!」
 高らかな賞賛に、部下の戦闘員達が盛り上げるためか、思い思いに合いの手を入れる。
「特に、アールキング配下のナッシングを吸収したことによる著しい成長は特筆に値する!今後も変わらず、我らオリュンポスに忠義をつくしてほしい!」
 半ば勢いに飲まれる形で、オルクスがそれに頷くと、ハデスの「乾杯!」の音頭で、一同はそれぞれのグラスを鳴らした。食べ物や飲み物を囲んで、部下達と笑い騒ぎと、すっかり宴会モードの彼らは、まるで自分たちのための祝賀祭だとでも言うかのごとくだ。一応念の為に説明しておくが、彼らは悪の秘密結社である。世界征服を企んでいるのである。その証拠に、兵糧が足りなくなれば、ハデスの優れた指揮の下、戦闘員達が的確に動いて屋台から食べ物(無料)を頂いている。
 自身は飲み食いをしないオルクスが、そんなハデス達を興味深げにしている中「さて」とハデスが切り出した。
「今回、我らの妨害にも関わらず、セルウスには新皇帝に即位されてしまったわけだが………」
 その言葉を受け、オリュンポス参謀として十六凪が「そうですね」と後を継いだ。
「ハデス君の言うとおり、セルウス君は僕達の試練を乗り越えて皇帝に即位しました。ですが、これは僕の予測通りでもあります」
 そう言って、ラヴェルデの元を訪れたデメテールの報告を思い出しながら「荒野の王を倒したとはいえ、いまだセルウス新皇帝の基盤は盤石とは言えません」と十六凪は続ける。
「そこに、僕達オリュンポスの付け入る隙が生まれます。ラヴェルデさんは信用できないのをお互い様として、利用できる……オリュンポスは、対アールキング、そして荒野の王派との併合に動くその隙に、新勢力としてエリュシオンの覇権を狙って行動します」
 口元に薄く笑みを湛える十六凪の言葉に頷いたオリュンポスの面々を見渡し、ハデスは再びグラスを高々と掲げた。
「我らは今後もエリュシオン帝国の支配を目論んでいくとしよう!」
 それを号令に、再びグラスを合わせる音が、帝都ユグドラシルの闇に高らかに響いたのだった。



 そうして、それぞれが思い思いにお祝いを楽しんでいる中、時刻に応じて更けゆく夜の演出に包まれる帝都ユグドラシルは、未だ冷めぬ熱気と、祭りの名残を噛みしめる穏やかさとが同居を始めていた。
 ステージから降り、わざと暗くされた大通りを並んで歩く歌菜と羽純も、その内の二人だ。
「綺麗……」
 ゆっくりとした足取りで空を見上げていた歌菜が、思わず足を止めた。リカインの歌によって地面を彩っていた光が、ふわりと空中へと溶けて消え始めるその上空を、虹色に光を反射する透明な鱗を持った、七頭の龍の幻影がゆっくりと空を泳いでいく。
 上空を旋回するその龍からこぼれる光が、ほろほろと空気に溶けていくその神秘的な光景に息をつき、傍らの羽純に寄り添いながら「ねえ、羽純くん」と歌菜は口を開いた。
「きっと、この一時が終わったら……また、戦いが待ってるんだよね」
「……そうだな」
 美しい空を見上げながら、その先にある深い闇を見つめているかのような歌菜のまっすぐな横顔に、羽純は頷いた。
「それが、どんなに困難なものでも……きっと私は戦うよ」
 今のように、幸福で美しい時間を守るために。何より、こうして一緒にいるために、と歌菜の瞳に強い決意の光が宿るのに、羽純が眩しげに眺めていると、歌菜はその目を見つめ返して微笑んだ。
「これからも、私の傍で……私を支えてね」
 その言葉に、羽純は微笑みを返しながら、伸ばした指でそっと頬をなぞった。
「……そんなの、約束しなくても、俺はお前の傍に居るよ」
 歌菜がそう望む以上に、自分が側にいたいのだから、と細めた目が告げ、頬をなぞった手が歌菜の手を取った。肩が触れ、隙間を埋めるように寄り添ったお互いの指先が絡んで、とぎゅっと握りしめあう。

 ありがとう、そして、これからもよろしく、と。
 そんな思いをその手のひらに篭めながらーー……



 そうして、祝宴の幕は静かに降りていったのだった。



END



担当マスターより

▼担当マスター

逆凪 まこと

▼マスターコメント

ご参加くださいました皆様、大変お疲れ様でした
今回は特殊ルールの分、色々と幅広いアクションが出揃いまして
いつもよりも穏やかで賑やかなリアクションを、楽しんで書かせていただきました
(一部穏やかじゃない人たちもいましたが)
ありがとうございます


しかし何ですね、戦闘が無いシナリオがこんなに難産だとは思いもよりませんでした……
私の頭がいかにバイオレンスかってことですね

尚この特殊ルールは、当シナリオ内のみのルールとなってますので
ガイドにルールの記載がない場合は、適応されませんのでご注意ください

それではまた、この先の物語でお会いできましたら幸いです