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リアクション
「来た来た来た来たついに来た!! オアシスよーーーーっ!!」
緑地を抜け、眼前に開けた白浜とエメラルド色の美しい湖を見て、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は歓声をあげた。
「まだ終わってなかった!! 私の夏ーーーーっ!!」
こぶしを固め、前傾姿勢でくぅ〜っと喜びを噛み締める。
はたから見ればかなり大げさに見えるかもしれないこの反応も、さゆみに至ってはしかたがなかった。なにしろ彼女はこの夏、コスプレアイドルデュオ『シニフィアン・メイデン』としての活動に自由時間のほとんどを割かれ、コスプレイヤーにとって夏の大祭とも言われる会場へ行くこともできず、フラストレーションがたまりにたまっていたのだから。
「でもそれもこれも、ここで全部回収よ!!」
ビシッと指さし、さゆみは誓った。――何にかは不明だが。
「そうと決まったら、さっそく泳ぐわよ!!」
「ちょっ……さゆみ!?」
木陰ひとつない開けた砂浜、しかも一緒に来た仲間たちが周囲にいるなかで突然Tシャツの裾をめくり上げるというさゆみの行動を見て、彼女のパートナーであり恋人のアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が驚きの声をあげた。
しかしさゆみにぬかりはなかった。Tシャツの下から現れたのは下着にあらず、水着である。
「ん? 何?」
「――いえ、何でもありません」
そうですわね。いくらさゆみでも、下着姿や裸になったりはしませんわよね。
「ではわたくしは向こうで着替えてきますので――」
ちょっと本気であせった自分を戒めつつ、アデリーヌは水着の入ったバッグを持って、緑地の方へ向かおうとする。そこで、はたと気がついた。さゆみが身に着けているのは蒼空学園の公式水着だ。
「さゆみ。その水着は少し若づくりしすぎではありませんか?」
「なっ、何のことよ!?」
さゆみは真っ赤になってうろたえた。両手を体の前でクロスさせ、隠そうとする。図星を指されたと赤くなっているところを見て、やはり自覚はあったのだろう。
「あなた、空大生でしょう」
「い、いいじゃないの! まだ使えるんだし! もったいないでしょ!」
「それはそうですが……」
「納得したなら、あなたも早く着替えてきなさいよ。待ってるから、一緒に泳ぎましょう」
さゆみのことだ、あのころより少し大人びた今の体型であれをまとったら、昔よりずっとセクシーに見えると計算してのことだろう。アデリーヌはさゆみに気づかれないよう小さくため息をつくと、持ってきた白のビキニに着替えた。
「アデリーヌ! こっちよ! 早く早く!」
戻ってきたアデリーヌに、ひざまで水に入ったさゆみが手を振る。
「わたくしは――」
できればパラソルを立てて、その下でのんびりできたらと思っていたのだが。どうもそうはいかないらしい。
「早くったら! 気持ちいいわよーっ!」
心から楽しそうに笑っているさゆみをまぶしく見てアデリーヌは言葉を飲み込むと、水のなかへ入って行った。
それから2人で水のかけあいをしたり、軽く泳いだり。手をつなぎ、ぷっかりと仰向けに浮かんで2人無言で水の音を聞いたりしていると、ふいにさゆみが立ち上がった。
「もうそろそろいいわね」
「え?」と軽く驚くアデリーヌの手を引いてビーチに戻ったさゆみがごそごそ荷物を掻き回して取り出したのは、プラスチック製の水鉄砲だった。
銃口を上に向け、銃身に祝福のようなキスをして。
「今年こそ私の勝利よ!」
さゆみは高らかに宣言する。
一瞬あっけにとられたものの、ああそうかとアデリーヌもすぐに理解して、ニッと笑った。
「そうはいきません。勝つのはわたくしですわ」
「なら、神妙に勝負!」
2人は水を満タンにした水鉄砲を手に、背中合わせになった。今年はちょっと趣向を変えて、西部劇の要素を取り入れることにしたのだ。
「10歩よ」
「ええ」
「1……2……3……」2人は数を数えつつ、同時に反対方向へ歩きだす。「……8……9……10!」
カウント10で2人は振り返り、第1射を放つと同時に回避へ移った。
砂上を転がりながら撃ったり、ギリギリまでひきつけて紙一重でかわしたり。さゆみは活動的な彼女らしく、躍動感にあふれるかわし方で、片手でバク転したりなど、大胆で奇抜な動きをしながら撃つ。一方で、アデリーヌはどんなときも優雅さを失わない動きで、思わず見惚れてしまうような体さばきだ。
毎年恒例の水鉄砲バトルであるせいか、お互い相手の次の手は難なく読めて、2人の攻守はまるで舞いか殺陣を見るかのようだった。
なかなか勝負がつかないまま時間だけが経過していくうちに彼女たちのバトルに気づいた者たちで輪ができて、自然と観客が増えていく。
「どうしたの? 水の勢いが弱くなってきたわよ? 水切れ?」
「それはあなたもでしょう」
お互い、残りはあと1射が限界というところまできていた。温存し、最後の1射にかける。戦いのスタイルは違うのに、こういうところは似ている。だからこそ、2人は互いに愛し合う恋人同士でいられるのかもしれない。
通じ合ったように笑みを浮かべ、2人はかまえた。
「いくわよ!」
「受けて立ちますわ!」
向かい合った2人が同時に放った水は、同時に互いの胸を濡らした。心臓の真上を。
「ばきゅん。あなたのハート、射抜いたわよ、アデリーヌ」
フッと銃口を吹いて荒野のガンマンを気取るさゆみに、ぷっとアデリーヌが吹き出した。
今年も相討ちだ。勝敗はつかなかったけれど、はればれとした、それでいてあたたかな満足感が胸に広がる。
「来年こそわたくしが勝ちます」
「いいえ。勝つのは私よ」
握手をする2人の周りでは、2人の健闘をたたえる拍手が沸き起こっていた。
「あれが銃っていうものなの?」
遠巻きに2人の水鉄砲バトルを見ていたハワリージュ・リヒトは、となりのフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)
に訊いた。
「ああ、そうさ」
まだカナンには銃がないことを思い出して、フェイミィは答える。
カナンを離れて久しいフェイミィにとって銃を見かけるのは当然というか、もはや銃なくして戦闘はあり得ないというのが彼女の日常だったが、戦闘経験のないハワリージュにはとても新鮮に映るのだろう。カナンには基本的に遠距離攻撃用武器は弓か投石器ぐらいしかないのだから。
「へえ……」
ものめずらしそうにさゆみとアデリーヌが手にしている物を見つめている。頭の形が出るくらい短く刈り上げた赤毛やこんがりと焼けた肌、今着ている小さめのビキニなど、スポーティーで活動的な雰囲気を出しているのに、やっぱり世間知らずで初々しい。彼女はたしか今年25歳でフェイミィより年上のはずだが、とてもそうは見えなかった。どちらかというと妹……。
「り、リネンが向こうで待ってる。決着もついたようだし、そろそろ行こうぜ」
「分かったわ」
妹と見るには少々刺激的な肉体と服装に思わずどきりとして、フェイミィは早口で口走る。無邪気に笑顔でうなずくハワリージュを連れて、ビーチにいるリネン・エルフト(りねん・えるふと)の元へ急いだ。
「おーい、リネン」
ビーチでひと休みするように座ったリネンを見つけて、フェイミィが呼ぶ。振り返ったリネンは、フェイミィとハワリージュが連れ立って歩いてくるのを見て立ち上がった。
リネンはブラに花柄のついた白の紐ビキニ姿で、いつもより大胆な装いをしていた。はちきれんばかりの胸が今にもこぼれ落ちそうで落ちない。前に義賊仕事で手に入れた水着だそうだが、まるで先々彼女が着ることを想定して作られたかのように、リネンにピッタリの水着だった。
「よかった。無事合流できたのね」
「こんにちは、リネン。今日はわたしも誘ってくださってありがとう。セテカから聞いたとき、すごくうれしかったわ!」
「最近いろんなことがあったから……大変そうなのは想像がついたんだけど……気晴らしになればって思って」
「ええ。もう最高! とてもすてきな所ね!」
満面の笑顔で答え、素直に喜びを表すハワリージュを見て、リネンも誘って本当によかったとうれしく思う。
「よし! じゃあ合流できたところで、泳ごうぜ!」
「そうね。
行きましょう、リージュ。リージュって呼んでもいいかしら?」
「ええ! リネンにもぜひそう呼んでほしいわ」
フェイミィのあとを追うように、2人は湖に入って行った。
今日のフェイミィの水着は、普段着ている物とほとんど変わりなかった。かなり深く切れ込みの入ったV字型の扇情的なボトムは、腰回りの2つの紐で支えられている。揃いのデザインのトップはストラップレスのタイプで、ほぼ胸の下部しかおおえている箇所がなく、こちらもまたリネンと同じで少し激しく動けば大変なことになってしまいそうだ。己の肉体に自信がなければ到底まとえないデザインだろう。しかしフェイミィはそのすばらしい肉体美で、完璧に着こなしていた。
「ちょっと待ってろよ。今飲み物取ってくるから」
泳ぎ疲れてビーチに上がった2人にそう言って、フェイミィは離れていく。
うつ伏せになっているハワリージュが息を整えているのをとなりに座って見つめながら、リネンは切り出した。
「その後、アガデでは……どう? 相変わらず……だと……いいのかな? 悪いのかな?」
口にした直後、われながらお粗末な言葉だと苦笑いをする。
遠回しな言葉でごまかしても仕方ない。もう一度言い直した。
「セテカはどう?」
「セテカ?」息を整えるのに集中していたハワリージュはリネンの微妙な機微に気づかず、ざっと前髪を掻き上げて水滴を払いながら答える。「ううーん……ネイトおじさまが引退されたのよ。本当は引退する必要はなかったんだけど……盗難にあったのは事実だけど、本は無事戻ってきたし、それにセテカが失われた神剣グラムを見つけてきたから、それで相殺というか、不問を乞うこともできたのよね。でもネイトおじさまは「いい機会です」と言って、セテカに跡を譲ったの。
すごく唐突だったから、もう城はてんやわんや状態。騎士団長が代わるっていうことはその副長だって代わることだから、うちもだし。それにセテカは上将軍職の引継ぎもあったし。それが予想外というか、みんながうすうす思っていたイスマル・サディクじゃなくてトゥーレン・アズィールだったものだから軍の人たちも騒然となったみたい」
「アズィール……エルシャイド卿の?」
「そう。長男。上将軍職は未来の騎士団長最有力候補の職だから、やっぱりみんな注目してるのよね。トゥーが悪いわけじゃないけど、わたしの目から見てもハルには劣るし。副官のヴァンダルとか、どういうことなのかってセテカを問い詰めに来て、大変だったみたい」
「そうなの」
ハワリージュの言葉から得た情報に、リネンはそっと片ひざを抱き寄せて表情を隠した。ハワリージュは自分が口にした言葉が持つ意味を深く理解していないようだが、リネンにはうすうすからくりが読めてくる。
(ジェドの存在を知ったならきっと圧力をかけてくるに違いない思っていたナハル・ハダドから何のアプローチもこないのは、そういうことなのね……)
つまり息子の昇進を引き換えに、セテカかネイトが取り引きをしたということか。あるいは、エルシャイドから持ちかけたか。
黙して考えていると「ねえ」と今度はハワリージュから話しかけてきた。
「国って、東カナンだけじゃないのよね」
「え? ええ」
「わたし、他国人と会ったのって、あなたたちが初めてだったの。こんなに親しくしてもらったのも。世界には東カナン以外にもいっぱい国があって、いろんな人がいるって、知っていたけど全然分かってなかった。結局わたしは、かごの鳥のままだったんだわ」
かつて、ハワリージュは大病を患っていた。10年もたないだろう、成人できないだろう、そう言われて、寝たきりで過ごしていた。あの部屋だけがハワリージュの『世界』であり、父とセテカだけが『世界に住む人』だった。けれど完治して、普通の生活を送れるようになって。もっと生きたいと貪欲に願うようになった。それが女だてらに剣をとり、騎士を目指すということだった。
「セテカたちと同じ場所にいられればいいと思ってた。でも違ったのね。そこはただのスタート地点だったんだって、あなたたちを見て、思うようになったの」
「リージュ、あなた」
そこにフェイミィが戻ってきて、リネンはそれ以上言葉を続けられなかった。
「お待たせ! ほら、キンキンに冷えてるぜ」
トロピカルジュースの入ったグラスを手渡したフェイミィは、微妙な雰囲気に気づいて「ん?」となる。
「何か話してたのか? 重要なことか?」
用心するように少しひそめた声で訊く。
「世界は広いって話」
グラスを受け取りながらリネンがなんでもないことのように答えた。内心ではフェイミィの登場に少しばかりほっとしていた。
「そうなのか?」
「ええ。今、バァルさまにお願いしているの。南のエンヘドゥ姫のように、シャンバラへ留学できないかって。――ありがとう」
ハワリージュもグラスを受け取って、ついていたストローをさっそく口へ運ぶ。
「シャンバラへ来るのか?」
ぱっとフェイミィの声が明るくなった。
「じゃあツァンダへ来るといい。いざとなりゃ、蒼空学園の席1つくらいは融通できるから、さ。
……何かあったら頼ってこいよ。力になる」
最後はいつになく真剣な声で、ぼそりとつぶやいた。
「もちろん! あなたたちのいる蒼空学園は第一候補よ! もしそうなったら、よろしくね、先輩!」
あかるく笑って、青灰色の瞳でフェイミィを見返す。ハワリージュに見つめられ、フェイミィも大きくうなずいた。
「よろしくな!」
ハイタッチで手を打ち合わせる。
パーンと小気味いい音が、青空に高く響いた。
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