リアクション
「海くん、いい匂いがします」
高円寺 海(こうえんじ・かい)を誘って出し物を見て回っていた杜守 柚(ともり・ゆず)は、喫茶店から流れてくる良い香りに惹かれて、窓から中を覗きこんだ。
今の時間、客の数は多くはないようだ……けれど、喫茶店の中には猫や犬の姿が沢山あった。
「なんだか、ほのぼの楽しめそうな喫茶店です」
「ああ、入ってみようか」
「はい!」
海の隣を歩き、柚は喫茶店の中へと入った。
店内にも食欲をそそる香りが漂っていた。
店員に尋ねたところ、この香りは、リーア・エルレン(りーあ・えるれん)作の特製スープの匂いだそうだ。
「スープですか……ちょうどいいです。甘い物は外で沢山食べましたし、私は、ええっと……カツオスープにします。海くんは何にします?」
「オレは……そうだな。野菜ジュースにするよ」
海が選んだのは添加物が一切含まれていない、採れたて野菜の野菜ジュース、この喫茶店の定番のジュースだった。
2人が注文した飲み物はほどなくして届き。
「いただきますっ」
少しずつ飲みながら、談笑していたところ――。
「スープとても美味しいで……す……」
あれ? と柚は瞬きをする。
自分よりずっと身長の高い海が、更に大きくなったように見えた。
海だけじゃなくて、カップも。テーブルも。
そして、海の姿は見えなくなり、いつの間にか自分はテーブルの下にいた。
「にゃにゃ!?(あれっ?)」
「柚?」
海の声が聞こえるが、姿は見えない。見えるのは足だけだった。
「にゃー……(猫、になってる!?)」
自分の姿を確認して、柚はびっくりした。
テーブルの下に倒れたのではなくて、今も自分は椅子の上にいる。
小さな白い猫になってしまっており、視界が変わったのだ。
「にゃんにゃん、にゃー(海くん、海くん)」
椅子から飛び降りて、柚は海の足に縋り付き、頑張って膝の上にのぼった。
「にゃんにゃー、にゃんにゃん(私はここです。猫になってしまいました……助けてください)」
そして、目で海に必死に訴える。
「……」
しばらくじっと白猫と化した柚と、柚のいた席を見ていた海だけれど。
「まさか……柚?」
そっと、柚の頭に手を乗せて尋ねてきた。
「みゃん、にゃあ(そうです。海くーん)」
白猫柚は海の腕に抱き着いた。
「あ、ああ。そうなのか」
海は辺りを見回して、それからメニューに目を落とす。
「動物に変身するとは書いてないけど……効果、1時間とか書いてあるな」
「にゃあ……」
海の言葉を聞いて、柚はほっとした。
さっき飲んだスープのせいのようだった。
(ずっとじゃないんですね。よかったぁ)
見上げると、海がまたじっと自分を見ていた。
(こ、こんな風にじっと見られることって、あまりないです。照れます……でも、猫だから分からないですよね)
「可愛くて、食べたくなる」
海の口から自然に出た言葉に、柚はどきっとする。
海は白猫柚を両手で抱き上げてテーブルの上に置いた。
「飲んでみるか? こちらは普通のジュースなようだ。塩さえ入ってない」
「にゃん?」
海が野菜ジュースのストローを向けてきた。
両手で挟み込んで、白猫柚はジュースを飲んでみる。
新鮮な野菜の味が口の中に広がる。
「にゃん、にゃー(ちょっと苦みがあるけれど、美味しいですね)」
感想を言ったのだが、人間の言葉にはならず海には伝わらない。
「美味かったか?」
撫でながら顔を近づけてきた海に。
「にゃんにゃん(美味しかったですよ)」
鳴き声を上げながら、柚は近づいて。
海の頬にそっと口づけ、首筋にすり寄った。
(この姿でこういうことしても、海くんは実感ないと思いますが……っ)
柚は物凄くドキドキしていた。
「ふ……くすぐったいぞ」
海は片手で白猫柚の身体を撫でて、頭を寄せた。
「にゃーん(海くんの髪の毛もくすぐったいです)」
白猫柚の甘えた可愛らしい声を聞いた海は。
両手で彼女を持ち上げて目を合せて。
穏やかな笑みを淡く浮かべた後、優しく優しく、自分の胸に包み込んだ。
1時間はあっという間に過ぎて。
元に戻った柚は、海と顔を合せて。
互いにほんのり赤くなりながら、微笑んだのだった。
○ ○ ○
「お店の方達、こちらをじろじろ見ていますわね」
「気にしないことですよ、美緒」
喫茶店に訪れた恋人同士の
冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)と
泉 美緒(いずみ・みお)は、パラ実男子にじろじろと見られていた。
訪れた時には大歓迎を受けた2人だが、恋人同士だと知ると彼らの視線は妬ましげなものと変わり、今は物欲しげにこちらを見ている。
「せめて、厨房から見えない場所に移りませんか?」
「そうですね、奥の席に行きましょう」
オーダーの前に、2人は席を移動し、ソファー席に隣り合って腰かけた。
「リーアさんのメニューがあるのですね」
客席には、猫や犬と戯れているリーアの姿があった。
メニューには、
リーア・エルレン(りーあ・えるれん)特製メニューのページがある。
(素敵な効果のある飲み物なんでしょうね)
「飲み物は私が決めてもいいかしら?」
「ええ、ではわたくしはフルーツを選ばせていただきますわ」
小夜子が飲み物を、美緒はフルーツの盛り合わせを注文した。
最初に届いた『甘い苺ミルク』が入ったグラスに、ストローを2本挿して、2人は一緒に飲んでいく。
「味はどうかしら?」
「……甘くて、とても美味しいですわ」
「それは良かったですわ」
小夜子は嬉しそうに微笑んで、美緒の肩を抱き寄せて頭を撫でる。
うふふっと、美緒は幸せそうな笑みを浮かべた。
「そうだ。前から言おうと思ってたけど、美緒、今度一緒に服飾店に行きましょうか。
以前友人と一緒に行った時、とても楽しかったのですわ」
「まあ、わたくしも一緒に行きたかったですわ」
「ええ、私も美緒と行きたいです。そして、美緒にぴったりな服を選んであげたいわ。美緒も私の服を選んでね?」
「はい! あの……一式全部、選ばせていただきますわ」
軽く頬を赤く染めて、何かを求めているような上目使いで美緒は話していく。
「簡単なオーダーメイドが出来るお店だといいですわね。お互い『入らない』『留まらない』ことが多いですしね……」
「うふふ、そうですね。楽しみですわ」
言って、小夜子は美緒の頭から頬に手を滑らせて、優しく撫でる。
「お待たせしました。カツオのスープです」
パラ実男子が3人で1つのスープを届けに来た。
じろじろ小夜子と美緒の様子や体を見ているが気にせずに。
「ありがとうございます」
小夜子はスープを受け取った。
「美緒、このスープを飲むと不思議なことがおきるの。よろしくお願いしますね?」
「はい?」
不思議そうな顔をする美緒の前で、小夜子はスープを飲む。
すると……彼女の身体がぐんぐん縮んで、可愛らしい銀色の毛の猫の姿へと変わった。
「にゃーん」
鳴き声を上げてジャンプして。
小夜子は美緒の膝へと乗った。
「小夜子!?」
「にやあん」
びっくりしている美緒にすりよって、小夜子は思い切り甘えだす。
「小夜子、ですよね?」
「にゃん、にゃーん」
テーブルに乗ると、猫の小夜子は美緒の顔をぺろぺろと舐めた。
「ふふ、小夜子が私の手の中に……」
美緒は小夜子を両手で包み込んで抱き上げて。
「愛くるしいですわ……っ」
その可愛らしさに耐えきれなくなり。ぎゅっとぎゅーっと抱きしめた。
「にゃん、にゃん。にゃーん(美緒、美緒、うれしいです……でも、苦しい……っ)」
美緒の大きな胸に包まれて、小夜子は窒息しそうになる。
激しく鳴き声をあげる小夜子を離すと、美緒は赤らめた顔で彼女を見て。
「小夜子、小夜子……っ」
キスの雨を、小夜子の顔と体に降らせた。