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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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 第1章 

 2023年12月31日、夜。
「タイチ、おまたせ……」
 空京神社の境内にて、緒方 樹(おがた・いつき)緒方 章(おがた・あきら)と一緒に小さな休憩所の近くに立っていた緒方 太壱(おがた・たいち)は正面から歩いてきた3人の内の1人、セシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)の姿が見えたところで手を上げた。
「おう、ツェツェ! おっせー」
「……って、何その格好、七五三みたい〜」
「……うっせぇ、親父に着せられたんだ」
 暗い中、すぐ近くまで来ないとお互いの服装はよく見えない。太壱の前に立ったセシリアは、彼の袴姿がツボに入ったらしい。けらけらと笑う彼女に、つい渋い顔になる。
「ああ、ゴメンゴメン、笑いすぎた」
「ほら行くぞ、二日参りは今から行かねぇと間にあわねえし!」
 照れも手伝い、太壱は憮然とした表情を浮かべ、大股で歩き出す。それを見て、セシリアも慌てて踵を返す。彼の後に続こうとして一度立ち止まった彼女は、樹と章に丁寧に挨拶した。
「じゃ、行ってきますねタイチのお父さん、お母さん」
 いつの間にか立ち止まっていた太壱を、「待ってよー」と言いながら追いかける。2人は、恋人と呼べる仲ではない。太壱は告白しているが、持病があるからという理由でセシリアはそれを受けていなかった。だが『同じ未来』から来た者同士、2人の仲の良さは変わらない。
 にこにこと、何の憂慮も感じない笑顔で拝殿へと歩いていく。
「さて……2人は行きましたね」
 遠ざかっていく太壱とセシリアを見送り、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は第三者が見たら思わせぶりと感じる仕草で樹達と向き合った。樹は彼と、六連 すばる(むづら・すばる)に新年を迎えるにしては厳しい表情で口を開く。
「これで、落ち着いて話ができそうだな、アルト……それと、強化人間の娘」
「……状況報告をして欲しいとのことですが?」
「進捗状況の確認をしたいんです。彼女の持病について、現状を把握しておきたいと思いましてね」
 アルテッツァの言葉に、一歩出た章が穏やかに言う。2人にとっても、セシリアの事は他人事ではない。当人と太壱のいないところで話し合い、一度現状をまとめておきたい。また、こちらから提供できそうな治療装置も渡しておきたい――そう考え、章と樹は今回彼等を呼び出した。それが大晦日のこの時になったのは、単なる偶然だ。
 セシリアは、遺伝子関係の病気だった。樹がアルテッツァに問い掛ける。
「我々が確認したいのは、彼女の病気がどの程度まで解明され、治療されているのかということだ」
「今のところ、医学の方向から科学的なアプローチを行っていますよ。詳しくは、スバルが説明します」
「はい、マスター」
 話を振られ、すばるはきりっとした顔で樹達を見て話し始める。
「只今の所は、骨髄細胞内に治療用の培養細胞を投与し、体内の自己再生能力を上昇させる治療を行っております」
「ターゲット療法……」
「はい、ターゲット療法です」
「治療方法は間違っていないと思いますね」
 緒方洪庵の英霊である章は、自らが持つ知識と新たに得た現代の医学知識を合わせて考え、そう判断する。
「……それでも、効果の程は進行を食い止める程度にしかなっておりませんが」
 声のトーンを少し落とし、すばるは僅かに目を伏せる。彼女と章の話を、腕組みをして黙って聞いていた樹は安心と懸念の混じった息を一つ吐いた。
「……そうか、治療は進んでいるのか」
 すばるにこれ以上、追加で何か説明する気配は無い。報告はこれで終わりであり、簡単にまとめると――
「『治療は進めている』、それと『症状改善は思わしくない』。この2点がはっきり言えることですね」
 アルテッツァの言う通り、そういうことなのだろう。
「……だとしたら、後は彼等の問題になりそうだな」
 そう結論付け、樹は章に目配せした。それを受け、章は持参してきたナノ治療装置をアルテッツァとすばるに見せる。
「こちらから提供できる情報はこれです。一見すると普通のナノ治療マシンに見えるんですが、どうも違うみたいです」
「? ……マスター、このナノ治療装置、天御柱学院の強化人間に使われるものと同じです。ですが……少々作りを変えているようです……」
 治療装置を手にして矯めつ眇めつ見ていたすばるは、アルテッツァを振り返った。そして、彼に装置を手渡す。
「……マスター、意見をお願いします」
 続けて機械を確認するアルテッツァとそれを見守るすばるに、章は装置を手に入れた経緯を話す。
「太壱君が持ってきたんです、未来から……。解決の糸口ですかね?」
「今のところ、何らかのロックがかかっている所までは分析できた。だが、科学的なアプローチでは解決しないようなんだ……その辺の意見も聞きたい」
 装置を調べる手つきに視線を据え、樹も章に続けて補足する。それを黙って聞いていたアルテッツァは、やがて2人に所感を述べた。
「……この作りですと、魔法方面からのアプローチがよいでしょう。ボクも魔法はあまり詳しくありませんが、この装置があるということは、未来で『科学と魔法を融合させる必要性があった』と判断できます」
「そうか……」
「……解りました、見当してみましょう」
 難しい顔をしている樹の隣で、章が穏やかに微笑みながら返すために差し出された装置を受け取る。彼がそれを仕舞うと、2人に――否、アルテッツァに対して樹は言った。
「後は、私が太壱と小娘をみてきた事についての雑感を伝えたい」
「雑感……良いでしょう」
 アルテッツァが頷き、彼と樹はそれぞれパートナーに断りを入れる。
「アキラ、ちょっと2人で話をしたいのだが、大丈夫だろうか?」
「ん、わかった。襲われたらおっきい声を上げて知らせてね♪」
「スバル、貴女はここに残ってこの男を警戒していて下さい」
「解りましたマスター……」
 快く見送る姿勢である章に対して、すばるは指示された事の必要性を認めながらも本心では残りたくないようだった。アルテッツァが樹と共に背を向けると、睨むような目を離れていく樹に送る。
「……あのオンナ……マスターに手出しをしたら……」
「……大丈夫、警戒する必要はないよ」
 唇を噛むすばるに、章が穏やかな声を掛ける。元々、友好的な感情を持っていない上にアルテッツァが襲う側的な言い方をされたこともあり、すばるは彼に敵意すら混じった目を向ける。
「キサマ、何でそう断言できる?」
 だが、章は剣呑極まりないそれを表情1つ変えずに受け流し、正面を向いたまま遠くを見るような目で微笑んだ。
「……むしろ、あの2人にはそういう時間が必要なのかもしれない。彼が狂人でなくなるために、樹ちゃんとセシリア君が必要なんだよ」
「……マスターを救うために、あのオンナと、セシリアさんが?」
 その言葉がおためごかしではないと分かったのだろう。すばるは章から視線を外し、敵意の抜けた顔に戸惑いという感情を乗せる。セシリアは、すばるとアルテッツァと娘と聞いているが――
「セシリアさんが生まれるには、ワタクシも必要でした、よね……。ワタクシは、マスターにどう接していけばよいのでしょう?」

「彼等が同じ未来から来ていることは知っているな。彼等の未来では……我々は惨殺されているらしい。そして、小娘の言動から、何者かの手によって彼女は『創られた』命らしい。思い当たる節はあるか、アルト?」
 どこを歩いても、夜の境内は人で溢れ返っていた。目に映る誰もが誰かと話をし、周囲で何を話しているのかなど気にもしない。ある意味、これ以上ない遮音効果のある場所で、あてもなく歩きながらアルテッツァは「ええ」と答える。
「ええ、シシィの口から『わたしを作らせないで』と、聞きました。“産ませない”ではなく“作らせない“という表現から、シシィは何らかの理由でボクとスバルの生殖細胞から作られたと推測します」
「ああ、そういうことか……」
 自然発生的なものではなく、薬品臭い何かを感じさせる状況を想像し、樹は残してきた時のすばるの表情を思い出す。
「だとしたら、強化人間の娘の意識を変えていく必要もありそうだな。先ほどの様子だと、アルトに依存しきっているようだしな」
「ええ……スバルは時々暴走しますね。彼女は犯罪組織から救出された『素体』から作成されましたが、その時のフラッシュバックが原因かと……強化人間の強い依存体質は、ボクも改善の余地があると考えます。……話は変わりますが、東洋人の血が流れているだけあって、和服が似合いますね、イツキ」
 教師然とした口調で話していたアルテッツァは、上半身を僅かに前に傾け、樹を見た。そこには、柔らかい微笑が浮かんでいる。若干からかう風でもあるその微笑を受け、樹は改めて自分の着物姿を見下ろした。今日は太壱だけでなく、彼女と章も和装で身を包んできている。
「……似合っている、か。『ステラ・シアター』で芸をしていた時には、聞いたことのない台詞だ。全ては変わる、人の心も、立場も、進む道も……。アルト、お前の胸を銃で撃ち抜いた時、もう逢うことはないと思ったが……」
「ええ、ボクも胸を撃たれた時、もう逢えないと思ってましたし、もう一度逢えたら、キミにプロポーズし直したいと考えていましたよ。それが……人の妻になったキミと、冷静に話ができるようになるとはね」
 以前のアルテッツァがそれを知ったら、到底信じられないと思うだろう。良くも悪くも、時の流れは人を変える。だからこそ――
「ああ、今、私はアキラと婚姻している。太壱も養子縁組を行い、今では正式なわたし達の『息子』だ。……あの時には戻れない。だが、同じ道を進むことはできる……未来に抗う者として」
 だからこそ、未来はどこまでも予測不可能なものでもあるのだ。たとえ、決定済の未来の存在を知ってしまったとしても――きっと、それは変わらない。
「未来に抗う……ええ、こうなったら徹底的に抗ってみましょうか。抗った上でどうにもならなければ、諦めも付くというモノです。ボクとしては、シシィの花嫁姿を、見てみたいものですね。……今のところ、『キミの息子』が有力候補のようですが?」
「……前途は多難のようだがな」
 お互いに太壱とセシリアの顔を思い浮かべながら2人は歩く。
 境内には、参拝客が順番に突いているであろう鐘の音が響いている。時の流れが進み、新しい年が近付くこの時。
『息子』達と同様、彼女達の足もまた、自然と拝殿へと向かっていた。

「身体の方、治療してんのか……ツェツェ。かなり辛そうだな、話だけ聞いてると」
 無事にお参りを終え、108回目の鐘の音も鳴り終えて風だけが静かに通り過ぎる境内で、休憩所に戻る最中に太壱はセシリアに問い掛ける。それが自身の痛みであるかのような彼の声に、セシリアは殊更に明るく答えた。
「この頃治療ばっかり、任務以外は病院のベッドの上かな? ぷすぷす色んな所に針が刺される生活なのです」
 だが、少し唇が尖ってしまうのは留められない。その後のぼそりと続いた、「流石に笑いにしないとやってられないわ」という台詞はセシリアの確かな本音なのだろう。それから、彼女は笑みを消して空に溶け入るような声で言った。
「……だから『わたしを好きにならないで下さい』」
 前を向いたまま不意に放たれた言葉に、太壱の足はぴたりと止まる。初めて聞いたフレーズでなくとも、それが彼の心に少なからぬ衝撃を与えることに変わりはない。
「わたしの病気が治っても、パパーイが生き残るには『今の』すばるさんとパパーイの間に子どもが存在しないといけないでしょ。わたしは居てはいけないの……消える人間に気持ちを注いじゃ駄目よ」
「……馬鹿な事言うな!」
 セシリアの話を打ち消すように、拒絶するように太壱は声を大にする。一瞬、近くを歩く人々が何事かと2人を振り返ってまた歩き出す。
「前にも言ったが、俺はツェツェと共に生きて未来が見たい。俺達が過ごして来た未来ではない『理想の』未来を、お前と見たいんだ! 治療がうまく行けばお前の身体は治るって信じてるし、タイムパラドックスなんか知るか! そんなのは俺がぶちこわしてやる! お前も生きてくれ……生きて、俺の子供を産んでくれ。多分それが……ツェツェの親父さんが死なない方法だと思う」
 彼女の目を見て、これ以上ない程の真剣な眼差しで太壱は言う。両肩を掴まんばかりの勢いで、しかし理性で衝動を抑えて自分の気持ちを伝える彼を、セシリアは強く睨みつけた。
「そんな都合の良いことあるわけ無いじゃない! わたしが生まれる条件を消したら、わたしは消えるはずだもの!」
「ツェツェ……」
 驚き、立ち尽くす太壱を前に、セシリアの肩から糸が切れたように力が抜ける。怒りすらも感じられた瞳に涙が滲み、か細く頼りない声で彼女は言う。
「……消えるはず……消えたく、ない」
 俯き、小さく体を震わせる。気がつくと、太壱は彼女を抱きしめていた。
「消えるもんか……絶対に、お前を消すもんか!」
 震えを止めるように、強く力を込める。それに抗うことなく、セシリアは彼の腕の中で泣き続けていた。