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リアクション
【喜びのひととき・3】
「呼び出されて来てみりゃ居酒屋たぁ、色気がねぇなぁ。「未成年はお断りだ」って言われなかったか?」
「うるさいな、おまえには俺から漂うこう、風格ってものを感じないのか? それにこういった場所の方が互いに気兼ねしなくていいだろ」
「ま、それもそうだな」
先に席に着いていた垂の隣に、唯斗が腰を下ろす。二人の前に酒と料理が手際よく置かれていく。
「んじゃ、お疲れさん」
「おう、お疲れ」
容器がぶつかる音が響く。しばらくは二人、料理に箸を伸ばしながら他愛もない話を続けた。
「で、俺を呼び出した理由は」
「何だと思う? 当ててみな」
「……普段世話になってる奴への労い、って所か?」
「まあ、及第点だな。労いっちゃあ労いだが、本命はこいつさ」
言って垂が、鍵のような小物を懐から取り出すと、唯斗の前に置く。
「……これは?」
「おまえとはイコン戦闘でコンビを組んだりして、戦闘でのパートナーとして感謝してる。これはまあ、その印、ってやつさ。
こいつを使えば、好きな時に俺と合体が可能だぜ?」
「……垂、酔ってるな?」
「なんだよその反応、面白くないぜ。俺だって年頃の女だぞ?」
「その気はないくせによく言う。……ありがとう、これからも力になれるよう鍛錬を続けるし、頼りにしている。
お返し、のつもりではなかったが、俺もこのような物を用意してきた」
今度は唯斗が垂に、くびれの付いた容器を置く。よく磨かれたそれは照明を反射してツヤツヤに煌めいていた。
「前に、酒の入れ物が欲しいって聞いた気がしてな。作る機会があったから作ってみた」
「……お、おぅ。意外だな、驚いちまったぜ。何だその……あ、ありがとな」
自分が言ったことを覚えていて、かつこのような形で贈られることを想像していなかったのか、垂が動揺した様子で瓢箪を受け取る。
「……ははは、にしてもデカ過ぎだろこれ。俺を酔わせてどうにかするつもりかぁ?」
「そんな意図はない。大は小を兼ねる、半端なものを作るくらいなら、の気持ちでいたらこうなった」
唯斗が作った瓢箪は、標準、というものがあるのかどうかは分からないが、それよりは大分大きく、そして相当硬い。うっかりすると鈍器になってしまいそうだった。
「へへっ、もらったからには早速使わないとな! もちろんおまえも付き合うよな?」
「ん? 俺はそのつもりは――」
「……付き合うよな?」
垂の視線を浴びて、唯斗はそれ以上言葉を紡げなくなる。蛇に睨まれた蛙の気持ちが今なら分かる気がした。
「はっはっはー、俺からの祝い酒だ、受け取れー!」
「ちょ、やめ――ゴボガボボ!!」
酒で満たされた瓢箪が、垂によって唯斗の口に強制的に突っ込まれる。
「どうだ、美味いか? 美味いに決まってるよなぁ!」
すっかり上機嫌の垂が、自らも瓢箪に口をつけて酒を飲む。間接キスなどという言葉でときめくような間柄では断じてないし、どちらも気にもしない。
「……うぅ、よ、酔いが……水、水を飲まなければ……」
ふらつく視界の中、唯斗が水の入っているはずの容器を掴んで一息に飲んだ。
「?! グハッ!」
だが、明らかに酒としか思えない喉越しに思わずむせてしまう。その様子を見た垂があはははは、と笑って種明かしをする。
「ふっふっふ、こんなこともあろうかと中身を冷酒にすり替えておいたのだー!」
「ぐっ、す、垂、なんてことを……」
反論を口にしようとするが、酔いは既に身体中に回り始め、思考がまとまらない。
「安心しな、酔い潰れても俺が介抱してやっから」
「安心できるか!」
酔い潰れるのだけはなんとか避けなければ……と誓った唯斗だったが、その誓いは数分持たずに破られることとなったのであった。
「はは、悪いな、唯斗。これでも嬉しかったんだぜ? 照れ隠しってやつさ」
もらった瓢箪をそっと撫でて、垂は酔い潰れて眠ってしまった唯斗への感謝の言葉を呟いた。
*...***...*
「――歌菜、今日は何作ってたんだ?」
帰り道。工房のすぐ近くの噴水広場の前にさしかかってやっと口を開いた羽純の第一声はそれだった。余程きになっていたのだろうと笑顔になりながら、歌菜は「はいっ」と思い切ってプレゼントの袋を渡す。
「羽純くん、これ、私からのプレゼント。
羽純くんに似合う衣装をこっそり作ってたの、是非、着て欲しいな」
歌菜がドキドキと鼓動を打つ胸を抑え付けていると、ラッピングを開いた羽純がぴくっと動く。
何か懸命に作っている妻の姿を見て「手伝おうか」と申し出た時に、勢い良く「いいの!」と断ってきたからピンときていたのだ。
(しかし予想通りというか……やはりこれか。
着るのは少し恥ずかしい代物だが……)
普段着には難しいなと思いはするが、愛する歌菜が一生懸命作ってくれたものだから、嬉しくない筈がなかった。
微笑み合う二人を、こっそり噴水の裏で見ているのは、ジゼルと豊美ちゃんだ。羽純にプレゼントを渡す前から緊張に顔を真っ赤にしていた歌菜が、ちゃんとやれているか気になって仕方が無かったのだ。尤もそんな二人の方が、心配されて背中に護衛をくっつけている訳だが――。
「実際着たら、どんな風に見えるかな?」
「そうですねー。じゃあこんなのはどうでしょうー」
豊美ちゃんがジゼルにウィンクして、二人の後ろから『ヒノ』を一振りする。すると桃色の光りが羽純を包み、瞬く間に歌菜のプレゼントした王子の衣装に変化した。
「きゃーやっぱり、すごく似合うよ!
作ってよかった♪
着てくれて、ありがとう!」
羽純は驚いている様子だったが、歌菜は単純に羽純が手作りの服を着てくれた事を喜んで、彼に抱きついた。
幸せそうな二人を見て、ジゼルは豊美ちゃんへ向き直った。
「豊美ちゃん、シンデレラの魔法使いさんみたい」
「えへへ、そう言ってもらえるとなんだか嬉しいですー」
「あ。ねえ、シンデレラの魔法使いさんなら、こんなことって出来るかしら」
「なんですか?」
「あのね――」
両手を添えながら耳打ちしてきたジゼルの言葉に、豊美ちゃんは微笑んでもう一度『ヒノ』を一振りした。
桃色の光りが今度は歌菜の周りを瞬き始める。それは12時になっても解けない愛の魔法となって、二人を永遠に包んで行くのだろう。
*...***...*
歌菜と羽純。去って行く二人を見送って、工房へ足を向けていた豊美ちゃんはあっ、と何かを思い出したような顔をする。
「あの、アレクさん、今少しだけお時間もらえますか?」
「何?」
アレクの反応の直後。「アレク!」と唐突に声を上げたジゼルが後ろを歩くアレクに駆け寄って抱きつくと、その胸に数秒猫のようにゴロゴロ甘えてガバッと身体を離した。
「私先に戻ってるね」
小走りに居なくなるジゼルの背中に豊美ちゃんは頭を下げ、踵を返し移動する。少し歩くと、薄暗い辺りの中噴水の水底から光の筋が伸びていた。豊美ちゃんはそこで立ち止まるとくるりと背を向け、胸に抱えていた包みをアレクへ差し出す。
「アレクさん、少し早いですけど……私からのクリスマスプレゼント、ですっ」
少し面食らいつつも豊美ちゃんが『前へ倣え』するようにしていた包みを受け取って、承諾を取り愛らしくラッピングされた包みを開けば、中には兎の着ぐるみを被った格好の豊美ちゃんのぬいぐるみがあった。
「今年一年、アレクさんにはいっぱいお世話になりました。これは私からのお礼の気持ちと、アレクさんがお休みの時に安心して休んでもらえるように、の気持ちです」
ぬいぐるみには加護の魔法がかけられていて、もし何か危機があった時には守ってくれるのだと言う。受け取った優しい気持ちに、アレクの固い表情が和らいで、はにかんだような笑顔に変わる。
「有り難う、大切にする」
「はいっ。……わぁ」
背後、噴水が勢い良く水を噴き上げ、光がそこに重なる。水の都市ヴァイシャリーを象徴するような光景に、豊美ちゃんが目を輝かせる。
「綺麗です……こんな素敵な光景をアレクさんと見ることが出来て、私、嬉しいです」
「ああ。俺も感謝してる」
瞬間噴水から視線を外して微笑み合う。そうして、噴水が収まるまでの僅かの時間を、二人は過ごしたのだった。