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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—

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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—
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リアクション



【不器用でも大丈夫】


「いたっ! ……うぅ、全然うまくできないよぉ」
 縫い針を自分の指に刺してしまった秋月 葵(あきづき・あおい)が、目にうっすらと涙を浮かべながら目の前のぬいぐるみ……には程遠い出来の物体を見つめる。
「せっかく手作りのプレゼントを贈る、って決めたんだもん。もっと上手に作りたいけど……」
 呟きながら葵は自分の手を見る。もう幾度となく針を刺してしまったため、あちこち傷だらけになっていた。
「葵さん、どうですかー……わ」
 様子を見に来た豊美ちゃんも、葵の様子を見て少しの間言葉を失くしてしまう。ひとまず手の治療を済ませて、葵が何を作るつもりなのかを聞くことにした。
「かわいいぬいぐるみを作ろう、って思ったんだけど……イメージが全然浮かばないんだよ」
「分かります、難しいですよねー。パパッと作れちゃうリンスさんやジゼルさんは凄いって思います」
 二人の視線が、それぞれリンスとジゼルに向く。二人とも何を作るかというのがおそらく頭の中に入っていて、その通りに形にすることができていた。
「難しいとは思いますけど、作りたいものを頭の中にイメージしてみるのはどうでしょう。物、が難しいならプレゼントを渡した時の反応とかでもいいと思うんですよ」
「渡す時の反応……」
 豊美ちゃんに言われた通りに、葵はプレゼントを渡した時の反応を頭の中で想像する。プレゼントを見てびっくりするだろうか、照れ隠しの言葉を呟くだろうか。それとも思い切り喜んでくれるだろうか。
「……あはは」
 想像している内に、なんだか楽しくなってくる。どんなプレゼントをあげたらどんな反応をするか、どんな反応が自分にとっても一番嬉しいか……そういう所まで想像が及んでいく。
「……うん、これだ。これがきっと、一番いい」
 頭の中に明確なイメージを作ることが出来た葵が、真剣な表情で豊美ちゃんに向き直って言う。
「お願い、豊美ちゃん! あたし一人じゃとても作れないと思うから、手伝って!」
「はい、いいですよー」
「わ、早っ! いいの、本当に? 豊美ちゃんも自分の作業、あるよね?」
 豊美ちゃんの即答ぶりに葵が心配になって尋ねれば、豊美ちゃんは笑顔でこう答える。
「困っている人の力になれたら、私も幸せですからー」
「……はぁ、そうだよね〜。豊美ちゃんは魔法少女で、それが魔法少女、だもんね〜」
 納得して頷いた葵は、豊美ちゃんには叶わないなぁ、と思いつつ、じゃああたしはあたしの作るもので、もらった人を幸せにしよう、と心に決める。
「豊美ちゃん、よろしくお願いしますっ! 作りたいものはね……」


*...***...*


「うーん……悪く、ないんだけど……」
 一体目のぬいぐるみが完成した時、大体の反応はこうだった。
 子供が喜ぶのは兎や熊辺りだろうかとその辺からチョイスして出来るだけ簡単なパターンを用意してきたものの、何と言うか耳や目の位置や綿の入れ具合のバランスが悪く、一言で言えば『ばったもん臭い』。
 まあ素人の作ったものなんてこんなものだろうと、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は自らのぬいぐるみ作りの才能に早々に諦めをつけ、以降はパーツ作りに専念することにした。
 こうしていざ作業を始めてみればパートナーの千返 ナオ(ちがえ・なお)も、ノーン・ノート(のーん・のーと)もそれぞれに得手不得手が存在するようだ。
 今もエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)が、針で指を刺してしまったところらしい。
「……っ、
 今回自分も初めて知ったけど、針とかこんな小さいものを使うの苦手だったみたいだ。
 リボンを結んだりするのは普通にできるんだけど
 よくみんな刺さずにでき……っ」
「大丈夫?」
 エドゥアルトの手を取って、ジゼルが回復を施してくれるが、その都度やっていては作業がはかどらない。しかもこのままだと、人にプレゼントするどころではない『血まみれのぬいぐるみ』が出来上がってしまいそうだ。
 そんな風に苦心する四人を見て、豊美ちゃんが「そうですねー」と考える。
「それぞれ得意な作業を分担してみるのはどうでしょうか?」
 結局豊美ちゃんの提案でノーンがパターンを裁断し、かつみがパーツを縫い、エドゥアルトが綿つめしたものをナオが仕上げるという流れ作業にする事で、一定のスピードと水準を保てる事になってきた頃――。
「ジゼルさん、それ何?」
 パーツを繋ぎ合わせて完成間際の兎の縫いぐるみに、最後の仕上げのリボンを巻き付けている手を止めて、ナオが隣のジゼルの手元を覗き込んだ。
「パラミタダイオウグソクムシよ」
 ジゼルが完成品をナオのぼふん、と顔に押し付ける様子が、まるで謎の肉食宇宙生命体に襲われるホラー映画のワンシーンのように見えて、向こう側に座るかつみは密かに目を反らす。
 パラミタダイオウグソクムシは見た目は地球のそれと変わらないらしい。要するに、デカいダンゴムシだった。
「海のすごーく底のほうに沢山いるのよ。餌をまいてあげるとわーって集まってくるの」
「へぇ、こんなのが海の中にもいるんですね」
 顔面から剥がしたぬいぐるみを興味深そうに見つめるナオに、ノーンがその姿に相応しい説明を始めた。
「ここの頭部の黒いのは複眼で、約3500個の個眼から形成されている」
「トンボみたいだね」
「節足動物の複眼としては最大級だな」
「ぬいぐるみさんだから目は少し可愛くしてみたのよ」
 どこをどう可愛く工夫したのかは傍目から良く分からないリアルな出来に、しげしげと見ていたノーンは唸った。
「うん、触覚や足の節までよくできてる。いい仕事してるな」
「他のぬいぐるみも見ていいですか?」
「ええ勿論」
 微笑んで、ジゼルが一つ一つのぬいぐるみを説明してくれた。
 モチーフが魚だというだけでもう珍しい粋に達しているというのに、彼女のセンスが悪いのか、はたまたそういうものしか身近に居なかったからあれが彼女に取っての普通なのか、何れにせよどれも可愛らしいとは言い難いグロテスクな深海魚ばかりだ。それにリアルな大きさを追求しているのか、やたらデカい。
「パラミタホウライエソとこっちのサメは我ながらいい出来だと思うのよ。
 ラティメリア(*シーラカンス)はあんまり見た事なくって上手く出来てるか自信がないんだけれど――」
「でも見てみろナオ。このコズミン鱗の再現なんて凄いぞ。布の質感を上手く利用して――」
「わあ、本当に凄……っと、いけない」
 うっかり話に集中しかけていた事に、本来の目的をふいに思い出したナオが、ふにゃりと落ちていたリボンを結び直した。
「ちゃんとぬいぐるみも作らないと」
「そ、そうだったな!」
 ノーンの方も真剣な表情に戻って、布の上を走りながらモップがけのようにロータリーカッターで裁断をしていく。小さな彼には大変な作業らしく、額?に良い汗をかいているのが可愛いキャラクターのようで、暫くそれに気をとられていたらしいジゼルは「あっ」と顔をふるふる振った。
「ええと続きを――」
 ――何をするのだったかしら。と視線を泳がせていると、ナオの結んでいたリボンに目がとまる。今彼が持っているのはピンク色だが、さっきラッピング班に『出荷』された兎は赤いリボンをつけていた筈だ。
 完成品が並んでいるところを見てみれば、細かいデザインが違っているようだ。
「リボンやボタンの色とか、一つ一つが違うのね」
「俺たちの作ってるぬいぐるみって、同じ型紙から作ってるから。少しでも凝ってあげたいなって」
「そうね。同じものが自分だけのものって嬉しいもの」
 にっこりと微笑んで、それから手に持っていたチョウチンアンコウ見ていたら何かを思いついたらしい。ジゼルはぬいぐるみをふよふよとナオの前まで泳がせる。
「ネエナオクン、ボクにもそのリボンをツケてクレル?」
 ジゼルによる余り出来の良く無いキャラクターボイスにくすっと笑って、ナオがぬいぐるみの頭部の突起にピンクのリボンを結ぶのを向かいから見ながら、エドゥアルトはかつみへ
「こんな風にみんなでわいわいしているのを見てるのも楽しいね」と笑いかけるのだった。