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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—

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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—
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【ヴァイシャリーへ】


「雪だわ……」
 車内だと言うのに触れるだけで冷たい窓に指を添えて、ジゼルは空をから落ちてくる白い結晶を見ていた。
 シャンバラの中でも特に風光明媚な土地として知られるこのヴァイシャリーに、リンスの人形工房は居を構えている。
 土地が泉に囲まれている為運河が縦横に走るこの街は、建造物にもかつて帝国の支配を受けていた名残を残しており、出発地点の空京の大都市らしい洗練とされた街並みとまた違い赴きがあって、雪が降ると益々絵になった。
「とても素敵な雰囲気ですねー」
「雪、雪ですよ、雪。クロフォード、雪ですよ。白いですね」
 各地を巡る破名とは違い、荒野の孤児院の中にずっと篭っていたキリハは降りだす雪に大きく目を見開いていた。珍しいものには興味を示すのは魔導書の性質だろうか、何度が単語を繰り返して、白いですね、と感想を漏らす。破名はそんなキリハの頭を手を伸ばして軽く撫でた。
 そんな後部座席の声に耳を傾けながら、ジゼルは運転席へと顔を向け、度入りのサングラスの下の目を見つめながら期待をぶつけた。
「積もるかな」
「否、これくらいならすぐ止む」
「アレクさん詳しいですねー。アメリカの方も雪はよく降るんですか?」
「ハワイとアラスカで、かなり積雪量が違うとは思うが」
 笑いの混じるからかうような言い方に豊美ちゃんが、「アレクさん、いじわるですー」と頬を膨らませる。
「出身国が……山多いからな。俺の住んでた都市部はそこまででもないけど、北部に行くとスキーリゾートも有るし――」
 カーブに差し掛かって会話を止めた運転手に代わって、ジゼルが豊美ちゃんへ振り返る。
「クリスマスに雪が降る事を確か、ホワイトクリスマスっていうのよね。空京は今年、降るかしら。見てみたいなぁ……」
「私も見たいです。皆さんで素敵なクリスマス、迎えたいですねー」
 クリスマスを待ち望むジゼルの表情は、子供のように無邪気だ。きっと同じような顔で窓の外を見ているだろうクロエ、それにリンスや紺侍にこれから会えるのを楽しみに思い、豊美ちゃんはもう一度窓の外を見つめ、微笑んでいた。


*...***...*


「思ったより時間があるわね」
「そうね。時間までに戻ればいいから……せっかくだしどっか遊びに行く?」
 用事の為ヴァイシャリーの駐屯地に訪れていた制服に身を包んだ国軍少尉セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、任務から離れた時間に街中をパートナーと散策していた。
 そんな折、見覚えのあるものが目に留まって、セレンフィリティは「ねぇねぇ」と隣を歩くセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の腕を軽く突く。
「どうしたの?」
「あれ、あの車」
 目の前の駐車場に入ったダークブルーのワゴンだ。
 エンブレムから分かるフランス車にどことなく引っかかりを感じ、知り合いのかなと考える。
 そうなるとしばらく様子を見てしまうもので、エンジンが切られた車から降りてきた面子に二人は示し合わせた様に互いに顔を見合わせた。
「皆揃って何事かしらね?」
 中から出てきたのはジゼルと豊美ちゃん。破名に、キリハ。最後に運転手であるアレク。ある意味馴染みのある組み合わせだった。
 セレアナの「そうね。何事かしら」という答えを聞いてから、セレンフィリティは豊美ちゃん達の方に爪先を向ける。
「やっほー、こんなところで互いに珍しいわねぇ」
 セレンフィリティの明るい挨拶に豊美ちゃんが体ごと振り返って、二人の姿を認めるとにっこりと笑う。
「あっ、セレンさん、こんにちはー。セレンさんの制服姿、素敵ですねー」
 いつもの水着姿も悩ましい感じでそれはそれで美しいのだが、教導の制服姿は凛々しいシルエットとも相まって勇ましく彼女たちが階級を重んじる学校の生徒だと改めて思い知らされる。
「ありがと! ちょっとレアっぽいでしょー。それで? 今日は団体でどうしたの」
 荒野に居を構える破名とキリハが此処まで出張ってくるのはやはり珍しい。遠い所から運転を任せられただろうアレクは相変わらずの無表情で何を考えているのか分からないが、対してジゼルと豊美ちゃんはうきうきと何か楽しげな雰囲気が漂っている。
 セレアナの率直な問いかけに、破名が反応した。常とは違う顕著な動きにセレアナは「ん?」と思う。反対に、破名は過敏になっている自分を恥じた。
「あ、否。子供達へのクリスマスプレゼントを用意するのに――」
 と、手短な破名の説明に大体を理解したセレンフィリティは、彼が妙に緊張している理由がわかり、納得した。そして、面白そうとセレアナを見遣る。
「そうね。時間もあることだし……ねぇ、私達も参加できるかしら?」
 孤児院『系譜』の子供達は面識があり知らないわけじゃないし、サプライズ的なイベントも嫌いじゃない。
 セレアナの質問に破名は豊美ちゃんを見た。何もかもお願いする身では簡単に頷けず、これからお邪魔する人形工房の主人と面識がある豊美ちゃんに、自分は構わないけれどそちらも構わないだろうかと判断を仰ぐ。
「いいですよー」
 即了承を得たセレンフィリティはセレアナと二人時間を確かめて、一度連絡を入れた。
 こうして二人を加えた総勢七名になった一行はぞろぞろと人形工房へ向かう。

 と、進行方向先から団体に向かって手を振っている二人組が居た。
 それにいち早く気付いたジゼルが皆へ合図するのを見て手を振ることを止めた綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)と共に小走りに近づいていく。
「こんにちは皆、何処か行くところ?」
「わたくしとさゆみは、百合園で課題に必要な調べものをしていましたの」
 さゆみに続いてアデリーヌが自分達の事情を説明する。
 偶然の出会いに豊美ちゃんは愛らしく頷く。
「私達はこれからリンスさんの人形工房でプレゼントを作りに行くんです。かわいいぬいぐるみや、人形用の服とか作るんですよー」
 服。と聞いてさゆみは目を瞬く。更に続いた豊美ちゃんの説明に、小さく唸ったさゆみは首を傾げた。
「それって私達も仲間に入れてもらっても大丈夫? サイズは違うけど服とか作るの得意なの」
 幸い調べものは終わって今日の用事は終了。学生生活とアイドル活動という二重生活に多忙を極めて精神的にもリフレッシュが欲しかったさゆみは、これは良い機会かもと、突然の参加に迷惑じゃなければと豊美ちゃんにアピールしながら問いかけた。
「勿論です。よろしくおねがいしますー」
 豊美ちゃんが二人に向かって笑顔でぺこりと頭を下げる。
 気付けば大所帯になっている一行をぐるりと見回して、破名はそっと自分の胸を右手で押さえた。
 願えるだろうか。その一言に賛成し賛同し協力を惜しまない契約者達に漏らす声すら無い。
 キリハに脇腹を小突かれて、ただただ感謝に頭を下げるのだった。